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「幻の開会式プラン」を報じた週刊文春が五輪組織委の"圧力"に負けずに済んだワケ

プレジデントオンライン / 2021年8月2日 9時15分

インタビューに応じる前週刊文春編集局長、「文藝春秋」編集長の新谷学さん - 撮影=門間新弥

週刊文春が放つスクープは、時折「やりすぎではないか」と批判される。前週刊文春編集局長の新谷学さんは「炎上した時、絶対にやってはいけないことが3つある。これを守らなければ、どれほどスクープを出しても信頼を得られなかっただろう」という――。

※本稿は、新谷学『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)の一部を再編集したものです。

■「書いたことがすべてです」はもう通用しない

これまで新聞やテレビや週刊誌は取材プロセスを明らかにしてこなかった。

出した記事については基本的にコメントしない。問題を指摘されても「記事に書いたことがすべてです」「取材過程については従来よりお答えしておりません」という決まり文句で済ませてきた。メディアはそういう組織の論理を持っていたといえる。

だがそれでは済まなくなっている。インターネットでは、トラブルの対応を誤ると、批判や非難が殺到する「炎上」が起きるようになったからだ。炎上については第4章で詳しく述べるが、炎上した時に「記事に書いたことがすべてです」と木で鼻をくくったような対応では火に油を注ぐだけだ。

なぜこの記事を書いたのか、何を伝えたくてこの記事を書いたのかを、極力丁寧に伝えるべきなのだ。

たとえば、お笑いコンビEXITの兼近大樹さんがデビュー前に北海道で未成年売春を斡旋して逮捕されていたと報じた際(2019年)のことだ。兼近さんが所属する吉本興業は、猛烈な抗議とともに民事上・刑事上の法的措置を検討すると自社サイトで発表。芸能マスコミも週刊文春がプライバシー権を侵害しているという論調で批判し、インターネットを中心に激しい文春批判が起きた。

■「現在の兼近さんを否定するものではない」と説明

そこで加藤編集長は、なぜ週刊文春はこの記事を書いたのかについて、文春オンライン上ですぐに説明した。

《……兼近さんという芸人を語る上で、逮捕の過去は、切り離せない事実です。また、テレビ番組に出演し、人気を集める芸人は、社会的に影響力が大きい存在です。記事をお読みいただければわかるように、週刊文春記事は逮捕の過去によって現在の兼近さんを否定するものではありません。兼近さんという芸人がいかに生まれたのかを、ご本人の言葉によって伝える記事であることは、読者の皆様にご理解いただけるものと思います》

彼は取材に対して「来てくれてありがとうございます。いつかはばれると思っていたし、ちゃんとお話ししなければいけないと思っていました」と語ったことも記事にはしっかり書いてあるのだが、炎上に便乗する人たちが元々の記事を読んでいるとは限らない。

炎上後、兼近さんは自身のSNSで「報道を受け入れる」「むしろ世に事実を伝えられたので多少の感謝もあります」「見出しだけで判断せず、買って内容を読んで見てください」というコメントを発表した。

こうして兼近さんもわれわれも説明責任を果たすことで、事態は収束した。

■裁判で敗訴しても、社会的意義のあるスクープだった

女優の能年玲奈(現・のん)さんの記事〈国民的アイドル女優はなぜ消えたのか〉(2015年)では、彼女が所属していた芸能事務所の社長からパワハラを受けていたことを報じ、事務所から提訴された。能年さん本人の証言もあり、われわれは記事には十分に自信をもっていたが、最後は最高裁から上告を退けられた。

だがこの一連の裁判の過程で、大手芸能事務所とタレントとの不公平な力関係が社会的に問題視されるようになり、ついには公正取引委員会が指針を示すに至った。

そこでわれわれは判決が確定した時点で、週刊文春と文春オンライン上でスクープの内容から裁判での攻防、公正取引委員会の動きまでを詳しく報じた。

今でも社会的な意義のあるスクープだったと確信している。

メディア政治家とのインタビュー
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

■炎上で絶対にやってはいけない3つのこと

炎上が起きた時、絶対にやってはいけないことが3つある。「逃げる」「隠す」「ウソをつく」だ。企業の広報担当者向けのセミナーでも話すことがある。

一番目の「逃げる」とは、たとえばメディアが取材に来たときに、「担当者が不在でお答えできません」と追い返すことだ。問い合わせのメールに返信しないことも「逃げ」。説明することから逃げてはいけない。都合が悪いから逃げた、と痛くもない腹を探られかねない。そもそもスマホもZoomもある時代に「不在」は説得力がない。逃げていることはメディアを通して消費者にも伝わってしまう。

2番目の「隠す」とは、「現在調査中です」と時間を稼いで、もう少し事実が固まったところで発表しようとする対処法だ。社内で口裏を合わせたり、事実を揉み消したりしていることも多い。

■事実誤認しても、隠さずにすべて話す

しかし今は、企業が関係者に向けて「まだ調査中だから口外しないように」と送ったメールが文春リークスに届く時代である。積極的に隠蔽しようとしていなくても、これでは隠蔽ととられかねない。望ましいのは、なるべく頻繁に、新たな事実が確認されるたびに、「現時点まででわかったのはこういうことです」と常にアナウンスメントを心掛けることだ。

途中で事実がひっくり返ったり、調査によって変わったりすることがあれば、「こういう発表をしましたが、その後の調査で新たな事実が判明して、ここに関しては誤りでした」と説明をアップデートしていけばいい。過去の説明を削除して新たに上書きするのではなく、時間の経過がわかるようにすべてをアーカイブとして残す。

混乱時には、情報が錯綜するから事実誤認をすることもある。それも含めて隠さない。そうすることで、説明責任を果たそうとする姿勢が伝わる。正確な事実関係がわかるまで、と延々と説明を先送りするより、よほど印象がいいだろう。

■「墓場まで持っていける話」なんてない

3番目は「ウソをつく」。これが一番よくない。ウソをつくと、必ずあとでひっくり返される。〈菅首相長男による官僚接待〉では、総務省幹部が「事業に関する話はしていません」と国会で虚偽の答弁をしたから、事業に関する発言の音声を公開され、国会で認めざるを得なくなった。ウソをついたことで、傷はさらに大きくなったのだ。

ベッキーさんは禁断愛の疑惑が出た時に「友達です」と説明したが、「友達で押し通す予定」というLINEのやりとりが出たことでダメージが倍増した。

トラブルが起きた時は、まず逃げ切れないと覚悟すべきだ。最後までは隠し通せない。嘘もつけない。「墓場まで持っていける話」なんてない。デジタルの時代は、その前提で危機管理に当たるよりほかない。

■「五輪開会式の演出案」では橋本会長から抗議が

週刊文春の東京五輪開会式の演出案をめぐる記事(2021年3月25日号)に対して、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長から、抗議と雑誌の発売中止、回収、ネット記事の削除、さらに編集部が入手した幻となった開会式の演出案を廃棄し、内容を一切公表しないことを求める文書が届いた。

週刊文春では、女性演出家が突如、開会式の責任者を交代させられた事実をスクープし、その後、幻となった演出案を紙とデジタルで記事にしていたのだ。

編集部では組織委員会からの要求に対応するため、すぐに文春オンライン上に編集部としての見解を発表。さらに、加藤編集長は〈週刊文春はなぜ五輪組織委員会の「発売中止、回収」要求を拒否するのか 「週刊文春」編集長よりご説明します〉と題する記事を公開した。

「東京五輪は公共性、公益性の高いイベントであり、適切に運営されているかを検証、報道することは報道機関の責務である」として、「著作権法違反や業務妨害にあたるものではない」と組織委員会からの要求には応じられないことを説明。280ページにも及ぶ幻の演出案は、「社外秘」に当たる資料ではないかとの指摘もあったが、公共性、公益性が高く、国民の知る権利に応えるものであると主張した。その後、組織委員会からの要求はない。

■「言論の自由」より「読者の知りたい気持ち」に応える

ここでのポイントは、「国民(読者)の知る権利に応える」という部分だ。ジャーナリズムを標榜するメディアはすぐに「言論の自由」を振りかざすが、どうも「教えてやる」という上から目線には違和感がある。あくまでわれわれの仕事は「読者の知りたい気持ち」に応えることではないかと思う。

まるで自慢にはならないが、週刊文春にはたくさんの抗議が送られてくる。中には「法的措置を検討する」と書かれたものもある。法的措置とは、具体的には民事裁判の訴えを指すが、実際に裁判にまで進むことはそれほど多くはない。

また訴訟を起こす人のなかには、とにかく法的措置をとったことをメディアが報じてくれればいい、と考える人もいる。それだけでも十分、報じられた内容は事実ではないとの印象操作ができるからだ。そのあと訴えを取り下げても報じられることはない。特に多いのが政治家の「メンツ提訴」だ。支持者や所属政党などに、「週刊文春の記事は事実ではありません」とアピールするために提訴して、しばらく時間がたってから取り下げるというものだ。

■説明する責任はどこまでもついてくる

私はこれまでいくつもの裁判に対応してきた。そのたびに知見を積み上げ、裁判に負けない戦い方を学んできた。紛れもない事実を提供してくれる取材源がいても、その人が裁判で証言してくれるとは限らない。その人にも立場があるからだ。公務員なら守秘義務がある。

新谷学『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)
新谷学『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)

われわれは、常に裁判になることも想定して取材を進めファクトを固めている。完成した原稿に少しでも法的リスクを感じれば、法務部や顧問弁護士にチェックを頼む。そこまで念入りに準備していても民事だけではなく、刑事告訴されることもある。

刑事告訴されると、東京地検特捜部や警視庁捜査二課から編集部に電話がかかってきて、編集長は被疑者として出頭を命じられる。

出頭する日の朝はいつだって気が重い。冷水のシャワーを浴びて心身を浄め、新品のパンツをはく。毎回ひとりで検察庁に向かうが、編集部を出る時は、そこにいるデスクにテレビだけは見ていてくれと頼む。「週刊文春編集長、逮捕」とテロップが出たら、コメントを発表してくれと言って編集部を後にする。

説明する責任はどこまでもついてくる。

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新谷 学(しんたに・まなぶ)
前週刊文春編集局長、「文藝春秋」編集長
1964年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、文藝春秋入社。『週刊文春』『文藝春秋』編集部、『週刊文春』編集長などを経て、2018年7月より現職。著書に『「週刊文春」編集長の仕事術』『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)がある。

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(前週刊文春編集局長、「文藝春秋」編集長 新谷 学)

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