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「妻を亡くしてからずっと一人」88歳男性が友達づくりのために始めた"意外な方法"

プレジデントオンライン / 2021年8月2日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monkeybusinessimages

7人に1人が孤独を感じているとされるイギリスでは、孤独は重要な健康問題と捉え、官民挙げて解消に取り組んでいる。ジャーナリストの多賀幹子さんは「細やかな目配りで高齢者を笑顔にしたイギリスの事例から日本が学べるものは多い」という――。

※本稿は多賀幹子『孤独は社会問題』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■「7人に1人」よりも多くの人が孤独を抱えている

英国赤十字社は約6560万人の人口のうち、「常に」または「しばしば」孤独を感じる人は900万人以上いると報告している。約7人に1人という計算だ。ただ、孤独であるとは認めない「隠れ孤独」も少なくないだろうから、実際はこれ以上の数字が予想される。

孤独は、退職や離婚、配偶者の死亡などの大きな転機に意識されやすく、適切なタイミングで支援が受けられない場合は、健康にも悪影響をもたらす。孤独は年齢と無関係といわれているが、やはり高齢者は孤独に陥りやすいようだ。それだけに、イギリスのボランティア団体の中には高齢者向けのものが目立つ。

慈善団体「Alive Activities(アライブ・アクティビティーズ)」(本部ブリストル、2009年設立)は、「老人ホームに暮らす高齢者が外部の社会と密接につながり、個人として価値ある存在であることを認識してもらう。ダイナミックな行動を促し、創造性を養ってもらう」がモットーだ。高齢者には楽しくて、機会に恵まれた意味ある毎日を過ごしてほしいという。つまり、高齢者にとって現在の暮らしをもっと幸せにするのが目的だ。

■坂くだりで高齢者の笑顔がはじける

とにかくアイディアがユニークだ。たとえば、地区で行われる文化、スポーツなどのクラブや同好会などに、可能な限り老人ホームの高齢者に参加してもらう。子どもたちが帽子をこしらえ、老人ホームを訪問して高齢者にプレゼントする企画も人気があった。また、ゆるやかな坂に厚手のビニールを敷いて、その上に大きくて厚手のクッションを重ね、高齢者を乗せて坂くだりをしてもらう。

あまりに大胆な企画に、「高齢者がけがをするのではないか」「怖くて尻込みするのではないか」と心配する声も少なからず上がった。しかし、やってみると高齢者に大変な人気だった。坂くだりを一度で止めてしまう人はめったになく、二度三度とすべりたがった。事前にボランティアのスタッフが何度も実際に坂をすべり下りて、「これなら絶対に大丈夫」というところまで改良を重ねた努力が実った。「あんな、高齢者のはじけるような笑顔は見たことがない。頑張ったかいがあった。すべて報われました」と話したという。

また、古い台所道具や家具などを地域の家庭から借りてきて図書館に並べ、高齢者の記憶をよみがえらせ、同世代の人たちと思い出を分かち合う企画も人気だった。懐かしさのあまり高齢者の目はきらきらと輝き、話に花が咲く。それは自分の生きた時代を肯定することなのだ。つまりは自分の人生の肯定に通じるという。

■「逮捕されてみたい」慈善団体に届いた104歳女性の願い事

圧巻なのは慈善団体「アライブ・アクティビティーズ」の「Wishing Washing Line(ウィッシング・ウォッシング・ライン)」というプロジェクトだ。イギリス西部、ブリストルの町で実施された。ある日、地元のスーパーマーケットに一つの箱が設置された。この箱には、高齢者なら誰でも願い事を書いて投函できる。締切日を過ぎると、箱から出された願い事リストが、店内の洗濯物干し用ロープにズラリと吊るされるのだ。けっこう壮観ではないか。これだけでもかなりユニークだが、リストを見た買い物客らが、願い事をかなえてあげようと協力するというのだ。

プロジェクトは最初、イギリスのエセックスで行われたが、「高齢者の願いをかなえた」と評判になり、このたびはブリストルに場を移して実施された。今回、多くの願い事の中から取り上げられたのは、104歳のアン・ブロークンブロウさんの「逮捕されてみたい」という希望だった。

2019年8月末日、ウェストミンスター付近をパトロールする男女警官
写真=iStock.com/Raylipscombe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Raylipscombe

■認知症の彼女は警察にはっきりと返事した

彼女はブリストルの老人ホーム、ストークリーレジデンシャルホームに長く暮らしている。願い事に目を留めた地元警察が立ち上がり、彼女の逮捕に向かった。数人の警官はアンさんに向かい合うと、「あなたを逮捕します。あなたは104年間、善良な市民でした。それが、容疑です」と話しかけた。認知症を患っていたアンさんだが、この時ばかりははっきりと「わかりました」と返事をしたという。すると警官は彼女に手錠をかけ、パトカーへ連行した。

たちまちパトカーは赤いランプを点滅させサイレンを音高く鳴らした。アンさんを乗せると、周囲を軽くドライブしたという。アンさんは104歳の初体験に興奮気味で、「とてもすてきだったわ。ちゃんと手錠もかけられたのよ。私はこれまで犯罪などに手を染めたことはなかったけれど、今日は犯罪者の気持ちをたっぷりと味わいました。警察官たちはとても親切でしたけれど、それでも逮捕は逮捕という厳しさを持って私に向かい合ったわ。それが最高でした。これまでまじめな人生を送ってきたけれど、今日はまったく違う一日で、なんてエキサイティングだったでしょう」と話している。

■「高齢者にこそ意味のある毎日を送ってほしい」

プロジェクトの発案者は、「アライブ・アクティビティーズ」の最高責任者サイモン・バーンステインさんだ。彼は25年以上、いくつかの慈善団体で働いてきた。

この団体に入ったのは、2016年だ。彼は話す。「老人ホームなど施設で暮らすお年寄りたちは、一見恵まれていて幸せそうです。しかし実際は、退屈で孤独な毎日を送っていることが多いのです。ホームの職員らは多忙のために気持ちはあっても、残念ながら高齢者一人一人の希望に合わせて活動をする時間を持てないことが多い。そこで私たちは、高齢者の願いをかなえるために立ち上がりました。願い事は、パブで一杯やりたいとか、編み物をしたいとか、その人の心からの希望ならば、何でもよいのです。中には、アメリカの歌手、故エルヴィス・プレスリーに会って握手したいとか、故マリリン・モンローとハグしたいという実現不可能な願いもあって、すべてをかなえることはもちろん無理です。

でも、できるだけかなえるように努めています。その際は、地元住民の方々の協力が欠かせません。これまでいずれの時も近隣の皆さんにたくさん手助けをしていただいているので、感謝しています。今回は、地元のスーパーマーケットや警察の皆さんに多大な協力をいただきました。私たちは、高齢者にこそ刺激に満ち創造性豊かな意味のある毎日を送ってもらいたい。コミュニティーがほんの少し協力しただけで、それは可能になることがほとんどです」。

ニュースを知った人たちからの反響は予想以上だった。「子どものころに“おまわりさんごっこ”とか、“泥棒ごっこ”をしたことを思い出した。あれはとても楽しかったから、高齢になって、ぜひもう一度やってみたいと願う気持ちはよくわかる」「104歳の初逮捕って、なんてユニークな発想でしょう。ユーモアがあって、温かい気持ちになりました」「夢を上手にかなえてあげた警察官など皆さんのやさしさが伝わってきて、こちらも幸せな気持ちになります」などがあった。いくつになっても、夢を持つこと。それをかなえてあげたいと願う人がいること。そんな気持ちのつながりが、人を孤独から救うのかもしれない。

■妻を亡くした88歳のSOS「話す相手が誰もいない」

ロンドンに住むトニー・ウィリアムズさんは88歳。数カ月前に愛妻ジョーさんをがんで亡くした。トニーさんは物理学者として長く大学で教えたが、ずっと前に引退した。子どもはいないが、兄弟はいる。しかし皆遠くに住んでいて、それぞれの生活がある。トニーさんには、耐え難い寂しさが襲ってきた。

一人で車椅子に座っているシニア男性
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

トニーさんは、孤独から抜け出さなくてはいけないと考えた。まずは、自宅の道路に向いた窓に一枚の大きなポスターを貼り出した。そこには、こう記した。

「私は、先日愛する妻でありソウルメイトだったジョーを失いました。私には家族も友人もいません。話す相手が誰もいないのです。私にとって、一日24時間家が静まり返っている状況は、まるで拷問のようで苦痛です。どなたか助けてくださいませんか」

さらに地元の新聞に同様の広告を出した。

それから数日がたった。反響は予想以上で、すっかり圧倒されてしまった。電話が鳴りやまず、食事をとる時間もないほどだった。夜も遅くまで話し込んだ。最初に電話をくれたのは、著名なテレビのパーソナリティーの女性だった。「彼女は私の話をよく聞いてくれました。思わず話し込み、20分があっという間でした。彼女は、また必ず電話を入れると約束してくれましたよ」。久しぶりに話をして楽しかったという。

■国内外から届いた100本の電話と1000件のメール

電話とメールはその後も続いた。電話はおよそ100本に対応して、散歩に出た。帰ると30本ほどの留守番電話が入っていた。Eメールの数は1000を超えていて、アメリカ、カナダ、オーストラリア、スイスなどからも来た。多くの人が、トニーさんの孤独な状況がよく理解できるという。自分もまた配偶者などの愛する家族を失った経験があるが、その悲しみ、寂しさはたとえようもないと共感してくれた。

アメリカの女性は、住んでいるフロリダから電話をしてきた。そしてぜひアメリカに遊びにいらっしゃいと誘った。フロリダの空港まで迎えに行くので、我が家に好きなだけ泊まってほしいと具体的だ。アメリカを私の運転でご案内しましょう、という親切なお誘いだった。

その中でトニーさんが最も心を動かされたのは、コミュニティー内の小学校の先生からのメールだった。小学校は近所にあったので、トニーさんも承知していた。しかし、先生とのやり取りは初めてだった。先生は、クラスの子どもたちにトニーさん宛ての手紙を書かせたいと提案した。トニーさんは、大喜びで承諾した。そして、子どもたちの手紙を受け取った後は、ぜひ小学校を訪問したいと申し出たのだった。先生は快諾して、子どもたちの手紙を近くまとめて送りたいと言ってきた。トニーさんは手紙が届くのをワクワクして待っている。学校を訪問した際には、子どもたちに何の話をしようか、それを考えると自然に笑顔になる。

■高齢者の夢をかなえるためにコミュニティーで一致協力

トニーさんは、孤独から自分を救い出すために自宅の窓にポスターを貼り新聞広告を出した。「孤独な人間がここにいる」と広く知らせたかったのだ。これは、同じように孤独で苦しむ人への励ましでもある。勇気を出して声を出せば、必ず誰かが応えてくれる。まず第一歩を踏み出すことがすべてなのだ、と教えている。

私は、「おまわりさんごっこ」の話がとても好きである。

高齢者に対しては、私たちはとかく「助けてあげる」といった姿勢を取りがちだ。しかしそれは高齢者の夢をかなえることとは、発想が根本から違うようだ。私たちは、高齢者が実は心の中にかなえたい夢を抱いているとはあまり想像していない。健康で安全に日々暮らしていけば十分と思い込みがちだ。

多賀幹子『孤独は社会問題』(光文社新書)
多賀幹子『孤独は社会問題』(光文社新書)

むろんそれも大切な基本だが、高齢者もあまり口には出さないけれど、各々がそれぞれ夢を実現させたいと願っていると知るべきなのだろう。お手伝いをするためにコミュニティーが一致協力する。ここでは費用などはさしたる問題ではない。お金はかけないで知恵と時間を出し合い、協力することでお年寄りを幸せにする。これは、学ぶところが多いように感じられた。

さらに、自宅の窓に「寂しい。誰か助けて」のポスターを貼り出したトニーさんもまた、コミュニティーの人から手を差し伸べられた。トニーさんは喜んでその手をしっかりつかんでいる。遠いアメリカへの招待もうれしいけれど、近くの小学生との交流を選んだ。

高齢者の孤独を救うポイントは、身近なコミュニティーにあることを改めて思い知ったのだった。

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多賀 幹子(たが・みきこ)
ジャーナリスト
お茶の水女子大学文教育学部卒業。企業広報誌の編集長を経てフリーのジャーナリストに。1983年からニューヨークに5年、95年からロンドンに6年ほど住む。女性、教育、社会問題、異文化、王室をテーマに取材。著書に『親たちの暴走』(朝日新書)、『うまくいく婚活、いかない婚活』(朝日新書)など。

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(ジャーナリスト 多賀 幹子)

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