「子育ては富裕層のぜいたくに」日本の"少子化対策"は超少子化を加速させている
プレジデントオンライン / 2021年7月30日 15時15分
※本稿は、末冨芳・桜井啓太『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■子ども・家族への少なすぎる政府投資
(前編から続く)
「子育て罰の厳罰化」を行う菅政権のままで、日本は大丈夫なのでしょうか。図表1は、財務省の研究機関である財務総合政策研究所で、東京大学の山口慎太郎教授が報告した資料から引用したデータです。政府による家族関係支出が増えれば、出生率が増えることをあらわしています。
![出典=財務省財務総研「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会」第2回資料 山口慎太郎「家族政策が出生率に及ぼす影響」(2020)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/c/670/img_1ce9abe0b69123ae168ed3ff90db5767341652.jpg)
日本政府の家族関係支出の対GDP比は国際的に見て非常に少なく、少子化も深刻な状況であることが確認できます。この状況を鑑みるに、日本政府が取るべきなのは児童手当の特例給付の廃止ではなく、所得にかかわりなく子育て支援全般を手厚くする政策ではないでしょうか。あらゆる子どもに基礎的な児童手当を支給しつつ、児童手当と教育の無償化を低所得世帯に手厚く加算し、高校無償化や大学無償化の所得制限緩和をしていくことが必要なのです。
児童手当の特例給付廃止に否定的なのは、私だけではありません。財務省・財務総合政策研究所で少子化対策について提言している研究者たちの多くが同じ意見です。先のデータを発表した山口慎太郎教授は、東京新聞のインタビューで次のように答えています。
〔「世界的に見ても貧弱な少子化対策 日本は子育て支援増額を」(東京新聞2020年11月30日)〕
■児童手当の特例給付廃止は、超少子化を加速させる
また、中央大学の山田昌弘教授は、同じく東京新聞に次のようにコメントしています。
とくに、家族経済学の第一線の研究者である山口慎太郎教授は、記事の中で「日本は世界的に見ても少子化対策にかけるお金が貧弱」と指摘しておられます。今回の児童手当の特例給付廃止は、そもそも貧弱な子育て世代への財源を削ってしまうという意味で、少子化対策に逆行するどころか、超少子化を加速させてしまう愚策です。
■日本は児童手当等の現金給付政策が弱い
私も、義務教育段階での政府の教育支出と家族関係支出との関係を国際比較したことがあります(※1)。図表2は政府からの家族・教育関係支出(子ども1人あたり・米ドルベース)を棒グラフであらわしたものです。棒グラフの一番下の黒とグレーの部分が児童手当・扶養控除などの現金給付策(税優遇策による家計への税控除含む)となっています。
![出典=財務省財務総研「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会」第2回資料 山口慎太郎「家族政策が出生率に及ぼす影響」(2020)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/e/600/img_3ea1f1992b75f4aeb4f0d0738762e57c450371.jpg)
山口教授の示した家族関係社会支出の図(図表1)と同様に、6~11歳段階でも日本の子どもへの政府支出は少ないことがわかります。だからといって棒グラフの白い部分で示した政府支出教育費が国際的に見て手厚いかというと、そのようなこともないのです。日本の6~11歳の家族・教育関係支出は6万4050ドルと、比較可能な国の中では中程度にすぎません。
また、政府が支出する教育・家族経費の中で教育費が占める比率をあらわしたものが図表2上の折れ線グラフです。子どもに対する政府支出のうち教育費の比率が0.76と教育に偏っており、児童手当等の現金給付政策が弱いという特徴が確認できます。
■子どもを差別・分断する制度
図表3に示したように、内閣府が2015年に示した分析結果からは、年収800万円以上の子育て世帯では、税・保険料などの負担が受益を上回っていることがわかっています(※2)。この状態でさらに2022年度から子ども1人で年6万円(子ども2人で年12万円、3人で年18万円)の受益が減少すると、子育て世帯はどうなるのでしょうか。
![出典=内閣府「税・社会保障等を通じた受益と負担について」p.5(2015)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/3/670/img_e3251b099e0535cfc6c366b46ae9c076366571.jpg)
就労し、納税し、年金や社会保険料を支払っても、教育や保育でのメリットがないうえに、児童手当まで削減される。子どもを産み育てるほどに生活が苦しくなっていく。低所得層やひとり親だけでなく、中高所得層まで追い詰められている状況こそが、子育て罰大国・日本の実態なのです。
中高所得層の児童手当を削って待機児童対策にまわすことは、子育て世代内部での分断を深めていきます。2021年度現在で小学3年生以上の子どもを持つ世代は、幼児教育の無償化の恩恵をまったく受けていないため、純粋な負担増になる「はずれくじ世代」となってしまいます。
高所得層の児童手当の廃止を強行すれば、「子育て罰」の厳罰化になるのはもちろんですが、そもそも、中高所得層の子育て世帯が楽な暮らしをしているわけではないのです。
まず、世帯年収910万円以上の相対的高所得層は、第二次安倍政権のもとで高校無償化の対象外となりました。とくに年収1000万円を上まわる世帯の大学生は、日本学生支援機構の貸与奨学金も借りられないなど、すべての支援の対象から外れます。すなわち、日本の中高所得層にとっての「子育て罰」とは、稼げば稼ぐほど支援から切り捨てられていくことなのです。
■貸与奨学金すら利用できないケースも
こうした世帯では、小中学校での児童手当を計画的に貯蓄し、高校や大学・専修学校等の進学費用に充てるケースも少なくありません。奨学金利用ができない高所得者層は、そうしなければ高額な大学・専修学校の卒業までの費用を工面できないからです。
![空を見上げる学生](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/670/img_aaa53a432ae5f36ebacaed117000e1ca302341.jpg)
2022年度から突然、児童手当が廃止されてしまうと、現時点で児童手当が支給されている中学生までの子どもたちの中には、資金不足のために希望する学校に進学できない層が出てくるリスクを高めます。私は大学の教員ですから、実際に大学生の経済的相談にも乗っています。中には、保護者が高所得であるために、日本学生支援機構の貸与奨学金も利用できず、やむを得ず民間金融機関のローンを組んで授業料を払っている学生もいました。
![末冨芳・桜井啓太『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/7/200/img_374d762a4cb632d751f1fb6a0fa6a077195428.jpg)
一見、高所得に見える世帯でも、家族の介護や、ビジネスの運転資金のために家計に余裕がなかったり、家族が病気で治療に多額の医療費が必要だったり、経済的虐待があったりと、生活が苦しい家庭は少なくありません。親の所得で子ども・若者が受けられる支援に線引きをすれば、切り捨てられる子どもや若者がいるということなのです。
どうしても児童手当を削るのであれば、少なくとも教育に関するすべての支援制度の所得制限を撤廃してからにすべきです。具体的には、高校就学支援制度の授業料無償化の所得制限撤廃、高校生等奨学給付金と大学・専修学校の無償化の所得制限の大幅緩和、日本学生支援機構奨学金の貸与奨学金の所得制限撤廃です。これをしなければ、進学機会を失う若者が続出し、結果的にわが国の人的資本育成のマイナスになります。
もちろん、こんなことをいうまでもなく、親の所得によって子ども・若者への支援を「差別」することは、そもそも許されないというのが私の考えであることをもう一度強調し、本稿を閉じます。
※1 末冨芳,2020,「国際比較からみた日本の教育費―初等中等教育費を中心に―」国立人口問題・社会保障研究所『社会保障研究』第18号pp.301―312
※2 内閣府,2015,「税・社会保障等を通じた受益と負担について」p.5
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日本大学文理学部教授
1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。
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(日本大学文理学部教授 末冨 芳)
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