「宝塚でおじさん役を極める」自分が"お呼びでない"と気づいたときの生き残り方
プレジデントオンライン / 2021年8月2日 11時15分
■“ストイックの達人”に囲まれて
——宝塚歌劇団は特別な人々の集まりという印象が強いですが、トップスターを目指さず、自分の道を模索するタカラジェンヌという視点で書かれた書籍は類を見ません。あふれる宝塚愛を貫きつつも、どこか客観的な視点で宝塚の内情を描いている――。今までの宝塚の本とは違う、フラットな視点が興味深いと感じました。
【天真みちるさん(以下、天真)】おそらく多くのファンの方が読みたいのは、トップスターさんが書かれた本だと思うんです。でも私は決してそういう立場ではない。ならば自分はどんなことが書けるのかをじっくり考えました。元宝塚の方が在団中の話をするとき、「こんなに大変で」「こんなに厳しくて」など、特殊な世界を告白するような空気になることがありますよね。そのことにはちょっと違和感がありました。だから私は、ファンの方が知らないことはお伝えしつつ、人として皆さんと同じように悩み葛藤し、そして大いに笑って日々過ごしているという、素の姿をお見せできればと思ったんです。
——ファンはもちろんのこと、そうでない人でも感動し、かつ爆笑しながら読み進められる本でした。
【天真】「ファンだったら知ってますよね」と、知らない人を置いてけぼりにすることは避けたくて、「全然知らなかったけど、面白い」と宝塚の裾野を広げる本にもしたかったんです。たとえば奥様が大ファンで、その旦那さんがふと手に取ったとしても「楽しかったよ!」となるような本を目指しました。
——『こう見えて元タカラジェンヌです』というタイトルと、ねじり鉢巻きをしたおじさん(の姿をした天真みちるさん)が真っ赤な薔薇を持っている。装丁からして引き込まれます。
【天真】在団時のキャッチフレーズは「見たくなくてもあなたの瞳にダイビング☆」です(笑)。実際に入団してわかったのは、周囲の人間は皆トップを目指し、休みなくレッスンを重ねる“ストイックの達人”ということ。一方、私はというと「休みたい」でも「役は欲しい」などと考えるタイプ。これからどうやって存在証明していけばいいのかを考えていたとき、王道ではないけれど、まだ誰も開拓していない、そんなポジションが視界に見えてきたんです。それが「おじさん役」でした。
■王道ではない、それが私の生きる道
——主役の吸血鬼に血を吸われて気が狂う不動産仲介人、裏で麻薬を密売している医者……トップスターとはかけ離れた「クセのあるおじさん」を数多く演じることになります。その道を進んでいくきっかけはどんなことだったのでしょうか。
【天真】私だって最初は、キラキラのトップスターに憧れていました。でも、自分の才能を信じ、不安を埋める努力を怠らず、芸を磨いて自己肯定感を高めていく……そういう人をスター候補だとするならば、私はすでに違うという自覚がありました。歴代スターの当たり役を、誰が再演時に演じるかで、スター街道に乗っているのかどうかは、少しずつわかるようになります。そんな環境でしのぎを削る同級生を横目に、「お呼びでないな」と早いうちに方向転換した、いやせざるをえなかったという方が正しいかもしれません。
——名バイプレイヤーを目指しながらも、メインストリームではない道を歩くことに葛藤はありませんでしたか。
![今年4月に公演された「エリザベート TAKARAZUKA25周年 スペシャル・ガラ・コンサート」の楽屋写真](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/c/250/img_3c6fa939233f765fc1b699deecab8fc2382769.jpg)
【天真】もちろん、ありました。でも誰かが努力して切り開いた道は、それをどれだけ上回ることができるのか、そのためにどう効率的に進むのか、そのアプローチが問われることになります。自由に地図を描きたくても、もう道は埋まっている状態。私はきっとそっちには進めないな、ということがわかっていたんですよね。ビジネス的に表現すると、ひとりだけブルーオーシャンに漕ぎ出した、ということになるのかもしれません。もともと、王道ではない道のほうがストイックになれる性分。青くて自由な海で泳ぐことで、本来の探究心が刺激され、うずき始めたんです。
——「おじさん役」を“ブルーオーシャン”と表現するのは、天真さんならではですね。「脇役のトップスター」を極めることで感じた、やりがいや魅力を教えてください。
【天真】おじさん役というのが未開拓すぎて、それを突き詰めるのが本当に面白かったんですよ。たとえば衣装合わせ。みんなは1センチでも脚を長く見せるべく、床ギリギリのズボン丈にこだわっている横で、私はヒールのないおじさん靴を探したり、ヒゲをどれだけつけるか、どうつけるかを試行錯誤している。おじさんといってもダンディなタイプではなくて、私が目指していたのは、猫背でどこか自信なさげな方向。みんなが目指すものを目指さなくていい、それどころか真逆に進んでいけることが、なぜだかすごく楽しかったんです。
■人とは違う努力が武器になる
——「トップを目指さない」という戦略が、ズバリ天真さんにハマったんですね。
【天真】大勢で舞台をつくっていると、主要キャスト以外のつくり込みは、おのおのに任されることが多くなります。どんなおじさんにも生きる背景があり、心模様があり、その言動に至った理由がある。そこに思いを馳せ、まずは演出家の先生に「こんなおじさんだから、こんな見た目にしたい」と相談します。そこで「OK」が出たら、衣装部のスタッフさんやひげなどをつくる床山さんと打ち合わせ。私の妙なオーダーが新鮮だったのでしょうか。C.W.ニコルの写真を見せて、「こんなひげにしたい」なんて言うと、すごく面白がってくれました。「お、やるね! よっしゃ、つくってやるよ!」と(笑)。スタッフの皆さんと早いうちからワクワク感を共有できたのは、大きかったかもしれません。
——人と同じ努力ではなく、人とは違う努力をすることで、天真さんは「自分だけの強み」を手に入れることができたのかもしれません。
![天真みちる『こう見えて元タカラジェンヌです』(左右社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/0/200/img_d0bc4db8170979dbeb0df6b848fe46b5176693.jpg)
【天真】当時は探究心だけで突き進んでいたし、誇らしい気持ちなんてなかったけど、今、王道にできる長い列に素直に並んでいる若い子たちを見ると、何かもうひとつ武器を持ってみるのもよいのかなと思ったりします。真面目な人が損をすることにならないように、どこか不真面目な部分を持つことも悪くないのでは、と思ったりするんです。
——それでも、自分の強みが何かがわからず、戸惑ってしまう人は多いと思います。
【天真】どこを見渡しても美男子しかいない舞台で、あえて私は“イケメンの箸休め”的存在を目指したのです(笑)。また、そのロールモデルがいなかったことも、逆によかったのかもしれません。わが道を行くことで自分自身が楽だったし、何よりストイックになれたのだと思います。
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脚本家・舞台人
2006年宝塚歌劇団に入団、花組配属。老老(若は皆無)男女幅広く男役を演じる。また、タンバリン芸でも注目を集める。2018年10月に同劇団を退団。現在はフリーで活動しており、舞台、朗読劇、イベントなどの企画・脚本・演出を手掛ける傍ら、自身もMCや余興芸人として出演している。オンラインサロン『天真みちるの歌(ん)劇団応援組』を開設。「観劇」を愛する方との心通うサロンを運営中。2021年3月、初の著書である『こう見えて元タカラジェンヌです』を刊行。
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(脚本家・舞台人 天真 みちる 構成=本庄真穂)
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