「酒規制は西村大臣の独断専行」そう印象付けたい菅政権の末期的なドタバタぶり
プレジデントオンライン / 2021年7月16日 18時15分
■感染拡大防止に本当に必要なら、撤回の必要はない
酒の提供を続ける飲食店への対応で、政府内の混乱が収まらない。発端は、7月8日、内閣官房と国税庁が連名で出した通知だ。
そこでは酒の販売業者に酒の提供停止に応じない飲食店と取引しないように要請。さらに要請を主導する西村康稔・経済再生担当相は、酒の提供を止めさせるため、飲食店に融資する金融機関にも働きかける考えを示していた。
これが世論の大反発を招き、早くも13日には廃止された。7月14日の衆院内閣委員会の閉会中審査で、西村担当相は次のように釈明した。
「強制的な実施を求めるものではなく、可能な範囲で感染拡大防止に協力をお願いする趣旨だったが、混乱を生じさせてしまった」
「事業者の皆さまにはさまざま不安を与えてしまい、誠に申し訳なかった」
「感染を何としても抑えていくために(辞任ではなく)、職務に全力を挙げることで責任を果たしたい」
いったい何を考えているのだろうか。酒を提供する飲食店にとって、通知の内容は死活問題だ。感染拡大防止に本当に必要だと考えているなら、引っ込めるべきではない。飲食店の死活をわける決断を、気軽に出したり引っ込めたりされては、たまったものではない。
■「金融機関にも働きかける」という勢いは、なぜ消えたのか
要請について説明する8日の記者会見で西村氏は、こう話していた。
「協力していただけない店には、特別措置法の命令、罰則を何度でもやる。金融機関からも応じていただけるよう働きかけてもらう」
この勢いはどこにいってしまったのか。前述した14日の答弁ではこう陳謝した。
「融資の制限などを求めるものではないので、優越的地位の乱用には該当しないと考えたが、誤りだった。飲食店や酒類販売業者の気持ちに寄り添い、配慮しながら社会全体で感染を抑えていく環境作りに全力を挙げていきたい」
「考えた」というフレーズが引っ掛かる。まさか西村担当相がひとりで考えたということはないだろう。組織的に検討し、実行可能だと考えて要請を出したが、あわてて引っ込めたということではないのか。
■菅首相への根回しが済んでいたからではないのか
菅義偉首相は14日午前、首相官邸で記者団にこう話している。
「酒の提供停止の要請の具体的な内容について議論したことはない。そこは承知していない。すでに要請は撤回されているが、多くの皆さまに大変、ご迷惑をおかけしたことについて、私からもおわび申し上げたい」
これは「私は知らなかった、西村担当相の独断専行だった」という意味だろうか。当初、西村担当相が「金融機関にも働きかける」と自信満々に発言していたのはなぜか。それは菅首相をはじめとする関係閣僚への根回しが済んでいたからではないのか。
世論はそうした事情を見抜いている。7月12日のNHKニュースによると、NHKの世論調査(9日~11日実施)で菅政権を「支持する」と答えた人は、6月より4ポイント下がって「33%」と昨年9月の菅政権発足以降、最も低くなった。「支持しない」と答えた人は、1ポイント上がった「46%」で、政権発足以降最も高くなった。
■「目的のためには手段を選ばぬような粗雑な発想」と朝日社説
7月11日の朝日新聞の社説は「西村氏の発言 信頼が失われるばかり」との見出しを付け、「目的のためには手段を選ばぬような粗雑な発想では、政策の遂行に不可欠な社会の支持は到底得られない。為政者はそのことを肝に銘ずべきだ」と厳しく書き出す。
私たち国民の支持が得られてこその政府の政策である。緊急事態宣言下で、東京オリンピックを開催しようという異常事態で起きた問題だ。西村氏だけではなく、菅政権全体が反省すべきである。
朝日社説は「コロナ対策の特別措置法では、緊急事態宣言などの地域では、酒を出す飲食店に時短や休業を要請・命令でき、従わない場合は罰則もある。だが、取引先を通じて経営に打撃を与えるようなことは、特措法にも緊急事態宣言の基本的対処方針にも書かれていない」と指摘したうえで、こう訴える。
「それゆえ『働きかけの依頼』のかたちをとったのだろうが、金融庁や国税庁といった規制官庁からの『依頼』は、事実上の強制になりがちだ。一方で、金融機関は、ただでさえ資金繰りの厳しい飲食店の死命を制する力も持ちうる。結果として過剰な制裁になりかねない」
強制と制裁。この1年半、新型コロナ対策で営業を自粛してきた飲食店の負担は大きい。そこに強制や制裁が科されるようでは泣きっ面に蜂である。まずは滞っている協力金をできる限り早く、公平に支給することである。
■今回の緊急事態宣言を最後としなければいけない
朝日社説は「緊急事態宣言が繰り返され、営業制限の要請や命令に応じない動きが広がっているのは事実だろう。感染抑止上の問題に加え、要請を守る店からすれば不公平感も募る。企業の法令順守の姿勢自体も重要だ」とも主張する。
多くの飲食店は緊急事態宣言中のアルコール類の提供を停止している。ルールをきちんと守る努力を重ねている。だが、酒の提供に踏み切る店も増えている。「こんなルールを守っても、損をするだけだ」と思われているのだろう。これは大変な問題だ。
法令順守は、罰則だけで徹底できるものではない。たとえ罰則がなくても、取り締まりを受ける可能性が小さくても、「ルールを守ることがみんなの利益になる」という考え方が浸透することで、初めて社会が効率的に動くようになる。次々とルールを破る人が出てくれば、政府は罰則と監視を強化せざるを得なくなり、社会の活力は失われる。
政府は、今回の緊急事態宣言を最後としなければいけない。そのためになにが必要か、なにが足りないのか。国民にていねいに説明しながら、施策を積み上げることが求められる。
■42日間の酒の提供停止はあまりに厳しい
7月13日付の毎日新聞の社説も「新型コロナウイルス対策で、政府の要請に応じない飲食店に圧力をかけるようなやり方である。協力を得られるとは思えない」と書き出し、酒の提供規制の問題を取り上げる。見出しも「脅しで協力は得られない」で、感染対策には国民の協力が欠かせないことを強調している。
その毎日社説は指摘する。
「4回目の緊急事態宣言が東京都に発令された。8月22日までの期間中、都内の飲食店は酒類の提供停止が求められる」
うまい酒を気軽に飲めるのが居酒屋だ。その居酒屋に酒がなければ客は来ない。42日間の酒の提供停止は厳しい。だからこそ、協力金が必要なのだ。
毎日社説も後半で「民間の調査機関によれば、2020年度に倒産した飲食店は715件に上る。その中で酒場・ビアホールの倒産は00年度以降で最多の183件に達した」と解説している。
■酒の中にウイルスが入っているわけではない
毎日社説は「コロナ対策の特別措置法では、要請に応じない店には命令を出し、それでも従わない場合はさらに過料を科すことができる。しかし、取引先からの働きかけや国税庁などからの要請は、法的根拠を欠いている」と指摘したうえで、こうも書く。
「政府が酒類の提供規制にここまでこだわるのは、飲酒を伴う会食は感染リスクが高いとみられるためだ」
「国立感染症研究所は、飲酒を伴う会食に複数回参加した人はそうでない人に比べて、感染リスクが5倍近く高まるという分析結果を公表している」
CDC(アメリカ疾病対策センター)の最近の分析によれば、新型コロナウイルスは飛沫感染の中でも細かな飛沫粒子が飛び散るエアロゾル感染が多い。人は仲間とアンコール類を口にすることで気分が高揚し、大声を出して会話したり、ときにはわめいたりすることもある。そのときに飛び散る唾液などのエアロゾルにウイルスが含まれていると、感染がかなりの割合で広まりやすいというのだ。だから飲酒を伴う会食が禁止される。酒の中にウイルスが入っているわけではないのだ。
最後に毎日社説は「政府はコロナ禍で苦しむ事業者の窮状を直視し、感染防止の必要性を丁寧に説明した上で協力を仰がなければならない」と主張する。医療におけるインフォームド・コンセント(十分な説明とそれに基づく同意)と同じように、協力を求めるにはきちんとした説明が必要である。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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