「1億貯めて年4%稼げば一生安泰」米国流FIREブームをマネする人を待ち受ける悲劇
プレジデントオンライン / 2021年8月4日 11時15分
■ブームの「FIRE」基本ルールは「25年分の年収確保」と「4%ルール」
今、FIREがブームです。FIREとはFinancial Independence, Retire Earlyの略で、経済的な独立を果たし、早期リタイアを実現しようというチャレンジを指します。
アメリカのFIREムーブメントを紹介した書籍のいくつかが翻訳されベストセラー入りしているほか、国内のFIRE実践者の書籍もよく売れているようです。
基本的な考え方は、若いうちから「しっかり稼ぎ」「徹底的に節約して、投資資金を増やし」「資産運用を行う」。FIREの柱となる“ルール”は以下の2つです。
●「25年分の年収確保」
仮に年400万円でリタイア生活を送るなら1億円(400万円×25年)を貯めればFIREできるとされ、目標金額を考える基本ルールとされる
●「4%ルール」
リタイア後は投資などで年4%の収益をあげることをめざし、運用収益(1年分の生活費に相当)を活用することで元本の資産は永遠に減らずにすむ
それぞれのルールのシンプルさもあいまって、FIREといえば「1億円貯めてリタイア」、「4%の運用で一生安泰」と説明されるのですが、これは本当に日本でも通用する話なのでしょうか。
実は危ういところがあります。
■25年分の収入を貯めようと高リスク運用で失敗…長年の努力が溶ける
まず、25年分の年収確保というのは相当高いハードルである、ということです。仮に年350万円(月30万円弱)でやりくりするとしても、8750万円になります。
近年、日本では「億り人」という言葉がよく聞かれるようになりました。多くの場合、高額の資産をきわめてリスクの高い金融商品につぎ込み、幸いにも利益を出すことができた人です。ビットコイン長者などがこれに含まれるでしょう。
40歳でリタイアすることを目指せば、社会人として働き始めてからの運用期間は20年弱しかありません。毎月10万円積み上げたとしても20年で2400万円ですから、かなり高利回りを求めることになります(ちなみにこのペースで億を達成するには年12%の実質リターンが必要です)。
短期間で「1億円以上」を稼ごうとすると、どうしても年10%以上のリターンがほしくなりますが、高リターンの投資は当然大きな元本割れのリスクがついてまわります。特にレバレッジをかけて暗号資産やドルのFXに挑んで、裏目に出たときはそこまでコツコツ積み上げた資産のほとんどを失いかねません。
収益額を最大化しようと投資金額を増やす行為もリスクが大きいです。最近のビットコイン相場の乱高下などで、資産を増やすどころか大きく損失して茫然自失という、泣くに泣けない状況もありえます。
つまり、メディアでもてはやされる「光(一部の成功者)」だけ見て、「闇(多くの脱落者)」に目を背けるような無謀なチャレンジとなってしまいかねません。
高利回り願望を持つ人にはもうひとつの危険があります。あやしい金融商品や投資話がにじり寄ってくるのです。高利狙いの人は、どうしてもそれらが立ち入る隙を許してしまいがちです。これも大きなリスクです。
■「4%の運用収益を稼ぎ、取り崩しゼロ」ですむのは2年に一度だけ?
それでもなんとか、幸運・強運の力も借りながら1億円の準備ができたとします。
これ以降は年4%のリターンさえ毎年確保できれば、理論上は、1億円は減らさずに何十年でも暮らしていくことがでます。年4%というのには理由があります。25年分の年収を確保済みであれば、その4%の収益がまさに1年分の生活コストと同じになるからです。
しかし、その年4%というリターンを生むのは簡単なことではありません。インデックス運用で国内外に分散投資をした場合の過去の実績をみると、年4%は不可能ではありません。ただし、資産のほぼ全額を投資に回す必要があります。
「せっかくFIREを実現したのだから、もう投資からは手を引きたい」と考えても、それは許されません。リタイア後も資産運用を継続することになります。「投資好き」の人はそれでもよいでしょうが、普通の人がそれを望むかは疑問です。
かといって期待リターンを下回れば、たちまち取り崩しが始まります。例えば「投資割合50%:預金50%」とし、投資部分で年4%を稼いだとしても、全体としては年2%ですから(年0.002%の定期預金金利はここではもう考慮しない)、毎年200万円を取り崩すことになります。
25年経つころには資産は約3600万円まで減少します(これで65歳以降をやりくりする、と考えれば悪くない取り崩しともいえますが)。
また、平均的な期待リターンが年4%といっても、短期的な市場の下落は避けようがありません。マイナス運用で終わった年度は取り崩しをすることになります。
インデックス運用をベースとした分散投資例として、国の年金運用の実績を振り返ってみます。2001年度から2020年度までのあいだ、7回マイナス運用となっていますし、年4%を下回っている年度を加えると9回は未達ということになります(それでも、平均利回りは年3.87%で悪いものではありません)。
仮に1億円のFIRE資金があって、GPIF(公的年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人)と同じ利回りで各年度(2001~2020年度)の収益をあげ、そこから生活費年400万円を引くという試算をしてみると、一度も1億円を上回らないばかりか、2020年度末は8000万円強まで下がっています(ちなみに2019年度末はコロナショックの影響で6750万円まで下がっている)。
取り崩しを前提とし、新規積立が行われない資産運用というのは明るい未来を約束するほど簡単なものではないのです。2020年度のような高利回りをFIRE直後に2、3回享受するような幸運がなければ、資産の減少は避けられないでしょう。
また、インフレと手数料を考慮したうえでの「実質4%」を本来考慮するべきであることも、FIRE後の資産運用を難しいものとします。額面が減っていなくても、モノの値段が上がればそれは実質資産価値の減少であるからです。これから20年後もデフレが続くという確証を持ってリタイアできるでしょうか。
■コンセプトは悪くない。そこで「日本版FIRE」を考えてみよう
ここまで、アメリカのFIRE理論を辛口な視点で見てきましたが、FIREの基本となる考え方は悪いものではありません。
翻訳書をひもとけば、それ以前の部分として、どん欲なまでのキャリアアップチャレンジ(つまり年収増へのこだわり)と、徹底的なまでの低コストでの生活(つまり節約による貯蓄額の最大化)を指摘しており、これは、高額の資産形成において欠かせない要素です。むしろ、年収増と節約励行のほうにFIREチャレンジの重要なポイントがあります。
そうなると、基本コンセプトを活かしつつ、いくつかの修正をしてみるのが「日本版FIRE」として必要ではないかと考えます。
●「40歳でのリタイア」にこだわる必要はない
例えば、50歳代FIREや60歳でのリタイアを設定する
●一定の範囲で資産の取り崩しを認める
例えば、65歳段階で「老後に2000万円」プラスアルファが残っていればよしとする
●日本の公的年金制度などを再評価する
老後に終身での“定期収入”があることを踏まえた収支計画とする
これだけで、1億円を貯める必要はなくなります。目標が1億円を下回ることで実現性は一気に高まります。
また、「高い目標額を実現し、かつ資産を減らさない」という高いハードルを課すことから解放されれば、むやみに高リスク運用を行う必要もなくなります。これも実現性を高める有効な方法でしょう。
経済的な安定を確保したいのは誰もが描く夢です。そして人より早くリタイアできるならこれほど嬉しいことはありません。日本には日本の制度を使ったFIREがあるはずです。
拙著『日本版FIRE超入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)では、アメリカのFIREの通説をときには否定しつつ、日本で誰でも実行可能な手法として再構築をしてみました。お手にとっていただければ幸いです。
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ファイナンシャルプランナー
フィナンシャル・ウィズダム代表。連載12本を数える人気コラムニスト。『マネーハック大全』など著書多数。
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(ファイナンシャルプランナー 山崎 俊輔)
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