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「日本の携帯大手と正反対」ネトフリが幽霊会員をわざわざ退会させてしまうワケ

プレジデントオンライン / 2021年8月3日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hocus-focus

動画配信サービス大手のネットフリックスは2年以上視聴していない会員に退会を促す取り組みを始めた。日本の携帯大手などは、そうした解約忘れの「幽霊会員」を放置するのが普通だ。ネトフリはなぜこのようなことをするのか。「Screenless Media Lab.」による連載「アフター・プラットフォーム」。第4回は「幽霊会員は得か損か」――。(第4回)

■解約を忘れる客はサービス提供側にとって好都合

最近は多くの人が音楽配信、映像配信などのサブスクリプションを利用するようになってきた。いくつもサブスクリプションを使っていると、自分がどんなサービスを契約したのか忘れてしまい、ほとんど利用しないまま課金だけが続いているといったことも起きてくる。あるいは、解約を忘れて二重にインターネット回線を契約したままだったり、ほとんど使わないのに高額な携帯電話の料金プランを契約し続けたりしていることもある。

こうして何年も放置したあげく、「あ、こんなに払っている。キャンセルしなくちゃ」とあわてた経験のある人もいるだろう。このように、いちユーザー側から見ると、利用していないサブスクリプションの利用料金は無駄な支出でしかない。

逆にサービスの提供側から見ると、利用しないのにお金を払い続けてくれる会員はありがたい客だ。システムの負担にならず、囲い込むためのコストもかからず、自動的に収益に貢献してくれるのだから、黙って見過ごしこそすれ、わざわざ「会費が無駄になっていますよ」などと教える義理はない。

■「まだ会員を続けますか?」とわざわざ通知

ところが最近、そうしたサブスクリプションの常識に逆行する事業者が現れた。動画配信世界最大手の「Netflix(ネットフリックス)」である。

2020年5月、ネットフリックスは「一定期間サービスを利用していない会員には、無意味に課金し続けないよう、契約を継続する意思を確認する」と表明した。加入してから1年間利用のない会員や、2年以上視聴していない会員に対して、契約を継続する意思を確認するための通知をメールやアプリで送るという。

これは当然、契約していることを忘れたまま課金を続けている会員にそのことを気づかせ、メンバーシップを解約する動きにつながる。

■数十万人が解約したら大損だが…

ネットフリックスの休止状態のアカウントは世界で数十万人にもなるという。本来、その全員に解約されたらネットフリックスは大損のはずである。にもかかわらず同社は、今後も同様の取り組みを実施していく方針という。なぜわざわざ自社の利益につながる幽霊会員を退会させようとするのだろうか。

ネット上ではネットフリックスのこの取り組みについて、さまざまな憶測がなされている。一例を挙げれば、「幽霊会員の存在がサービスの低下につながるから」といった意見がある。どういうことか。

まず、幽霊会員が何もせずに会費を支払う面だけを捉えれば事業者(ネットフリックス)の利益につながるが、そのようなユーザーが増えれば、「こちらが何もしなくともお金を払ってもらえる」という感覚が生まれる。すると、サービス改善への意欲が薄れて、競争力が低下してしまう。ネットフリックスはそれを避けるために、サービスの健全性を守ろうとしたと考えるのだ。

幽霊会員の増加が、サービス向上という視点でマイナスの影響をもたらす可能性は、たしかにあるかもしれない。しかし、もしそうした考え方が一般化できるなら、ネットフリックス以外の映像配信事業者も同じように、幽霊会員に退会を促すはずである。

だが、実際はそうはなっていない。むしろ多くのコンテンツ配信事業者は、利用せず会費だけを払っているユーザーが一定数おり、その存在が自らの利益に貢献してくれることを見込んだ上で、サービス全体を設計しているように思われる。

■利用者をできるだけ長く留め置くことが重視されてきたが…

コンテンツマーケティングの世界は、かつての「パッケージ商品を一度売って終わり」の売り切り時代が終わり、ネットを経由したダウンロード販売や期間定額制で見放題、聞き放題のサブスクリプションモデルに移行している。ネットフリックスは後者の代表であるが、本稿ではそうしたビジネスモデルを「X放題」と呼ぶ。

X放題のマーケティングは「誘導する」「囲い込む」「継続させる」「離脱させない」という4つのステップで構成される。そこでは利用者を自社のプラットフォームに、できるだけ長期間留め置くことが重視される。

第1段階である誘客では、コンテンツの魅力でユーザーを誘引する、パッケージ販売時代以来の「一本釣り」スタイルが主流である。売り手は他にない独自コンテンツの価値や差異を買い手に訴求し、その価値を認めた買い手が気に入ったコンテンツを求めてプラットフォームに集まってくる。

「 X 放題」で集客するサブスクリプションは コンテキスト、すなわち体験価値で集客している
図版=Screenless Media Lab.

■コンテンツ頼みのマーケティングは限界にきている

近年は個々の顧客の購買行動をデータ化し、各人の嗜好を分析した上で、それに合うコンテンツを顧客一人ひとりに選定・リコメンドしていくことが一般的になってきた。それは誘客と同時に囲い込みのための武器でもある。

パーソナライズされたマーケティングによってユーザーのコンテンツ選択の手間を省き、好みのコンテンツを視聴させて顧客満足度を高めることで、自社のプラットフォームに囲い込むのである。

しかし、購買において情報収集の努力をせず、同種の商品やサービスの差異に関心を持たない、消費者の「無関心化」傾向が顕著になってきたことで、このようなコンテンツ頼りのマーケティングは今、限界に突き当たっている。

個々のコンテンツの優位性をいくらアピールしても、その違いに関心を持たなくては顧客への訴求は無意味になってしまう。

■「メディア体験を無制限にできる」という期待

こうした無関心化傾向にもある程度対応してきたのが、ネットフリックスなどのコンテンツ配信系サブスクリプションである。

サブスクリプション事業者が顧客に訴求しているのは、個々のコンテンツの魅力や未知の体験ではない。彼らがユーザーを引き寄せようとする餌は、音楽を聞いて感動する、映画を見て感動するといった過去に経験した「メディア体験」を「無制限にできる」という期待感なのだ。

なおここでいうメディア体験とは、映画なら映画、音楽なら音楽という個別のコンテンツを楽しむ「コンテンツ体験」とは異なる概念である。

メディア体験は、特定ジャンルのコンテンツをユーザーに提供するプラットフォームを「メディア」と捉え、そこで顧客がトータルに得る体験を指す。

無関心化した消費者にとっては、例えば映画なら「自分にとってどの映画がおもしろいか」がよく分からず、プラットフォーム内に好みの映画があるかどうかも分からない。とはいえ、何か映画が見たいときにユーザーは、「このメディアであれば自分の欲求をかなえてくれる」と期待して、サブスクリプションに加入している。

■無関心な消費者を満足させ続けることは難しい

その意味では、個々のコンテンツの差異に無関心化した消費者といえども、メディア体験にはなお期待を残していると言える。

ネットフリックスやスポティファイといったX放題のビジネスモデルは、こうした「無関心化した消費者」の特性を捉えて発展してきたと言えるだろう。

しかしX放題といえども、無関心な消費者を満足させ続けることは難しい。

自らコンテンツを選択できないユーザーにとって、メディアに期待する「無制限体験」を自分で実現することは困難だ。アクセス可能なコンテンツがいくらあろうと、その中からひとつを選べなければ、無制限体験どころか、ただ1回の体験もできない。

そこで事業者は、自ら選択する意欲を持たないユーザーの期待を、フリクションレス(手間いらず)で満たすため、メディア側からのリコメンドを通じて「選ばせる契機」を与え続けようとしている。

「X放題」サービスは、消費者が満足させられない仕組みでもある
図版=Screenless Media Lab.

まずX放題各社はオリジナル大作を製作し、それを独占配信することでユーザーを自社サービスに囲い込もうとしてきた。彼らは無関心化したユーザーに対しても、オリジナル作品をリコメンドすることで視聴の契機を提供しようとしている。

だがこれではX放題といっても、実態は有料オリジナル作品配信サービスと変わらない。映像配信サブスクリプション事業者は、無制限体験の代わりに最低限のコンテンツ体験をユーザーに提供することで、かろうじてサービスの価値を維持してきたのである。

■業界全体が1人の顧客を失ってしまう

映像配信サブスクリプションは同業他社とだけ競合しているのではない。常にテレビ放送やネット上の無料動画との間でも、ユーザーの限られた視聴時間を奪い合っている。

こうした状況の下で、サブスクリプションに加入したユーザーがコンテンツに失望した場合、そのコンテンツのみならず、映像配信というメディア体験そのものへの期待まで失われてしまう可能性がある。これを「メディア体験の毀損(きそん)」と呼ぼう。

「映像配信ってたいしておもしろくないのにお金を取られるから、もうYouTubeでいいや」となれば、業界全体が1人の顧客を失ってしまうのである。

ソファに座り、タブレット端末でアニメを見る少女
写真=iStock.com/SeventyFour
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeventyFour

昨今はサブスクリプション各社の差異が小さくなっており、同質化していると言ってもいいだろう。

しかし見方を変えれば、テレビやYouTubeといった共通のライバルの存在と競合する中で、全体として映像配信サブスクリプション各社は、一種の共生圏を形成しつつあると解釈できる。それは複数の事業者が「配信された映像コンテンツを無制限に視聴できる」という、同一のメディア体験を提供する共生圏である。

この現象はあたかもテレビ放送において競合する局同士が、全体としてひとつの共生圏を形成している構図に似ている。

■サービスに飽きても、コンテンツに飽きてほしくない

映像配信サブスクリプションでは、どのプラットフォーマーも独自企画のオリジナル作品を製作しているが、資金面の制約もあり、それだけでユーザーを満足させ続けることはすでに困難だ。

ひとつの事業者が提供するプラットフォームの中でコンテンツに飽きたユーザーは、新たなコンテンツを求めてそのサービスを解約し、別のプラットフォームに乗り換える。それは地上波テレビの視聴者が、ひとつの局の番組に飽きても、テレビを切るのではなく他局にチャネルを切り替えて視聴を続けるようなものだ。

鳥瞰的な視点から見れば、ユーザーが別のサブスクに乗り換える事は、映像配信サブスクリプションの共生圏内をぐるぐる回遊しているにすぎない。われわれはそのような状態を「カスタマー・サーキット」と呼んでいる。

カスタマー・サーキットは競合による共生の戦略
図版=Screenless Media Lab.

ユーザー目線で考えると、自分好みのコンテンツを見尽くした後もなお同じプラットフォームに留まっていると、見尽くしたコンテンツ、古いコンテンツばかりが残っているだけで、期待感が失われてしまう。それが映画であれば、「映画っておもしろくないな」と思えてしまう。

そうなると今度は、プラットフォームのみならず、共生圏全体のメディア体験が毀損されることになる。

■「退会の勧め」は実は正しい長期戦略だった

「水はよどむと腐る」と言われるが、事業者目線で言うならば、停滞することで腐ってくるのはコンテンツではなく「ユーザー」である。

自社のプラットフォームに囲い込んでみすみす腐らせてしまうよりは、他社に乗り替えてもらい、新たなコンテンツに出会うことでコンテンツ体験を活性化させ、メディア体験への期待を復活させたほうがいい。それは共生圏の維持に寄与し、自らの生存戦略としても機能するはずだ。

あるいはネットフリックスもまたそうした関係性に気づいており、活性が低下したユーザーにあえて退会を促し、複数サービス間で回遊を始めることを促しているのではないか。その目的はこの「映像配信サブスクリプションの共生圏」と、そこにおけるユーザーのメディア体験への期待感を維持することである。

ユーザーが映像コンテンツへの期待を失わずこの共生圏内を回遊しているかぎり、一度ネットフリックスから他社のプラットフォームに移ったとしても、いずれまたネットフリックスに戻ってくることになるだろう。

そうであればネットフリックスが、自社が死蔵しているユーザーを自ら手放して退会を促すことも、一見すると奇異に思えて、実は長期戦略として正解と言えるのではないだろうか。

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Screenless Media Lab. 音声メディアの可能性を探求し、その成果を広く社会に還元することを目的として2019年3月に設立。情報の伝達を単に「知らせる」こととは捉えず、情報の受け手が「自ら考え、行動する」契機になることが重要であると考え、データに基づく情報環境の分析と発信を行っている。所長は政治社会学者の堀内進之介。なお、連載「アフター・プラットフォーム」は、リサーチフェローの塚越健司、テクニカルフェローの吉岡直樹の2人を中心に執筆している。

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(Screenless Media Lab.)

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