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「観客6万人がマスクなし」1日5万人感染でも"普通の生活"に戻った英国と日本の違い

プレジデントオンライン / 2021年7月29日 10時15分

ロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われた欧州サッカー選手権の決勝で、イングランドを応援する観客ら=2021年7月11日 - 写真=dpa/時事通信フォト

■欧州サッカー選手権決勝で6万人の観客を「テスト」

7月11日、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで欧州サッカー選手権の決勝戦が行われ、大規模スポーツイベントにおける感染状況をテストするという名目で、約6万人がマスクなしで観戦した。この様子が日本でも報道され、英国ではもうマスクを着用しなくなったと誤解されたようだ。

筆者に言わせれば、スタジアムで観戦した人たちは、平均的な英国人とはちょっと違うタイプの人々だ。元々英国は、「フーリガン」と呼ばれる、熱狂的で暴徒化しやすいサッカー・ファンの本場である。

6700万人強の人口がいれば、コロナに感染してもいいから決勝戦を観たいとか、自分はワクチンを2度接種しているからもうコロナに感染しないとか、自分は若いしコロナは風邪の一種だから恐れる必要はないとか考えている人たちが6万人(すなわち1,100人に1人)くらいいても不思議はない。

■高い接種率でロックダウン規制の大半を解除

筆者が住む英国は、コロナワクチンの接種率が先進国中トップクラスで、成人(18歳以上)の88.2%が1回目の接種を受け、2回の接種を受けた人も70.8%に達している。

18歳未満の子どもについては、感染しても重症化リスクが低いと考えられるため、これまで大人への接種が優先されてきたが、今後、神経系障害、ダウン症、免疫低下などのために重症化リスクが高い子どもにも接種が進められる見込みである。

英国のワクチン接種は保健省とNHS(国営医療サービス)が開始の約1年前から周到に準備を進め、昨年12月8日に始まった。医療・介護従事者、80歳以上、介護施設入居者、基礎疾患のある人が最優先で、それ以降は厳格に年齢順で実施され、1月9日に94歳のエリザベス女王、3月19日に56歳のジョンソン首相、4月29日に42歳のハンコック前保健相、5月18日に38歳のウィリアム王子が、それぞれ1回目の接種を受けた。

プログラムはNHSが一元管理しており、日本のように自治体や職域を巻き込んだりはしていない。不法移民でも予約なしでワクチン接種を受けられるワクチンバスも巡回させ、ロジスティクスは完璧といえるくらい徹底している。

■「感染と重症化・死亡の関係は断たれた」

ワクチン接種の進展を受け、英国の全人口の約84%を占めるイングランドでは7月19日、(時期によって強弱の差はあるが)約1年4カ月にわたって続けられてきたロックダウン規制の大半を解除した。

これによりマスク着用の法的義務、集会やイベントの参加人数制限などがなくなり、ナイトクラブの営業も再開された。デルタ変異株の流行で感染者数は増加しているが、ワクチン効果で1日の死者数が感染者500人~1000人に1人という低い水準に抑えられているので、ジョンソン首相は「感染と重症化・死亡の関係は断たれた」とし、解除に踏み切った。

夏休みシーズン前に解除しないと、観光、運輸、飲食業へのさらなるダメージが避けられず、政府もこれ以上の休業補償のための財政負担を回避したいという思惑もあり、ある意味で、賭けか実験のような決断だった。

■今でも高齢者は100%近くがマスクを着用

しかし、法的義務ではなくなったものの、今も7割程度の人たちが、人ごみ、公共交通機関、商店内などではマスクを着用している。特に高齢者の着用率は高く、60歳から上の人たちの着用率は100%に近い。たとえワクチンを2度接種していても、感染するリスクは1割程度あるので、マスクを着用したいと考えるのは当然だ(筆者もそうである)。

またスコットランドでは、一時よりは規制が緩和されたものの、屋内外の集会やイベントの人数制限やソーシャルディスタンシング(1m)、店舗内でのマスク着用義務は依然として残っている。ウェールズでも、公共交通機関や医療・介護の現場では、マスク着用が義務付けられている。

■現場の人手不足が深刻な問題に

ロンドンのサディク・カーン市長は、7月19日のロックダウン解除後も、市内の地下鉄やバスでのマスク着用義務を継続している。ロンドンに限らず、英国全土のほとんどの公共交通機関(バス、電車等)や大半の商店は、今も顧客にマスクの着用を求め、従わない場合はサービスの提供を断ることを選択肢の一つとしている。

公共交通機関で保護マスクを着用している男性
写真=iStock.com/Dima Berlin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dima Berlin

この背景には、公共交通機関や商店のほうでも、客がマスクをしていないと、労働者がコロナに感染し、業務の遂行に支障をきたすという切実な問題がある。

今、英国で問題になっているのは、現場の人手不足だ。人手が足りないため、スーパーなどで商品を棚に並べられず、ガラ空きの棚が出現したりしている。コロナ感染者本人と濃厚接触者に10日間の自主隔離義務が課されているからだ。

■「ピンデミック」で常時300万人が仕事に出てこられない

イングランドのロックダウン解除は去る3月8日から4段階に分けて行われたが、それにともなって、それまで2000人程度だった1日の感染者数がぐんぐん増え、7月17日のピークには5万4205人というすごい数字になった。仮に毎日平均5万人が感染し、感染者1人あたり濃厚接触者が5人おり、彼らが10日間自主隔離した場合、常時300万人が自主隔離で仕事に出てこられなくなる計算になる。

自主隔離は法的義務で、違反すると1000ポンド(約15万2000円)の罰金が科される。違反を繰り返したり、他人の自主隔離を妨害したりすれば、最大1万ポンドの罰金となる。感染者が出ると、濃厚接触者に10日間の自主隔離を義務付ける警告「ping(ピン)」がNHSの追跡アプリを通じて送られるので、「pingdemic(ピンデミック」と呼ばれている。

約1年4カ月にもおよんだロックダウン期間中、業績不振によって従業員を解雇した事業主も少なくなく、商店、レストラン、パブなどは今年の春の再開前から人手不足が懸念されていた。そこにロックダウン解除にともなう感染者・濃厚接触者の増加と彼らの自主隔離が状況をさらに悪化させているのだ。

■「集団免疫的状況」が作られつつある?

ロックダウン規制の解除には野党・労働党や科学者たちの反対も強かった。政府への助言機関である緊急時科学諮問グループ(Scientific Advisory Group for Emergencies、略称Sage)は、「ワクチン接種が若年層に行き渡るまでは、効果に限界があり、ロックダウン解除で感染が爆発し、秋から冬にかけて従来以上の規制をする必要が生じる可能性がある。解除後も、マスク着用やテレワークといった感染防止策は継続すべき」という趣旨の提言をしている。

サジド・ジャヴィド保健相も、ロックダウンを解除すれば、日々の感染者数は10万人になる可能性があるので、マスク着用を推奨するとしている。

一方で、今回のロックダウン解除は、多少極端な言い方をすれば、成人に十分ワクチン接種が行われて重症化・死亡リスクは極めて小さくなったので、接種を受けない人たちはもうコロナに感染してもらって、抗体を獲得してもらい、集団免疫を作ろうという思惑があるようにも感じられる。

■合理性の追求と「トライアル・アンド・エラー」の文化

元々英国には、前例や常識にとらわれず、敢然と合理性を追求する文化がある。1970年代の経済危機に際しては、国営企業をあらかた売り飛ばし、1980年代には自国の証券会社がつぶれたり買収されたりするのもかまわず金融市場を開放し、1990年代には電力市場を開放し、電力会社の3分の2が外資になったりした。

また「トライアル・アンド・エラー」が許される文化もある(これも合理性の一面だ)。サッチャリズムの流れを受けて1990年代後半に国鉄を分割・民営化したが、最近、経営が上手くいっていない鉄道会社の再国営化を始めたりしている。

今回のワクチン接種計画では、注射を打つ医療関係者の数が足りないという問題を克服するため、医療資格のない素人を徹底的に訓練し、約1万人の注射打ちのボランティアを養成した。また健康な人を意図的に新型コロナに感染させ、発症のメカニズムなどを解明する「ヒューマン・チャレンジ」と名付けた世界初の臨床試験も行っている。

ワクチン接種
写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn

これら以外にも新型コロナに関してさまざまな実験や分析を行っており、わが家にも調査やモニタリングに協力してほしいという手紙が時々調査会社などから届く。

■「抗体+ワクチン」の防御態勢は成功するか

ここにきて興味深い事実がある。7月17日に5万4205人を記録した感染者数が、翌日から下がり始め、22日には4万人を割る3万9318人、直近の27日には2万3511人にまで減少したのだ。

すでに英国では人口の1割近い約575万人がコロナに感染し、成人の9割近くが1回目のワクチン接種を受けているので、もう感染する人がいなくなってきたのではないかという肌感覚もある。「デイリー・メール」紙の電子版は7月28日付で、上級閣僚の1人が「集団免疫は事実上成立した」と述べたと報じている。

正確な意味での集団免疫ではなくとも、それに類似した広い防御態勢が確立されてきているのなら喜ばしいことだ。しかし、過去にもこうした一時的な減少があり、7月19日のロックダウン解除の影響もまだ十分データに反映されていないので、予断は禁物である。英国はワクチン戦略では世界のリーダー的存在で、ワクチンの効果の実験場的な感もあり、今後の動向、特に8月に感染者数・死者数がどうなるかが非常に注目される。

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黒木 亮(くろき・りょう)
作家
1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、貿易金融、航空機ファイナンスなどを手がける。2000年、『トップ・レフト』でデビュー。主な作品に『巨大投資銀行』、『法服の王国』、『国家とハイエナ』など。ロンドン在住。

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(作家 黒木 亮)

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