「日本でいえば"上野の西郷さん"の撤去」アメリカの"南北戦争"がいま激化しているワケ
プレジデントオンライン / 2021年7月23日 11時15分
■南北戦争は死者数でいえば米国史上最大の戦争だった
南北戦争(1861年から1865年)は、時期的にはちょうど日本の明治維新と重なる。明治維新が日本の歴史の中で大きな転換点であったように、南北戦争もアメリカの転換点であり、国家を2分する危機であった。
南北戦争は奴隷制廃止を迫る合衆国軍である北軍に対して、南軍(アメリカ連合国軍)が蜂起した、国内を二分する血みどろの内戦だった(南北戦争は英語では「The Civil War」。「civil war」とは内戦の意味)である。
南北戦争の傷跡は大きく、死者数でいえばアメリカ最大の戦争である。負傷後の病死などもあり、数については諸説あるが、南北戦争の死者は75万人を超えるといわれている。アメリカがかかわった戦争の米軍兵の死者については、2番目が第二次大戦で約40万人、3番目がベトナム戦争の約6万人とされている。2001年10月から現在まで続くアメリカの最長の戦争であるアフガニスタン戦争での死者数は2300人強である(いずれの戦争も民間人の数を入れればさらに大きくなる)。
■敗軍を率いたリー将軍は「賊軍の長」
日本からすれば、人が人を「所有物」とする奴隷制を維持しようとしていた南軍を倒した北軍が「正しい勝者」にみえる。この考えはアメリカ国内でも広く受け入れられているし、国家的危機を乗り越えたという意味で、リンカンは偉大な大統領とみられている。リンカンは戦争に勝っただけでない。公的な奴隷制廃止という歴史的な憲法修正も議会と折衝しながら進めた。
それもあって「歴史家が選ぶ偉大な大統領」というランキングでは、リンカンは1位の常連となっている。順位は変わることはあるが、この手の調査のトップ3に入っているのは、初代大統領のワシントン、大恐慌からの復興、第二次大戦のF・ルーズベルトであり、波乱を乗り越えた政治家が評価されるのはどこでも同じだ。
そのリンカンこそが、国家的な英雄でもあり、敗軍を率いたリー将軍は「賊軍の長」である。
■当時の南部の人たちにとって奴隷は「財産」だった
しかし、南部では別の物語がある。
南部各州に行くと、ところどころでリー将軍の像に出くわすことに驚く。リー将軍の像だけではない。ここ数年間だいぶ減ったもの、南北戦争の象徴だった南軍の旗もいまだ市庁舎などの公的な場所にいまだ掲げられているのを目にする。
南北戦争当時の奴隷制については、綿花などの大規模プランテーションが南部経済の中心であり、奴隷の労働力が必要だったという経済的な事情もあった。そして、そもそも既に奴隷制度が社会に組み入れてしまっていたことも大きい。1860年の国勢調査によれば、当時のアメリカの総人口3144万人のうち、人口の12.5%にあたる395万人が奴隷だった。奴隷所有の多く南部とすると、さらに人口比では大きくなる。
あくまでも当時の南部の人たちの意識からすれば、奴隷は「所有物」であり、自分の「財産」が「人権」を理由に国家に放棄させられるのは納得できなかった。
■上野公園の西郷隆盛像を撤去するようなもの
10年度ほど前、調査で訪れたアラバマ州で当時50歳台の白人男性が私に言った言葉が忘れられない。
「私の先祖は確かに負けた。ただ、負けたとしても自分たちの生活を守ろうとした先祖たちを侮辱されるのは耐えられない」。
彼の曽祖父は南軍に従軍し、負傷したという。
彼のような人物からすれば、自分たちの祖先の想いを託した人がリー将軍であり、祖先たちの心の中には南軍旗があった。リー将軍の像の撤去も旗を掲げないことも「歴史修正主義」とみえる。
誤解を恐れずに、明治維新関連で南部の白人の一部の意識を例えてみたい。南軍への想いは、「戊辰戦争で負けた会津藩の悔しさ」であり、リー将軍像の撤去は、上野公園の西郷隆盛像を「征韓論を唱え、国際協調を軽視した」として撤去するようなものなのかもしれない。
■黒人からみた南北戦争の「遺産」
ただ、抑圧された側にとっては、とんでもない遺産でしかない。
黒人から見れば、南軍の旗もリー将軍像も白人側の人権無視の抑圧の記憶であるのはいうまでもない。それが上述の将軍像の撤去につながる。人種問題に対して社会が成熟した結果、撤去は必然とみているはずである。
この撤去が行われたのが、バージニア州のシャーロッツビル市だったのも大きい。というのも同市はリー将軍の銅像撤去をめぐるいわくつきの場所だからだ。2017年8月、リー将軍像の撤去計画に反対する名目で全米から白人至上主義団体が結集。これに抗議するグループと衝突し、1人が死亡、数十人がケガをするという大惨事があった。
この事件についてのトランプ前大統領の発言が揺れたことでも物議を醸した。トランプ前大統領は事件直後の記者会見で「人種差別は悪だ」としたうえで、白人至上主義者などを初めて名指しで非難したが、その言葉を撤回し、「白人至上主義者らと反対派の双方に非がある」と蒸し返した。
いずれにしろ、撤去が決まり、市は像を歴史施設などに移す手続きを進めている。
■政治化する歴史が分断を生む
ここで疑問がわくかもしれない。「なぜ今なのか」という疑問だ。既に150年以上前に終わっている奴隷制度がなぜまだ問題となっているのか。奴隷廃止後も南部では投票の際などに差別があり、法的にそれが解消されるのは、公民権運動を経た50年ほど前であり、アメリカの人種問題は根が深い。そして、昨年のブラック・ライブス・マター運動が明らかにしたように、法的ではなく、心の問題こそ、人種問題の根幹にある。
ただ、それにしても遅すぎる。なぜもっと前に撤去ができなかったのだろうか。
その疑問に対する回答は、政治・社会における政治的分極化(両極化)が、近年極まっていることに尽きる。政治的分極化とは、国民世論が保守とリベラルという2つのイデオロギーで大きく分かれていく現象を意味する。保守層とリベラル層の立ち位置が離れていくだけでなく、それぞれの層内での結束(イデオロギー的な凝集性)が次第に強くなっているのもこの現象の特徴でもある。
■銅像撤去が強まれば、銅像保護も顕在化する
この現象のために、政党支持でいえば保守層はますます共和党支持になり、リベラル層は民主党支持で一枚岩的に結束していく状況を生み出している。左右の力で大きく二層に対称的に分かれた均衡状態に至っているといえる。
「トランプ政権がアメリカを分断した」という言説は日本にもアメリカにもあるが、分断はここ40年間で徐々に進み、オバマ、トランプ両政権で一気に加速化し、均衡状態になっている感がある。バイデン政権が発足して半年となるが、均衡状態となった分断はそんなに簡単に修正できるものではない。
均衡状態を保っているため、様々な議論が政治的に大きな争点となってしまい、顕在化する。リー将軍の銅像撤去のような奴隷制の遺産の見直しを強く望むリベラル派の動きが強くなるのに対して、その反作用である「銅像を守ろう」という動きも顕在化する。リー将軍の銅像撤去は「ますます目立つ」結果になっている。
■「アカデミズムはこんなにリベラルに偏っている」
過去の歴史に対してリベラル派が見直しをしていくことに対して、リベラル批判のための保守派のはやり言葉が2つある。
一つ目は「キャンセルカルチャー」という言葉だ。その文字通り、過去の文化という遺産を「キャンセル」し、否定するという意味だ。ちょうど今回のリー将軍像の撤去がそれにあたる。
もう一つ、保守派がはやり言葉にしつつあるのが「批判的人種理論(Critical Race Theory)」という大学などでの研究のアプローチだ。「批判的人種理論」とは、様々な格差や差別の根底には人種問題があるという研究の見方であり、過去30年以上ずっと存在してきた。奴隷制はアメリカの国家の「原罪」であるという見方だ。
そのアプローチが分極化の中、保守派の分かりやすいターゲットになっているのが最近の傾向である。保守層に対して「アカデミズムはこんなにリベラルに偏っている」と批判している。
この言葉が保守派の中で定着しつつあることにしろ、像撤去にしろ、保守とリベラルが激しい対立をしながら、様々なことが「政治化」してしまう現状の結果である。
その不健全さは、分極化が収まるまで当面続くとすると、何ともやりきれない。
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上智大学総合グローバル学部教授、学部長
上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。文教大学准教授などを歴任。主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)など。
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(上智大学総合グローバル学部教授、学部長 前嶋 和弘)
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