「冷凍食品は手抜き?」悩む主婦を救うために味の素冷凍食品が打ち出した"スマートな返し"
プレジデントオンライン / 2021年7月27日 11時15分
※本稿は、本田哲也『ナラティブカンパニー:企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■“おみくじ”でバズったサントリーの伊右衛門
ナラティブにおける「余白」とは? さて、次にもうひとつのポイントである「余白」に話を進めよう。
![ナラティブとストーリーの違い](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/0/670/img_40eff71eb23fbad4afbcd2d9c85b1672278778.jpg)
ナラティブの特性は前稿でも述べたが、ストーリーにおける主役が企業やブランドなのに対して、ナラティブではあなた(生活者)を含むマルチステークホルダーが演者=物語の登場人物となる。ストーリーには「起承転結」があって必ず終わりが来るが、ナラティブは現在進行形であり未来をも包含するので「終わり」という概念がない。
そして、ストーリーの舞台が業界や競合環境なのに対して、ナラティブの舞台は「社会全体」だ。ここではストーリーとの違い、という観点から解説しているが、この3要素こそが、すなわちナラティブというものの特性なのだ。
ナラティブとストーリーの違いは、物語が「共創」されるかどうかであり、コロナ禍も経て世の中では「共体験」の価値が向上している。
そして、共創することが前提であるなら、ナラティブには、生活者やステークホルダーが「参加できる余地」があってしかるべきだ。「コミュニケーションの余白とは、オーナーシップを受け手に託すということです」。クリエイティブディレクターの嶋浩一郎氏は言う。
「コンテクストデザイナーの渡邉康太郎さんから聞いた話ですが、ある日、彼がある食材をテイクアウトしたら、パッケージに『シェフとして格好よくこれを盛り付けてください』と書いてあったそうです。例えばこれも、受け手がひとつの物語に参加している感じがあって、非常にナラティブだと思います」
サントリーの「伊右衛門」と言えば、日本人なら誰もが知る緑茶飲料のロングセラーである。京都の老舗「福寿園」と共同開発された伊右衛門は、CMなどを通じてそのこだわりやブランドストーリーを訴求してきた。
その伊右衛門が、2020年4月にリニューアルされ非常に好調だという。リニューアルした伊右衛門では、ラベルの内側にフクロウや七福神などのイラストを配した。さらに発売後のキャンペーンでは、「大吉」や「中吉」といったおみくじを印刷した。
その結果、「おみくじ当たった!」などラベルはがしを楽しむSNS投稿が活性化される。これまでの伊右衛門が、「ブランドストーリー」的なアプローチだったとすれば、リニューアル後のアプローチにはナラティブな要素が含まれている。
「ブランドの物語」から「ユーザーの物語」へのシフトだ。ここにも、「受け手が参加できる」という、コミュニケーションの余白が存在している。このように、「余白」の考え方は、ナラティブを描くにあたっては非常に大切な発想なのだ。
ナラティブにおける余白は、2020年のコロナ禍のさなかに世の中の話題となった、「手間抜き論争」にも見てとれる。事例を見てみよう。
■「手抜きではなく“手間抜き”」を打ち出した味の素冷凍食品
味の素冷凍食品の事例
ことの発端は、2020年8月4日にツイッターに投稿されたある女性のつぶやきだった。
疲れて辛かったため夕食に冷凍餃子を調理して出したところ、子どもは喜んだが、夫が「手抜きだよ。これは冷凍食品っていうの」と言った、という内容だ。このツイートにはさまざまな同情の声が集まった。
![夫婦喧嘩](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/a/670/img_5aeea8bef3fd8bd017923b1eed999ee31065085.jpg)
味の素冷凍食品株式会社(以下、味の素冷凍食品)の公式ツイッターアカウントもすぐに反応し、次のような投稿をした。「冷凍餃子を使うことは、手抜きではなく、“手間抜き”です」「冷凍食品を使うことで生まれた時間を、子どもに向き合うなど有意義なことに使ってほしい」
餃子に限らず、日本ではいまだ冷凍食品にネガティブなパーセプションがある。美味しくいただける調理方法の研究が途上だったとき、あるいは、冷凍技術が今のように発達する前は、「冷凍もの」と言えば「手軽だがあまり美味しくない食品」というイメージだった。
そして件(くだん)のツイートを投稿した女性の夫の言う「手抜き」という言葉は、「家庭料理は妻が愛情込めて手作りするべきだ」という「手作り信仰」の延長線上にある。
冷凍餃子売り上げナンバーワンの味の素冷凍食品としても、冷凍食品の持つこのようなネガティブなパーセプションを変えることは、自社だけでなく業界全体としても課題であると認識していた。
そして公式ツイッターの“中の人”自身、二人の子を持つ母だった。会社や業界が抱える課題半分、自分ゴトとしての本音半分のツイートであったのではと想像する。思いを込めた公式アカウントの投稿には44万いいね!がつき、「冷凍餃子」がツイッターのトレンドに入るほどの反響を呼んだ。
■「不寛容な社会」の象徴になった“手間抜き論争”
こんなことは味の素冷凍食品としては初めての経験だ。
これがきっかけとなって、キー局やネットメディアでも大きく報道され、いわゆる「冷凍食品は手抜き? 手間抜き?」論争が巻き起こった。テレビ局などがこのネタに飛びついたのには、実は前振りがある。
このツイートが話題になる前、やはりツイッターで「母親ならポテトサラダくらい作れ」とスーパーの惣菜コーナーで高齢男性が女性に絡んだ出来事が話題となり、テレビのワイドショーなどで取り上げられたからだ。
テレビ局的にも、新たな「不寛容な社会」ネタだったという訳だ。味の素冷凍食品は、突然の取材集中に戸惑いながらも、これを冷凍食品のパーセプションチェンジを狙う施策のフェーズ1と捉え、まずはひとつひとつの取材に真摯に対応して投稿の意図を紹介していった。
これにより「冷凍食品は手抜き? 手間抜き?」論争の話題化を加速させていく。「冷凍餃子は“手間抜き”です」ツイートのあと若干ネガティブな反応も出たが、おおむね好意的に受け止められ、取材対応を続けることで好意と賛同の声を増幅させていった。
このような活動を地道に続けた結果、8月4日の発端のツイートから約1カ月で「手間抜きナラティブ」が広がっていき、その中の登場人物の一人としての「味の素冷凍食品の餃子」という状況を作り出すことができた。
■食品工場を撮影し“手間”をアピール
さて、ここで終わらせたら、ラッキーでバズった、あるいは炎上しそうなところをうまく切り抜けた、ということだけで終わりだ。しかしこれは見方を変えれば思いがけない好機と言える。
うまく出来上がった「手間抜きナラティブ」を継続させ、冷凍食品のパーセプションを変え、餃子の売り上げアップにもつなげたい。それにSNSから始まった熱はすぐに冷めてしまう。ならばリソースを投入して、さらに仕掛けよう。やるならすぐ。
こうして「手間抜きナラティブ」はフェーズ2へと進んだ。このナラティブは「手間抜き」という言葉が響いた。次にやるべきは手間の可視化だ。公式アカウントでは「家庭で食事を作る人に代わって、従業員が手間と愛情を込めて作っている」とも発信している、ならば、これを可視化するのが、ナラティブを前に進める打ち手だろう。
それに一番効果がある方法は、工場でどれだけ手間をかけているかを、世の中に見せる「アンサー動画」を見せることだ。これを「手間抜き論争」のアンサーとして決着をつける。
撮影は9月。新型コロナウイルス感染防止策を徹底し、撮影クルーも入念にシミュレーションした上で、撮影に臨んだ。味の素冷凍食品の餃子はなんと、144もの工程を経て作られている。
キャベツを手作業で刻み、具材をこねて、研究を重ねた薄い皮に餡を包み、皮の弾力を高めるために蒸しあげる──これらの工程のひとつひとつを、キャプションのみで多くを語らずナレーションすらない、でも、高クオリティでスピード感ある1分15秒の映像に仕上げた。
尺が短いのは、ユーチューブ視聴を前提としているからだ。タレントが工場を見学する案も出たが、この動画で重要なのは「従業員があなたに代わって手間と愛情を込めて作っている」ことを可視化すること。
■アンサー動画は1カ月弱で90万回も再生され
「手間抜きナラティブ」においては、味の素冷凍食品は登場人物の一人、物語の一部でしかないのだ。なので、動画の最後にはこうキャプションが入る。「最後の仕上げは、あなたのフライパンで」。
こうしてアンサー動画は約1カ月というスピードで制作され、「おいしい冷凍餃子の作り方~大きな台所篇~」というタイトルで10月初に公開、公式なプレスリリースを出し、企業としての姿勢表明を行った。
公式プレスリリースを出したのには理由がある。実はここに至るまで、企業として公式なアナウンスはしていなかったからだ。
リリースの内容は、8月からの一連の「冷凍食品は手抜き? 手間抜き?」論争に対しての企業としての驚き、反響への戸惑いとともに、料理をする人が「手作り信仰」に毒されている状況に対して疑問を呈することは社会的にも意義があると捉え、「手間抜き」動画を公開します、というものだ。
また、冷凍餃子の話題量アップを狙って冷凍餃子の喫食率が高いことを示すインフォグラフィックを、餃子専門家である塚田亮一氏と協力し製作したほか、スーパーなどの店頭でも、冷食利用を促進するようなPOPを製作するなど、プロモーションとの連動も行い、売り上げアップを図った。
動画の反響は大きく、1カ月弱で90万回再生を達成。“古い男性的”価値観を壊すものとして、ジェンダー論の専門家が味の素冷凍食品の発信を支持したほか、「手間抜きは合理的」だとして、勝間和代氏などの評論家もアクションを支持。
有識者やインフルエンサー、メディアに好意的に受け入れられた。「手間抜き」は合理的な考えの人たちだけでなく、ジェンダー論の文脈においても好意的に受け止められたと捉えていいだろう。
■「最後の仕上げは、あなたのフライパンで」
また、商品プロモーション動画は通常テレビなどのメディアに取り上げられることは少ないが、「冷凍食品は手抜き? 手間抜き?」論争があったからこそ、アンサー動画をワイドショーなどで取り上げてもらうこともできた。
![本田哲也『ナラティブカンパニー:企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/200/img_a5e182de8cd20b44f46644f9ea76466e177735.jpg)
ステークホルダーという考えでいくと、味の素冷凍食品の従業員、とりわけ工場で働く人のモチベーションが上がった。さらに営業担当の間でもこれを売り上げに結び付けようとする気運が高まったという。
ナラティブを描き出すという視点で見れば、味の素冷凍食品にはパーパスに近い考え方─冷凍食品をうまく利用していただいて、有意義な時間に使ってください─があった。
そこに共感が生まれ、ストーリーとしてうまく展開しメディアや有識者、SNSなどがそれに巻き込まれたのだ。味の素冷凍食品の動画は、次のようなメッセージで締めくくられる──「最後の仕上げは、あなたのフライパンで」。
「手抜きではなくて手間抜き」というナラティブは、同社と生活者が共につくりあげたものだ。論争へのアンサーソングとして制作されたこの動画の最後で、味の素冷凍食品は再びバトンを生活者に渡している。
「コミュニケーションの余白」が、意図的に設けられているわけだ。このメッセージには、SNSでも「この言葉を見て、味の素さんと一緒に料理して作った餃子なんだなぁと思うと嬉しかったです」
「沢山の手間を食品工場が代わりにやってくれて、最後のひと手間として、フライパンで焼いてくださいね、ということですね」といった好意的な反応が相次いだ。まさに、同じ物語に参加しているという「共体験」の構造がそこにある。
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PRストラテジスト
本田事務所代表取締役。「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWEEK誌によって選出された日本を代表するPR専門家。1999年にPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年にブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。P&G、花王、ユニリーバ、アディダス、サントリー、トヨタ、資生堂など国内外の企業のPR支援を手掛ける。19年より、株式会社本田事務所としての活動を開始。『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著作多数。
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(PRストラテジスト 本田 哲也)
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