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「第2第3の失踪事件は起きる」名古屋で消えたウガンダ人選手があらわにした日本の暗部

プレジデントオンライン / 2021年7月26日 15時15分

東京五輪・パラリンピックに向けた5者協議で国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(後方モニター)のあいさつを聞く大会組織委員会の橋本聖子会長=2021年3月3日、東京都中央区 - 写真=時事通信フォト

■「GPSで管理できる」は大噓

東京五輪に向けた事前合宿のため来日していたウガンダ人の重量挙げ選手が、7月16日、大阪府内の宿舎から失踪し大きなニュースになった。選手は20日に三重県内で発見され、翌21日にはウガンダへ帰国した。

早期に見つかって事なきを得たのは何よりだった。ただし、この事件は、単なる外国人スポーツ選手の失踪という以上の問題をあらわにしている。その点について指摘するメディアは少ない。

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、事前合宿中の選手たちは練習場所以外の外出が禁じられていた。また、五輪・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子会長は、選手やメディアを含め大会関係者の行動をGPSで管理すると表明していた。

しかし、ウガンダ人選手の失踪で、感染防止対策の実効性などまるでないことが証明された格好だ。つまり、第2第3の失踪選手は「いつでも出る」ということだ。

■トップレベルの選手でも生活できない現実

このウガンダ人選手は五輪直前に代表を外れ、20日にウガンダへ帰国することになっていた。それを拒み、姿をくらませ、大阪から新幹線で名古屋へ移動した。そこでいったん足取りが途絶えた。

選手は失踪時、宿舎に「ウガンダの生活は厳しいので帰らない。日本で働きたい」とのメモ書きを残していた。つまり、日本での不法就労を目論(もくろ)んでいたのである。

ウガンダは東アフリカに位置し、人口は4400万以上を数える。1人当たりGDP(国民総生産)は年900ドル(約10万円)程度で、アフリカでも最貧国の1つだ。

トップレベルの重量挙げ選手であっても、生活は楽ではなかったのだろう。しかも五輪出場もかなわず、せっかくやってきた日本で働こうとしたようだ。

ニュースに接して、筆者は、東京でも大阪でも、あるいは福岡でも札幌でもなく、「名古屋」へ向かったというのがポイントだ、と感じた。

■失踪して向かったのがなぜ「名古屋」だったか

ウガンダ人選手が向かった「名古屋」をはじめとする東海地方では、以前から外国人労働者が数多く受け入れられてきた。筆者も、これまで多くの外国人たちを現地で取材してきた。その中には、不法就労者たちが何人もいた。そんな取材経験から、このウガンダ人選手がなんらかのルートで、あらかじめ不法就労の情報を得ていた可能性がある、と思った。

まず、日本における外国人の不法就労の実態について少し触れてみよう。

昨年、入管当局に不法就労が発覚し、母国へ強制送還となった外国人の数は1万993人に上った。コロナ禍の影響で新規入国する外国人が激減し、前年から2000人近く減少した。ただし、2017年までは1万人以下で推移していたので、依然として高水準だといえる。

国籍別ではベトナム人が4943人で、全体の半数近くを占めた。次に多いのが中国人の2361人で、タイ人、インドネシア人、フィリピン人という上位5カ国を合わせると9割以上に達する。

不法就労していた都道府県は、1512人の茨城県が最も多い。続いて千葉県が1488人、ウガンダ人選手が新幹線を降りた愛知県は1452人で3番目である。また、この選手が見つかった三重県では、11番目に多い160人の不法就労があった。

職種別では、農業が2463人、建設作業が2272人、工場などでの工員が2033人だった。茨城や千葉では農業、愛知の場合は建設作業での就労が最多となっている。

■外国人が不法就労を目指すワケ

外国人の不法就労に関し、新聞やテレビでは職場から失踪した技能実習生たちがよく取り上げられる。実習生の手取り賃金は月10万円少々にすぎない。そのため失踪し、不法就労に走る。実習生でいるよりも、不法就労したほうが稼げるからだ。

出稼ぎ目的の留学生が、日本語学校などの学費の支払いを逃れて働こうと、学校から姿をくらまし不法就労することも少なくない。加えて、観光客を装い入国し、不法就労するケースもある。

これまで筆者が取材してきた不法就労者も、実習生か留学生、もしくは観光客として来日した外国人だった。そして彼らが働く場所は、愛知県など東海地方が多かった。

■ブローカーを頼って不法入国

そんな不法就労者の1人が、2年前に出会ったインドネシア人のスリスさん(当時35歳)である。

スリスさんは2017年、観光ビザで来日した後、不法就労を続けていた。私と会うまでの2年間で仕事を2回変わり、取材当時の就労先は愛知県内の鉄工所だった。

彼女は、日本での不法就労を斡旋(あっせん)するインドネシアのブローカーに日本円で約60万円の手数料を支払い来日していた。母国に夫と幼い子どもを残してのことである。

日本で出稼ぎをしたいなら、実習生として合法的に入国することもできたはずだ。にもかかわらず、大金を払ってまで不法就労を選んだ理由について、彼女はこう語っていた。

夜中に走り出す男性と影
写真=iStock.com/CribbVisuals
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CribbVisuals

「実習生になるためには、私は年を取りすぎています。インドネシアでは、実習生は20代でないと難しいんです」

■不法就労せざるを得ない実情

スリスさんには、日本で不法就労を経験した親戚がいる。そのインドネシア人男性は2000年代前半に実習生として日本で3年間働いた後、いったんインドネシアに戻って不法就労するため再来日した。スリスさんと同様、斡旋ブローカーを頼り、観光客を装ってのことだ。

現在は日本の法律が改正され、実習生は最長5年まで働ける。また、「特定技能」という在留資格に移行すれば、さらに5年の就労も可能だ。しかし、当時の実習生は3年の就労を終わると、帰国するしか選択肢がなかった。

その男性と私は、彼が不法就労していた2008年に知り合った。当時、彼は愛知県内にあるパチンコ台の製造工場で働いていた。その後、「リーマンショック」で景気が悪化し、彼は工場の仕事を失った。他に就労先が見つかる当てもない。そのため自ら入管に出頭し、09年にインドネシアへ帰国する。

私は入管への出頭に同行した。そして彼がインドネシアに戻った後も、連絡を取り続けた。その彼が「一度、会ってもらいたい」と依頼してきたのが、妻のいとこであるスリスさんだったのだ。

■安く使いたい者、稼ぎが欲しい者、ピンハネする者の三角関係

スリスさんは鉄工所で、午前8時半から残業を含め午後7時まで週6日働いていた。時給は950円で、相場よりもかなり安い。彼女に不法就労先を斡旋した業者がピンハネしているようなのだ。

彼女はこう語っていた。

「仕事を斡旋してくれたのは、インドネシアのブローカーから紹介された日本人です。給料は会社から現金で受け取りますが、ピンハネされているかどうかまではわかりません」

鉄工所の仕事は重労働で、日本人の働き手を集めるのは大変だ。

スリスさんの同僚には、同じく不法就労中のインドネシア人が3人、ほかに6人のベトナム人実習生がいた。実習生も最低賃金レベルで雇用できるが、小規模な事業者は年3人までしか受け入れられない。そこで鉄工所は不法就労の外国人まで雇い入れ、日本人の人手不足を凌(しの)いでいた。

■一度も学校に行っていない「留学生」

ベトナム人のタン君(20代)は2016年、留学生として中部国際空港に降り立った。だが、留学先の日本語学校には一度も行っていない。

空港に出迎えてくれたブローカーの手引きで、翌日から不法就労先の工場で働き始めた。そして現在まで、摘発されることなく愛知県内で仕事を続けている。来日時、日本語学校の学費などで背負っていた約150万円の借金も、ずっと前に返し終えた。

「最近になって、不法就労で捕まるベトナム人が増えています。僕だっていつ捕まるかしれない。それまで、できるだけお金を貯めるつもりです」

■外国人は東海地方を目指す

タン君やスリスさんのような不法就労者を含め、外国人にとって東海地方は住みやすい。同地方は1990年代以降、南米から来日する日系人の出稼ぎ労働者を中心になって受け入れてきた。その後、2010年代に景気が回復する過程では、さらにさまざまな国籍の外国人も暮らすようになった。外国人が当たり前に受け入れられ、同胞も見つかりやすい環境なのだ。

愛知県を例に取ると、同県在住の外国人は昨年6月末時点で27万6286人に達し、56万8665人の東京都に次いで多い。近年、急増著しい在日ベトナム人が最も多く住むのも愛知県である。

外国人は仕事のある地域に集まる。その点、東海地方は製造業を中心に、労働集約型産業の拠点となっている。とりわけ中小企業では人手不足が著しく、日本語が不自由な外国人でも、体力さえあればできる仕事は多い。建設関係の仕事にしても同じことがいえる。そのため日本人よりも安く雇え、また解雇もしやすい外国人を頼る傾向がある。結果、不法就労の外国人までも受け入れられてしまう。

東海地方の外国人雇用状況に詳しい事情通が言う。

「半導体不足の影響で、8月にトヨタ自動車の工場が操業を一部停止することがニュースになっています。とはいえ、製造業などの人手不足は依然として深刻です。新型コロナの影響で頼みの実習生が来日できず、日系ブラジル人の労働者などは引っ張りだこになっている。時給も高止まり状態が続いています」

群衆の中に匿名の女性
写真=iStock.com/monzenmachi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monzenmachi

つまり、不法就労であろうと仕事は見つかりやすい状況だ。

■失踪ウガンダ人選手を手引きした在日同胞

在日外国人の間では、同胞同士の結びつきが強い。日本で働こうと失踪した件(くだん)のウガンダ人選手が頼ったのも、在日の同胞だった。

選手は名古屋で、知人の在日ウガンダ人男性と合流した。その後、名古屋からも近い岐阜県に移動した、続いて同じ東海地方の三重県へと移った。そして別の知人宅で警察に保護される。

日本には、昨年6月末時点で794人のウガンダ人が住んでいる。愛知県の在住者は129人で、千葉県の142人に次いで多い。選手が移動した岐阜、三重を合わせると、在日ウガンダ人の数は193人に上る。わずかな数ではあるが、その中に選手に手を差し伸べた同胞がいたのである。

警察の聞き取りで、ウガンダ人選手は難民申請を希望したとされる。しかし、在日ウガンダ大使館の意向で申請は認められず、母国へ帰国することになった。

■「不法残留8万人」の衝撃

同選手の失踪は、五輪直前で、しかも新型コロナ感染拡大に対する防止策の不備という点でも、メディアで大きく報じられた。

一方、日本国内には不法残留している外国人が今年1月1日時点で8万3000人近くいる。ウガンダ人選手のニュースの陰では、それだけ多くの外国人が今も不法に滞在し、働いている現実がある。

出井康博『移民クライシス』(角川新書)
出井康博『移民クライシス』(角川新書)

彼らの多くは貧しいアジアの国から、実習生や留学生として多額の借金を抱えて来日し、ある者はより多くの金を稼ぐため、またある者は学費の支払いを逃れ働こうと不法就労に手を染めている。就労を斡旋するブローカーや雇用主たちに都合よく利用されてのことだ。

今回のウガンダ人選手の失踪問題は、はからずも日本の労働現場の「闇」をつまびらかにしている。

この事件を、アフリカからやって来た一選手の失踪事件に矮小化してはならない。新興国からやってくる若者を不法就労の闇に吸い込む、そんな「ブラックホール」のような仕組みがそこにはある。その事実を、私たちはもっと知るべきなのだ。

今回の事件が、彼らの存在に社会が気づき、そして、若い外国人を不法就労に向かわせるような制度の不備を改めるきっかけになるよう願いたい。

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出井 康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)近著に『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)などがある。

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(ジャーナリスト 出井 康博)

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