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「子供をもつほど家計が苦しくなる」菅政権はいつまで"子育て罰"を続けるのか

プレジデントオンライン / 2021年7月29日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RyanKing999

今年2月、待機児童対策を目的として、世帯主の年収が1200万円以上の世帯の児童手当を廃止する「児童手当関連法改正案」が閣議決定された。日本大学文理学部の末冨芳教授は「待機児童対策のためのコストを子育て世帯へ転嫁するという発想に問題がある。子育て支援の予算全体を底上げするべきだ」という――。(前編/全2回)

※本稿は、末冨芳・桜井啓太『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■改正案の4つのポイント

「子育て罰」は、労働政策や家族社会学の研究者によって指摘されてきた、子育てする親にあまりに厳しい状況を批判する概念です。日本の「子育て罰」がますます大変なことになる、と私が直感したのは、2020年11月に「児童手当の特例給付、廃止検討 待機児童解消の財源に」(※1)という報道を目にしたときでした。その後、2021年2月2日に以下の方針が閣議決定されました。

政府は2日の閣議で、一部の高所得世帯の児童手当を廃止する児童手当関連法改正案を決定した。2022年10月支給分から対象を絞り、世帯主の年収が1200万円以上の場合は支給をやめる。今国会に提出し、成立を目指す(2021年2月2日 日本経済新聞)(※2)

この方針のポイントを簡単にまとめると、以下のようになります。

①中学生以下の子どもを対象とした児童手当のうち、高所得者向けの「特例給付」について、世帯主の年収が1200万円以上の世帯は廃止。
②高所得層の児童手当廃止は2022年10月支給分から廃止され、約61万人の子どもがゼロ支援になる。
③高所得層への浮いた財源・年間370億円を、新たな保育所整備など待機児童対策に充当する。
④2022年度から2024年度までで14万人分の保育の受け皿を確保(1年で約4万6000人の待機児童解消財源)

これは、様々な問題のある政策です。まず、児童手当廃止の対象を世帯主の年収1200万円以上とすることで、共働き家庭と、専業主婦(夫)家庭との間の格差が生じます。またわずかな収入の差で、子どもが児童手当を受け取れるかどうかの差が生まれてしまいます。

そして、約61万人の子どもを児童手当支給対象から排除して、約14万人の子どもの保育の受け皿を確保するというのは、合理的な政策とは考えられません。約61万人の子どもたちから児童手当をなくし、親の負担を拡大するという家計への子育てコスト転嫁が発生します。

■待機児童への財源確保のために子育て世帯が割を食う

そもそも、このことで親子が受けるダメージと、約14万人の子どもたちが保育園に入れる利益とは、同じ天秤にかけて考えてよい問題なのでしょうか。高所得層が子どもを産まなくなれば、少子化加速要因ともなります。児童手当廃止が家計や社会にもたらす負担(コスト)やデメリットと、待機児童解消の利益(ベネフィット)の計算は、自民党内や厚労省等で、きちんとなされたのでしょうか。

児童手当のシステム改修費だけで約289億円かかるとされていますが(※3)、これは約61万人の子どもから奪い取った児童手当の約1年分が吹っ飛ぶ計算です。坂本哲志少子化大臣は、「(改修は1回なので)長期的に見れば適切なもの」だと回答されているようですが、だとしたら、高所得層の親と子どもへの「子育て罰」の厳罰化ともいえる児童手当廃止をずっと続けるという、冷たく厳しい政治をしていることになります。

この児童手当廃止法案は2021年5月21日、ついに国会で可決されてしまいました。私も改善策を参議院内閣委員会で報告し、与野党の議員に賛同いただいたものの、菅政権の数の論理に屈し、政治による「子育て罰」を止めることはできませんでした。

そもそも、待機児童のための財源を、子育て世帯への現金給付を削って調整しようとする菅政権の発想自体が、子どもに冷たく厳しい「子育て罰」であると指摘せざるを得ない状況なのです。

■年収2390万円のパワーカップルには年6万円の児童手当

図表1は、高所得世帯を3パターンのモデルにし、2022年10月以降に高所得子育て世帯の間に発生する不公平な状況をわかりやすく示したものです。なお、実際には我が家のように妻が世帯主(内閣府の説明資料(※4)では主たる生計維持者と表現されていますが、ここではわかりやすく世帯主という表記で統一します)、専業主夫世帯など、様々な世帯形態がありますが、表では最多ケースである夫世帯主モデルで整理しています。

2022年10月以降の高所得世帯の児童手当

一見してわかるのは、モデル1、モデル2の夫が高所得の専業主婦世帯には、夫のわずかな収入の違いで、子ども1人あたりの児童手当に差が生じることです。話をわかりやすくするために、やや極端なモデルを用いていますが、世帯主の年収が1195万円から1200万円になると、収入が5万円増える代わりに児童手当6万円を失います。

またモデル3の所得制限ギリギリの共働き夫婦で、それぞれが年収1195万円の場合には、世帯年収2390万円となりますが、児童手当は年6万円受け取れます。

モデル1とモデル3を比べると、年収が1190万円も高い高所得パワーカップルの方が、児童手当6万円を受け取れるという、とても不公平な仕組みです。

■「所得が多いイコールお金持ちではないです」

こうした状況に対し、子育て世代の不満と不安が噴出しています。次にあげた2つのコメントは、Yahoo!ニュースへのコメント欄に寄せられた現役子育て世代からの投稿です。

子ども四人います。
児童手当は一人5000円です。
所得が多くてもほとんど税金にもってかれていて食費は月に7万くらいです。
正直毎月キツイです。
所得制限で私立の補助制度も受けられません。
児童手当は学費のため貯金してましたが削られてしまったら、今後が不安でしかないです。私たちばかり削らず自分たちも削ったらどうでしょうか?
所得が多いイコールお金持ちではないです。

共働きで世帯年収1000万円、3人子供がいて、高校無償化の恩恵も全く受けられず、これならひとり親家庭になったほうがよっぽど良い。児童手当まで受けられないなんて。たくさん納税しているのに、子どもの望む教育を我慢させなければいけないなんて……。離婚届出すべきか……本気で悩んでいる家庭はうちだけではない。
(ともにYahoo!ニュース「児童手当の特例給付、廃止検討 待機児童解消の財源に」へのコメント)

学校の教室
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

■なんのために働いているのかという無力感

また、働くカップルの就労意欲をそいでいるという点でも大問題です。所得の減少は消費の減少につながり、GDP縮小や景気後退の原因ともなるからです。私自身も、仕事、子育て、そして介護を同時にこなしてきました。子どもにまったく支援がないなら、なんのために働いているのかと無力感に襲われることもあります。

末冨芳・桜井啓太『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)
末冨芳・桜井啓太『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)

Business Insiderの記者・竹下郁子さんの記事では、医療従事者の女性が次のように話していました。

児童手当をあてにできなくなるかもしれないなんて、考えたこともなかった。怒りで一晩眠れませんでした。
歯を食いしばって仕事と子育てを両立させ、管理職にもなったのに、働けば働くほど損をする制度なら、時短勤務にするか、いっそ仕事を辞めようかと正直、悩んでいます。(「年収1200万円以上の児童手当廃止は『働き損の子育て罰』。キャリア断念、産み控え、仮面離婚考えた夫婦も」2020年12月16日Business Insider記事)

(後編に続く)

※1 産経新聞「〈独自〉児童手当の特例給付、廃止検討 待機児童解消の財源に」(2020年11月6日)
※2 日本経済新聞「児童手当『年収1200万円以上』支給せず 法案を閣議決定」(2021年2月2日)
※3 立憲民主党,2021,「【衆院本会議】大西健介議員『コロナ禍でなぜ児童手当を削減するのか』 子ども・子育て支援法案」
※4 内閣府,2021,「子ども・子育て支援法及び児童手当法の一部を改正する法律案の概要」p.6

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末冨 芳(すえとみ・かおり)
日本大学文理学部教授
1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。

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(日本大学文理学部教授 末冨 芳)

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