「努力すれば成功する、は間違っている」為末大がプロとしてそう発言した"本当の理由"
プレジデントオンライン / 2021年8月14日 11時15分
■為末大「努力すれば成功する、は間違っている」の本当の意味
【山口】陸上400メートルハードルの為末大さんが、彼の哲学として「努力すれば成功する、は間違っている」と言ったことで炎上したりしていましたけど、彼が言うには日本のプロ野球って1軍登録選手が300人以上いて全員がプロとして食えているんですね。
つまり、野球の場合は日本国内において上位300人の中に入ればプロとして食っていけるわけです。一方で陸上競技を考えてみると、例えば100メートルスプリントとか400メートルハードルで「僕は日本国内で250位です」って自慢されても意味がわからないですよね。予選にすら出られない。
こういった種目で食おうと思ったらグローバルのトップ10に入らないといけない。これは「身の置き場所」としては非常に厳しいですよね。
【楠木】職業としてのプロのハードル選手だとそうでしょうね。
【山口】だからハードル競技はまさに稀少資源の配分としての競争の世界なんです。かたやプロ野球は日本だけでも2軍選手まで入れるとたぶん800人ぐらいは一応食えている状態なんですよね。だから、為末さんの話は「自分の身の置き場所」というのを考えたときに面白いなと思ったんです。
【楠木】面白いですね。
【山口】為末さんの場合、もともと100メートルのスプリントをやっていて、だけど100メートルのスプリントでは食えないというのでハードルに行って、そこで世界陸上でメダルを獲ってオリンピックにも日本代表で出場したという構図なんですけど、これがやっぱり競争のなかでの「身の置き場所」という話だと思うんです。
■スキルはつけるものではなく、気づくもの
【楠木】為末さんと話をしていると、アスリートの世界にいながらあんまりアスリート的じゃない面がありますよね。価値基準を記録とか相手との勝負ではなく、自分の中に持っていこうというところがある。
【山口】与えられた競技やルールを所与のものとして、その中でひたすら頑張るのではなく、自分にとって有利な競技やルール、「勝てる場所」を見つけにいくことを頑張るという発想ですね。
【楠木】どの軸で勝負するかというのを自分で選んでいるということですよね。
【山口】そこなんです。話を聞いていると、彼はハードルのことは全然好きじゃないんですよね。ここが面白いところで、とても戦略的なんです。
【楠木】僕が彼と会って話したときの印象では、ハードルという競技そのものよりも、自分に固有の才能というか、才能を自己発見していくプロセスに思い入れがある。これって、才能というもののひとつの本質を突いていると思うんですよ。
才能というのは自分であとから気づくもの。つまり、さっきの話でいう事後性が高い。スキルの場合は事前に自らが意図して「こういうスキルをつけよう。だからこういう方法をとって」となるのに対して、センスとか才能というのは「自分にこんな才能があったんだ」ってある瞬間に気づくという面があると思うんですよ。
為末さんが子どものころに、走っていたら犬より速くって「俺、足が速いのかなと思った」というのを聞いて、いい話だなと思ったんですけど。
【山口】才能やセンスは自分にとって「できて当たり前」のことなんで、きっかけがないと「それが他人にとってはできないことなんだ」ということになかなか気づかないんです。その人のいちばんスゴイところほど、自分にとっては当たり前のことで、言語化したことすらないようなことですよね。
■ユニクロ創業者が経営の才能に気づいた瞬間
【楠木】あとね、柳井正さんのエピソードで好きなのがあるんです。お父様がやっていた紳士服屋を任されたとき、柳井さんは要するに創業家の二世ですから、自分の好き勝手にやろうとしたら、それまでいた従業員たちがみんな嫌になっちゃって6、7人いたうちの1人を残して全員辞めてしまった。
![ユニクロの新店舗](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/b/670/img_db7e290eda6de2072fde5b995ded86c5801965.jpg)
それで仕方がないので自分で接客も買いつけも経理も採用もすべての業務を一人でやらなきゃいけなくなった。もともと経営というのは「担当がない」仕事ですね。そこに「経営者」と「担当者」の違いがある。
商売の丸ごとすべてを相手にする経営者の仕事を余儀なくされて、やってみたらどんどん成果が出る。そこで初めて「あ、オレは経営が向いているのかもしれない」と気づいたというんですね。
それまでご自身は商売が嫌いで向いていないと思っていたらしいんですけど。そういう意味での、事前に計画どころか自己認識や自己評価もできないという面がセンスにはあると思うんですよね。
【山口】そうですね。それは私も思うところがあって、まず事前に思っている自分の強みはだいたい外れているものです。
【楠木】ですよね。
■「好き」と「得意」を判断する分析力
【山口】若い子に言うのは「まず間違っているから」と。「まず事前にはわからない」と言うんですが、わかないということが若いうちにはなかなかわからないんですね。
![楠木建、山口周『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/2/200/img_c2de4a60d889d778b80770febfda84ff289947.jpg)
でも実際には、事前にわからないというのはもちろん、事後にもわからないということが多いと思うんです。客観的に自分の状況を見て、明らかにこれよりこっちのほうが得意だよねということがわかるようになるためには、相当に自分を客体化して分析する醒めた視点がないと難しい。
柳井さんはそこがすごい方だと思うんですね。現在でもそこはすごいと思うんですよ、非常に自分を客体化できるというのは。
【楠木】そうですよね。
【山口】同じように「好き」と「得意」というのはまた別にあって、何が得意かというのはやっぱりやってみないとわからない。
やってみたとしても、相当に自分の思い込みがあって、自分の目の前に起こっている現実というのを客観視してみたとき、自分の認識が実は間違っていて、苦手だと思っていたことのほうが得意だと判断するというのは、なかなかできることではありません。
■「仕事ができる人」は自分をどう評価しているか
【楠木】だから結局、何かしら自分の外にある準拠点というものをどうしても必要とすると思うんです。為末さんの場合だと犬、柳井さんの場合だと売上げですよね。
仕事ができている状態をどうやって認識するのかというと、結局のところは市場の評価だったり顧客の評価だったり、要するに他者評価にしかならない。
仕事ができるかどうか、自己評価の必要は一切ない。こう考えたほうがシンプルですっきりしますね。自分に甘いのは人間の本性です。どうしても自己評価は甘くなる。だいたい過大評価になっていると思っておいたほうがいい。
自己を客観視するということは、顧客の立場で自分を見るということです。仕事ができる人は、常にこの視点が自分の思考や行動に組み込まれている。自分が何をやってもらったらうれしいのかを考えて、それを他者にしようとする。最悪なのは自己陶酔。自己客観視が完全に失われている状態ですね。
こうなるともう自分を見失っているとしか言いようがない。
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一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』『逆・タイムマシン経営論』など著書多数。
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独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。
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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建、独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)
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