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「生産台数は1億台」ホンダのスーパーカブが世界一売れたバイクになった"本当の理由"

プレジデントオンライン / 2021年8月13日 11時15分

立体商標登録が決まったホンダ「スーパーカブ」の現行モデル=2014年5月26日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

ホンダの「スーパーカブ」は世界で一番売れたバイクだ。なぜそんなに売れたのか。経営学者の楠木建さんは「スーパーカブは1957年の発売から現在まで、技術や構造をそのまま維持している。つまり余計な機能を加えていない。そこがすごい」という。独立研究家の山口周さんとの共著『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社新書)より一部を抜粋する――。(第1回)

■「役に立つ」より「意味がある」モノに価値がある

【山口周】スキルがここまでもてはやされてきたのは、「時代の要請」という側面があったと思います。端的に言えば「スキルが金になった」ということです。それは「役に立つ」ということが価値になったからですね。

ところが昨今では「役に立つ」ということがそもそも求められなくなってきている。「役に立つこと」から「意味があること」に価値の源泉がシフトしていると思うんです。「役に立つ・役に立たない」「意味がある・意味がない」という二つの軸を組み合わせて世の中で売られているサービスや商品を整理してみると面白いことがわかります。

「役に立つモノ」よりも「意味があるモノ」のほうが高い値段で売られているんですね。例えば自動車の世界では、日本車のほとんどは「役に立つけど意味がない」に整理されます。

人も荷物もちゃんと積めて静かで快適で燃費もよい――つまり移動手段としてはもちろん「役に立つ」わけですが、一方で、そのクルマがあることで人生の豊かさや充実感が得られるというような「意味的価値」はありません。

「アコードのない人生なんて考えられない」とか「プリメーラのハンドルを握っていると人生の手応えを感じる」という人ってあんまりいないわけです。一方で、例えばポルシェやBMWといった自動車は「役に立つうえに意味もある」ということになります。

価格で言うと標準的な日本車の3~5倍くらいの価格で飛ぶように売れているわけですが、では3~5倍も役に立つのかというとそんなことはない。「役に立つ」という点で日本車と高級外車を比較してもほとんど差はないわけです。

じゃあ何にそれだけのプレミアムを払っているのかというと「意味的価値」なんですね。

■なぜフェラーリに数千万も払う人がいるのか

【楠木建】世の中では移動手段としてほとんど役に立たない自動車も売れていますね。

【山口】そうなんです。さらに上をゆくのが「役に立たない、意味しかない」という自動車で、例えばランボルギーニやフェラーリなどがその典型ですね。車体は巨大なのに人間は2人しか乗れず、荷物はほとんど積めない。

悪路が走れないのは当然のことで、車高が極端に低いので段差のあるガソリンスタンドにも入れない。つまり「移動手段として役に立つ」という点から評価すればまったく評価できない、単に爆音を出して突進するだけのシロモノなんですが、数千万円の対価を支払っても欲しがる人が列をなしているわけで、これは「意味的価値」にお金を支払っているということになります。

この「役に立つこと」から「意味があること」に価値の源泉がシフトしているというのは、いろんなところで見られる現象で、例えば昨今では家を新築する際に薪ストーブを入れたがる人が増えていますけど、これも同じですよね。

エアコンというきわめて効率的に部屋を暖めてくれる器具が備わっているにもかかわらず、あえて不便な薪ストーブを高いお金を払って入れようとする、というのも「役に立つ」から「意味がある」へのシフトとして整理できます。

■「役に立つ」ものでしか世界進出できなかった日本企業

【山口】ちょっと大げさな表現をすれば、これは「近代の終焉」ということだと思うんです。「役に立つ」「便利にする」というのは、ここ200年くらいの間は必ず価値を生んだんですが、最近になって機能や利便性を高めても売れないという状況がいろんなところで発生しています。

これは日本にとって非常に大きな話です。というのも、日本企業の多くは「役に立つ」ことで世の中に価値を生み出してきましたから。

【楠木】トヨタやホンダ、パナソニックやヤマハといった昭和時代に確立したナショナルブランドはことごとく「役に立つ」。

【山口】そうなんですよ。日本企業でいち早く世界進出に成功した企業の多くは「役に立つ」という便益を提供することで成功しているんです。一方で「意味がある」という便益で世界進出に成功した企業となるとそんなにないんですね。

すぐに思い浮かぶのは、川久保玲さんのコム・デ・ギャルソンや、ヨウジ・ヤマモトといったファッションブランドです。

コム デ ギャルソン
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

【楠木】ヨウジ・ヤマモトの服は普段着としては必ずしも機能的ではありません。僕は女性がヨウジの服を着ているのは大好きです。日本の女性をもっとも美しく見せる服ではないかと思っていますが、ユニクロで売っている服の10倍の値段で売られています。

【山口】欲しがる人にとっては「意味がある」ということですよね。僕が問題だと思うのは、ああいうデザイナーの輩出が1980年代以降はパッタリと止まってしまったということです。

■「意味がある」はスキルでは作れない

通常は社会の文明的側面が一定の水準を超えると文化的側面での価値創出へとシフトするんですけど、日本ではその流れはバブル崩壊の冷水で出端(でばな)を挫(くじ)かれてしまうんですね。

その結果、相変わらず「役に立つ」という軸での価値創出からシフトできないでいるんですが、「役に立つ」ということを追求していると、そのうち逆に「役に立たない」ものを生み出すことになります。

典型的な例が家電製品のリモコンですね。うちのテレビのリモコン、ボタンが65個付いているんですよ。普段使うボタンは4つなので残りの61個はそれこそ「役に立たない」んですね。

どうしてこういうことになっちゃうのかというと、「役に立つ」という軸から離れられないからです。なぜ離れられないのかというと、「役に立つ」はスキルとサイエンスでなんとかなるけど「意味がある」はセンスとアートが必要になるからです。

【楠木】今の山口さんのお話で僕が思ったのは、まず、今までは「問題の量」が「解決策の量」を大きく上回っていた。それが、だんだん解決策のほうが過剰になってしまうという量的な問題。

もうひとつは、昔あった問題というのは今そこにある誰が見ても同じ、明らかな問題だったということ。「暑い」とか、「食べ物が腐った」とか。ところが、「意味」が問題になると、人によって違う。

「意味があるのか、ないのか」という問題になると、これは人によって違うということが出てくるわけです。これは質的な問題ですね。

■「役に立つ」を突き詰めた結果、大ヒットしたホンダのスーパーカブ

【楠木】グローバルで成功を収めた日本の会社というか、特定の商品と言ったほうが正確ですが、ホンダのスーパーカブ。これは化け物のような工業製品です。

楠木建、山口周『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社新書)
楠木建、山口周『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社新書)

最近、ある本を読んで「へぇ?」と思ったんですけど、スーパーカブがこれまでに世界でつくられたモビリティ商品のなかで、もっとも累積で売れているんですね。世界生産台数が1億台を超えている。

しかも、現役の商品として今でも日々記録を更新し続けている。何がすごいのかというと、日本で売っているスーパーカブは1957年の最初のモデルと基本的に同じ技術や構造をそのまま維持しているということです。

これは掛け値なしに偉業だと思うんですね。スーパーカブはものすごく「役に立つ」ものだったんですけれども、それが本質みたいなものをがっちり捉えすぎちゃっていて、「もっと役に立つ」の方向に行くというよりも、結果的にそれとは別系統の何かしらの「意味」を持つところまでいった。

そういう日本発のケースというのはほかにもあって、僕が手伝っている会社で言うとファーストリテイリングのユニクロ事業はそこを目指していると思うんですよね。大衆に向けたマス・プロダクションだけれども、「用の美」というか、役に立つを突き詰めていった先に美意識が出てくる。独自の意味を持つようになる。

これは日本発のイノベーションのひとつのモデルだと思います。ところが、多くの会社は先ほどのリモコンの例にもあるように、効用がどんどん小さくなるにもかかわらず、余計な機能を使う、加えるという形で「役に立つ」の方向へ無理していってしまう。

■スーパーカブのほうがビックバイクよりも“情緒的”なものになった

【山口】スーパーカブが面白いのは、スーパーカブを製造して提供する企業側ではなく、その製品を受け止める市場側が意味をつくっていった、というところにあると思うんです。もともとホンダはハーレーダビッドソンのようなビッグバイクでアメリカ市場に進出しようとしたけれども、なかなかうまくいかなかった。

そんなときにスーパーカブを営業の移動用に使っているホンダの社員を見た販売店員に、「むしろあっちのほうが欲しいんだけど」と言われて売り出したら、それまでの「ヘルズ・エンジェルスのような無頼漢たちの乗り物」というバイクの凶悪なイメージが、善良でナイスな人たちによって「健全ですごく便利な乗り物」というイメージに変わっていった。

市場の中でユーザー側が勝手にスーパーカブのイメージをつくっていったというところがありました。ビッグバイクというのは移動手段のツールというよりも情緒的なツールで、そういう意味では「役に立つ」より「意味がある」ものですね。

それを売ろうとして結局はうまくいかなかったところ、移動手段としてきわめて便利で「役に立つ」スーパーカブが売れたところ、市場の中で「善良でナイスな人たちの乗り物」という意味まで生まれてしまった。

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楠木 建(くすのき・けん)
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』『逆・タイムマシン経営論』など著書多数。

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山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。

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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建、独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)

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