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「最新科学の残酷な事実」貧困家庭の若者は強い意志で成功を掴んでも寿命が短い

プレジデントオンライン / 2021年7月29日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

最先端の科学では人間の脳=こころの謎が次々明らかになってきている。著書『スピリチュアルズ「わたし」の謎』(幻冬舎)でその全貌を紹介した作家の橘玲氏は「貧困家庭に育った若者が高い自己コントロール力を使って成功したとしても、さまざまな病気を発症し老化が早まるという研究がある」という──。

※本稿は、橘玲『スピリチュアルズ「わたし」の謎』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。

■「どうすればダイエットできるか」必要な3つのルール

現代社会においてもっとも意志力を問われるのがダイエットであることは間違いない。行動遺伝学は、体重は身長と同じく(あるいはより以上に)遺伝の影響を強く受けることを明らかにした。背の高い親の子どもが高身長になるのと同じように、親が太っていれば子どもも同じように太る可能性が高いのだ。

橘玲『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』(幻冬舎)
橘玲『スピリチュアルズ「わたし」の謎』(幻冬舎)

一般に、遺伝率の高い形質を個人の努力で変えるのはきわめて難しい。遺伝的に足の遅い子どもは、どんなに努力してもウサイン・ボルトにはなれない。同様に遺伝的に太る体質のひとは、どれほど努力してもモデル体型にはなれないのかもしれない。

ただし体重管理には、身長などの身体的特徴はもちろん、運動神経や音楽的才能、知能などとも大きく異なる要素がある。当たり前の話だが、食べなければ誰でもやせるのだ。これが、ダイエットが現代において意志力を測る指標にされる理由だろう。

しかし現実には、いくら食べても太らないひともいれば、すぐに太ってなかなかやせないひともいる。生得的な要素を無視して、一律に「太っているから意志が弱い」と決めつけるのはあまりにも理不尽だ。あなたがダイエットに失敗してばかりいるとすれば、それはおそらく、遺伝的にダイエットに向いていないからだろう。

ここまでを前置きにして、「どうすればダイエットできるか」を考えてみよう。バウマイスターは、ダイエットに必要なのは次の3つのルールだという。

① ダイエットしない
② チョコレートを断つという誓いは立てない。他の食品についても同様
③ 自分を評価するときも、他人を評価するときも、肥満と意志力の弱さを一緒にしない

■ダイエットに成功するにはダイエットしないこと

実験用ラットにコントロール食でダイエットさせると、最初のダイエットでは体重が減るが、ダイエットをやめて自由に食べさせると徐々に太りはじめ、もういちどダイエットすると同じ体重まで減らすのに前回より時間がかかる。

そしてまたやめると、前回よりも早く体重が増える。このサイクルを3回か4回繰り返すと、たとえ摂取カロリーを少なくしても増えた体重が減らなくなる。

これはヒトを含むすべての生き物が、進化の過程のなかで飢餓を乗り越えるために、体重を一定に維持しようとする仕組み(恒常性=ホメオスタシス)をそなえるようになったからだ。

ダイエットすると身体は飢餓の危険を察知し、できるだけ脂肪細胞を手放すまいとする。このリバウンド効果によって、ダイエットを試みれば試みるほど太っていく、という残念なことになる。

この罠にはまらないもっとも効果的な方法は「ダイエットしない」こと、すなわち身体に飢餓状態のサインを送らないことだ。短期のダイエットで急激に体重を落とそうとするのは、モデルや俳優などプロポーションの維持に職業人生を懸けているならともかく、最悪の方法だ。

ダイエットは長期の計画で現実的な目標を立て、スピリチュアルが飢餓に気づかないようこっそり行なわなければならない。

■「どか食い」してしまう理由

ダイエットしているひとは、頭のなかで1日に摂取する上限のカロリーを決めていて、なんらかの理由でそれを超えてしまうと(心理学の実験に参加して大量のミルクシェイクを飲まされたとか)、その日のダイエットは失敗と見なして「もう取り返しはつかないのだから、今日は楽しんだ方がいい」と考える。

これは専門用語で「逆調節的摂食」と呼ばれるが、「もうどうでもいい!」効果といった方がわかりやすいだろう。

すべての生き物は、空腹になると「食べなさい」というサインが出されるようにできている。

それでも食べないと徐々に飢餓感が高まり、最後は「このままだと死んでしまう!」というアラートが鳴り響くようになる。

ダイエットというのは、この「食べなさい」というシグナルを意志力によって無視することだ。だがこうした努力を続けていると、「もう食べなくてもいい」という満腹のサインもいっしょにわからなくなる。その結果、一線を越えると歯止めがかからなくなり「どか食い」してしまう。

ダイエットは意志力で食欲を抑えつけるので自我消耗の状態になる。ここで自己コントロール力を回復させようとすると、脳にエネルギーを供給するグルコース(ブドウ糖)を摂取しなければならない。「食べないようにするためには食べなくてはならない」という皮肉な事態だ。

■家に帰ったら真っ先に歯を磨く

このジレンマを解消する魔法の杖はないが、ヒントをいくつか紹介しておこう。もっとも簡単ですぐに実行可能なのは、「家に帰ったら真っ先に歯を磨く」だ。

歯を磨く女性
写真=iStock.com/key05
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/key05

ダイエットに失敗するのは、無意識が発する「空腹」の警告を制御できないからだ。だがスピリチュアルは、高い知能をもっているものの、ときに単純なトリックに引っかかる。

子どもの頃から寝る前に歯を磨く習慣がついていると、「夜、歯磨きをしたら、それ以降はなにも食べない」というルールが内面化されている。

それでも空腹を感じるかもしれないが、「ここで食べたらまた歯磨きをしなくてはならない」という面倒くささが、夜食を避けることを手助けする。これが「習慣の力」だ(※1)

もうひとつは、体重の変化をこまめに監視することだ。これはレコーディングダイエットとして知られているが、いちいち体重をノートに書きつけるよりも簡単な方法がある。

それはベルトのあるズボンやウエストのぴったりしたスカートをはくことだ。これだとお腹が苦しくなるから、そのサインに気づいて食べるのをやめることができる。一方、ベルトのいらないスウェットなどを着ていると腹まわりの変化に気づかず、体重が増えやすい。

ダイエットに必死なひとは、「ぜったいに食べない」となんども誓う。だが研究によると、こうした自分との約束はほとんど効果がない。

■食べることを拒絶すればするほど食べ物にとらわれていく

映画を上映する部屋にチョコレートの入った皿を置き、ある被験者には1粒も食べないよう指示し、別の被験者には、「映画を観ているときは食べてはいけないが、終わったら食べられる」と告げ、残りの被験者には好きなだけ食べてもらった(※2)

映画が終わったあとに、チョコレートを食べるのを横目で見ていた2つのグループを呼んでアンケートに答えてもらう。

そこにはチョコレートのボウルが置いてあり、研究者は思い出したように、「これで実験は終わりです。今日はみんな帰ってしまったので、余った分は好きなだけ食べていってください」と告げる。

これは、「映画が終わったらチョコレートを食べていい」といわれていたひとにとっては、延期していた楽しみを実行する絶好の機会だ。だが彼らが食べた量は、「1粒たりともチョコレートを食べてはいけない」と命じられていたグループよりはるかに少なかった。

ダイエットが困難な理由は、食べることを拒絶すればするほど食べ物にとらわれていくことだ。これは無意識の作用なので、意識で抑えつけようとしてもいずれ意志力が枯渇してしまう。

だがこの実験は、食べることを拒絶するのではなく、「楽しみはあとにとっておこう」と考えた方が、食べる量を減らせることを示している。「いつかは食べられる」と考えることで、スピリチュアルに対し、「食べないと死んでしまう」というアラートを鳴らす必要がないと伝えることができるのだ。

※1 チャールズ・デュヒッグ『習慣の力』ハヤカワ文庫NF
※2 バウマイスター、ティアニー『WILLPOWER 意志力の科学』インターシフト

■意志力を使うと勉強や練習の成果が落ちる

人類が生きてきた大半の時代にはお金を預ける銀行などなく、目の前にあるものはすぐに手に入れないと生き延びることはできなかった。

ところが産業革命以降、「とてつもなくゆたかで安定した社会」に放り込まれ、かつてないほど確実性の高い未来が約束されるようになったことで、旧石器時代の脳がうまく適応できなくなってしまった。

こうしてわたしたちは、ダイエットから勉強、仕事の成果に至るまで、欲望を制御し、ものごとを先延ばししないよう意志力(自制心)を鍛えなければならなくなった。

だが最近になって、困惑するような研究が出てきた。意志のちからで欲望を抑えようとすると、勉強や練習の成果が落ちてしまうというのだ(※3)

なぜこんなことになるかというと、「意志力をふりしぼることで脳のリソースを使い果たしてしまう」からだという。「徹夜で勉強したけどぜんぜん頭に入らない」という経験は誰にもあるだろうが、これは限りある資源を別のところで使っているのだ。

この結果は、バウマイスターの「ラディッシュ実験」とも整合的だ。制御系のネットワークを使って報酬系の活動を抑え込もうとしても、その「意志力」そのものがストレスを生む。

すると交感神経が活性化し、血中のストレスホルモンが増えるので、脳=スピリチュアルはそれを逃走/闘争状況だと誤認する。これが長く続くと、ストレスを筋肉の疲労と「帰属エラー」して、実際に疲れ果ててしまうのだ。

※3 Jane Richards and James Gross (2000) Emotion regulation and memory: The cognitive costs of keeping one’s cool, Journal of Personality and Social Psychology

■努力すると寿命が縮む

さらに不穏なのは、貧困家庭に育った若者が高い自己コントロール力を使って成功したとしても、さまざまな病気を発症し老化が早まるという研究だ(※4)

社会的・経済的にハンディキャップを負う若者でも、強い意志力をもてば成功の可能性が高まることがわかってきた。これは素晴らしい話だが、その一方で、欲望を抑え込もうとしたことで身体がストレス反応を起こし、血圧が上昇したりする。

これが長期間続くと、やがては健康に重大な影響を及ぼす。「努力は寿命を縮める」のだ。この研究で目を引くのは、比較的恵まれた家庭で育った若者には、このような現象は見られなかったことだ。これも、堅実性パーソナリティが(ある程度)成育環境で決まることで説明できるだろう。

「残酷な事実」ではあるものの、比較的余裕のある家庭で生まれ育ち、もともと堅実性の高い子どもは、勉強で意志力を使ったとしてもあまりストレスに感じず、健康に影響しないようだ。

だがこれは、「金持ちの家に生まれれば高い堅実性パーソナリティでなにもかもうまくいく」ということではない。そのことをよく示すのが井川意高さんで、大企業の御曹司として生まれ、最難関の大学を卒業し、ビジネスの第一線で活躍しながら、ギャンブルが報酬系に与える刺激をコントロールできず深みにはまっていった。

その経歴からわかるように、井川さんの堅実性スコアは本来、きわめて高い。金曜の夕方に仕事を終えるとシンガポールに飛び、そのまま「マリーナベイ・サンズ」で徹夜でギャンブルして、日曜の深夜便を使って月曜早朝には東京に戻り、出社するという「狂気と紙一重」の行動を続けていた。

堅実性が高くなければとうていこんなことはできず、仕事など放りだしてしまうだろう。

このように、どれほど制御系ネットワークが強力でも、報酬系にいったんスイッチが入ってしまう(ツボにはまる)と、意志のちからでスピリチュアルに抵抗することはできないのだ。

※4 Gregory E. Miller et al. (2015) Self-control forecasts better psychosocial outcomes but faster epigenetic aging in low-SES youth, PNAS

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橘 玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。2005年発表の『永遠の旅行者』が山本周五郎賞の候補に。他に『お金持ちになる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』などベストセラー多数。

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(作家 橘 玲)

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