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「日本はすっかりナメられている」北方領土ではアメリカ企業の発電所が稼働している

プレジデントオンライン / 2021年8月6日 10時15分

2021年7月26日、択捉島で演説するロシアのミシュースチン首相 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

7月26日、ロシアのミシュースチン首相が択捉島を訪問し、西側諸国からの投資を呼びかけた。筑波大学人文社会系の中村逸郎教授は「ロシア政府の高官が北方領土の開発に『西側』の協力を訴えたのはこれが初めて。ロシア政府は北方領土をテコにアメリカとの接近を企てている」という――。

■ロシア首相が北方領土を訪れたワケ

北方領土が、「恐(おそ)ロシア」の襲来を受けているように感じる。領土交渉で日本政府が手をこまねいている間に、プーチン政権のいいようにやられかねない深刻な状況だ。

ロシアのミシュースチン首相が7月26日、択捉島を訪問した際のこと。岸壁に立つミシュースチン氏の背後に大型の新しい漁船が停泊しており、船体の白色が陽光を反射してキラキラ輝いている。わたしがかつてこの場所に立ったとき、茶色に錆びついた廃船寸前の漁船ばかりだったことを考えると、随分と手の込んだ演出だ。

さらに、ミシュースチン氏は灼熱の炎天下でもネクタイをしっかり締め、スーツを着込んでいる。彼を取り囲む20人ほどの地元政治家たちが、ポロシャツなどの軽装であるのとは大違いだ。実はミシュースチン氏には、気概を見せなければならない理由があった。

ロシアでは今年9月に連邦議会選挙を控えており、プーチン大統領にとってコロナ禍での国内産業の復興は重要な選挙対策である。ミシュースチン氏は大統領直々に、択捉島を訪問し北方領土の経済復興の具体的なプランを作成するよう指示されていた。この訪問にはミシュースチン氏にとって政治生命がかかっていたのだ。

■日本政府への挑発ともとれる発言

鬼気迫る表情を浮かべるミシュースチン氏は、クリルを「経済特区」に指定するとぶち上げた。外国資本を呼び込むために法人税をはじめ付加価値税、固定資産税などを減免する「効果的で画期的な自由貿易地域」に定めるという。そして発言のくだりで、彼はこう語気を強めた。

「多くの投資家やビジネスマンにとって、すばらしい提案になるでしょう。これは西側の投資家たち、そして日本人にも同様に興味深いものだ」

わたしの知る限り、ロシア政府の高官が北方領土の開発に「西側」の協力を訴えたのはこれが初めてのことである。その一方で、ミシュースチン氏のトーンが日本政府への当てつけのように響いた。まるで「まあ、期待していませんが、ついでに日本も加えておきます」と挑発しているかのようだった。

日本はすっかりナメられている。そもそも、北方領土の経済特区は日露間で持ち上がった構想だ。プーチン氏が2016年に来日した際、安倍晋三前総理と北方4島での「共同経済活動」の実現に合意した。

ただ、5年を経過した今でも、具体的な活動内容が定まっていない。それどころか、どのような分野で実現可能なのか、日本からの調査団が満足に現地入りできていない。新型コロナ感染拡大だけが理由ではない。

共同経済活動をめぐって日本側は、主権をあいまいにして両国の法的な立場を害さない「特別な制度」を求めているが、ロシア側は自分たちの法律の適応を主張し、受け入れない。

■既にアメリカ企業は北方領土に進出している

膠着状態の交渉を脇目に、ミシュースチン氏のいう本命の「西側」とは、どこの国だろうか。ズバリ、アメリカ企業の誘致だ。

米露の首脳は、近年の両国関係を「最低の水準にある」と認めあっているのに、本音は別のようである。

2018年3月、色丹島でアメリカの建設機械大手のキャタピラー社が、ディーゼル発電所の建設を計画していることが明らかになり、翌年に2基の発電所が稼働を開始した。電力は、24時間体制で操業し、500人が働く水産加工工場に供給されるタイミングであった。この工場はロシア最大級の規模を誇り、プーチン氏に近い経営者が運営する水産最大手の「ギドロストローイ社」のものである。

ひどい話である。2018年といえば、歯舞群島と色丹島の引き渡しを明記した日ソ共同宣言(1956年)を基礎に、日露首脳間で平和条約交渉を加速することを合意した年だ。これを基に、安倍政権は従来の原則4島返還を変更し、事実上の2島返還をめざす方針に転換している。

ところがこの裏側で、ロシア政府は2島の一つの色丹島にアメリカ企業を誘致していたことになる。ロシア政府は色丹島を日本に返還する意思がまったくないからこそ、アメリカ企業に働きかけた。アメリカ企業にしても、色丹島が日本に返還される可能性が少しでもあれば、わざわざ進出することもなかったはずだ。

■トランプによる北方領土カジノ構想

アメリカの投資家にとって色丹島にかぎらず、北方領土はポテンシャルが高く、食い込みたい案件になっている。わたしが4年前に国後島を訪問したとき、現地のロシア男性がわたしにこう息を弾ませた。

「毎年、夏から秋にかけてアメリカのクルーズ船が国後島に入港します。カムチャツカ半島からクリル諸島(千島列島)に沿って南下する客船からは、オットセイやトドなどの海生動物や貴重な野鳥を観察できます。自然の楽園を満喫できるツアーのようです。乗客は国後島で下船し、温泉につかったり、海産物を食べたりしています。乗客のなかにはアメリカ人にまじってカナダ人、ドイツ人も見かけますが、なかには日本人もいます」

この島民は2015年頃から客船が入港するようになったと振り返った。アメリカは千島列島と北方領土を、観光利用しようとしているようだ。日本人まで参加しているとは。

そういえばトランプ前大統領が2005年に来日した際、「北方領土カジノ構想」を語っていた。国後島に最新の空港を建設し、世界最大級のカジノリゾートを建設するというのだ。トランプ氏は自分の資金やロシアでのビジネス経験を活かして、カジノを中心にホテルとアミューズメントパークが一体となった統合型リゾート施設を建設したいとアピール。顧客はアメリカやロシアの富裕層を想定していたというが、いまや民間人となったトランプ氏の動向は今後、要注意である。

アメリカは、日露の北方領土問題にどうしても絡みたいようだ。

不可解な話なのだが、昨年12月、アメリカ国務省は唐突に、北方領土で「生まれた人たち」がアメリカの永住権(グリーンカード)を申請する際、出生地の欄に「日本」と記入するように求めはじめた。一見、アメリカが北方領土交渉で日本をサポートしているかのように思える。

でも、騙されてはいけない。現在北方領土の住民の大多数は、ロシア国内のほかの地域から移住してきた人たちばかりだ。経済復興を当てにしたり、自然にあこがれてきたり、そんな人ばかりである。アメリカが想定する北方領土で生まれた人は、ほとんどいない。アメリカの手続きを逆に解釈すれば、北方領土をロシア人が住む地と認めるに等しい。

■プーチンが狙う日米分断

結局のところ、ロシア政府が打ち出す「経済特区」構想は、北方領土からの日本外しにあるようだ。日本には今後、口を出させないという思惑が透けてみえる。ミシュースチン氏の発言は日本への最後通牒であり、代わって北方領土の共同経済活動をテコにアメリカとの外交関係を修復しようというラブコールといえる。

ロシア伝統的な人形
写真=iStock.com/Aksenovko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Aksenovko

昨年のロシア憲法改正で、領土の外国への割譲を禁止する条項が盛り込まれており、プーチン政権には二島さえ返還する気はさらさらない。

領土交渉をめぐって、プーチン氏が日米安保条約の存在をたびたび非難しており、日米同盟はロシアの安全保障にとって目障りでしかない。となれば、北方領土にアメリカ企業を本格的に誘致すれば、日米関係はこじれそうだ。プーチン氏のねらいは、日米分断にあろう。

そして、そこから先の話。近年の中国の台頭に警戒感を強める米露が、北方領土を舞台に本気で結託する情勢になる。経済協力からさらに踏み込むとどういう事態になるのか。

中国包囲網を構築するために「アメリカがロシア領土の北方領土に軍事基地の建設計画あり」のニュースが飛び込む……寝苦しい真夏の夜の悪夢のような事態にならないことを筆者は望む。

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中村 逸郎(なかむら・いつろう)
筑波大学人文社会系教授
1956年生まれ。学習院大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。モスクワ大学、ソ連科学アカデミーに留学。2017年、『シベリア最深紀行』で梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。『ロシア市民』『ろくでなしのロシア』などの著作がある。

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(筑波大学人文社会系教授 中村 逸郎)

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