「人口は世界でたった1500万人程度」それでも南部美人が"ユダヤ認証"を取得したワケ
プレジデントオンライン / 2021年8月13日 9時15分
※本稿は、島田裕巳『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■ユダヤ教で食べていいものは「コシェル」と呼ばれる
ユダヤ教は、一神教のなかでもっとも歴史が古い。キリスト教はユダヤ教の改革運動としてはじまるし、イスラム教はさまざまな点でユダヤ教の影響を受けている。イスラム教における食のタブーも、ユダヤ教から受け継いだと言える。
ユダヤ教とイスラム教のタブーは重なるところもあるが、異なっているところもある。
イスラム教では、食べていいものはハラールで、食べてはいけないものはハラームである。
これに対して、ユダヤ教では、食べていいものはコシェル(カシェル、コーシャなどともいう)で、ハラームにあたることばはない。
コシェルは、ユダヤ教徒にとって「ふさわしい」という意味で、食べ物以外にも使われる。
ではなぜ、ユダヤ教でこうした考え方が生まれたのだろうか。
それは神が命じたからである。
「レビ記」というものがある。これは、キリスト教の旧約聖書において、「創世記」、「出エジプト記」の次に載せられている。その後に続くのが、「民数記」と「申命記」である。この五つの文書は「モーセ五書」と呼ばれる。
ただし、旧約聖書はもともとはユダヤ教の聖典である。それをキリスト教も受け継いでいる。ユダヤ教では、モーセ五書はトーラーと呼ばれ、もっとも重要視されている。
■「汚れているために食べてはならない動物」が挙げられている
コシェルは、「レビ記」の第11章に出てくる。神は、モーセとその兄アロンに対して、「イスラエルの民に告げてこう言いなさい。地上のあらゆる動物のうちで、あなたたちの食べてよい生き物は、ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである。従って反すうするだけか、あるいは、ひづめが分かれただけの生き物は食べてはならない。らくだは反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである」(第2~4節)と告げた。
以下、神は汚れているために食べてはならない動物をあげていく。岩狸、野兎、いのししである。
さらに神は、魚について、ひれやうろこのないものは汚れており、食べてはならないとする。鳥については、鷲、鳶(トビ)、隼(ハヤブサ)、烏、ふくろうなどが食べてはならないとされる。そして、地を這うものについても食べてはならないとされている。これには爬虫類や昆虫が含まれる。
■「だれも血を食べてはならない」
もう一つ食べてはならないとされるのが、「血」である。「レビ記」の第17章第12節では、「だれも血を食べてはならない」とされている。
その前の部分では、血を食べてはならない理由を神が説明している。これは珍しい。「わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖(あがな)いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである」というのである。そして、食べてよい動物でも、血抜きをしなければならないとされている。
理由が分かりにくいタブーとしては、「出エジプト記」第23章19節にある、「あなたは子山羊をその母の乳で煮てはならない」というものである。
なぜこうしたタブーがあるのか。いろいろと説明が試みられているものの、はっきりしたことは分からない。
重要なことは、神が命じたことを実践することで、その人間は神聖な存在になるということである。「レビ記」第11章44節では、「わたしはあなたたちの神、主である。あなたたちは自分自身を聖別して、聖なる者となれ」とある。
■アイデンティティーを守るため、神の教えに忠実になった
ユダヤ教を信仰するユダヤ人は国を失い、世界各地に散って生活するようになった。それは、戦後、ユダヤ人国家としてイスラエルが誕生するまで続く。そうした状況を「ディアスポラ」と呼ぶ。
ディアスポラの状況のもとで、自分たちのアイデンティティーを守るには、忠実に神の教えに従い、「聖なる者」であり続けなければならない。
そこから、ユダヤ教の教えにもとづくユダヤ法、「ハラハー」に従って生活するというスタイルが生まれた。
ハラハーは、トーラーを基盤としている。それは、イスラム法が『クルアーン』と『ハディース』を基盤としているのと同じである。
神の命じたことをどのように解釈し、それをどう実践するかについては、ユダヤ教の歴史のなかで研究が進められていった。
その結果、「あなたは子山羊をその母の乳で煮てはならない」という神のことばにもとづいて、肉類と乳製品を一緒に摂取しないという規定が確立された。
肉類と乳製品の混在を防ぐためには、それぞれを別の冷蔵庫に入れるとか、使う鍋や食器を別にするということも必要になってくる。
これに従えば、チキンの入ったクリームシチューなどはだめだということになる。チーズバーガーもだめだ。
![クリームシチュー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/4/670/img_a4f7bf644bb9f28cbc631654e6d5bdaa366816.jpg)
そうなると、ユダヤ教徒が、日本などユダヤ教徒以外の人間が数多く住んでいるところに旅行するときには、外食をせず、自分たちで食べ物を持参することになる。
そのため、イスラム教のハラール認証と似た「コシェル認証」が行われている。おそらくコシェル認証の方が先だろう。コシェル認証は、アメリカで1924年からはじまっているからである。
■コシェル認証を獲得している「南部美人」
ただ、コシェルとハラールには内容の面で大きな違いがある。はっきりしているのは、イスラム教では酒が禁じられているが、ユダヤ教では禁じられていないことである。ユダヤ教徒は酒を飲むのである。
したがって、日本の酒造メーカーのなかには、コシェル認証を取得しているところがある。
その一つ、岩手県の株式会社南部美人のホームページを見てみると、コシェル認証について説明している箇所がある(そこでは、コーシャ)。
南部美人の久慈浩介社長によれば、「ユダヤ教のラビ(教師)が酒蔵を訪問し、お酒の製造方法や道具などを細かくチェックしていましたね。道具を洗う洗剤もチェックの対象でした。抜き打ちでラビが訪問することもありました」ということだ。そこには、黒い帽子を被り、あごひげを長く伸ばしたラビが酒蔵を訪れたときの写真も掲載されている。
■オーガニック主義者やベジタリアンにも支持される
ただ、ユダヤ人の数はそれほど多いわけではない。世界中で1400~1500万人程度と推定されている。そのうち、イスラエルに600万人以上が住み、アメリカには550万人程度が生活している。
![島田裕巳『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/8/200/img_a828c23013e2065f8e4df78eb1fdd0ee382246.jpg)
その程度の数では、コシェル認証を取得しても商売として多くの利益を生まないように思われるかもしれない。
だが、久慈社長によれば、「『コーシャ認定』を受けた食品は、“安心”のイメージが高く、ユダヤ教徒の方々以外にも、オーガニック主義者やベジタリアン、アレルギー体質の方々からも支持を得て」いるという。そこにブランド価値があるのだ。
『日本経済新聞』電子版の2019年3月1日付の記事には、「『ユダヤ認証』で食品輸出増やせ 『コーシャ』取得じわり」というものがある。これは、南部美人を含め東北の企業について扱った記事である(コシェルについては、『食文化誌 ヴェスタ』の細田和江「信仰と習慣のあいだ イスラエルのコシェルの今」を参考にした)。
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宗教学者、作家
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)など著書多数。
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(宗教学者、作家 島田 裕巳)
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