欧米の「日本いじめ」の結果、後発国で「中国の石炭火力」が普及するという皮肉
プレジデントオンライン / 2021年7月24日 9時15分
■頓挫したボスニアの石炭火力発電所計画
気候変動対策をめぐり、欧州連合(EU)と米国、中国の間で三つどもえの主導権争いが繰り広げられている。特にEUはこの分野での覇権の掌握に躍起となっており、7月14日にはいわゆる「パリ協定」の達成を目標に、2035年の「ガソリン車廃止」に代表される包括的な気候変動対策法案を他国に先駆けて公表したところだ。
しかしながら、この気候変動対策の「ゲーム」は主要国を中心に行われており、そこから取りこぼされた後発国はそのゲームに大きく翻弄されている。その端的な犠牲者が、バルカン半島にある人口330万人の小国、ボスニア・ヘルツェゴビナだ。同国では今、国内最大級の石炭火力発電所の増設計画をめぐってある騒動が起きている。
国営電力会社EPBiH社は、国内最大級の石炭火力発電所であるツズラ発電所の施設が老朽化したことから、その更新を中国のエンジニアリング大手、中国葛洲堰集団股分有限公司(チャイナ・ゴージョウバー・グループ)および広東省電力設計研究院に発注した。同発電所の電力供給の開始は1956年と古く、老朽設備の更新は急務であった。
建設される発電施設の総電力供給量は450メガワット。プロジェクトにかかる費用のほとんどが、いわゆる「一帯一路」構想に基づき、中国輸出入銀行による開発支援融資で賄われた。本来なら昨年7月に完工予定であったが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて工事の開始が遅れた。しかしその後も工事は進まず、計画は暗礁に乗り上げてしまった。
■直接的な原因となった米GEの石炭火力発電所建設撤退
ツズラ発電所の更新計画が暗礁に乗り上げた最大の理由は、この計画に関わっていた米GEの撤退にある。GEはもともと、ボイラーやタービンといった発電機をこの計画に納入する予定であった。しかし昨年9月、再生可能エネルギーに注力することを理由に石炭火力発電所の建設から撤退する方針を示したことで、この計画から離脱したのだ。
中国企業側は代わりの下請け業者をボスニア・ヘルツェゴビナ政府〔正確には、同国を構成するボスニア・ヘルツェゴビナ連邦(FBiH)政府に対して。同国はさらにスルプスカ共和国(RS)と呼ばれるカントン(canton、行政区画)から構成される〕に提示したが、同政府がそれを拒否、そのため計画そのものが行き詰まることになった。
![ボスニア・ヘルツェゴビナのツズラ発電所](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/7/670/img_d786797a802be706e0a7c5fde2d4cdaf433027.jpg)
世界銀行によると、ボスニア・ヘルツェゴビナの一人当たりGDPは2019年時点で6108.5ドル(約67万円)と少なく、欧州の最貧国の一つだ。その複雑な国体が示すように、旧ユーゴ紛争(1991~2001年)で深刻な民族対立を経験した。工業力は弱いが、一方で国内には鉱物資源が豊富に存在し、その一つが石炭ということになる。
電力の安定供給は経済発展の礎の一つだ。国内に石炭が豊富であれば、それを用いない手はない。確かに温室効果ガスの排出が懸念事項だが、老朽施設を最新鋭の設備に更新できれば、石炭火力発電所とはいえ温室効果ガス排出を相当程度削減できる。同様の思惑を持つ後発国は少なくないわけだが、それを許さないのがEUと米国だ。
■G7ではない中国が石炭火力輸出を強化する可能性
今年5月、主要7カ国(G7)の気候・環境省会合がオンラインで開催され、各国に「裁量」を認めつつも、後発国が石炭火力発電所を建設する際の開発支援を今後は行わないという共同声明を出した。石炭火力発電所の建設をリードしてきた日本を欧米が潰しにかかっている側面もあるため、日本の産業界でも反発の声が上がった。
とはいえ、G7に含まれない中国はこの声明に束縛されない。そのため、中国の発電所の建設ノウハウを持つ重電メーカー、例えば中国華電工程などが中国の開発支援と紐づきで石炭火力発電所の「輸出」を増やす展開も想定される。中国が輸出する石炭火力発電所は温室効果ガスの排出量が多い旧式のものであり、温室効果ガスの排出も多い。
具体的には、中国は「亜臨界圧」と呼ばれる、最新の「超々臨界圧」から比べて二世代前の古い方式の設備を輸出している。発電効率が悪い一方で維持管理が容易なため、後発国での人気はむしろ高い。後発国の石炭火力発電マーケットから日本を締め出した結果、効率に劣る中国の席巻を許して温室効果ガスの排出が増えれば、元も子もない。
なおツズラ発電所からのGE撤退を受け、計画を請け負った中国企業群は代わりの企業の採用を提案したが、ボスニアがそれを拒否した。恐らく提案された企業が中国資本であっため、ボスニアが対中依存度の上昇を警戒し提案を断ったのだろう。一方、中国企業群はボスニアが新たな解決方法を提示しない限り、契約を破棄すると主張している。
このまま契約が破棄されれば、ボスニアは発電効率に劣る老朽設備で発電を継続せざるを得ない。経年劣化に伴う発電効率の低下は免れず、温室効果ガスの排出は増え、慢性的な電力不足に陥る危険性が意識される。最新鋭の石炭火力発電所を導入できない後発国は同様の悩みに直面するわけだが、そのことを欧米は一体どう考えているのだろうか。
■EUに問われる後発国の気候変動対策支援の覚悟
自国に石炭がある後発国であれば、石炭火力発電に注力すること自体、経済性を考えたら自然なことだ。それを否定して再生可能エネルギーを普及させたいなら、議論を主導する欧米は支援を強化すべきだ。EU加盟を目指すボスニアの場合、それこそEUが開発支援に名乗りを上げるべきであるにもかかわらず、そうした態度をEUは見せない。
![欧州連合の州と首都にゴールドのピン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/670/img_ef2ee2f79080820bbbc16641b0abc259333138.jpg)
そもそも気候変動対策は、その国の所得水準や発展段階に応じて行われるべき政策ではないだろうか。しかしEUは、主要先進国と同様の条件を後発国に広めようと躍起になっている。EUが7月14日に提示した包括的な気候変動対策法案の中で言及されている「国際炭素税(国際炭素調整メカニズム)」の構想など、その端的な例だ。
こうしたEUの後発国に対する態度は、「カネは出さないがクチを出す」という従来の性格と全く変わっていない。いわゆる「17+1」という枠組みそのものには綻びが顕著だが、中東欧の諸国が中国に好感を寄せたのは、中国が潤沢な「カネ」を出したからだ。罰則的なインセンティブを設計したところで、後発国の心に訴えかけることなどできない。
EU各国は気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)に基づき設立された緑の気候基金(GCF)などを通じて、後発国の気候変動対策に対して支援を行っている。とはいえそれが不十分だからこそ、後発国には不満がたまっている。EU流の締め付け一辺倒の気候変動対策では、後発国の信頼を失うばかりではないだろうか。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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