「金・銀・銅は全部ナイキ」厚底&高速スパイクで異様な表彰台占拠の予感
プレジデントオンライン / 2021年8月1日 11時15分
■五輪花形競技「陸上」で白熱するシューズブランドのメダル争い
オリンピックは選手が金銀銅のメダルを巡ってしのぎを削る場であると同時に、シューズブランドの覇権争いの場でもある。今回の東京五輪の場合、とりわけ陸上においては、ナイキが圧倒的に有利な立場にある。その鍵は、やはり「厚底」にある。
2017年夏に一般発売されたナイキ厚底シューズ(当時のモデルは〈ズーム ヴェイパーフライ 4%〉)は年々進化を重ねて、世界のマラソンシーンを塗り替えてきた。
この4年間でマラソンの世界記録が男女ともに続々樹立された。国内では男子の日本記録が4度も更新された。設楽悠太(2時間6分11秒)、大迫傑(2時間5分50秒、2時間5分29秒)、鈴木健吾(2時間4分56秒)。彼らはいずれもナイキ厚底シューズだった。
正月の箱根駅伝でもナイキ厚底の使用者は2018年から急増し、2021年は出場者210人中201人が着用。占有率は95.7%にまで到達した。
他ブランドもカーボンプレートを搭載した厚底モデルを投入しているが、トップ選手はナイキ厚底の“魔法”を信じているようだ。厚底人気はもはや一過性のブームではなく、シューズの常識を変えたことは明らかだろう。
■「ナイキの独壇場」選手は“厚底の魔法”を信じている
では、東京五輪におけるシューズ戦争はどうなるか。後述するように、他ブランドも健闘しているが、「ナイキ勢の独壇場」という表現は大げさではない。
特にマラソン男子だ。世界記録保持者であるエリウド・キプチョゲ(ケニア)ら優勝候補が軒並みナイキの契約選手だ。日本代表の中村匠吾(富士通)、服部勇馬(トヨタ自動車)、大迫傑(Nike)もナイキを着用している。
振り返ると、ナイキ厚底シューズは5年前(2016年)のリオ五輪のマラソンがデビュー戦だった。市販される前のプロトタイプ(試作品)を履いたキプチョゲが金メダルを獲得するなど“小さな衝撃”を放つと、その後の大活躍につながっていく。
ナイキ厚底シューズの最新モデルである〈エア ズーム アルファフライ ネクスト%〉は、米国のTIME誌が選ぶ「THE 100 BEST INVENTIONS OF 2020」(2020年のベスト発明トップ100)にも選出された。
東京五輪では新たなモデルが登場するかと思われたが、サプライズはないようだ。ナイキ フットウエア イノベーション VPのブレッド・ホルツ氏は今大会前にメディアの取材にこう答えた。
「マラソンに出場するナイキの選手たちは、〈ズームエックス ヴェイパーフライ ネクスト%2〉か、前足部にエアが搭載されている〈エア ズーム アルファフライ ネクスト%〉のどちらかのプロダクトを使う予定です。人によって好みがわかれますし、日によっても調子が違う。コンディション、気象条件、コース、路面の状況などから判断して、選ぶことになると思います」
■ナイキ「独り勝ち状態」にいたるまでの障壁
現状、ナイキの独り勝ち状態だが、そこにいたるまでにはいくつかの障壁もあった。
2020年1月にはナイキのシューズがターゲットにされたような“厚底騒動”が勃発した。あまりにもナイキユーザーが新記録を連発し、好成績を収めたことへのやっかみもあったのかもしれない。
騒動の結果、世界陸連は使用できるシューズに制限を課すことになる。その際、公式戦で使用できるシューズの靴底は「40mm以下」となり、この2021年7月下旬に発表された新規則では、800m以上の中長距離トラック種目に関しては靴底が「25mm以下」に改定された。
最新モデルである〈アルファフライ〉は使用OKだが、これ以上はソールを厚くすることができない。今後は制限下のなかでイノベーションを模索していくことになり、シューズ作りのコンセプトを考え直さざるをえなくなった。
■ナイキの“高速スパイク”も威力十分
しかし、ナイキ厚底シューズが持つテクノロジーは新たなかたちで陸上ファンを沸かしている。コロナ禍で世界のアスリートは厳しい制限下でトレーニングを続けてきた。2020年4~6月はほとんどの競技会が中止や延期になったが、その後の約1年間、トラックの長距離種目で好タイムが続出している。
男子5000m、男子10000m、女子5000m、女子10000mで世界記録が“爆誕”したのだ。
ポイントは、これらの世界記録がいずれもナイキの“高速スパイク”がもたらしたものということだ(トラックの接地面に複数のピンがついている)。具体的には2020年に発売された〈ズームエックス ドラゴンフライ〉というモデルになる。
「トラックで〈ヴェイパーフライ〉を履く選手を見て、もう少し安定性があり、カーブをまわれるスパイクを作ろう」(ホルツ氏)という考えのもと開発されたものだ。
〈ズームエックス ドラゴンフライ〉は、ロード用の厚底シューズである〈ヴェイパーフライ〉や〈アルファフライ〉と同じく、ソールには約80%のエネルギーリターンを得られる素材を使用。また、カーボンファイバー製ではないが、プレートも搭載されている。しかも、26.5cmサイズで約125gと超軽量だ。
この高速スパイクは日本の長距離種目でも驚異の快走をもたらしている。
2020年12月の日本選手権。男子10000mで相澤晃(旭化成)が女子10000mで新谷仁美(積水化学)が日本記録を大幅に更新して優勝した。
相澤は、「クッション性があるので、きつくなっても押していけるところが、過去にはないスパイクなのかなと思います」と、話している。
なお、中長距離用スパイクには〈エア ズーム ヴィクトリー〉というモデルもある。こちらは厚底シューズの最新モデルである〈エア ズーム アルファフライ ネクスト%〉のスパイク版だ。前足部にはエアも搭載されている。
この〈エア ズーム ヴィクトリー〉を着用した三浦龍司(順天堂大)が2021年5月に男子3000m障害で18年ぶりに日本記録を塗り替えると、6月の日本選手権で8分15秒99、東京五輪の予選では8分09秒92までタイムを伸ばしている。
男子10000mのメダリスト3人は〈ズームエックス ドラゴンフライ〉を履いており、東京五輪でもナイキの高速スパイクが“爆発”するだろう。
■ナイキ以外のシューズを履くスーパースターたち
ナイキ勢は同じ陸上トラック競技において、長距離以外の種目でもその存在感は際立っている。国内では男子100mで9秒95の日本記録を持つ山縣亮太(セイコー)、同9秒98の小池祐貴(住友電工)、日本選手権男子100m王者の多田修平(住友電工)がナイキのスパイクを着用している。こちらは〈スーパーフライ エリート2〉という短距離用のモデルだ。
だが、短距離種目は決して“ナイキ一強”ではない。東京五輪では他ブランドを履く選手たちも超人たちがそろっている。
◎アディダス、ニューバランス、プーマ
ナイキの最大のライバルであるアディダスは、男子110mハードルで世界記録(12秒80)に0.01秒差と迫った23歳の米国人選手らが契約している。次世代のスーパースター候補もいる。あのウサイン・ボルト(ジャマイカ)が保持してした男子200mのU18およびU20の世界記録を塗り替えた米国の17歳の男子選手は高校生ながらアディダスとプロ契約を結んでいる。
ニューバランスは男子100mで世界歴代7位の9秒77(+1.5)をマークしている米国人選手、また今季21歳にして女子400mハードルの世界記録保持者となった米国人選手らが契約選手。ともに、今五輪のスーパースター候補だ。
一方、日本の陸上界ではメジャーな存在ではないが、プーマもポテンシャルの高いアスリートと契約している。昨年、「鳥人」と呼ばれたセルゲイ・ブブカ(ウクライナ)が保持していた男子棒高跳びの世界記録を26年ぶりに塗り替えた21歳のスウェーデン人選手。それから今季、男子トラック種目で最古となる男子400mハードルの世界記録を29年ぶりに更新する46秒70をマークしたノルウェー人選手だ。日本人ではサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)がパートナーシップを結んでいる。
◎ミズノ、アシックス
それでは国内ブランドはどうかといえば、正直なところ海外ブランドに押され気味だ。1990年代にはミズノが往年の名選手であるカール・ルイス(米国)と、アシックスがリロイ・バレル(米国)と契約していた。しかし、現在は国内ブランドと契約している世界的なスーパースターは見当たらない。
ミズノは男子20km競歩の金メダル候補の山西利和(愛知製鋼)、男子110mハードルで今季世界リスト3位の13秒06(日本記録)をたたき出した泉谷駿介(順天堂大)、男子走り幅跳びで入賞の期待がかかる橋岡優輝(富士通)らが着用している。
アシックスは日本陸連とオフィシャルパートナー契約を結んでおり、今回、日本代表のユニフォームを作製している。だが、アシックスのシューズを履いているのは女子マラソン代表の前田穂南(天満屋)、男子4×100mリレー代表の桐生祥秀(日本生命)らで人数的には少数派だ。東京五輪のスポーツ用品部門唯一のゴールドパートナーを務めるだけに、しっかりとブランドをPRしたいところだ。
世界中から注目を浴びるオリンピック。主役であるアスリートたちをサポートするシューズにも熱視線が注がれている。果たしてどのブランドが“金メダル”に輝くだろうか。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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