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「東京五輪だけがスケープゴート」数年後に無観客開催を後悔するワケ

プレジデントオンライン / 2021年7月18日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joel Papalini

史上初の「無観客開催」は正しい判断なのだろうか。開幕まで1週間を切った東京五輪。「都民の命と健康を守り、安全を重視」が有観客にしなかった大義だが、スポーツライターの酒井政人さんは「コロナ感染の重症者数は減っている。また、人はパンのみに生きるにあらず、という言葉の通り、人が生きていくためには精神的満足・充実を得ることも大切。そのためには生で観戦するのが最適な方法のはずだ」という――。

■なぜ、東京五輪だけが「無観客」なのか?

いよいよ開幕する東京五輪。今回の史上初「無観客開催」(東京と神奈川、埼玉、千葉3県の競技)というジャッジは“正解”といえるのだろうか。

世界中がコロナ禍にあるものの、各国の主要なスポーツイベントは「有観客」に舵を切っている。大谷翔平が出場した米国メジャーリーグのオールスター(7月13日)は約5万人が観戦。テレビ映像などを観る限り、マスクをしていた人はごくわずかだった。

英国でも7月6日からチェンジしている。ロンドンのウェンブリー・スタジアム(収容人数9万人)で行われたEURO2020の準決勝(7月6、7日)と決勝(同11日)は、イギリス政府からスタジアムの観客動員数を75%まで増加させる許可が出た(※ただし観客は入場条件として、新型コロナウイルス検査の陰性証明書や観戦試合の14日前までに2度のワクチン接種を完了した証明書を提示する必要がある)。その結果、EURO2020はウェンブリー・スタジアムで6万人を超える観客が熱狂した。

テニスのウィンブルドンも観客数を50%程度に抑えて行われていたが、7月6日の準々決勝以降、メイン会場などの人数制限を解除した。なお英国の人口は約6800万人で、7月6日の新規感染者は約2万9000人もいた。ワクチンの普及により、死者数などが低く抑えられているとはいえ、新規感染者は人口を考えると、日本の15倍近い(日本は7月15日の新規感染者数が3418人)。

■プロ野球、Jリーグ、陸上「人数上限5000人かつ収容率50%の制限」

では、日本国内のスポーツイベントはどうなのか。

非常事態宣言下では、プロ野球、Jリーグ、陸上競技などの大規模イベントは、「人数上限5000人かつ収容率50%の制限」で行われている。現在開催中である甲子園の東東京大会と西東京大会もメガホンなど鳴り物の持ち込みを禁じているが有観客で行われているのだ。

なぜ東京五輪だけが「無観客」なのか?

■「都民の命と健康を守り、安全を重視」無観客はある意味正しいが…

東京都では7月12日に4度目となる「緊急事態宣言」が発出された。東京五輪の無観客開催について、小池百合子都知事は、「都民の命と健康を守り、安全を重視した大会とするため」と説明している。

無観客開催は“国民の命を守る”という大義のもとでの決断だ。これに異論はない。しかし、筆者がどうしても腑に落ちないのは、これまで日本がしかるべきコロナ対策をしてきたとは思えないということだ。

無観客となった理由のひとつに、英国や米国のようにワクチン接種が進んでいないことが挙げられる。「Our World in Data」の集計によると、ワクチン接種の完了率は、英国が51.8%(7月13日時点)、米国が49.7%(7月14日時点)。一方の日本は19.8%(7月14日時点)だ。この現状を考えると、英国や米国ようにスポーツイベントで数万人の大観衆を入れるわけにはいかないのもうなずける。

サッカースタジアムのカラフルな座席
写真=iStock.com/batuhan toker
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/batuhan toker

このワクチン接種率の低さは明らかに国の責任だ。英国は昨夏から法改正を進めて、摂取会場も確保。昨年12月からワクチン接種を開始した。日本は、医療従事者への先行接種が始まったのが今年2月17日。状況が異なるとはいえ、五輪開催国がワクチン接種で後れを取ったというのは事実だ。

■コロナ重症者は1413人をピークに減少を続け、400人弱まで減少

医師の大和田潔さんも、プレデントオンライン7月17日公開の「『感染者数だけで判断すべきではない』現役医師が“五輪は有観客でやるべき”と訴えるワケ」と題した記事内で「専門家会議や医師会、都知事のこれまでの認識や、私たちに課された制約が誤りであったことは明らかです。オリンピックは有観客で実施するべき」と指摘している。

医療逼迫(ひっぱく)のリスクも「無観客」の理由のひとつだが、大和田さんは「日本のコロナ重症者は、5月26日の1413人をピークに減少を続け、400人弱まで減った」と数字を挙げて、感染者数に踊らされることなく、有観客にするべきではないかと提言している。

コロナ禍のなかで、なぜか東京五輪がスケープゴートにされているのも気になる。他のスポーツイベントは緊急事態宣言下でも「人数上限5000人かつ収容率50%の制限」という条件で有観客開催が認められているのだ。東京五輪だけ“特別”になる合理的な理由は見当たらない。

さらに筆者が一番問題だと感じているのが、大手紙やテレビ局を筆頭とするメディアの姿勢だ。東京五輪の開催について多くのメディアが「開催」に関してネガティブなトーンだった一方で、「観客を入れて開催できる」といったポジティブな意見はほとんど届けようとしない。

そうしたメディアの影響もあり、世間も「コロナ禍で東京五輪なんてとんでもない」という雰囲気を作り出したのではないか。そのため、アスリートやスポーツ団体は「有観客で開催してほしい」という声を出しににくい状況になっていた。出せば、叩かれるのは目に見えているからだ。

東京五輪代表内定選手を取材したときには、所属チームから「東京五輪開催の有無についての質問はご遠慮ください」というお達しを受けたことは一度や二度ではない。アスリートたちは世間から厳しい目を向けられているのだ。自分の意見を言えない世の中は“正常”とはいえないだろう。

■無観客開催はどんな影響があるのか?

当然だが、無観客開催になれば、不要になるものが出てくる。まずはハード面。観客入りを想定して造られた仮設スタンドはほとんど使われることなく撤去される。結果として無駄な経費になるだろう。それからチケット収入で計上していた約900億円が消滅。赤字分は都や国が税金から補塡(ほてん)することになる。金銭面での損失は計り知れない。

選手の立場はどうなのか。試合に向かうモチベーション自体は変わらないとはいえ、声援の有無はパフォーマンスに影響する。観客に応援されることで選手の運動量が約20%アップしたという調査も報告されている(※)。特に沿道で行われるマラソンは観衆との距離が近いこともあり、声援が耳に届く。それがエネルギーになるだけに、今回は“孤独な戦い”になるかもしれない。

※観客に応援されることで選手の運動量が約20%アップ!!大勢に注目されることが選手のパフォーマンス向上に影響することを検証した動画を公開

また、集まる人数が多いほど熱狂の渦も大きくなる。「火事場の馬鹿力」のような驚異的なパフォーマンスは非日常の雰囲気から生まれるもの。無観客ではそういうシーンが観られる機会が激減するだろう。ホームアドバンテージを得られないのだ。

無観客になると、東京五輪2020のレガシー(遺産)を次世代に引き継ぐことも難しい。選手、ボランティア、大会関係者以外は、東京五輪を“体感”することができないからだ。

ドイツ・ミュンヘンのサッカースタジアムの座席
写真=iStock.com/sebastian-julian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sebastian-julian

筆者は、延べ76万人の観客を動員した2017年ロンドン世界陸上を取材したときに、観客の“パワー”を思い知らされた。決勝種目が行われたイブニングセッションは7万人もの観衆がアスリートたちを応援。プレス席だったが、その雰囲気に圧倒された。地元・英国の選手が活躍すると、スタンドからすさまじい拍手が巻き起こる。3年後、新国立競技場で多くの日本人が同じような体験ができると想像しただけでワクワクしたものだ。その希望は幻に終わろうとしている。

サッカー、野球、テニス、ゴルフなど一部の種目を除けば、オリンピックがその競技種目にとって真のナンバー1を決める最高の舞台になる。多くの種目(団体)はオリンピックで競技の魅力を観客にPRしたいと考えていたはずだが、その願いはかなわない。東京五輪を生観戦できないことは、今後のスポーツ界にも大きな影響が出るだろう。

また無観客になることで、10万人に依頼していたボランティアの一部は出番がなくなってしまう。SNSの発展で情報を共有できても、体験をシェアすることはできない。東京五輪の無観客は一般の方々が一生に一度できるかどうかという貴重な体験の場が奪われたことになる。

■「人はパンのみに生きるにあらず」いつか無観客開催を後悔する日

イエス・キリストは「人はパンのみに生きるにあらず」という言葉を残している。やりたいことをやるからこそ人生。人間が生きていくためには、安全安心に命を守る環境も大事だが、それと同様に精神的満足・充実を得ることも必要だ。東京五輪を観戦したい、と熱望している人は少なくなかった。

そもそも東京(日本)が開催地に立候補したわけで、世界中から開催を押し付けられたわけではない。「お・も・て・な・し」という言葉で誘致に成功したはずだが、その精神はどこかに消えてしまったようだ。

菅義偉首相は東京五輪に関して、「全人類の努力と英知で難局を乗り越えていけることを東京から発信したい。安心安全な大会を成功させ、歴史に残る大会を実現したい」と話している。

東京五輪を無観客にすることで出る“損失”を穴埋めできるような“成果”を獲得できるのだろうか。東京五輪には日本スポーツ界の未来がかかっている。それは私たちの子供や孫に関わる重要な問題だ。無観客開催を後悔する日がこないことを祈るばかりだ。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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