「心理テストはウソだらけ」"吊り橋を一緒に渡れば恋に落ちやすい"もウソだった
プレジデントオンライン / 2021年7月27日 9時15分
※本稿は、橘玲『スピリチュアルズ「わたし」の謎』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■どきどきした感じを、脳が恋のときめきと勘違い?
心理学を勉強したことのあるひとは、情動の錯誤帰属の例として「恋の吊り橋実験」を聞いたことがあるかもしれない。心理学のもっとも有名な実験のひとつで、1974年にカナダの心理学者によって行なわれた。
被験者は18歳から35歳までの独身男性で、ランダムに2組に分けられて揺れる吊り橋とコンクリートの丈夫な橋を渡った。橋の中央では魅力的な若い女性が待っていて、「私は心理学を勉強している大学院生です。調査に協力してもらえませんか」と声をかけられる。
被験者の男性がOKして簡単な心理テストに答えると、「結果を詳しく聞きたければ電話してください」と電話番号を書いた紙を渡される。
すると、揺れる吊り橋を渡った男性は(電話番号の紙を受け取った)18人中9人が電話をかけたのに対し、コンクリートの橋では電話したのは16人中わずか2人だけだった。なぜなら、揺れる吊り橋の上でのどきどきした感じを、脳が恋のときめきと勘違いしたから──。
この実験はものすごく印象的だし、デートの場所としてジェットコースターやホラー映画が人気がある理由をうまく説明するので、恋愛の心理学では頻繁に紹介されている。だがその後、「この実験手法では結果を一般化できないのではないか」との批判が出てきた。──被験者になった独身男性がランダムサンプリングされていない(吊り橋のある国立公園にいた独身男性に声をかけた)とか、電話することと「ときめき(恋愛感情)」は別だ、などが指摘されている。
■有名な心理実験に次々と疑問符
だがいちばんの問題は、「魅力的な」女性でないと効果がないことだ。その後の実験で、「魅力的でない」女性から声をかけられるとこうした帰属エラーは起こらず、逆に不快感が強まることがわかった。「どきどき感」を好意に帰属させることができず、「なんでこんな質問に答えなければならないんだ」という気持ちに帰属させてしまうらしい(※1)。
これが心理学における「再現性問題」で、パワーポーズ(両手を腰に当て胸を張るとホルモンが出て自信がみなぎる)、表情のフィードバック(口にペンをくわえると笑顔になり気分も幸せになる)、視線による抑止効果(目を描いて監視するポスターを見たひとは誠実に振る舞う)など、誰もが知っている有名な心理実験に最近では次々と疑問符がつけられている。
その多くは、「恋の吊り橋実験」と同様に、現在の心理実験の基準を満たしていないとか、同じ状況で再現してみても統計的な有意性が観察できないとか、別の説明が可能で因果関係が証明されたわけではない、というものだ(※2)。──再現性がないからといって実験結果が否定されたわけではないことに留意されたい。
これから紹介する心理実験のなかにも「再現性問題」が指摘されているものがあるので、ここで簡単に検討しておこう。
※1 越智啓太『恋愛の科学 出会いと別れをめぐる心理学』実務教育出版
※2「心理学実験、再現できず信頼揺らぐ学界に見直す動き」日本経済新聞2019年12月14日
■マシュマロ・テストやスタンフォード監獄実験まで……
マシュマロ・テストは1960年代後半から70年代前半にかけて心理学者ウォルター・ミシェルが行なったもので、「人間行動に関するもっとも成功した実験のうちのひとつ」とされている。
ミシェルは、保育園に通う4歳から5歳の子どもに、目の前にあるマシュマロをすぐに食べるか、20分がまんしてもうひとつマシュマロをもらうかを選ばせた。
その後、30年以上にわたって実験に参加した子どもたちを追跡調査したところ、マシュマロをがまんできた子どもは学校の成績がよく、健康で(肥満指数が大幅に低かった)、犯罪などにかかわることが少なく、大学卒業後の収入が高かった(※3)。
この実験は、ビッグファイブの特性のひとつである「堅実性(自制心)」が高いと社会的・経済的に成功できることと、それが(ある程度)幼児期に決まっていることを示して、教育熱心な親たちに衝撃を与えた。
だがこれも、2018年の再現実験では当初のような大きな効果は確認できず、「生まれ育った家庭環境の影響の方が重要」とされた(※4)。
さらに大きな議論を呼んだのは心理学者フィリップ・ジンバルドーの「スタンフォード監獄実験」で、刑務所を舞台に、被験者の大学生を「看守役」と「囚人役」に割り振ったところ、わずか数日で看守役がきわめて暴力的になり、錯乱する囚人役も出たため実験を中止せざるを得なくなった(※5)。
ところがその後、実験者が看守役に対してもっと荒々しくふるまうよう指示している録音テープが公開されたり、当時の参加者が「看守役は退屈で毎日ぶらぶら歩きまわっていた」「実験に協力するために、映画『暴力脱獄』を思い出して囚人たちを苦しめる演技をした」などの証言をするようになった。
2002年にBBCと共同で行なわれた実験でも、「(ふつうのひとが“悪魔”に変わる)ルシファー・エフェクト」は再現できなかった。
※3 ウォルター・ミシェル『マシュマロ・テスト 成功する子・しない子』ハヤカワ文庫NF
※4 Tyler W. Watts, Greg J. Duncan and Haonan Quan(2018)Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes, Psychological Science
※5 フィリップ・ジンバルドー『ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』(海と月社)。ドイツ映画『es[エス]』、それをリメイクした『エクスペリメント』、ジンバルドーを主人公にした『プリズン・エクスペリメント』など映画化もされている。
■「再現に失敗」と「心理的な効果がない」は違う
こうした批判に対してジンバルドーは、一般の刑務所では新入りの看守に対してはるかにきびしい指導をしていると反論し、「映画を思い出して演技しただけだ」との参加者の証言については、ジャーナリストの質問にこう反論している(※6)。
(この参加者は)公にこういう発言をしています。「自分の想像できる限り最も酷い看守、最も残忍な看守になってやろうと思った」録画もされたインタビューでそう話しているんです。
また、「囚人たちは自分の意のままになる操り人形のようなもの」と感じていて、だから怒って反乱を起こす瀬戸際まで、最大限ひどい仕打ちをしてやろうと思っていた、と言っています。
反乱は起きなかったので、彼の態度が和らぐことはありませんでした。酷い虐待はずっと続き、日に日にエスカレートしていきました……
実験から40年以上たって、参加者の記憶が改変されていたり、解釈が変わっていることもじゅうぶんに考えられる。かつての参加者の証言を無条件に正しいものと決めつけることはできないし、「再現に失敗した」ことと「心理的な効果がない」ことは同じではない。
「科学的な真実」がどこにあるかを見極めるのはきわめて難しく、再現性に疑問が呈されている心理実験をすべて否定してしまうと話が進まなくなるので、本書では一定の留保をつけて引用することにしたい(※7)。
※6 ジョン・ロンソン『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』光文社新書
※7 再現性問題全般についてはStuart Ritchie (2020) Science Fictions: How Fraud, Bias, Negligence, and Hype Undermine the Search for Truth, Metropolitan Booksを参照。
■無意識の驚異的な「直観知能」
フロイトは無意識(イド)を、混沌とした性的欲望(リビドー)の渦のようなものと考えたが、いまでは「無意識にも高い知能がある」ことがわかっている。このことは、次のような実験で確かめることができる。
実験参加者は、コンピュータを使った簡単なゲームをするよう求められた。モニタは4分割されていて、そこに「X」という文字が現われると、その位置に対応する4つのボタンのどれかを押す。
参加者は「X」がランダムに表示されると思っていたが、じつは12パターンの複雑な規則に従っていた。たとえば「X」が同じ区画に2回続けて現われることはなく、3番目の提示位置は2番目の位置に依存し、4番目の提示位置はそれに先行する2つの試行に依存し、少なくとも他の2つの区画に現われるまで元の場所に戻ることはなかった。
ところが不思議なことに、実験が進むにつれて参加者の成績は着実に伸びていった(「X」が画面に現われてから正しいボタンを押すまでの時間がどんどん短くなっていった)。
これは参加者が「学習」していることを示しているが、なぜ成績がよくなったのか訊ねても、複雑な規則の存在はもちろん、自分がなにかを学んでいることすら誰ひとり気づいていなかった。
次に研究者は、突然、規則を変更して「X」が現われる場所を予測する手がかりを無効にしてみた。すると参加者の成績は大きく低下した(ボタンを押すまでの時間が長くなった)が、なぜ課題をうまくこなせなくなったかは誰もわからなかった。
より興味深いのは、参加者の全員が心理学の教授で、自分がやっているのが無意識の学習に関係していることを知っていたことだ。それにもかかわらず、心理学の専門家たちは自分がなにを「学習」し、なぜ急に「学習」が通用しなくなったのかまったく理解できなかった。
教授のうち3人は「指が急にリズムを失った」といい、2人は研究者が注意をそらすためにサブリミナル画像を瞬間的に画面に映したにちがいないと確信していた(※8)。
この印象的な実験は、IQ(知能指数)テストで計測される「言語的知能」「論理・数学的知能」のほかに、「直観(パターン認識)知能」とでもいうべきものがあることを示している。
それは「多数の入力情報を素早く非意識的に分析し、その情報に効果的方法で反応する」能力で、「職人の知恵」「暗黙知」というのは多くの場合、この直観知能のことをいうのだろう。
※8 Pawel Lewicki, Thomas Hill and Elizabeth Bizot (1988) Acquisition of procedural knowledge about a pattern of stimuli that cannot be articulated, Cognitive Psychology
■高等教育を受けていなくても「ものすごく賢い」
脳にはさまざまな感覚器官を通じて膨大な量の情報(データ)が送り込まれてくる。五感の感覚器にある受容細胞とそこから脳に向かう神経系から計算すると、脳はあらゆる瞬間に1100万要素以上の情報を取り入れており、視覚だけでも1秒あたり1000万以上の信号を受信して脳に送信している。
それに対して光の点滅など、ヒトが意識的に処理できる刺激は1秒あたり最大でも40要素にすぎない。
だが意識が処理できないからといって、この膨大な情報を捨ててしまうのはあまりにもったいない。進化が生存と生殖に最適化するよう神経系=脳を「設計」したならば、これらの情報は意識がアクセスできないところで自動的に処理されているはずだ。
夜道を歩いているとき、なにかの気配を感じて思わず立ち止まることがある。眼球がつねに微細に振動しているからで、サッカードと呼ばれるこの眼球運動から入力される情報は通常、無意識で処理されているが(そうでないと世界が揺れ動いて倒れてしまう)、なにか異常なことを察知するとそのときだけ意識にのぼる。
これがいわゆる「第六感」で、「見ていない」ものに気づくだけでなく、意識が聞き取れない音や、意識が感じられない空気の流れなどを瞬時に察知し、「直観知能」によって適切な対応をとるよう身体を操作している。
高等教育を受けていなくても「ものすごく賢い」といわれるひとがいるが、無意識の知能が(12パターンの複雑な規則を見破って「学習」するように)ときに驚くような能力を発揮するのは不思議でもなんでもないのだ。
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作家
2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。2005年発表の『永遠の旅行者』が山本周五郎賞の候補に。他に『お金持ちになる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』などベストセラー多数。
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(作家 橘 玲)
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