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「なぜ隠すのか?」五輪日本代表の4人に1人が"体重非公表"のワケ

プレジデントオンライン / 2021年7月29日 11時15分

柔道女子52キロ級で優勝し、金メダルを手に笑顔の阿部詩=2021年7月25日(写真=Penta Press/時事通信フォト)

全33競技583人の東京五輪日本代表選手のうち体重を非公表にしているのは143人(約24.5%)。なぜ、数値を隠すのか。スポーツライターの酒井政人さんは「JOCは個人情報保護の観点から、選手本人に身長と体重を公表するかしないかの判断を委ねている。数値による中傷や差別発言の防止と、メダル戦略にも役立つとしていますが、観戦者側にはメリットはない」と指摘する――。

■なぜ、アスリートの「身長・体重」を非公表にするのか

異例の「無観客開催」となった今回の東京五輪、異例な点は他にもある。実は「日本選手団名簿」の一部の“データ”が消えたのだ。

個人情報保護の観点からJOC(日本オリンピック委員会)が代表選手の身長と体重の情報掲載を必須項目とはせず、選手は個人の判断で数値を非公表にできる。

日本のスポーツ界では2020年から身長・体重などの記載を見直す議論が始まり、その先陣を切ったのが日本陸上競技連盟(以下、日本陸連)だった。2021年2月15日、アスリートの身長・体重を非公表にすると正式に発表。マスコミなどに対して、情報の収集も控えるように通達している。

その後、世界陸上連盟、日本陸連などのホームページから身長・体重のデータが抹消され、記者らが原稿執筆時に記述が必要な場合は選手やチームの了承が必要となった。

■陸連の狙いは女子選手の過度な体重制限の防止と鉄剤注射の根絶

日本陸連は2018年12月に「(鉄欠乏性貧血などに用いられる)鉄剤注射原則禁止」を打ち出しているが、これは今回の身長・体重非公表の新方針とも関連している。

以前から、継続的な激しい運動トレーニングが誘因となって起こる女性アスリートの3主徴(利用可能エネルギー不足、視床下部性無月経、骨粗しょう症)が課題だったが、身長・体重と(そこから算出される)BMI指標などの数値が独り歩きし、誤った判断をさせてしまうことがあるという。身長・体重を非公表にすることで、女子アスリートの過度な体重制限の防止と鉄剤注射の根絶につなげようという考えなのだ。

一方、陸上以外の競技も管轄するJOCの判断はどうか。こちらは冒頭で触れたように、選手の判断で身長と体重の公表・非公表を決められる。JOC内部で「身長、体重情報が選手に対する差別的(中傷など)なことに使われるのではないか」「メダル戦略としては、選手の身長、体重の情報を公開しないほうがいい」といった意見が出たことで、非公表にすることも可能にする判断となったようだ。

■東京五輪日本代表の4人に1人が体重を非公表にしている

東京五輪の選手団名簿は冊子にして選手や関係者、スポンサー、メディアに配布されるほか、ホームページ上で公開されている。各メディアが作成している「選手名鑑」のデータも、JOCからの情報が基になっている。

今回の東京五輪代表名簿をチェックすると各競技団体のカラーがよく出ていて面白い。

陸上では男子43人中、身長・体重を公表しているのが26人、非公表が5人、体重のみ非公表が12人。女子は22人中、公表しているのが8人、非公表が7人、体重のみ非公表が7人だった。

陸上は選手によって公表・非公表のバラツキが大きいが、他の競技は比較的統一感がある。競泳は男女33人中32人が公表(男子1人が体重のみ非公表)。体操は男女11人全員が公表、新体操(女子)は7人全員が体重のみ非公表にしている。卓球(男女6人)とソフトボール(女子15人)は体重のみ非公表。スケートボードは男女8人全員が身長・体重ともに非公表だった。

■全33競技(583人)のうち体重非公表は143人(約24.5%)

身長の高さがチーム戦略に関わってきそうな競技はどうか。

バスケットボール(男女24人)とバレーボール(男女24人)は全員が公表。他の球技もサッカー(男女36人)、7人制ラグビー(男女24人)、野球(男子24人)、水球(男女24人)、ホッケー(男女32人)は全員が公表している。チーム戦略として何か変化があることはなさそうだ。

では、階級制のある競技はどうしているのか。体重に関していうと、従来は階級に応じた数字(65kg級なら65kg)が入っていた。しかし、今回は柔道(男女14人)、レスリング(男女12人)、重量挙げ(男女7人)ともに体重のみ非公表にしている。

柔道女子52キロ級で優勝し、金メダルを手に笑顔の阿部詩
写真=Penta Press/時事通信フォト
柔道女子52キロ級で優勝し、金メダルを手に笑顔の阿部詩=2021年7月25日 - 写真=Penta Press/時事通信フォト

東京五輪の日本代表は全33競技で583人。そのうち体重を非公表にしているのは143人で、全体の約24.5%だった。

ちなみに、身長・体重のデータはたいていが自己申告制だ。高校、大学、実業団で活躍したある男子長距離選手の身長はもともと169cmだったが、大学時代のプロフィールでは少しサバを読んで171cmとしていた。実業団に入ったタイミングではそれをさらに174cmへと上げている。そんな選手もいるくらいなので、プロフィールの身長・体重はいわば「公称」であり、「実際のサイズ」ではない可能性がある。

■どこまでが有益な情報で、どこからが個人情報なのか

40代以上の方なら、大昔のプロ野球選手名鑑に選手の住所(現住所もしくは実家)が掲載されていたのを覚えているかもしれない。好きな女性のタイプまで掲載されていたものもあった。いまでは考えられないことだが、これも時代の流れといえるだろう。

個人情報保護はもちろん大切だが、個人的には、アスリートの身長・体重の数値を非公表にすることでスポーツの面白味が減ってしまうのではないかと危惧している。

例えば、日本国内での大会では身長も体重も非公開となった陸上界。男子100mの日本記録保持者である山縣亮太(セイコー)は5年前のリオ五輪では身長176cm、体重70kgというデータが残っている。今回はというと、身長177cm、体重74kgだ。リオ五輪では100mで10秒05の自己ベスト(当時)をマークしているが、今季は9秒95までタイムを短縮。激しいトレーニングをしながら体重が4kg増えたことに“努力の跡”を感じることができるだろう。

数字はスポーツ観戦の楽しみである。身長の高さは才能のひとつだし、逆に小柄な選手が大柄の選手を打ち負かす姿に勇気づけられる。今回の東京五輪でいえば、男子バスケで身長167cmの富樫勇樹が2mを超える八村塁、渡辺雄太らにパスをまわすシーンを想像するとワクワクするのは筆者だけではないだろう。

陸上男子100mで世界記録を持つウサイン・ボルト(ジャマイカ)は身長が195cmもあった。テレビ中継を観れば、ボルトが大柄だというのはわかるが、具体的な数値が公表され、それを知ることでイメージが明確化できる(なお、ボルトが最高速に到達したときのストライド=歩幅は275cmで、ゴールラインを超える最後の一歩は3m近くあった)。

上から見たスプリンター
写真=iStock.com/Tempura
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tempura

■マラソン中継の増田明美さんの「細かすぎる解説」はなくなるのか

マラソンや駅伝のテレビ中継では、スポーツジャーナリストの増田明美さんが選手に事前に独自取材した“細かすぎる解説”が人気だ。しかし、身長・体重の数値すらNGとなると、競技に直接関係ないような選手の「プライベート」を話すのも難しくなるのではないだろうか。

身長・体重の数字には選手の才能や努力、それからストーリーが詰まっている。データ非公表にはそれなりの理由や、メリット・戦略があるが、観戦する側にとってはデメリットしかない。

日本が東京五輪に夢中になっている今こそ、スポーツ界はどんなことがファンにとって有益な情報で、どこからが非公開とすべき個人情報なのか。しっかりと考えるべきではないだろうか。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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