「通販商品とゴミで天井まで埋まる」関係最悪な両親の介護を背負った50代息子の受難
プレジデントオンライン / 2021年7月31日 11時30分
現在50代後半の深戸雅人さん(仮名・既婚)は暴力と暴言の限りを尽くす毒親に育てられた。高卒後に就職するとすぐさま独立し、実家に近づかないよう努めた。ところが結婚後、妻が義母の“攻撃”を受け、軽いうつ状態に。ますます実家の両親とは関わらないようになったが、ある日、ケアマネージャーと名乗る者から電話が入る――。
■コロナ禍で父親の肺炎
関西地方で妻と社会人になった娘と住む50代後半の深戸雅人さん(仮名・既婚)。母親は2015年、81歳のときに人工股関節置換手術を受け、身体障害者4級となっていた。2020年に86歳になってから認知症の症状が出始め、すっかり昼夜逆転生活をする母親に代わり、87歳の父親が家事全般を担当。
1歳上の父親は2019年までは、かつての本職・ボイラー技士の仕事の依頼をときどき受けていた。
2020年4月、深戸さんが仕事中、訪問看護師から「お父さんが発熱しました」との連絡が入った。実家までは電車を乗り継いで1時間半。「今日は難しいので、明日実家へ伺います」と返事した。翌朝、再び訪問看護師から電話が入る。「お父さんの発熱が続いているため、かかりつけ医に連絡したところ、『コロナ禍のため受け入れられない』と言われました。救急搬送を指示されたのですが、救急車を呼んでもよいですか?」と聞かれたため、深戸さんは承諾し、「すぐに自分も向かいます」と返事する。
町工場での仕事を休んで実家に行くと、救急隊が到着したものの、受け入れ先が見つからず、「自宅で安静にすることになりました」と訪問看護師から伝えられる。父親は肺炎を起こしているようで、訪問看護師がかかりつけ医から点滴の機材や酸素供給機器を借りてきて、父親の寝室にテキパキと設置してくれた。
その日、深戸さんは、父親の看病と母親の介護のため、実家に泊まることに。このときようやく、「実家が寝るのも危険なほどのゴミ屋敷状態になっている」とはっきり認識した。
「以前から『どんどん家の中が散らかってきたな』『両親がボケたことを言ってるな』とは感じていましたが、(毒親とは)極力関わりたくないと思ってましたから、見て見ぬ振りをしていました。母が通販で購入したものが家中に溢れており、寝るスペースもないほどで、母はいつも座った状態で眠っていたみたいです」
その母親はというと、なぜか頑なに、肺炎で苦しむ父親の側を離れない。深戸さんが食事を用意して声をかけても、完全に深戸さんに背を向け、箸をつけようとしない。
その深夜、父親の容体が急変。再度救急車を呼ぶが、やはり受け入れ先がないとのことで、来てもらえない。深戸さんは父親のために、初めて眠れぬ夜を過ごした。
翌日も、かかりつけ医は受け入れ拒否するだけでなく、「このままでは訪問看護師の訪問もできなくなります。PCR検査を受けてください」と言う。
深戸さんは、言われるままに保健所に連絡するが、電話が込み合っていて通じない。1時間ほどかけ続けてようやくつながったが、「渡航歴がないと検査できません」と断られる。
■救急車もかかりつけ医も来てくれない、ヘルパーも……
救急車は来てくれない、かかりつけ医も診てくれない、ヘルパーも訪問看護師もストップとなれば、父親は死を待つのみ。深戸さんは、仕事にも行けず途方に暮れていると、幸いにも訪問看護師は来てくれた。
ところが翌朝、訪問看護師から、「PCR検査を受けて陰性が確認できなければ、これ以降訪問できません」と非情の通達があり、PCR検査ができる病院を紹介される。その病院に電話をかけたが、やはり「保健所を通してください」と言われ、保健所に電話をすると、「渡航歴がないと受けられません」。たらい回しだ。
深戸さんは目の前が暗くなった。訪問看護師が来なくなれば、点滴も酸素供給機器も使えない。そうなれば父親の命が危ない。何か気に食わないとすぐに子供に手をあげるろくでもない親だったが、何の処置も受けられないままというのは忍びない。
なぜか深戸さんを拒絶し続ける母親は、父親の側で、椅子に座ったままうたた寝をして椅子から転げ落ちそうになる。そのため、深戸さんがベッドで眠るよう促すが、頑なに父親の側を離れない。深戸さんは父親の様態と母親が心配で、一睡もできなかった。
「万事休すか……」と思われたその日の夕方、訪問看護師から往診専門の医師を紹介される。
「その先生の指示で、翌日以降も訪問看護が続けられることになりました。もし1日でも止まっていたら、父は助からなかったかもしれません。訪問看護師さんは、できうる限りの感染対策をし、危険手当付きでの訪問をしてくれたようです」
深戸さんは以降、その医師にかかりつけ医となってもらい、平日は訪問看護師に両親を任せ、日曜と隔週土曜日は実家へ通い始めた。
■通販狂の母親、天井まで山のように積まれたサプリ、便利グッズ…
実家に通い始めた深戸さんの課題は、ゴミ屋敷状態をどうするかということだった。
天井まで山のように積まれた荷物を見ると、テレビCMでよく見かけるサプリメントの定期購入が5~6品ほど。ほかにも便利グッズ、カラオケセット、通信教育のCDセットなど、多くが未使用・未開封で、振込用紙が入ったままのものもあった。
「注文すれば簡単に商品が届き、料金は後払い……という仕組みのものが多く、当時の実家は宅配業者がひっきりなしに出入りするので、近所でも有名だったようです」
通帳は家事全般を担当する父親が持っていたが、深戸さんが「母さんには渡さないで」と言っていたにもかかわらず、母親から催促されるままに父親は大金を下ろし、簡単に母親に渡していたようだ。
そしてその度に母親はどこかに失くしてしまい、どこへやったのか追求すると、「子連れの女が家に来てお金を持っていった!」「盗まれた!」などと言って必ず大騒ぎになったため、ついに深戸さんは父親から通帳を取り上げた。
取り上げた通帳を見ると、2018年頃から急激に貯金が減り出し、2019年秋頃にはほぼ空になっていた。そればかりか、通販で購入した品物の料金を振り込んでいなかったため、実家の郵便受けには督促状が10通以上も届いており、実家の家賃や水道、光熱費の支払いも滞っていた。
■50代息子が通販未払分や滞納家賃など100万円を肩代わり
深戸さんは、未使用・未開封の商品を確認し、約30社にものぼる通販会社に連絡したが、すべてクーリングオフの期間が切れており、返品は一切不可。ただし、「認知症の診断を受けた後、注文されたものであれば返品可能」と言われた。深戸さんは、家計が破綻していることを伝え、以後の注文を受けないように頼みこむ。さらに実家の郵便受けの鍵を付け替え、両親がダイレクトメールを受け取れないようにした。
しかし、両親の通帳を取り上げてからというもの、深戸さんを拒絶していたはずの母親によるお金の催促が激しくなっていった。通販や滞っていた家賃、光熱費などの支払いで深戸さんが100万円近く肩代わりしていたにもかかわらず、「通帳を返せ!」「年金を自分のものにしている!」と罵り、深夜や早朝にまで「金持って来い!」と電話してくる。数十枚に及ぶ督促状を突きつけても、へらへらと笑うだけ。
もともと良くなかった関係に認知の低下が加わり、一切の説得が通じない。深戸さんと母親は毎週のように大声で罵り合い、時には深戸さんが母親の髪の毛を鷲掴みにし、押さえつけることさえあった。
「父も、肺炎が回復してきた頃は母と一緒になって『通帳返せ!』『金持って来い!』とよく言いました。でも、あるとき私がカッとなり、父親に馬乗りになって怒鳴りつけてしまってからは言わなくなりました。元来、小心者の父は怯(ひる)んだのだと思いますが、母が私に怯んだことは一度もありませんでした」
2020年5月、かかりつけ医の紹介で母親は脳神経内科を受診し、アルツハイマー型認知症と診断。その後、精神障害1級の認定を受けた。
■オレンジチームとは何か
同じ月、前月に起きた肺炎が小康状態となり、症状がやや安定していた父親だったが、容体が再び悪化する。歩行障害に陥り、ちょっとしたことで転倒を繰り返すように。
一方、母親は突然何を思ったか、今までしなかった料理をし始める。しかし、味付けや鍋を火にかけていることを忘れてしまうだけでなく、結婚していることさえ忘れたようで、父親のことを「あの男は誰だ?」「あのお父さんは本物か?」と訪問看護師に訊ねたり、深戸さんのことを自分の妹の名前で呼んだりした。
ケアマネージャーに相談するも、「なにぶんお歳ですから……」と取り合わない。「埒(らち)が明かない」と思った深戸さんは、インターネットや書籍で介護の知識や情報を探り、「オレンジチーム」というものがあることを知る。
オレンジチームとは、認知症サポート医、医療・福祉・介護の専門職(看護師、精神保健福祉士、社会福祉士等)で構成され、認知症になっても、住み慣れた地域で生活できるよう支援してくれる認知症初期集中支援チームの通称。窓口は、各自治体の地域包括支援センターだ。
深戸さんが相談すると、オレンジチームの職員は訪問看護師に協力を仰いだ。訪問看護師たちは、かねてから「このケアマネの事業所は、明らかに認知症が進んでいる老夫婦を前に、何をやってるんだろう?」と呆(あき)れていたそうで、ケアマネージャーのプライドを傷つけないよう配慮しつつ、ケアマネージャー自らが動かざるを得ない状況を作ることで、上手く働くよう誘導。おかげでケアマネージャーは、深戸さんにマメに連絡をくれるようになり、両親の様子を見に行ってくれる回数も増えた。
「相変わらず介護サービスを増やす方向で勝手に話を進めたり、(自分の)報酬につながらない案件は避けたりするスタンスはその後も改善されず、ケアマネ変更の話も何度か出ましたが、それでもよく動いてくれたと今では感謝しています」
■在宅介護の限界
2020年の年末、「正月の準備があるので、お父さんと私の口座から10万ずつおろして持って来て」。これが母親からの最後の電話になった。
2021年に入り、87歳の母親の認知症はさらに進み、要介護2と認定。みるみる衰えていき、電話はおろか、会話もままならなくなる。
同年3月、母親はベッドの上も寝るスペースがないほど物が溢れていたため、いつからか横になって眠る習慣がなく、ファンヒーターをつけたまま椅子に座って寝ていたところ、脱水症状から発熱を繰り返すようになり、かかりつけ医の指示で入院。
これがきっかけで、ついにかかりつけ医は母親の在宅介護の限界を通達。深戸さんは特養に申し込みをするため、かかりつけ医に可能な限り介護度が上がる方向で意見書を書いてもらえるよう頼み、介護度の見直し申請を出した。
基本的に特養は、要介護3以上が出てからでないと申し込めない。だが、認定調査の結果が出るまで病院で待つことはできないため、病院側から両親が一緒に入れる有料老人ホームを紹介されたが、金額的に難しいため断った。
病院のソーシャルワーカーやオレンジチームの職員に相談したところ、母親は退院後、老健にいったん入って特養の空きを待ち、父親はギリギリまで在宅で粘ろうという方針に決まる。
4月、母親が老健に入所した数日後に要介護4の認定結果が届き、深戸さんはすぐに特養の申込みをした。
一方、88歳の父親は在宅介護を続けつつも、歩行障害のため、デイサービスなどに外出するときは車椅子生活を余儀なくされていた。徘徊は不可能と思われたが、少し目を離すと、おぼつかない足取りで外に出て行こうとし、転倒することが頻繁に。認知の低下が急速に進み、母親が入院したことも理解できなかった。
父親はすでに2020年の年末には要介護3と認定され、今年に入ってすぐに複数の特養に申し込んでいるが、男性の特養入所は女性よりも難しく、一向に連絡がない。
2021年6月、母親のほうに4~5カ所の特養から面談の連絡が来た。深戸さんは連絡を受けた特養に男性の受け入れについて訊ねると、可能性があるのは2カ所。そのうち1カ所から、「(期間限定の)ロングステイ、もしくはショートステイなら受け入れられる」との回答をもらえため、この特養に母親は入所を、そして父親はロングステイをさせることに決めた。
6月末、父親が、母親よりひと足先にロングステイで特養の利用を始めたが、3日目に職員が目を離した隙に転倒。起き上がれず痛みを訴えるため、病院へ搬送すると、大腿骨を骨折していることがわかり、手術を経て入院することになった。
■毒親とその子の介護
振り返れば、2020年3月頃に父親が肺炎になった時、深戸さんはそのことを医療関係者からの電話で知り、それ以降、両親の介護にフル回転した。当時、すでに母親は要介護状態だったが、さほど深刻には考えていなかったという。
「今思うと、(2020年4月に)肺炎を起こした父が、もし、(コロナ禍であっても)すんなり救急搬送先が見つかり病院に入院できたとしても、その後、私はやはり介護をせざるを得なかったと思います。父が高熱を出した際、訪問看護師さんから、『お父様が家事をされていたので、お母様の世話をする人がいません。息子さん、何とか来られませんか?』と言われ、実家に泊まることになっていなかったら、実家の家計が破綻していることに気づくのが遅れ、さらに大変な状況になっていたでしょう。(実家で本格的に両親の介護を始めるのは)タイミング的にギリギリか、少し遅かったかくらいに感じています」
深戸さんの場合、両親が毒親だったために極力実家に関わらないようにしてきたことが、裏目に出てしまった。
「両親と距離を取っていたため、除々にではなく、いきなり介護に放り込まれ、最初の頃は右も左もわからず、混乱し絶望するのみでした。しかしつらさや苦しさを乗り越えるためには、とにかく介護について徹底的に調べ、知識武装するしかありません。私は仕事の合間に時間を見つけては、現存するさまざまな介護サービスを調べ、理解し、自分が利用できるものは利用していきました」
リアルな友人・知人やオレンジチームだけでなく、SNSなどインターネットを利用して実際に介護している家族や介護職の人とつながり、相談や情報交換をし合い、多くの情報を集めたうえで、その中から自分に合った対処法を見つけることで、困難を乗り越えてきた。
しかし、知識武装で乗り越えられる困難ばかりではない。深戸さんは現在でも、子どもの頃に両親にされたことを口にするのもつらいという。両親を介護するため、自分が育った実家で両親と向き合えば向き合うほど、子どもの頃の嫌な記憶を呼び覚ましてしまう。
「平日は直接介護しなくても、何かあればヘルパーさんや訪問看護師さんなど、関係各所から日中頻繁に私の携帯電話に連絡が入ります。小さな町工場で働いている私にとって、仕事への影響は大きいです。こちらから問い合わせするにも仕事の手を止めねばならず、何かあれば会社を休んで動かねばなりません。介護の終わりが親の最期を意味するとしても『こんなことが、いつまで続くのか?』『早く終わって楽になりたい』と考えながらやっています。介護にやりがいや喜びなどは無く、つらさや苦しさばかりです。介護者が報われる日はくるのでしょうか?」
やるせない思いの吐露や愚痴は、妻に聞いてもらった。極力両親と顔を合わせたくない妻は、リウマチをコントロールしながら実家の片付けは手伝ってくれているが、「普通に生活していてお金がないなら仕方ないけど、あれだけ無駄にお金を使い切って、うちから支払いしないといけないなんて我慢ならない!」と怒り心頭だ。
両親との良い思い出もあったと思うが、「全く思い出せない」と首を振る深戸さんは、毒親の両親といえども、心を無にして嫌々動いていたわけではなく、両親のことを思い、なるべく最善の選択をしてきた。
「両親にされた嫌なことが、今でも洪水のように次々と思い浮かぶのに、自分が父や母のことを考えて動いていることに気付いて、時々戸惑います。私は両親が亡くなったとき、どう感じるのだろうか、と常々考えていますが、今は、何も感じないような気がしています」
7月、母親は特養へ入所。大腿骨骨折した父親は現在も入院中だ。
「私のように毒親と距離を置いている人は注意してください。少しでも親の様子がおかしいと感じたときは、『関わりたくない』と思っても、早めに親の現状を把握することが、後々自分の生活を守ることにつながります。私の場合は、あと1カ月早く気付いていたら、もっと楽に対処できていたのにと思います。少しでも早く動き始めることが大事だと思います」
■親の介護や死後の対応から逃れるには
虐待や過干渉のため、親に対して良い感情を持たない人や、ごく一般的な家庭で育ったが、自分の生活に余裕があるわけではなく、「親の介護はできればしたくない」という人は、ここ数年で増加しているという。
しかし、親子の縁は切れない。そのため、何の対策もなしに長年疎遠にしていると、親の死後に突然対応を求められた子が、慌てるケースは後をたたない。
親との関係継続が、子の平穏な生活を害するものならば、距離を置くのもありだろう。だが、親の介護や相続の問題は、親だけでなく子の問題でもある。自分の人生の課題としてしっかりと向き合わないと、将来、不安や負担を増幅することになりかねない。
2010年頃の終活ブームで、生前整理や介護、相続や葬儀、お墓など、終活全般を代行してくれる企業や団体が登場した。当初は身寄りのない高齢者を中心としたサービスだったが、
最近は「多忙」「遠方」「疎遠」といった理由による子世代からの依頼が増えているという。親の介護や死後の対応から逃れたい人は、こうしたサービスを利用するのもひとつの手かもしれない。
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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