「戦闘機と旅客機では事業構造がまるで違う」三菱の"日の丸ジェット"が頓挫した本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年8月5日 9時15分
■6度の延期を繰り返し、2020年に事実上の開発凍結に
7月1日付の日刊工業新聞に三菱航空機の決算公告がひっそり載った。そこに記された2021年3月期の債務超過額は5559億円。国産初のジェット機「スペースジェット」(2019年にMRJから名称変更)の開発を実質的に凍結したが、前期の4646億円から900億円超も膨らんだ。今年3月には資本金を1350億円から5億円に減らし、累積損失の一部を穴埋めしたが、バランスシートはなかなか改善しない。
「日の丸ジェット」は日本の産業界の夢を背負っていた。日本の産業構造は「自動車一本足」といわれる。自動車1台あたりの部品点数は2万から3万点。一方、ジェット機は100万点ともいわれる。「日の丸ジェット」商用化は、雇用や経済・産業への波及効果が大きく、日本の産業構造を刷新すると期待されていた。
しかし、6度の延期を繰り返し、2020年に事実上の開発凍結に追い込まれた。親会社である三菱重工業は、この間、いくつもの失態を犯している。そのひとつが「経営サイドの混迷」だ。
■同じ国産の「ホンダジェット」はリーダーが不変
三菱航空機の社長はこれまでに6人。2008年に初代社長となる三菱重工の戸田信雄執行役員が就任して以来、20年までにたびたび交代してきた。そこに込められた狙いは、こんなふうに説明されてきた。
「プライドが高く縄張り意識が強いといわれる名古屋航空宇宙システム製作所の閉鎖的な体質を打破する」「火力発電プラント出身という門外漢だが、本社のにらみが利く体制にする」「ライバルのカナダ・ボンバルディア出身の技術者を招いて、遅れを取り戻す」……。
しかし、そうした狙いは裏目に出続けた。結局、トップが変わる度に現場が混乱することになったのだ。同じ国産の「ホンダジェット」はさまざまな困難を抱えながらも藤野道格氏が30年もの間、トップに君臨。日本勢として初めてプライベートジェットの市場を開拓していった。機体の大きさが違うため単純比較はできないが、あまりにも対照的だ。
■失敗の原因となった「根拠のない楽観」
また、「根拠のない楽観」というのも、失敗の原因となった。
たとえば「型式証明」だ。安全性が問われる航空機の商用飛行の資格を得るには100万点ともいわれる部品のすべてに耐空性を証明しないといけない。型式証明の審査・承認は原産国の航空当局が担うが、YS-11以降、民間旅客機の開発を日本は手掛けていなかったこともあり、「管轄する国土交通省に知見のあるスタッフは片手にも満たなかった」(三菱重工)という。
国交省でもスペースジェットの型式証明のために検査官が大幅に増員され、ボンバルディアや米ボーイングから型式認証の経験者を招いて対応に回った。その背景には、スペースジェットには同じサイズのボンバルディアやエンブラエルなどに納入される海外製の部品が多く採用されていたため、「海外から購入した部品に少し手を入れれば型式証明は取得できる」という認識があったようだ。しかしそれは甘かった。三菱重工はスペースジェットの仕様にあわせたデータをイチからとり、開発しなおさなければならなかった。
■戦闘機は防衛省が責任を負う構造になっているが…
型式証明を審査する国のスタッフもいなければ、ノウハウもない中で、国交省や三菱重工は審査にかかる時間を節約するために、アメリカ当局のサポートを仰いだ。日本の航空当局の審査で過不足がないかアメリカ当局にチェックしてもらったり、部品の規格や品質など一つひとつの事案を米当局に確認してもらったりしながら作業する手間のかかるやり方に頼るしかなかった。
国が60%を出資して開発したYS-11とは違い、スペースジェットの開発主体はあくまで三菱重工という民間の1社だ。YS-11が頓挫した後、三菱重工は川崎重工やスバルなどとともにボーイングなどの下請け(サプライヤー)として、航空機開発に携わっている。しかし「全機」と「部品」の開発では、担う範囲や規模がまったく違う。
三菱重工は防衛関連の戦闘機開発の実績がある。しかし戦闘機は防衛省が開発予算や安全性・機能性を含めた仕様や審査などを行い、責任も負う。一方、旅客機の場合は、すべての責任を民間メーカーが負う。構造もまったく違うのだ。
■「スコープクローズ」と呼ばれる米国での規制
政府の判断の甘さも、失敗の原因となった。日本の「自動車依存」を変えるという国家レベルの目標があったにもかかわらず、1社の民間企業に膨大な投資が必要となる民間旅客機開発を担わせてしまった。
米国ではダグラス社がボーイングに吸収されたほか、ロッキードも民間機から早々に撤退。欧州でも英BACや仏シュド・アビアシオンなどが共同で「コンコルド」の開発を手掛けたが、騒音や低い採算性、死傷事故もあり2003年に運航を開始してから30年ももたずに製造が打ち切られるなど、民間航空機開発は非常に難しいプロジェクトだ。
リスクに対する見通しの甘さはほかにもある。その最たる例が「スコープクローズ」と呼ばれる米国での規制を巡る問題だ。
■5000億円もの債務超過を生んだ、あまりに楽観的な見通し
スコープクローズとは米国の航空会社とパイロットとの間の労使協定で、地方路線で飛ばせる機体サイズを制限する取り決めだ。スペースジェットのような小型機を運航する格安航空会社(LCC)などが無制限に旅客機を飛ばすと、大手航空会社のパイロットの仕事が奪われるため、座席数を76席以下に抑えるというものだ。
当初、スペースジェットが開発していたのは座席数90席の「M90」。仮に型式証明が取れても、最大の需要地である米国では飛ばせない。国交省も三菱重工もスコープクローズの存在は知っていたが、「緩和される方向だ」との予測を立てていた。しかし、一向に緩和されることはなく、設計変更に追い込まれた。
初めて尽くしの型式証明、スコープクローズに対する認識の甘さなど、開発にあたって、三菱重工も監督する国交省もあまりにも楽観的でずさんな見通しの下で、開発に踏み切ったことが三菱航空機に5000億円もの債務超過を残す失態を生んだ。
■国産ジェットの開発をどう再構築していくか
日本がもたつく間に、ロシアはスホイ・スーパージェット、中国はCOMAC・ARJ21でリージョナルジェットの量産に成功している。
三菱重工はM-90に代わり、座席数65~88席の「M-100」の開発を検討している。三菱航空機は引き続き型式認証の作業を進めるとしているが、リストラで設計作業のペースがスローダウンするのにもかかわらず、国交省がこれまでと同じ規模でスタッフを抱え続けることは難しい。三菱重工も脱炭素の流れの中で、主力の火力発電所向けのタービンの受注も見込みづらく、稼ぎ頭不在のなかでスペースジェットの開発費を捻出するのも厳しくなっている。
半導体や液晶など、経済産業省が主導する形で再編してきたが、今や半導体ではルネサスエレクトロニクスが、液晶もジャパンディスプレイがほそぼそと事業を続けている。東芝も株主の投資家からの突き上げをかわすために経産省に頼るなど、「もたれあい」の構図が露呈した。
国産ジェットの開発をどう再構築していくか、官民ともに抜本的に見直す必要がある。
(プレジデントオンライン編集部)
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