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成田空港が「自律走行する警備ロボット」を月額30万円で導入した本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年8月4日 9時15分

成田国際空港第3ターミナル内を巡回警備するSQ-2 - 提供=成田国際空港

警備業界は人手不足が深刻だ。それを解消する手段として、「警備ロボット」の導入が注目されている。すでに成田国際空港や東京大手町の超高層ビルなどでは、東京のシークセンスが開発した警備ロボット「SQ-2」を導入している。価格は月額30万円。なぜ人ではなく、ロボット警備が必要なのか――。

※本稿は、中村尚樹『最前線で働く人に聞く日本一わかりやすい5G』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■スター・ウォーズの人気ロボットを連想する近未来感

日本では2020年から5G(第5世代移動通信システム)の商用サービスが始まった。5Gは“5th Generation”、第5世代の略だ。5Gは産業界での利用が特に期待されているが、警備業界で始まった新たな試みから、将来の日本社会で定着する可能性を探りたい。

アメリカのSF映画「スター・ウォーズ」に登場する人気ロボット「R2-D2」を、すぐに連想した。しかし、ずっとスリムで、小型ロケットのような形をしている。フロアを自在に動きまわる姿に、近未来的な機能美が感じられる。

東京のシークセンスが開発した警備ロボット「SQ-2」に、私が対面したときの第一印象だ。高さは130センチで、小学校高学年の子どもくらい。本体の上部に、冠のように取りつけられた3個のレーザースキャナーが常にくるくると水平方向に回転することで三次元マッピングを行い、周囲の状況をリアルタイムで立体的に把握する。GPSを利用できない商業施設やオフィスビルなどの屋内を、スムーズに動き回ることができる。超音波センサーと組み合わせることで、夜間でも障害物を感知し、人や移動する物体を上手によけることが可能だ。

SQ-2が担う主な役割は、巡回と立哨警備である。ボディ前方に高解像度カメラを搭載しているほか、3方向につけられた魚眼レンズで常時360度の撮影が可能だ。施設内を回って不審なものがないかどうか、消火器や消火栓、非常口やゴミ箱などの設備に異常がないかどうか、映像やセンサーで把握する。サーモセンサーが、肉眼ではわからない異常な熱源を感知し、火災対策にも役に立つ。

■月額1台約30万円、三菱地所や成田国際空港が採用

あらかじめ施設内の巡回ポイントを設定しておくと、誰かが操縦するのではなく、SQ-2が自分で障害物をよけながら最適なルートを判断して巡回する。「自律移動型ロボット」と呼ばれる所以である。バッテリー残量が少なくなると、家庭用のロボット掃除機のように、自分でドックに帰還して充電する。

人間の警備員は防災センターに待機して、SQ-2から送られてくる情報をチェックする。SQ-2はスピーカーとマイクを搭載しており、防災センターにいる警備員がリモートで、SQ-2のいる現場の人と会話することも可能だ。

商用としての運用開始は2019年8月で、三菱地所が東京大手町の超高層ビルにSQ-2を導入した。2020年2月には、NAA(成田国際空港)が第3ターミナルで、SQ-2を採用した。利用月額は1台約30万円である。NAAは「警備ロボットの導入にあたり、ロボットが占める足回りの面積が小さく、人込みや狭い通路等での機動性が高い点を評価した」と述べた上で、「人とロボットの力を融合させた、より高度で効率的な館内警備を実現する」と、SQ-2に期待する。

■狭い通路やオフィスで自律移動できるロボットは希少

そもそも自律移動という技術自体は、以前から研究されてきた。例えば工場内に引かれた白線を目印にロボットが移動する技術は、すでに実用化されている。自動車では、高速道路などの限定された区間内では自動運転が実用化の段階に入っている。

しかし一般道を含む完全な自動運転の実用化はまだ遠いのが現状だ。それと同じで、ロボットのために特別に整備されてはいない環境の中で、自律移動を実現しているロボットは、海外を含めてまだ数少ない。しかも狭い通路やオフィスで、通行する人たちをよけながら自律移動できるロボットとなると、ほとんど他に見当たらない。だからこそ、日本を代表する企業が、SQ-2を導入しているのだ。

不審者や不審物の対応については、やはり人間の判断が求められる。何が「不審」なのかを判断する機能はまだ、SQ-2に搭載されていないからだ。しかし「本来は誰もいない場所や時間に誰かいたり、何かあったりしたら防災センターに知らせるという決まりを作ることで、対処は可能」と、シークセンス代表を務める中村壮一郎は言う。「いまは人間が判断してやっていますが、必要性の優先順位をつけて、AIのチームがしっかりと作り込んでいくよう、準備を進めています」

■2016年に「ロボットの開発」で起業したふたり

シークセンスを創業したのは、明治大学理工学部教授の黒田洋司と、中村のふたりである。

このうち1965年生まれの黒田は、少年時代から船や飛行機が大好きで、大学では工学部で船舶海洋工学を専攻した。大学院で水中ロボットの研究に携わったことから、ロボットの設計や開発に取り組むようになった。その後、アメリカのマサチューセッツ工科大学で客員准教授を務めたり、JAXA(宇宙航空研究開発機構)で小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトに携わったりする中で、起業を意識するようになった。

「大学では、何回失敗しようが、成功率が低かろうが、理論を証明できればよい。しかしロボットの産業化は、時代の要請なのです」そこで黒田の考えたのが、起業だった。黒田の専門は、移動ロボット工学である。自分で作ったロボットが、世の中で実際に使われるようになってほしいという思いもあった。黒田は、東京のシステム開発大手、TISと自律移動型ロボットに関する共同研究プロジェクトをスタートさせ、起業に向けた準備に入った。そんなとき、声をかけたのが、かねて個人的に知り合いだった中村である。

1977年生まれの中村は、大学時代にアメリカンフットボール部の主将を務めたこともあるスポーツマンだ。大学卒業後は、大手都市銀行や外資系証券会社のニューヨークオフィスに勤務したあと、コンサルタントとして独立した、財務や経営のスペシャリストである。技術関係は専門外で、最初は「ロボットには全然興味がなかった」という。しかし黒田と話をするうちに「汎用性が高くて、とてもおもしろそう」な事業だということがわかってきた。2016年10月、ふたりでシークセンスを創業し、中村が代表に就いた。社名はseek(能動的な「探索」)とsense(受動的な「感覚」)をかけ合わせた造語である。

■ミッションは「世界を変えない」

日本の人口は2008年の1億2808万人をピークに、減少に転じた。首都圏などでは人口の増加が続いているが、東京都人口統計課の予測では東京都の人口も2025年をピークに減少に転じると見られている。その一方で、増加の続く65歳以上の高齢化率は2018年のデータで28.1%と、世界第1位である。アメリカの15.8%や中国の11.2%のはるか先を走っている。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」によれば、2060年の人口は8674万人で、ピーク時から4100万人以上も減少し、高齢化率は38.1%にも達すると見られている。日本の少子高齢化は、驚くべきスピードで進行している。

こうした状況を踏まえて中村が提唱したシークセンスのミッションは「世界を変えない」。世界をより良く変えることよりも、いまは世界を変えないことのほうが喫緊の課題だと中村は考える。

「社会が急速に縮小する中で、いま私たちが享受している豊かさや平和を、次の世代にどのように残していくか。そのために我々は、生産の効率を上げることにフォーカスすべきだと考えました。ロボットが戦う敵は“深刻化する働き手不足”なのです」

■警備業界はロボットが活躍できる手つかずの土壌

最初にどの分野から参入していくべきか。ふたりが着目したのが、人手不足が特に深刻な問題となっている警備の仕事だった。

厚生労働省がまとめた全国平均の有効求人倍率を見ると、シークセンス創業直後の2016年12月で、全職業の平均が1.36倍なのに対し、警備業界は7.22倍と、きわめて高い状態にあり、しかも年々上昇している。これほど売り手市場なのに、人が集まらないのはなぜか。理由のひとつは、警備員の給与水準が低いことだ。中小零細企業が大半を占めることもあって、全職種平均の3分の2以下にとどまっている。警備員の大半を占める契約社員は、勤続年数が増えても、給与は増えないことも多い。さらに労働時間が全産業平均に比べて月平均で20時間以上も長く、夜勤も多い。昼夜逆転の生活も珍しくない。加えて労働災害の件数も、全産業では減っているのに、警備業では逆に増えている。夜間に長時間で低賃金、しかも危険な労働環境となれば、警備員不足が深刻化しているのもうなずける。

ロボットなら充電とメンテナンス以外は24時間、365日働き続けることができる。大規模施設の増加で警備を担当するエリアが拡大し、チェックポイントが多くなると、人間の警備員には肉体的にも精神的にも負担が増す。ミスも生まれる。しかしロボットなら、決められた仕事を確実にこなすことができる。警備の仕事の中でも“機械的”な部分は、機械に任せたほうがうまくいくのだ。しかも「東京ビルメンテナンス協会警備防災委員会」が2019年にまとめた「人材不足対策調査研究警備ロボット調査研究報告書」によれば、会員アンケート調査で「何らかの形で警備ロボットを導入している」と回答した会社はわずか1.4%にすぎなかった。この分野はまだ手つかずの状態で、ビジネスチャンスは大きい。

バーチャル警備システムの館内活用
提供=セコム
業界最大手のセコムはバーチャル警備システムを準備。 - 提供=セコム

■ロボットの未来を変える大きな一手“5G”

5Gの利用可能エリアがまだ限定的なため、現行のSQ-2は5Gに対応していない。次世代機以降の対応となる。5Gについて黒田に聞くと「回線が太くなることは良いことです」と期待する。「SQ-2から大容量のデータを送付し、逆に防災センターからは画像を解析して判断し、指示を出す。これをクラウドで処理するとき、5Gは非常に重要になります。データ量が大きければ大きいほど、速ければ速いほど、いろいろなことができるのです」

中村尚樹『最前線で働く人に聞く日本一わかりやすい5G』(プレジデント社)
中村尚樹『最前線で働く人に聞く日本一わかりやすい5G』(プレジデント社)

大量の情報を処理するデータセンター、電力や水道などライフライン関連施設をはじめ、24時間監視が必要な施設は増え続ける一方で、減ることはない。そこでは大量の情報をSQ-2が扱うことになる。5G時代になれば、その処理が容易になるのだ。

ただし、5Gを含めた通信が使えない場合も想定しておく必要がある。「建物の隅など、通信状態が悪くなったり、途絶したりする場所がある限り、ロボットは通信できない環境でも動けるようにする必要があります。例えば通信状態が悪くなった瞬間、子どもが飛び出してきても、きちんと止まらなければなりません。すべてをクラウド化するのではなく、ロボット本体に相応の機能や能力を残さざるを得ません」

基本的な自律移動に関しては、通信できなくても機能しなければならない。「公道での利用は、現在はまだリスクが高すぎると考えており、ずっと先の課題です。しかし建物の外構部くらいなら、近く対応できると思います」

■警備業界から自律移動型ロボットはさらに進展する

SQ-2は警備ロボットだが、シークセンスの事業は警備ではなく、自律移動型ロボットの開発と提供である。中村は「新しいマーケットを創っていくことを、次のステップ」として考えている。「ロボットならではの仕事を追求します。例えば製造業や流通業、倉庫業などでは、決められたライン上の移動ではなく、自律移動を活かしたより効率的な処理が可能となります。清掃ロボットも、自律移動でより適切な作業ができるようになります」

「世界を変えない」というシークセンスのミッションは、ポジティブだ。「変わらない」ではなく「変えない」ために、シークセンスならではの本質的な価値が生み出されている。5Gを活かした自律移動の今後の進展に注目したい。

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中村 尚樹(なかむら・ひさき)
ジャーナリスト
1960年、鳥取市生まれ。九州大学法学部卒。専修大学社会科学研究所客員研究員。法政大学社会学部非常勤講師。元NHK記者。著書に『ストーリーで理解する日本一わかりやすいMaaS&CASE』(プレジデント社)、『マツダの魂 不屈の男 松田恒次』(草思社文庫)、『最重度の障害児たちが語りはじめるとき』『認知症を生きるということ 治療とケアの最前線』『脳障害を生きる人びと 脳治療の最前線』(いずれも草思社)、『占領は終わっていない 核・基地・冤罪そして人間』(緑風出版)、『被爆者が語り始めるまで』『奇跡の人びと 脳障害を乗り越えて』(共に新潮文庫)、『「被爆二世」を生きる』(中公新書ラクレ)、共著に『スペイン市民戦争とアジア──遥かなる自由と理想のために』(九州大学出版会)などがある。

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(ジャーナリスト 中村 尚樹)

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