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アメリカ人に「いつも妻がお世話になっています」と言ってはいけないワケ

プレジデントオンライン / 2021年7月26日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SetsukoN

日本語ではよく使うあいさつでも、それをそのまま英語に訳して使うと、英語話者には怪訝な顔をされることがある。言語学者の井上逸兵さんは「『いつも妻がお世話になっています』という話し方は、英語では避けたほうがいい」という――。

※本稿は、井上逸兵『英語の思考法』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■ネガティブなセリフの前につける魔法の言葉

英米のコミュニケーション文化である「独立」の「タテマエ」は、必然的に「個」と深く結びついている。

「個」の尊重は「あなたのことをわかってますよ」という表現につながる。これは慣習的な表現で伝えたり、言う内容によって伝えたりする。例えば、「あなたのことはわかってますよ」「認識してますよ」ということを示すための標識となっている表現にI knowがある。

これは日本人にも当てはまることだが、誰にでもできる話よりも、「あなただけ」と特別扱いされるほうがだいたい気分がいいものだ。

I know you love horror movies but I would recommend something else for your first date.
(君がホラー好きなのわかるけど、初デートは別のジャンルがいいんじゃない?)
〔心の声:君のことわかってるでしょ? 伝わるといいなー〕

なにかネガティブなことを言わなくてはならない場合でも、I know you xxx but……というパターンで言うと、相手の「個」を尊重し、「あなたのことをわかっているよ」という分だけネガティブ度が下がるだろう。

I’m sorry, I know you prefer red but they were sold out, so I bought the white wine.
(すみません。赤のほうがお好きなのわかってるんですけど、売り切れてまして。だから白ワイン買いました)

という具合だ。これは日本のコミュニケーション文化にも通じる気遣いの表し方だろう。

それ以外にも、相手の「個」を尊重する細かな言い方がある。right?だ。

You like beer better, right?
(ビールのほうが好きだよね?)

と、rightを文末につけて上がり調子で発音すれば、「あなたのことわかっていますよ」「よく覚えていますよ」というメッセージになる。これらの表現は、相手のことをわかっているという点で「つながり」志向という側面もある。

■アメリカ人が妻を下げて紹介すると浮気を疑われる

日本であれば、自分の身内は自分と同様に下げて謙遜することも珍しくない。むしろ一昔前であれば、それが普通だった。自分の身内を褒めようものなら、笑われるかバカにされるのがオチだったろう。

英米文化では(あるいは欧米全般に言えそうだが)、人前で身内のことをあまり悪く言うことはない。むしろ、良く言うのが普通である。特に女性に対して妻を下げるようなことを言おうものなら(謙遜のつもりでも)、その人と浮気でもしたいのかと勘ぐられ警戒される(か、期待される?)可能性がある。それくらい悪く言わないのが普通である。

この慣習については、いくつかの側面があるが、自分の身内でも「個」と見なす、ということが基本としてある。日本では、「ウチ」と「ソト」とを区別し、配偶者は「ウチ」に属するので、自分の延長だ。自分は下げる(謙遜)のが日本のコミュニケーション文化の特徴である。

したがって、妻の職場の上司に会ったとしても、「いつも妻がお世話になっています」などと言わない。妻は妻で自分とは「独立」した一個人なので、「個」である妻の「独立」領域を侵害して「お世話になっている」などと感謝しないのが普通である。

ついついこういう場面で、「お世話になっています」→「お世話する」からtake care ofを覚えている人はこれを使って挨拶したくなるかもしれない。

× Thank you for taking care of my husband/wife.

などと英米人に言おうものなら、びっくりされるかもしれない。夫/妻は働いているのであって、介護したり面倒を見たり(take care)されているのではないし(相当メンドーな人だってことか?)、そもそもそんな御礼を別の「個人」である配偶者がするとは想定されてない(ペットか?)。

■アメリカ人も使い分ける「ホンネ」と「タテマエ」

ちなみに、この状況でよく言う典型的な言い方は、

I’ve heard a lot of things about you from (妻/夫の名前).

これは「お噂はかねがね聞いております」という主旨の表現だが、「つながり」志向的な言い方でもある。実際はその人の話などしていなくても「あなたの話をいつもしてますよ」という態度を示しているのである。心の中では、〔そんなにはあなたの話してないけどね〕と思っていてもである。

「お世話になっている」はこちらが下で、相手が上だが、「対等」の原理から言ってもそういう上下関係はないように振る舞うのが英米のコミュニケーション文化だ。

さらにちなみにだが、偶然久しぶりに出会った友人にLong time, no see.などと話しかけられた時の答え方として、

I was just thinking about you!
(ちょうどあなたのこと考えてたんだよ!)

などと言ったりする。だいぶウソっぽいが、それでも言ったりする。「ほかでもないあなたのことを考えていたんですよ」というふうに「個」であることをアピールした「つながり」志向の「タテマエ」セリフである。

■アメリカ大統領選挙で配偶者が前面に立つ理由

「個」の話に戻すと、英語にはbetter halfという言葉がある。「伴侶、配偶者」という意味で、よく男性が妻のことをこう呼んだりする。

Come along, I will introduce you to my better half.
(ちょっと来て。僕の妻を紹介するから)

妻と自分が半分半分で(その意味では二人で一つですね)、自分より妻のほうが「より良い、マシな」半分だ、というわけだ。日本語には「愚妻」という言い方があるが、それとは対照的に自分よりマシと持ち上げて表現している。

英語のbetter halfは「自分より良い伴侶、(夫婦を一つとすると)二分の一」という発想だが、「愚妻」の「愚」は夫である自分と比べて「愚かだ」と言っているわけではない。妻はウチにあり、ウチのものはソトである相手より劣った、くだらない人間であると自己卑下、ウチ卑下(?)している。

身内のことを良く言う習慣は、家族がきちんとしていることのアピールという側面もある。アメリカ大統領選挙の様子は日本でもよくメディアを介して垣間見ることができるが、候補者の配偶者が出てこないことはない。子どもたちが登場することも普通だ。「きちんと家族をもっている」ということは、「その人自身もきちんとしている」ということの表れと考えられている。

オフィスに家族の写真を飾っている人も多いが、(もちろん家族愛ゆえでもあるものの)「まっとうな家族を持っている、まっとうな家族生活を送っている=まっとうな人間」という図式がある。大統領選などで、そこをアピールするのは当然だ。

オフィスのデスクには家族写真
写真=iStock.com/mediaphotos
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mediaphotos

この意味では、日本のほうが個人主義的と言えるかもしれない。「家族思い」とか「愛妻家」などという言葉があるが、そもそもそういうことをイチイチ英語で言うことはあまりない。むしろ、「タテマエ」としてそれが普通だからである。

■「それな」を英語で伝える時は要注意

I know the feeling.という表現がある。相手の体験談聞いたりして、「わかるわー、それ」という感じの意味だ。「自分も同じ体験をしたことがある、言っていることがよく理解できる」という共感を示すフレーズである。今の若者の言葉で言えば、「それな」というところだ。

共感はもちろん「つながり」志向だ。ただ、このtheには微妙なニュアンスが込められている。定冠詞のtheは、「あなたも私も知っているその」というような意味合いである。この場合のthe feelingとはあなたが経験し、そして私も経験したことがある、二人が共有している「その感情」だということである。「あなたの感情」ではなく、「あなたも私も共有しているあの感情」というところがポイントだ。

この表現が「わかるわー、それ」という意味合いのフレーズだとするならば、「私はあなたの気持ちがわかる」という意味でI know your feeling.と言ってしまいそうだ。

しかし、定番の表現はI know your feeling.ではなくI know the feeling.である。I know your feeling.と言うと〔(相手の心の声)なに、この人、なんで私の気持ちがわかるの、ずうずうしい〕と、自分の領域を侵害されていると感じたり、引いてしまう英米人もいるだろう。

「あなたの(your)気持ちがわかる」だと、相手の領域に入り込み過ぎることになってしまう。〔この人(相手)、私の気持ちの中に入ってきてキモチ悪い〕のだ。

井上逸兵『英語の思考法』(ちくま新書)
井上逸兵『英語の思考法』(ちくま新書)

このように基本的に共感の表現であっても、単純に「つながり」志向だけが表れているわけではない。微妙に「独立」志向が頑として根っこにある。theyourのように文法的な使い分けにも、コミュニケーションのタテマエが関係しているのだ。

これは、「どうかしましたか?」と訊くときに、What’s your problem?とは言わず、What’s the problem?と言うなど、多くの表現でも同じである(前者は人の領域に踏み込み「何か文句あるか?」とケンカを売る表現になってしまう)。

文法でtheを学習する時、だいたい不定冠詞aとの違いを学ぶのが第一だろう。しかし、コミュニケーションのための文法を学ぶならyourとの違いを理解することも重要である。

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井上 逸兵(いのうえ・いっぺい)
言語学者
1961年生まれ。慶應義塾大学文学部教授。慶應義塾中学部部長(校長)。専門は社会言語学、英語学。博士(文学)。NHKEテレ「おもてなしの基礎英語」などでの解説が好評を博す。著書に『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』(慶應義塾大学出版会)、『サバイバルイングリッシュ』(幻冬舎)など多数。

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(言語学者 井上 逸兵)

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