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「顔を見かけるだけでPTSDが悪化」いじめ加害者を平気で使うテレビの罪

プレジデントオンライン / 2021年7月26日 17時15分

Cornelius @corneliusjapanのTwitter画面より

過去にいじめやレイプの被害を受けた人や津波で家族を失った人が、その後も長くPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむケースは少なくない。精神科医の和田秀樹氏は「加害者の顔や名前をメディアで見聞きするたびに、フラッシュバックや悪夢を繰り返し、症状が悪化するケースがある」と指摘する――。

■小山田圭吾氏の顔をテレビで見るとPTSDが悪化する人がいる

コロナ禍で開催に反対する意見が根強いなかスタートした東京オリンピック。開会式直前には重要メンバーの辞任が相次ぐ前代未聞の事態となった。

小山田圭吾氏(52)は過去の障害者の同級生に対するいじめ告白が表面化していたにもかかわらず、開会式の冒頭部分の作曲担当になったことが問題視された。

その後、オリンピック・パラリンピックの文化プログラム「MAZEKOZEアイランドツアー」に出演していた、絵本作家ののぶみ氏(43)は自伝で学生時代に教師に腐った牛乳を飲ませたと書いていることが明るみになり辞任。

さらに開会式と閉会式のショーディレクターを務める小林賢太郎氏(48)がナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺を揶揄(やゆ)するセリフを使用していたとして、開会式の前日の22日に解任された。

ネット上では、オリンピックの組織委員会の不手際や該当者の言動への批判が今も続いているが、一部には別の声もある。それは、「過去の発言でここまでの断罪が必要なのか」というものだ。「せっかく更生しているのに」という同情の声だろう。

これまで本欄では、本来頭のいい人が、頭が悪いと言われても仕方がないような言動をしてしまう現象の背景を精神科医の立場で述べてきた。基本的な姿勢としては「罪を憎んで、人を憎まず」である。

しかし、その一方で精神科医として私が常に重視しているのは「トラウマ」の問題だ。たとえば、10代の頃にいじめやレイプを受けて、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になり、20代以降も苦しむ人がいるとしよう。

■元加害者を人前に出すことで傷つく被害者たちがいる

PTSDの重要な症状のひとつに、フラッシュバックや悪夢がある。

仕事中や運転中に、突然トラウマを受けた現場の映像などが鮮明によみがえってきて精神的な不快感や不安定をもたらすのがフラッシュバックだ。あるいは、その場面の悪夢を繰り返して見るために不眠に苦しむ人もいる。

フラッシュバックや悪夢は、日常生活上でトラウマ現場を想起させる状況・映像によって誘発されるものだ。たとえば、津波で目の前で家族が亡くなった人の場合、津波の映像を見ることで、フラッシュバックや悪夢のような再体験と呼ばれる症状が起きる。そのため、テレビで震災の時期の追悼番組などでは、津波のシーンをなるべく流さないようにしたり、事前に告知したりして見ることを避けられるようにしている。

小山田氏にしても、かつて暴走族のリーダーだったというのぶみ氏にしても、武勇伝として自分の過去の過ちを反省もせずに堂々と語った内容は何の言い訳もできないものだ。それに加えて私が問題だと感じるのは、メディアの姿勢だ。

小山田氏やのぶみ氏に限らず、加害者である彼らが「成功者」になってメディアなどに露出するとどうなるか。過去に被害を受けた人々は彼らの顔を目にするたびにフラッシュバックが生じてしまう危険がある。

■堂々と武勇伝を語る元いじめ加害者、元暴走族を電波に乗せるな

医師としては、そうした事態が起きることを看過することができない。以前から、元暴走族やそのリーダーであったことを公言する人が俳優やタレントになってテレビに出ることを苦々しく思っていた。

彼らの中には、「暴力をふるったことがない」などと公言する人もいるが、本当だろうか。「弱い者いじめをしたことがない」という人もいるが、弱いものいじめでなくても、敵対勢力を暴力で痛めつけたことがあれば、相手側は相当のトラウマを受け、PTSDになってもおかしくない。

辞書のPTSDの見出しにピンクマーカー
写真=iStock.com/Devonyu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Devonyu

そういう被害者は彼らがテレビに登場するたびに症状を悪化させる可能性があるわけだが、テレビ局の制作者はこうした心理学や精神医学の知識が乏しいため、彼らを平気で起用するのだろう。

敗者復活戦を認めなければ「元暴走族や元非行少年はずっと更生できない」という人もいるだろうが、更生する方法は他にもある。

元暴走族のリーダーであっても、例えば、被害者がわざわざ見に来ない(偶然見てしまうことはないとは言えないが)舞台俳優になるのなら、問題ないだろう。そうした方法なら賛同したい。要するに、テレビのような不特定多数が見る場に出てくるのは遠慮すべきであり、制作者も起用すべきではないと私は言いたい。

過去の過ちのためにテレビに出られないのが人権侵害という人もいるかもしれない。だが、過去に彼らによってひどい目に遭った人が、そのたびに症状を悪化させるとしたら……。被害者の人権を優先させるべきなのは当然の話ではないだろうか。

加害者のほうが有名人の扱いを受け、十分な収入を得ているのに、被害者のほうはその被害のために社会生活を営めなかったり、定職に就けなかったりするのに、さらにその映像を見ることでさらに症状を悪化させるとしたらまさに理不尽である。

■有名人であれば完全に別名にして、マスクで顔を隠すべき

そうした意味で、メディアなどが加害者をバッシングする行為は実は好ましくない。

今回、メディアやネット上では小山田氏やのぶみ氏に対する断罪の声が相次いでいる。その際、小山田氏らの顔写真や映像が掲載・放映されることが多い。また、その名前が連呼される。被害者にとってそれらがフラッシュバックの誘因になるかもしれない。

過去、自らの言動によって人の心を傷つけた人は、自分の生き方について一定の制約が課せられることはいたしかたない。厳しい言い方になるかもしれないが、有名人であれば完全に別名にして、マスクで顔を隠すなどして、被害者の病状を悪化させない形でしか有名人としての活動はできないというのが被害者保護の精神と言える。

PTSDの症状が残る人の中には加害者に対してなんらかの“告発”を試みる人もいるが、うまくいくとは限らない。

2年前、32歳の女性が16歳のときにある有名お笑いタレントから淫行被害を受けたことを写真週刊誌に告発した事例があった。これに対して、別の有名お笑いタレントがラジオ番組の中で「まぁちょっと古いんだよな、情報が」と切り捨て、話を切り上げたことがある。

外から見ている立場ではそのように思われるかもしれないが、とくに性的なマターについては、若い頃に事の重大性や意味がわからず、10年20年経ってからやっと人に告白できるようになることは珍しくない。いや、むしろそちらのほうが通常のパターンである。

■被害者が自らのことを語れるようになるには長い年月が必要

私が監督・製作総指揮を務めた映画『私は絶対許さない』(2017年)は、15歳のときに集団レイプ被害を受け、壮絶なトラウマに悩まされた女性の半生を本人の手記を基に描いたものだ。この女性は自分の性被害を告白する本を書けたのは被害を受けてから20年も経過してからのことだった。

©2018「私は絶対許さない」製作委員会
©2018「私は絶対許さない」製作委員会 オフィシャルページより

最近、有名な国際政治学者が14歳のときの性被害を自身の著書に綴って話題になったが、これにしてもやはり告白までに20年以上を要している。

性被害のような場合は、PTSDのような形にならなくても、一生人間不信が続くような場合もあり、幸せな家庭生活が送れなくなる人もいる。さらに『私は絶対許さない』の被害者のように自分を傷物のように思って、性風俗の世界に足を踏み入れる人もいる。

林真理子さんの『小説8050』(新潮社)では、いじめを契機に引きこもりになった少年が、長年の無駄な人生から訴訟という形で立ち上がる姿を描いている。最近、実在の事件でもそのような形で闘う話が報じられていた。

被害者の心の再生には恐ろしく時間がかかり、再生できずに一生引きずることもある。いずれにしろ失われた時間は返ってこない。また、ほとんどの被害者はそのような訴訟を起こせず泣き寝入り同然で心の傷に苦しんでいるのである。

つまり、被害者の人生をめちゃくちゃにしてしまうのである。トラウマの被害というのは、それだけ長く続くものだ。私は他人に大きなトラウマを与えるような集団暴行、性犯罪、恐喝のような事案に関しては時効をなくすべきだと考えている。

未成年の頃に犯したことであっても、相手のトラウマ症状が長く続くのであれば、それが癒えるまで、希望の職業に就けないのはしかたがない。それは自業自得なのだ。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。

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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)

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