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「政府の無策のツケ」結局は国民負担で返ってくる"脱炭素"という虚しいかけ声

プレジデントオンライン / 2021年8月4日 9時15分

G20環境相会合に参加し、イタリアのチンゴラーニ環境相の歓迎を受ける小泉環境相=2021年7月23日、イタリア・ナポリ - 写真=AFP/時事通信フォト

■G20で初の「気候変動とエネルギーの合同閣僚会議」

「中国やロシア、インドに救われた」。7月23日にイタリア・ナポリで開かれた主要20カ国・地域(G20)気候・エネルギー相会合。会合の様子を注視していた環境省の幹部たちはほっと肩をなでおろした。

この会合で先進国は石炭火力発電の縮小や産業革命前からの気温上昇を1.5度以内に抑えることを求めていたが、中国やロシアなど新興国が反発、「努力目標」とすることを強く訴えた。閉幕直後に予定した共同声明の公表は文言の調整に時間がかかり遅れるなど、先進国と新興国との対立が改めて浮き彫りになった。

G20で気候変動とエネルギーの合同閣僚会議を開くのは初めてだ。G20のうち日米英など7カ国(G7)は6月の首脳会議で、2050年までの温暖化ガス排出の実質ゼロや気温上昇を1.5度以内に抑えること、さらには石炭火力輸出への新規支援の年内停止で合意した。今回のG20閣僚会合はG7から合意への対象をG20に広げて10月末からのCOP26へ弾みをつける場とする狙いだったが先行きは不透明になった。

■「日本がまた名指しで批判されることは避けたい」

日本からは小泉進次郎環境相が出席した。環境省にとっては19年のCOP25の会合で石炭火力への取り組みが遅れる日本に対し、各国から集中砲火を浴びただけに、特に環境省は「日本がまた名指しで批判されることは避けたい」との思いがあった。

この会合の直前の20~21日にオンライン形式で開かれたG7気候・環境相会合では英BBCが「英政府は日本が11月の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)までに態度を変えることを期待している」と伝えるなど、20年代中に石炭火力の全廃に踏み切る英国やフランス、イタリアに比べ、スピードが遅い日本への風当たりは厳しい。

幸いG20で日本が再び名指しで批判されることはなかった。ただ、小泉環境相の難題は残る。このG7会合の初日に示された日本の「エネルギー基本計画」の実現だ。国内では「数字合わせの計画」「実現可能性が低い空論」との批判が相次いでいるからだ。

■エネルギー基本計画が「数字合わせ」と批判されるワケ

経済産業省が公表した新しいエネルギー基本計画の原案は2030年度の総発電量のうち、再生可能エネルギーで36~38%を賄うというのが柱だ。現行の目標は22~24%。現時点でのほぼ倍となる。原子力は現行目標を据え置き22~24%。温暖化排出がでない水素やアンモニアによる発電は1%だ。一方、火力は41%と現行計画の56%から15ポイント減らした。

再生エネや原子力など脱炭素の電源は合計で59%になる。再生エネの内訳は太陽光が15%、風力で6%、水力で10%などを想定。原案には「再生エネ最優先の原則で導入を促す」と明記し30年度の発電量を3300億~3500億キロワット時に引き上げる。

風力タービン・石炭発電所
写真=iStock.com/ollo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ollo

「すでにこの数字は4月時点で決まっていた」と経済産業省の幹部は打ち明ける。ここでいう「4月」とは、アメリカのバイデン大統領が主催した気候変動サミットをさす。菅首相はこの場で温暖化ガスの2030年度の排出を、13年度に比べて46%削減すると表明した。

各メディアが今回のエネルギー基本計画を「数字合わせ」と批判するのは、同計画に盛り込んだ再生エネの電源比率36~38%は、この4月の数字を「逆算」して出したものだからだ。

■国土面積あたりの太陽光導入量は既に主要国で最大

各省庁から積み上げた数字では36~38%には届かない。国際公約ともなった4月の「30年度に13年度比46%減」を実現するためには「背伸び」をするしかなかったわけだ。

再生エネについては、洋上風力への期待が高まっているが、環境への影響調査などで建設には8年がかかるとされる。このため、30年度の目標にむけて洋上風力の本格普及は間に合わない。このため、再生エネの比率をあげようとすると、太陽光発電に頼らざるを得ない。ただ、国土面積あたりの日本の太陽光の導入量は既に主要国の中で最大で、パネルの置き場所は限られる。

日光の下で明るい住宅地
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

太陽光を巡ってはパネルの設置を巡って、最近になって住民とのトラブルが相次いでいる。地方自治研究機構によると、パネル設置業者に対して自治体に届け出をしたり許可を得たりするよう義務づけたり、制限区域を設けたりした規制条例の件数は7月半ば時点で150もの市町村と兵庫や山梨など4県の計154条例にも及ぶ。2014年は2件、19年は43件だったが、この1~2年で急速に増えている。景観への影響や斜面に無理に設置したため、豪雨などでパネルが崩落するなどのトラブルが相次いでいるためだ。

再生エネの大幅な積み増しは小泉環境相の意向が優先された格好だが、環境省のなかですら、再生エネを推進する部署と自然保護を重視する勢力が対立している。

■産炭国のドイツでさえ全廃する「石炭火力」に依存

焦点の一つであった原発は比率が据え置かれた。大手電力が望む原発の新増設やリプレース(建て替え)は盛り込まれなかった。

原案の22~24%を確保するには電力会社から稼働に向けた申請があった27基すべての原発のフル稼働が必要になる。事故後に稼働したのは10基にとどまる。稼働には原発が立地する自治体の同意が必要だ。しかし、不祥事が相次ぐ東京電力ホールディングス柏崎刈羽原発は同意のめどが立っていないなど、先行きは不透明だ。

さらに難しいのが、海外勢から厳しい視線が注がれる火力発電だ。比率は大きく減らし41%としたが、そのうち、石炭火力は19%も残る。石炭は安価で保管もしやすいが二酸化炭素(CO2)排出量は液化天然ガス(LNG)火力の倍にもなる。フランスは22年、英国は24年までに国内の石炭火力を廃止する方針を表明、産炭国のドイツでさえ38年までに全廃する目標を掲げている。

発電所の空中写真
写真=iStock.com/Schroptschop
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Schroptschop

■再生エネ普及のための負担をだれがどう持つのか

このエネルギー基本計画について、大手電力からは「今後、どう投資・事業計画を立てていいのかわからなくなった」との声が相次いでいる。原発に関しては「依存度を可能な限り低減する」として、新増設・リプレースに関する記載が盛り込まれなかったため、日立製作所などが計画している新型の小型炉について「日本での導入は難しくなった」との見方が強い。

火力発電にも問題が多い。大手電力各社は政府の脱炭素政策を受けてLNG火力への転換を急いでいる。石炭火力の削減を押し付けながら、基本計画では2割も石炭火力を残すという内容に、その真意を測りかねている。「再生エネのバックアップ電源として石炭火力を使うということであれば、投資家や環境団体などからの反発にどう対応すればいいのか」(大手電力幹部)との不満が漏れる。

さらに問題となるのが、再生エネ普及のための負担をだれがどう持つのかという点だ。

基本計画では家庭や工場などで30年に累計2400万キロワット時の蓄電池の導入を見込んでいる。19年度までの累計の導入量の約10倍にも相当する規模だ。経産省は蓄電池の1キロワット時あたりのコストが産業用では19年度の24万円から30年度に6万円に、家庭向けでは19万円弱から7万円程度に下がるとみている。投資額について最も安い価格で試算すると少なくとも1.3兆円かかるとしているが、実際に価格が下がるかどうか判然としない。

■震災後の10年間の「不作為」がもたらした必然

再生エネを系統網に大量に流すには送電網の増強も不可欠だ。原案には東北地方の日本海地域など洋上風力の建設計画がある地域から電気を使う場所に運ぶための「海底の長距離送電線」を検討することが盛り込まれた。

電力広域的運営推進機関は地域間送電網の容量を現在の7割増の最大1600万キロワット分増強する必要があるとみる。50年に洋上風力発電を4500万キロワット導入する想定で、必要な投資額は最大4.8兆円とはじく。

北海道や九州と本州を結ぶ送電網の巨額な費用をだれが出すのか。自由化で疲弊する大手電力、財務基盤の脆弱な新電力、どちらも難しい。政府がある程度の資金を負担するにしても、投資回収のために電気料金の引き上げは避けられない。しかし、肝心の電気料金の引き上げについては、秋に衆院選を控えていることもあり、具体的な言及はない。

電力大手はこの夏の電力不足への備えから火力発電を稼働させるため石炭の購入を増やしている。しかし、新型コロナウイルス感染から経済回復した中国が自国での生産を抑えた分、海外からの購入を増やしており、指標となるオーストラリア産のスポット(随時契約)価格は約13年ぶりの高値をつけるなど、電力会社の負担は増すばかりだ。

政府が「脱炭素を進めろ」と叫ぶ中で、足元の電力不足を防ぐために石炭に依存しなければならない――。そんな日本の現状は、東日本大震災後の10年間の政府の不作為がもたらした必然でもある。

(プレジデントオンライン編集部)

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