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「欧米には存在しない」純国産菓子プリンが"固めレトロ"に回帰するまで

プレジデントオンライン / 2021年7月29日 15時15分

セブン‐イレブンで販売中の「濃厚卵のレトロプリン」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「プリン」は日本語だ。欧米には存在せず、日本独自の進化を遂げた純国産の西洋菓子である。食文化研究家の畑中三応子さんは「プリンはもともと固かったが、60年代に即席プリンが登場して以降、柔らかくなった。他方で、いまはコンビニにも角のあるプリンが登場するなど固めが流行している。このよろめきがプリンの本質だ」という――。

■“角”のあるプリンがついにコンビニに出現した

6月、角のあるプリンがセブン‐イレブンに出現した。商品名は「濃厚卵のレトロプリン」。この2〜3年、固いプリンのブームがじわじわ来ていたが、固さをうたっていてもほとんどがカップ入りだった。

カップに入れず透明パッケージとむきだしの四角形で視覚的にも固さをアピールし、ここまでレトロ感と卵感を強調するコンビニプリンははじめてかもしれない。ブームといっても、売場での割合としては5個に1個が固めという印象だったが、いやはや、ついにここまで来たかと思わせる出来事だった。

お皿に載せた「濃厚卵のレトロプリン」
撮影=プレジデントオンライン編集部
お皿に載せた「濃厚卵のレトロプリン」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

セブン‐イレブンのサイトを見ると、商品説明は「どこか懐かしさを感じる、かため食感に仕上げたプリンです。ほろ苦いカラメルソースが染み込んだスポンジ生地と卵の濃厚なコクを味わえるプリンを組合わせました」とある。食してみると、想像した以上に固かった。下にスポンジが敷いてあるから、プリンを使ったケーキという感じ。懐かしいというより斬新だ。

■「プリン」は純国産の西洋菓子

長年、やわやわ系が圧倒的主流の座を守ってきたプリンの世界で、固め系が追い上げてきた背景のひとつは昨今のレトロブームである。まずプリンの歴史をさかのぼってみる。

最初に明言しておかなければならないのは、「プリン」は純然たる日本語だということ。洋菓子なのは間違いないが、欧米にはプリンという名前の菓子は存在しない。プリンは日本独自の進化を遂げた純国産の西洋菓子である。

プリンの原型は、イギリス料理の「プディング」。プディングには塩味の料理と甘いお菓子の両方があり、英語圏の人々にとっても全体像を把握するのが難しい食べ物のようだ。語源とされるラテン語の「botellus」はソーセージのことで、フランス語でソーセージの一種「ブーダン(boudin)」も同じ語源から派生した。

日本に伝わったのはもっぱら甘いプディングのほうで、西洋菓子中もっとも早く、なおかつ最速で広まったもののひとつ。「西洋料理」の語が題名に冠された日本初の本、1872年(明治5)刊行の『西洋料理通』と『西洋料理指南』の両方にレシピが掲載されている。

前者は「ポッデング」と訳し、米やニンジンなど固形の具を混ぜた、いわゆる英国風のプディングだった。一方、卵と牛乳、砂糖だけで作る後者のレシピに名前はついていないものの、どう考えてもいまのプリンとほぼ同じ。分量は、牛乳90ミリリットル、卵黄3個、砂糖大さじ3杯(約30グラム)。牛乳90ミリリットルなら全卵は1個、砂糖は20グラム程度がいまの標準なので、黄身だけ3個も入るこの配合は、絶対にねっとりと固めで濃厚な仕上がりだったはずだ。

■病人向けの食事としても推奨されていた

明治期に数あったプディング(驚くべきことにタピオカ・プディングが多数の料理書に載っている)は、いつしかカスタード・プディングに収斂(しゅうれん)されていった。茶碗蒸しなど江戸時代からの卵料理、水ようかんなどの和菓子と連続性があり、親近感のわく味や見た目だったからだろう。栄養価が高くて消化のよいことから、病人向けの食事としても推奨された。

ポッディングはじめプデング、プッデング、プッヂング、プデンなどさまざまに記述されていたのが、訛(なま)った揚げ句プリンに落ち着いたのが明治終盤。レモネードからラムネへの変化と同様、絶妙なネーミングだった。名前がかわいくて口に出しやすい(出したくなる)ことは、食べ物の流行条件のひとつ。プリンと呼ばれるようになったことは、国民的な人気菓子に飛躍するための第一歩だった。

■明治の家庭では型から伏せて出すものだった

ところで複雑なのだが、私たちがプリンと認識しているお菓子――型の底にカラメルソースを敷いて卵生地を流し、蒸し焼きにする――は、実は「クレーム・カラメル」という名前のフランスのデザート菓子なのである。食べるときは型から出してカラメル面を上にするので、別名クレーム・ランヴェルセ(ひっくり返しクリーム)とも呼ばれる。

では、いつからカスタード・プディングとクレーム・カラメルとが合わさってプリンになったのか。私の調べた限りでは、1903年(明治36)刊行の『家庭料理法』に載っている「カメルカスター」が最初で、型を皿に伏せて中身を出すところもセオリー通り。この本は、「家庭料理」という言葉がタイトルにつけられた最初のレシピ本としても有名だ。カメルはカラメルの訛りで、その後カルメという呼び方も登場する。

昭和に入ると、プリンは新聞の家庭欄でレシピが紹介されるほど広まって、都市部ではパーラーなどの人気メニューになった。フランスでは食後のデザートだったプリンの、お茶菓子化、おやつ化が戦前すでにはじまっていた。

オーブンがなくても蒸し器で作れるプリンは、戦後さらに普及した。しかし、卵も牛乳も高かったので、お母さんが特別な日にがんばって腕をふるう憧れのご馳走で、洋菓子店で売られるそれも高級だった。

■即席プリンの素というパラダイムシフト

そんなプリンを劇的に変えるパラダイムシフトとなったのが、1964年に発売された即席プリンの素、ハウス食品工業の「プリンミクス」とライオン歯磨の「ママプリン」である。粉を湯で溶かし、型に入れ、当時やっと普及しはじめた冷蔵庫で冷やすだけ。卵も牛乳もオーブンもいらない。悪くいえばコピー食品なのだが、世界のどこにもない、まさに和魂洋才のプリンだった。

本来のプリンは加熱することによって卵のたんぱく質の凝固作用で固まり、型から抜いて立っているだけのしっかりした固さが求められる。対して、即席プリンは寒天やゼラチンなどの凝固剤で固めるので、ツルツルとした異質な柔らかさを持っていた。これが大受けし、卵で固めるプリンを駆逐。子どもでも作れる家庭のおやつの代表格に躍り出た。

カスタードプリンのパッケージイメージ
画像提供=左:森永乳業/右:江崎グリコ
71年発売の森永カスタードプリン(左)と、72年発売の初代グリコプリン(右) - 画像提供=左:森永乳業/右:江崎グリコ

1971年に発売された日本初の量産カップ入りプリン、森永乳業の「カスタードプリン」、翌年発売のグリコ協同乳業(現・江崎グリコ)「プッチンプリン」も、凝固剤で固めるタイプでプルプル柔らかかった。70年代後半から増えはじめたコンビニで、これらは定番商品の座を獲得したが、即席プリンの登場に負けない大変革が1990年代に起こった。いまに続くプリンのさらなるソフト化と多様化がはじまったのである。

■新食感ブームの中で生まれた「なめらかプリン」

プリンのソフト化には、前段階がある。それ以前にはないフワフワ感が画期的だったティラミスの記録的大ブーム(1990年)を皮切りに、タピオカ、ナタデココなどユニークな食感のお菓子が次々とヒット。「ヒット商品を生みたいなら新食感を作れ」が食品業界の合い言葉になっていた。そもそも食感という言葉はこの頃できた造語で、それまでは「質感」とか「テクスチャー」を使っていた。

なめらかプリンのイメージ画像
なめらかプリン(画像=パステルHPより)

一連の新食感ブームでソフト化プリンの先駆けになったのが、東京・恵比寿(当時)の洋菓子店「パステル」の「なめらかプリン」である(93年)。生地は牛乳だけでなく生クリームを合わせ、全卵ではなく卵黄を使い、ちゃんと湯煎焼きするのだが、こってり濃厚で超クリーミー。これを手本に大手メーカーがこぞってソフト化を推し進め、94年発売の森永乳業「焼プリン」などの揺り戻しはあったものの、飲めるくらいゆるゆる、とろとろ状まで登場し、ついには液化するのではないかと危惧したほどだ。こうしてプリンは型から出さず、カップのまま食べるものになった。

焼きプリンのパッケージイメージ
画像提供=森永乳業
初代の森永「焼プリン」(左)と現行商品(右) - 画像提供=森永乳業

また、牛乳プリン、苺プリン、バナナプリン、マンゴープリン、黒ごまプリン、チョコプリン……と、これをプリンと呼んでよいのかと思うようなバリエーションが続々と開発されて、もはやプリンの基本的概念はどうでもよい状態が長く続いていた。

■やわやわで育った若い世代には固いプリンが新鮮

そこに、ひたひたとやって来たのが、卵の力で凝固させる固いプリン。昔のプリンを知っている人にとっては原点回帰現象に思われるかもしれないが、やわやわで育った若い世代が食感も味も新しいものとして受け入れたのが、流行の理由ではないだろうか。

喫茶店のカスタードプリンとコーヒー
写真=iStock.com/kuri2000
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuri2000

それに加え、クリームソーダやナポリタンと同じような昭和レトロブームの影響も大きい。ガラスや金属の器にすっくと立つ姿やカラメルのキラキラ感、フルーツとホイップクリームが添えてあるプリン・ア・ラ・モードは写真映えも第一級だし、量産プリンにはないあたたかみがある。

■フランス料理の大御所が考える「理想のプリン」

しかし、いつも極端に走るのが流行食の世界。今度は固くなりすぎないか心配になる。そこで、食通がこぞって「日本一おいしい」と絶賛するプリン(店ではクレーム・カラメルと呼んでいる)の作者であるフランス料理の大御所シェフ、銀座「カーエム」の宮代潔さんにプリン観を聞いてみた。

「卵が多ければ旨くなってコクが出るというのは誤解。卵の持ち味を生かすも殺すもカラメル次第で、苦すぎると卵の風味が死んでしまうし、甘すぎるのもダメ。口に入れると即刻『コクがあるでしょ』と主張するのではなく、まずつるんとした食感が楽しめ、次に卵のおいしさが追っかけてくる」のがよいプリンだという。

それでは、理想の固さとはどんな状態なのだろうか。

「皿に抜くと、ふるふるっとして、あ、崩れそう、倒れそうと思わせながら、ちゃんと自立している。それでいて、よろめかなくてはいけません。あくまでもなめらかで、やさしげで、でも食べると自分をちゃんと持っている。だから飽きないんですよ」

■固ければいいというものでもない

なんだか、プリンが人間のように思えてきた。永遠不滅のおいしさがあり、融通無碍(ゆうずうむげ)に変化と進化を繰り返してきたプリン。宮代さんにいわせると「単純だから逆に世界でいちばん難しく、奥が深い究極のお菓子」だ。

あんまり柔らかい食べ物ばかりを嗜好して口腔内の快感を追い求めるのは退行的だし、柔らかくて食べやすいものばかり食べていると歯並びが悪くなり、ひいては健康状態に悪影響を及ぼすそうだ。

卵で固める自然なおいしさが再評価されるのは生理的にも大歓迎だが、固けりゃよいというものでもない。よろめきがなくてはつまらない。今回のブームを機に、固すぎず柔らかすぎず、カラメルも苦すぎず甘すぎないという、微妙なバランスが探られるようになるとうれしい。

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畑中 三応子(はたなか・みおこ)
食文化研究家・編集者
編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』など多数の料理書を手がけ、流行食を中心に近現代の食文化を研究・執筆。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」ジャーナリズム部門の大賞受賞。著書に『ファッションフード、あります。 はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(ともに春秋社)など。

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(食文化研究家・編集者 畑中 三応子)

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