1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「五輪中の出社は必要か」対立する上司部下に産業医が出した結論

プレジデントオンライン / 2021年8月7日 11時15分

国立競技場に掲げられた「TOKYO2020」の垂れ幕(東京都新宿区)=2021年6月22日 - 写真=時事通信フォト

五輪期間中はリモートワークをするべきか、出社をするべきかで社内が対立したら、どうすればいいのか。産業医として年間1000件以上の面談をしている武神健之さんは「一緒に働いている人でも、知らない事情はある。相手のことを決めつけずに、まずはお互いの話を聞くことが大切だ」という――。

■リモートワークを希望する人の共通点は「快適な労働環境」

東京ではオリンピックを前にして、4回目の緊急事態宣言が発出されました。私の産業医面談ではその少し前の7月になった頃から、通勤時に外国人をみる割合が増えてきたと多くの社員たちから聞くようになりました。入国者が増えることによる感染拡大に不安を感じる社員も少なくありません。

そのような中、リモートワークを望む声や出社勤務を望む声など、日々、産業医の耳には十人十色の声が聞こえてきています。従業員を出社させるべきかリモートワークをさせるべきか、企業にとっては頭を悩ます状況になってきている印象です。

どこの会社にも、リモートワークを希望する人たちと、出社勤務を希望する人たちがいます。皆、会社の決定に不満やストレスを感じながらも従っていますので、目立った対立はありませんが、お互いに自分たちの正当性を主張し続けています。

私の知る限りでは、リモートワークを希望する人は、年齢や家族構成よりも、家に快適な労働環境(場所、椅子、机、ネット環境等)がある人です。

一方、出社勤務を希望する人は、3パターンあります。ひとり暮らしの若者のワンルーム住まいで、机や椅子などの労働環境に恵まれない人たち。30〜40代の子育て世代で、家に集中して仕事をできるスペースがない人たち。そして、50歳以上の管理職です。管理職の場合は、リモートだとメールやチャットで明確な指示出しができないことを理由に挙げる人が多い傾向があります。

■「オリンピックがあるからリモートがいい」は本心ではない

リモートワークを望む人たちの声に耳を傾けると、コロナ感染が怖いから、ワクチンを接種していないから、オリンピックがあるから、家には高齢の両親が一緒にいるから等々、その理由はさまざまです。

でも、それは本心ではないのです。産業医としてこの1年以上、コロナ禍での面談をしてきて分かったことは、多くの人たちは、上記のような“理由”があって、リモートワークを望んでいるのではないということです。

ほとんどの人は、リモートワークをしたいという希望が最初にあり、その希望にそった“理由”を根拠としている印象です。つまり、理由をもとに判断して結果を持っているのではなく、結果をもとに理由を見つけているのです。

なぜなら、彼らが昨年、リモートワークを望む理由として、家の方が自分の仕事に集中できること、煩わしい人と顔を合わせないで済むこと、通勤時間がないこと等々を挙げていたのを私は知っているからです。

■出社勤務を希望するAさんの事情

一方、出社勤務に喜ぶ社員たちがいることも事実です。

Aさんは、幼稚園年長生の双子の男の子のお父さんです。都内のマンションに暮らしていますが、コロナ禍で在宅勤務が始まるとすぐに、自宅には日中の自分の居場所がないことを痛感したそうです。ノートパソコンを開けるのは4人用のダイニングテーブルしかないのですが、子供たちが食事の時間以外もお絵かきやレゴ遊びで使っている上、おやつなどでも使われるので、仕事に全く集中できなかったとのこと。こたつ用の机をリビングに出して仕事をしてみたものの、地べたに座る生活に3日で腰が悲鳴を上げました。

緊急事態宣言が出ても、何か理由をつけて出社許可を得ており、部内で率先して出社組となっています。今では週に数回、出社する日が最も仕事がはかどる日です。オリンピック開催中の勤務について聞いてみると、「オリンピックやコロナワクチンに関係なく、出社したい」との返事でした。

マスクとビジネスカバンを持つ手
写真=iStock.com/nito100
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nito100

やはり、この場合も、理由をもとに希望(結果)をもっているのではなく、出社勤務という自分の希望をかなえることが、一番の関心ごとでした。

では、どちらの訴えが正当なのでしょうか。産業医的には全ての理由は正当だと感じます。

そして、ここで必要なのは、自分と違う考えを持つ人への理解だと断言します。そのためにはまず、自分は相手のことを知らない部分もあるということを理解する必要があります。

■一緒に働いている人でも「知らないこと」はある

私たちが目から得る情報は、頭に入ってくる情報の75%と大きい部分を占めます。また、昔から「人は見たいものしか見ていない」とも言われています。

人は、たとえ自分の視界に入っている人でも、注意をしなければ意識にすら上らず、実際には見えていません

ですから、普段から一緒に働く人でも見えていない=知らないことがあるということです。部下や同僚がコロナ禍での出社やリモートワークに対して、どのように感じているのか、特に自分と異なる意見の人は何を根拠にどう考えているのか、知らなくて当然です。だからこそ、「自分は知らない」ということを理解することが必要となります。

■「かもしれない思考」で話を聞いてみる

「無知の知」とはソクラテスの言葉として有名ですが、ともかく他人のことはわからないことがたくさんあります。でも、「知らないということを知っている人」であれば、「~だろう」と決めつけるのではなく、「~かもしれない」と考えることができます。そして、相手に興味を持つことができ、相手の話や気持ちを聞いてみようという気になります。自分と意見が異なる人の話を聞いてみることは、コミュニケーションの大切な一歩です。

リモートワークにこだわる部下に対して、「家でサボりながらやっているのだろう」「在宅でのんびりやりたいのだろう」と決めつける。出社勤務にこだわる上司に対して、「ITリテラシーが低いからだろう」「家族には頭が上がらず、いばれないからだろう」と決めつける。このような決めつけからは何も生まれません。

「ご家族に高リスク者がいたり高齢者とよく接したりするのかもしれない」「在宅勤務を嫌がる理由があるのかもしれない。会社のアプリが使いづらいのかもしれない」という、「かもしれない思考」を持てるようになると、そこからお互いに話ができるようになります。

晴れた日に犬を連れて散歩をする高齢の夫婦
写真=iStock.com/mykeyruna
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mykeyruna

■リモート勤務を望む人に多い理由3つ

コロナ禍での産業医面談も1年以上になり、私はたくさんの人と面談をしてきました。リモート勤務を希望する人、出社勤務を希望する人、両者の対立は変わりませんが、今後は「かもしれない思考」をして相手を知ろうとすることで、対立から理解へと変化することを期待します。

私の産業医面談の経験から分かったことは、リモート勤務を望む人たちの理由として多い3つは、

・通勤がない(体力と時間の節約、家事がはかどる)
・仕事に集中できる(上司や先輩から、「ちょっと……」と頼まれにくい)
・煩わしい人間関係からの解放(職場のストレスの半分は人間関係)

です(順不同)。

一度経験したメリットは当たり前になり、手放したくないと思われます。

■リモートワークが浸透しない職場の理由4つ

一方、1年以上のコロナ禍でもリモートワークが浸透しない職場もあります。その原因は主に、

・社長や上層部の好み
・社員の家庭での職場環境が職場ほど整っていない(IT周り、机や椅子、家庭内での居場所)
・社員それぞれの業務(タスク)が明文化されておらず、業務や判断の責任が曖昧な仕事の仕組み(事前の根回し、共同責任無責任等)
・業務に対する結果ではなく、職場滞在時間(労働時間)を評価する評価制度(“いる”ことが仕事の企業文化)

の4つだと感じます(順不同)。

2番目以降の3つが改善されているところは、社員の多くがリモートワークをしていても業務はちゃんと回っています。

スーツを着て街を歩く人たち
写真=iStock.com/paprikaworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paprikaworks

■設備投資、業務内容、評価基準が浸透のカギ

職場環境だけでなく社員のリモートワーク環境も設備投資できる企業、業務内容が明確になっている企業、労働時間あたりの仕事量(結果)に評価基準を合わせられる企業、このような企業では、今後は働き方の選択肢として、リモートワークが浸透するのかと思います。

もちろん、私の知らない多くの企業は、国のまん延防止や緊急事態宣言に振り回されず、すでにポストコロナを見据えた評価制度や企業文化を始めているのかもしれません。

くれぐれも、コロナ慣れしてしまい、緊急事態宣言下での出社も当たり前になったり、在宅勤務が会社の福利厚生の1つではなく自分の権利だという認識になったり、物事の判断の基準根拠が曖昧になってしまったりと、判断自体をしなくなる、ということがないことを願うばかりです。

----------

武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト

----------

(医師 武神 健之)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください