人事コンサル「新卒では"仕事のやりがい"より"企業ブランドの高さ"で会社を選ぶべき」
プレジデントオンライン / 2021年7月29日 9時15分
※本稿は、相原孝夫『職場の「感情」論』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■企業ブランドは自尊感情に直結する
会社選びにあたっては、一般的には仕事のやりがいや福利厚生などの処遇面を重視しがちです。しかし、多くの新卒者や転職者を見てきた経験からすると、そうした観点で会社選びをした場合、転職を繰り返し、キャリアを崩していく傾向も多く見られます。実際には、これらの点よりも、もっと重視すべきことがあるのです。
その一つに「企業ブランド」があります。
この点は、根源的な欲求である自尊感情と強く関わっており、入社後のモチベーションに大きく関係する重要な点と言えます。企業ブランドというのは、単に大きな会社であるとか、給料が高い会社ということではなく、多くの人が好感を持っているとか、優れた企業として認知されているという意味でのブランド力です。
この点について、不本意な就職をしたA君のケースから見てみましょう。第一志望でも、第二志望でもなく、志望順で言えば順位がつかない、その他の中の一社に入社したA君。大学の同級生たちの大半は、自分が第一志望としていたような、名だたる企業に就職していきました。
そういうこともあって、入社当初からA君は落胆していました。当然、新入社員研修にも身が入らず、「他の新入社員たちと一緒にしてほしくない」という感情を常に持っていました。配属後も、上司も先輩社員もどうしてもレベルが低く見えてしまいます。「自分は本来こんな会社に入るような人材じゃない」との思いを抱き続けているのです。
成果をあげて上司から褒められても特に嬉しくはなく、「自分がちょっと本気を出せば、これくらい当然だ」と思うばかりです。そうこうするうちに、下に見ていた同僚のうちの数人が、徐々に成果をあげるようになり、自信もついてきたようで、活き活きと仕事をしているのを目にするようになりました。こんな低いレベルで競い合っても仕方がないと思いつつも、A君は徐々に危機感を覚えるようになっていったのです。
■小さくても評判がいい会社だとやる気が出る
次に、希望していた会社に入社したB君のケースを見てみましょう。決して大手ではないが、希望していたV社に入社することができたB君。V社は規模は大きくないものの、経営理念が明確であり、先進的な経営をすることで世間的に名が通っていました。
優秀な人材が集まり、若くして重要な仕事を任され、どんどん成長すると評判の会社です。離職者もそこそこいるものの、独立したり、他社の重要なポジションに転身したり、社外でも活躍している人が多くいます。元Vと言われ、労働市場での人気も高いのです。職場は成果主義が徹底しており、仕事はやはり厳しいが、そういう会社だと覚悟して入ってきたわけだし、多少のことで音を上げるわけにはいかないとB君は思っています。社外の人に名刺を差し出すと、「ああ、Vにお勤めなんですね」と、常に好感をもって受け止められることも有り難いとB君は思います。
A君の場合は、入社時点からモチベーションが地を這っていたわけですが、好ましいことがあってもポジティブな感情は抱きづらく、逆に、ちょっとしたことでネガティブな感情を抱きやすい状況にあります。
一方のB君は、多少のことがあってもネガティブに振れることはなく、厳しい中にあってもポジティブな感情を維持しやすいのです。これらは企業のブランド力に拠るものです。企業の対外的認知度が高く、評判が高い場合、そこに所属する社員は自尊感情を抱きやすく、それは仕事への満足感につながり、置かれた状況や与えられた役割への納得感にもつながります。
■「組織風土」は入社後の成長に影響大
もう一つには、「組織風土」があります。この点も、根源的欲求のカギである、人間関係や成長と強く関わっており、モチベーションを持続するうえでとりわけ重要な要素です。
元同僚のE君は、外資系コンサルティング会社から、財閥系の中堅メーカーX社のマネジャー職へ転身しました。まだ30代前半であり、その会社のマネジャー職としては最も若い人材となるとのことでした。面接の際に、「我が社は財閥系らしく、少々お堅い風土があるかもしれません」と聞いていたことを、入社後に思い起こすことが多かったといいます。面接の際はさほどのことでもないと思い、気にも留めなかったようですが、実際に入社してみると、何かにつけその点が壁となって立ちはだかってくることに驚かされたそうです。
■何をするにも上司の許可が必要
たとえば、会議の場では、課長以上しか発言しない。部全体の会議で20名以上が参加しており、課長が自分を含め4名いるものの、ほとんどは部長と部長代理がしゃべっており、所々、追随するような意見を課長のうちの社歴の長い2人が述べるだけだったのです。その会議の形式的な進行からしても、E君にとっては大きな違和感を覚えるものでした。
また、ある時、ある他部門で扱っている製品について知識を持っておきたいと思い、その部門の担当の部長に内線を入れて趣旨を話したところ、「趣旨は分かったが、上からはまだそのような話は聞いていない」という返答があったというのです。
E君はその意味するところがにわかにはわからなかったそうですが、その会社では、他部門に何か協力を要請したり、情報を得たりする際にも、自部門長から相手方の部門長へ話を通してからでないと、事は前に進まないということでした。つまり、ちょっとしたことを聞きに行くにも、部長に話を上げて、部長から部門長に上げて、部門長から相手方の部門長へ話を通して、という上層部経由の長いプロセスを経なければいけなかったのです。
■悪しき組織風土が染みついてしまう
他のメンバーたちは、そのような点についてはとうにあきらめているようで、厄介で無駄な時間が掛かっているとは思いつつも、そうした社内手続きを忠実に実行していました。しかし、E君としては、そんなスピード感でこれまで仕事をしたことはなかったし、そんなことをしていては組織の競争力が保てるとは到底思えず、何かにつけてガチガチに決められている社内手続きには閉口せざるを得ませんでした。とはいえX社のたくさん存在する暗黙のルールが早晩改められるとは思えず、悶々とした日々を過ごしているのです。
このように、組織風土というものは、働き方や仕事の進め方に多大な影響を及ぼします。自分自身の価値観と合わない場合には大きなフラストレーションを抱え込むことにもなります。また、新卒で入った企業の風土によって、その後の職業人生が変わると言っても過言ではありません。その風土に応じた仕事の仕方が自然の身に付いてしまうからです。
職業人として、どのような能力を身に付けていくことができるのか、また、どのようなキャリアを歩んでいくことが可能となるのか、そうした選択肢に、最初に属した組織の風土がとても大きな影響を及ぼすのです。しかし、組織風土は、入社してみないとなかなか把握しづらいものではありますが、新卒者であれば、リクルーターや先輩の社員などに聞いてみるたり、ネット上の情報を参照するなり、できるだけ事前に把握しておくことが重要です。
■やってみないと好きかどうかわからない
一方で、職業選択に際して、「好きなことを仕事にしなさい」ということもよく言われます。「好きなことを仕事にすれば、それはもはや仕事ではなく、熱中してほぼ休みなく働き続けることができる」というわけです。こうした考え方の影響もあり、若い世代の人たちは、より意味のある仕事、より自分に向いている仕事を追い求める傾向にあります。
しかし、好きなこと、情熱を注げることを仕事にすることは、容易いことではありません。そもそも、新卒採用が主である日本においては、やったこともない仕事に就いて、自分が情熱を注げるかどうかなどわからないのではないでしょうか。さらには、職種別採用でもないような場合には、どのような職場に配属されるかもわからないままに、そうした判断ができるはずもありません。
■失敗した時に仕事内容のせいにしがち
それと同時に、こうした考えはある弊害を招いている可能性もあります。
仕事で失敗をしたり、辛いことがあったりした場合、「自分が好きな仕事ではないからだ、情熱を注げる仕事ではないからだ」と簡単に結論づけてしまいかねないのです。そして、より自分に向いた仕事を求め、適職探しを始め、転職をすることになります。
それゆえ、「好きなこと、情熱を注げることを仕事にしなさい」というアドバイスはいささか無責任な甘言であるように思えてなりません。配属された職場での仕事について、うまくいかない、叱られてばかり、評価されないなど、新入社員時には普通にあることですが、そんな時にふと思い出すのです。そして確信するのです。「情熱を注げる仕事ではないからうまくいかないのだ」と。
情熱のスイッチをすぐに押してくれる仕事など、そうあるものではありません。この点について誤った思い込みをしている人は、新たに始めた活動が難しそうに感じると、すぐに挑戦をやめてしまいがちです。
■自尊感情と成長欲求が満たされることが大事
望ましいキャリアを形成していくうえでは、まずは職業人として、あるいは組織人として、十分な実力をつけることが不可欠です。実力をつける前に転職を繰り返してしまうような場合は、当然ながらキャリアを崩していく方向となりやすいのです。実力をつけるうえでは、理不尽なことが多くある新入社員や若手社員の時代に、忍耐強く仕事をし続けるため、モチベーションを維持する必要があります。
そうした観点からすると、やりがいというのは、一定の実力がつき、自分の裁量で仕事をして初めて感じることができるものであり、若手社員の時に、上司や先輩から言われた通りに業務をこなしている段階では感じづらいものです。
また、給料や福利厚生などの金銭的インセンティブは、その特徴として、短期的な効果しかないということが知られています。長くは持続しないのです。そもそも、若手社員の頃には給料も高くはないはずです。
新入社員や若手社員であっても、享受することができ、長期的に持続するモチベーション装置となるものはなにかと言えば、自尊感情や、人間関係や成長に関わる欲求が満たされることです。自分の存在が周囲から尊重されているという思いや、良い風土の中で、人間関係に恵まれた状態で仕事ができることや、成長できる環境があるという点は、誰もが持っている根源的欲求に根差した点であり、モチベーションを維持するうえでカギとなる要素です。
このような理由から、新卒で会社選びをする場合、仕事のやりがいとか、給料や福利厚生などの処遇面を重視して会社選びをすることはリスクが高いと言わざるを得ません。
それよりは、企業ブランドが高いなど、自尊感情を維持しやすい組織に所属することや、人間関係や成長に関わる重要な欲求が満たされるような組織風土の中で働く方が賢明な選択と言えるのです。多少のことがあってもモチベーションを失わず、忍耐強く実力をつけていくことができ、充実した職業人生を送っていくうえで現実性の高い選択となるのです。
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人事・組織コンサルタント
株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長。早稲田大学大学院社会科学研究科博士前期課程修了。マーサージャパン株式会社代表取締役副社長を経て現職。人材の評価・選抜・育成および組織開発に関わる企業支援を専門とする。主な著書に『職場の「感情」論』『バブル入社組の憂鬱』『ハイパフォーマー 彼らの法則』(以上、日本経済新聞出版)、『仕事ができる人はなぜモチベーションにこだわらないのか』(幻冬舎)などがある。
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(人事・組織コンサルタント 相原 孝夫)
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