「中間管理職は向かない」おじさん役を極めたタカラジェンヌが卒業を決断するまでの葛藤
プレジデントオンライン / 2021年8月4日 13時15分
■「劇団のすべてを背負ってほしい」と期待される苦悩
——天真さんが宝塚音楽学校に入学したのが、宝塚歌劇90周年の年。それから10年をかけて「脇役のトップスター」を極めていったわけですが、100周年を迎える年に複雑な思いを抱えることになります。
【天真】100周年記念で歴代のトップスターさんが集まったときに「この素晴らしい劇団のすべてを背負って、引き継がなければ」と思ったんです。宝塚には「歌劇団葬」という言葉があります。それは、生涯すべてを劇団に捧げ、劇団でお葬式をあげること。春日野八千代さんというレジェンドの方がそうでした。そこで私は、「よっしゃ、すべてを背負って引き継いだる! 次の歌劇団葬は私があげる!」そう強く思ったんです。同期にも高らかに宣言しました。骨を埋めることを決意してからは、「背負うとは」「引き継ぐとは」を神経質なほど考えて過ごす日々。そこで……わかったんです。「だめだ、向いてない」と。
——「向いてない」とは?
【天真】私はそもそも、役への探究心だけでここまで来た人間です。役を掘り下げていくと、「私はここで弱音を吐いてしまうのに、この人の強さはどこにあるんだろう」「私だったらここで逃げ出すのに、なぜこの人は向き合うことができたんだろう」など、自然と自分と向き合うことになります。そういう視点で劇団の生徒を見ていると「役への取り組みが真剣勝負だな。感覚でやっている私は甘いな」「人を教えるときに、こんな的確な言葉で指導することができるだろうか」など、自問自答する時間が増えていきました。100周年という特別な1年間だからこそ、考えて考え抜いて、その責任を負い続けることは、私には無理だという結論に達したんです。
——宝塚という環境に入って10年、中間管理職としての責務も負っていたと思います。
【天真】10年経って上級生となると、舞台裏ではトップや演出家の意図を汲んで下級生をまとめ上げること。舞台上では場を締める役者として存在感を発揮すること。そのどちらもが求められます。補佐としてもプレーヤーとしても輝けるかどうか。それが上級生である中間管理職の責務だとするならば、私はそろそろ宝塚から外に出たほうがいいのかもしれない。さらに外に出てからでも、自分なりの支え方ができるのかもしれない。そう考えるようになったんです。
■やり切ったら、鐘が鳴る⁉
——宝塚を卒業することを意識するようになった天真さんが、卒業までの日々を「タカラジェンヌの終活」と名付け、やり切ったという感覚を「鐘が鳴る」と表現されていたのが印象的でした。
【天真】先輩方に「何をもってやり切ったと言えるのか」をお伺いしたときに、「鐘が鳴った」という答えが返ってきたんです。最初はピンと来なかったのですが、『金色(こんじき)の砂漠』で「求婚者ゴラーズ」という役を演じたとき、「たそ(天真さんの愛称)そのものの役だね!」と言われ、お客様からも「素晴らしいです!」というお声を多くいただいたんです。でも自分らしさに自信がもてずおじさん役を極めていったのに、そこで「自分らしい役」と言われることに戸惑い、迷走し、葛藤する日々を送りました。「人が見る自分」「自分が考える自分」を悩み抜いて、なんとか千秋楽までたどり着いた結果、「役づくり」における大きな達成感を得たんです。そこで「あ、今、鐘が鳴った」と。それが最初の鐘でした。
——「最初の鐘」ということは、鐘はそのあと何度も鳴ったのですね。
【天真】念願だったドライアイスがたかれた舞台で踊ったとき、またマイバイブル『はいからさんが通る』にて「牛五郎」役を直談判して演じたときも、それぞれに鐘が鳴り響きました。ただどうしても鳴らすのが難しい鐘があったのです。それが、宝塚で培った経験を下級生に引き継いでいく、いわゆる「中間管理職の責務を完全に手放す」という鐘でした。そこで、大先輩である光月(こうづき)るうさんに、自分の思いを吐露したのです。すると「誰かが卒業すれば、誰かが担っていく。自分がいなくなったら、と思い詰める必要はない」「それより自分がどうしたいのかを考えるべき」というアドバイスをいただいたのです。そこで出た答えは「自分しか表現できない世界を創りたい」というもの。それこそが、最後の鐘でした。
——素敵な先輩方に囲まれていたのですね。
【天真】その場に佇むだけで目が奪われる天性のスター、春野寿美礼(はるのすみれ)さんや、ストイックに舞台に挑む強さと、全員に気を配る優しさを備えた真飛 聖(まとぶせい)さん、王道の男役の表現を背中で見せていく、太陽のような存在の蘭寿とむさん、そして年次が近いこともあり、その存在を支えたいと心から思わされた明日海りおさん。トップスター一人ひとりが、素晴らしいリーダーシップを発揮してくださいました。
——卒業するにあたって、仲間からの支えも大きかったと思います。
【天真】ありがたいことに、面倒見のいい人々に囲まれて生きてきました。「これやっておいたよ。どうせやってないでしょ?」と、察して先回りしてくれる人たちばかり。そこで私は、彼ら彼女らがやってくれたことをメモしておくようにしたのです。すると、自分の「できないこと」がわかります。若いときは「なんでもやります! できます!」が存在証明でも、年齢を重ねればそうはいきません。たとえば私の場合は、「納期の把握がめちゃくちゃできない人間です。なので、恐ろしいほどリマインドしてもらえますか?」という具合(笑)。30代を迎えた今、「できないことを先に伝える」重要さを実感するようになりました。
■王道を愛するからこそ二刀流が可能になる
——宝塚という熾烈な環境で「おじさん役」というオリジナルの道を見つけ、今は新社会人として歩き始めている天真さんですが、改めて自分の強みはどんなことだと感じますか?
【天真】あるドラッカー研究者の方が、YouTubeで私の本について「ニッチ戦略そのもの」と紹介してくださったんです。それを義理のお兄さんに伝えたら、「ブルーオーシャンに飛び込んだわけだしね」と言われ、ビジネス的視点で見るとそういうことになるのか、と驚きました。すでに多くのビジネスモデルが確立され、さらに副業という道も増えつつある今、何がいいのか混乱している人も少なくないと思うんです。普遍的に存在し続ける“基本のキ”は間違いない。でもそこで自分が芽を出すまでは途方もない時間がかかるのもわかっている。そんな状態で私は、ちょっと冷めた感覚と視点がありました。トップにはなれなくても、逆にその目があったからこそ、二刀流、三刀流ができたのだと思います。
——「宝塚にいながら」「タカラジェンヌでありながら」という視点が、今思えば強みになったということですね。
【天真】自分の素地や経験など、軸となるものは大切にするべきだと思います。その王道を愛し抜いた上で、どこに隙間があるのかを探すんです。軸への愛があれば「背を向けた」とはならず、「好きだからこそあの道へ行った」と理解してもらえますから。私は決して王道ではないけれど、トップを目指すのとは違うマインドでも活躍できることを伝えたいんです。それは宝塚という環境はもちろん、そうでないシーンでも同じこと。著書のタイトルどおり『こう見えて元タカラジェンヌです』という立場を、さらに愛して、極めていこうと考えています。
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脚本家・舞台人
2006年宝塚歌劇団に入団、花組配属。老老(若は皆無)男女幅広く男役を演じる。また、タンバリン芸でも注目を集める。2018年10月に同劇団を退団。現在はフリーで活動しており、舞台、朗読劇、イベントなどの企画・脚本・演出を手掛ける傍ら、自身もMCや余興芸人として出演している。オンラインサロン『天真みちるの歌(ん)劇団応援組』を開設。「観劇」を愛する方との心通うサロンを運営中。2021年3月、初の著書である『こう見えて元タカラジェンヌです』を刊行。
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(脚本家・舞台人 天真 みちる 構成=本庄真穂)
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