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「風俗に沈めて3年間で1億円以上を搾取」シングルマザーを洗脳した強欲占い師の手口

プレジデントオンライン / 2021年8月13日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kitzcorner

占い師にマインドコントロール(洗脳)され、3年間で1億円以上を奪われた女性がいる。フリージャーナリストの田中周紀さんは「占い師のX子は、シングルマザーとして悩んでいたA子さんを脅迫し、風俗店での勤務を強いて、1億円以上を奪った。意外にも、A子さんが洗脳から脱することができたのは、税務調査がきっかけだった」という――。(第1回)

※本稿は、田中周紀『実録 脱税の手口』(文春新書)の一部を再編集したものです。

■洗脳され占い師に1億円を貢いだ30代女性

強欲極まりない女占い師にマインドコントロール(洗脳)され、風俗店などで稼いだ1億円超のカネを貢いでいた30代の女性が、東京国税局の税務調査をきっかけに、洗脳状態から解放されるという、何とも笑えない調査事案がある。

洗脳された当事者にとってはさぞ深刻な事態だったことだろう。手口自体は単純無申告で、マインドコントロール下に置かれた女性に仮装・隠蔽の意図はない。そこでこの事案は当事者をA子さん、占い師をX子と匿名扱いとする。

1982年12月に群馬県内で生まれたA子さんは、幼い頃から「両親に愛されていない」と感じ、他人に対する不信や自己否定、孤独などを強く感じながら育った。

21歳の04年3月に“できちゃった結婚”し、地元で暮らしていた彼女は同年8月に長男、06年6月に長女を出産したものの、08年6月には離婚。2人の子どもの親権はA子さんが持った。

離婚から半年後の08年末、人生に行き詰まりを感じ始めたA子さんは、人気の女性ファッション誌に広告が掲載された占い相談「カッシーニ」(仮名)に電話する。相談料は1分間210円。この時、A子さんからの相談に応対したのが、東京都港区内に住む占い師のX子だった。

A子さんはこれ以降、シングルマザーの自分が子どもを養っていく方法や、長年患っている過食嘔吐の症状、さらには男女関係の問題など、何かにつけてX子に相談するようになる。

■「私を敵に回すと何が起こるか分からないよ」

09年に入ると、A子さんはほぼ毎日X子にメールを送り、電話相談も週2回程度行って、その度に数万円の相談料を支払った。同年10月、彼女はX子のアドバイスに従って2人の子どもを元夫に預け、東京都内で一人暮らしを始めた。

X子に紹介された飲食店でアルバイトとして働き始めると、同月末にはX子からのアドバイスを受け入れ、2人の子どもの親権を元夫に譲り渡した。

そして10年になると、頃合いを見計らっていたX子は、本格的にA子さんのマインドコントロールに取り掛かった。

「10代の頃に一度吸ったマリファナのせいで、あなたの脳細胞は破壊されている。職場の人たちもあなたを嫌っていて、あなたの味方は私だけ。私を頼れば状況は良くなるけれど、敵に回すと何が起こるか分からないよ」

孤独感に苛まれ、何一つ疑うことなくX子の発言を受け入れるようになったA子さんは、脅迫とも受け取れるこうした言葉をX子から日常的に浴びせられた結果、「味方はX子さんだけ」と信じ込むようになった。

■家賃27万円のマンションで一人暮らしが始まる

10年4月末に港区内の総合病院の精神科に通院を始めたA子さんは、担当医師から「双極II型感情障害」(軽い躁状態と抑鬱状態を繰り返す障害)と診断された。

彼女から病名を聞かされたX子は同年7月、自宅マンションがある港区白金から程近い渋谷区広尾のマンションに移り住むようA子さんに提案するが、最終的にこの話はまとまらず、X子に「実家に帰りなさい」と宣告されたA子さんは翌8月、埼玉県内に移転していた実家に舞い戻った。

A子さんとX子との直接的な関係は、ここで半年以上途絶える。だがこの間もX子は、「あなたを広尾のマンションに住まわせる準備にかかった壁紙の張り替え費用など、50万円を支払ってほしい」などと請求。X子の言いなりだったA子さんは、何一つ疑うことなく、X子に月数万円を支払い続けた。

そのA子さんに11年3月、X子から7カ月ぶりのメールが届く。幼い頃から自分に自信が持てず、完全にX子のマインドコントロール下にあったA子さんにとって、このメールはむしろ待ちかねていたものだった。

「私の身の回りの手伝いをしてくれれば、マンションの家賃を支払える程度の報酬を出すから、東京に戻って来なさい」

メールが届いた翌月の同年4月、再び上京したA子さんは、実家に戻る前にX子から指示された渋谷区広尾のマンションで一人暮らしをスタートさせる。家賃は月27万円。

これを捻出するためアルバイトを始めたA子さんだったが、すぐに辞めてしまう。さらにX子の指示でこなしていた買い物などの雑務も、X子に「仕事の質が低いので、報酬は支払わない」などと難癖をつけられ、収入の道を閉ざされてしまった。

■「あなたも風俗店で働けばいいじゃない」

窮地に追い込まれたA子さんは、消費者金融から合計40万円を借り入れ、何とか4月分の家賃を支払ったものの、月27万円もの家賃を支払い続けることは到底不可能。途方に暮れるA子さんを前に、X子がとうとう本性を現した。

「相談者の中には、風俗で稼いで相談料を支払っている子もいる。あなたも風俗店で働けばいいじゃない」

マインドコントロールされているX子から勧められると、A子さんは何も逆らえない。11年6月5日、A子さんはX子が指示した港区新橋のファッションヘルス店のコンパニオン嬢として働き始める。1週間後、そんなA子さんをX子がさらに追い詰めた。

パーカーを着た女性が予測と笑顔のクリスタルボールの上に手
写真=iStock.com/dvulikaia
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dvulikaia

「あなたがマンションで過食嘔吐を繰り返すから、排水管で異臭がして、管理業者や住民から苦情が殺到しているの。排水管を調べたり修理したりするのに大金が必要で、最悪の場合は一棟丸ごと買い取ることになり、あなたは何十億円も支払わなければならなくなる。ファッションヘルス店で早番(午前9時~午後1時)と遅番(午後4時~翌日午前零時)の両方に出勤しないと、とてもおカネが追いつかないよ」

■1日に使える生活費は100~200円

もちろん、実際に苦情など届いているはずもない。だが、恐怖感を煽(あお)るX子の言葉に判断力を失っていたA子さんは、入店から10日後の11年6月15日以降、早番と遅番の両方で働くようになった。

これを見たX子は、嵩(かさ)にかかってA子さんに命令した。

「苦情への弁償金支払いに充てるため、さらにはあなたが過食しないようにするため、ファッションヘルス店の稼ぎは私に全額渡しなさい」

そこでA子さんは、ファッションヘルス店から日払いで受け取る報酬(現金)の中から、わずかな生活費分を差し引いた残額について、その額を記したメモとともにX子の自宅マンションのポストに投入し、日々の売上高もメールで報告した。X子は当初、一日数千円を生活費としてA子さんに渡していたが、11年9月頃に一日100~200円にまで減額し、その後は全く渡さなくなった。

A子さんは万引きしたり、友人や客から食べものを分けてもらったりして飢えを凌ぎ、広尾の自宅マンションから店がある新橋まで、徒歩で1時間かけて通勤。電気、ガス、水道すべてを止められても、X子の命令に従った。マインドコントロール、恐るべしである。

■手渡した現金は3年間で約1億909万円

X子に恐怖心を煽られ、すっかり洗脳されたA子さんは、X子に紹介された港区新橋のファッションヘルス店で連日12時間働き、日払いの現金で受け取る稼ぎのほぼ全額をX子に渡した。A子さんの11年中の売上高は1829万500円に上ったが、彼女は何とその98%に当たる1789万7500円をX子に渡していた。

X子から食費を与えられず、自宅マンションの電気、ガス、水道も止められ、空腹に耐えかねたA子さんは、X子の自宅に入り、冷凍食品を無断で食べていた。ところが、それがX子に露見して、「二度としません」とする念書まで書かされた。

恐怖心を煽るX子の手口は一段とエスカレート。「異常者」と決めつけた非難のメールを送りつけたり、「私の言うことに従わないと、警察に捕まって刑務所送りになる」などと脅し、世間知らずのA子さんをパニックに陥れたりした。さらに多額の借金の存在を信じ込ませるため、A子さんに何度も借用書を書かせた。

窓際に座って孤独な女性
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

昼も夜もなくファッションヘルス店で接客を続けた結果、A子さんの売上高は11年分が前述のように1829万500円、12年分が3614万6000円、13年分が3193万5000円の合計8637万1500円に上った。ファッションマッサージ嬢やソープランド嬢は店員ではなく、個人事業主として店に施設費を支払って利用する立場だ。

A子さんが店側に支払った3年分の経費185万8820円を差し引くと、彼女の所得額は8451万2680円に達していたが、何とこの98.5%に当たる8321万4680円が、X子に現金で渡されていた。

■まさに絶好のカモだった

さらに「あなたの借金額が膨らんでいる」というX子の嘘に煽られたA子さんは12年5月以降、店の通常サービスとは別料金のオプションサービス(いわゆる本番行為)を行ったり、月に数回は閉店後の深夜に客と落ち合い、個別のサービスを行ったりした。

A子さんのオプションサービス料は一回当たり4万2275円。12年5月1日から13年12月10日までの589日間に受け取った2489万9975円の現金は、すべてX子に渡った。

ただ、のちにA子さんがX子を相手取って起こした返還訴訟で、東京地裁は「メモが存在している日を除けば、オプションサービスによる収入を裏付ける客観的な証拠が存在しない」などと判断。

その結果、A子さんのオプションサービス収入は2年間で合計135万2800円分を認定されるにとどまった。

話をもとに戻そう。A子さんがファッションヘルス店で稼いだ金額(店から経費分を差し引かれて日払いで受け取る所得額)と、オプションサービスで稼いだ金額の合計は1億941万2655円。

ここから、2年半で僅か32万2600円という生活費を差し引いた1億909万55円もの大金を、A子さんはX子に現金で渡したことになる(東京地裁のオプションサービス収入の認定額に従うと8586万5480円)。

まさにA子さんはX子にカネを貢ぐ奴隷そのもので、X子にすればA子さんは絶好のカモだった。

■税務調査契機にマインドコントロールから脱出

A子さんの恐怖心を煽る目的でX子が創作した数々の事態は、傍(はた)から見れば明らかな嘘と分かりそうなものだが、地方出身で世事に疎(うと)く、自己肯定感に乏しいA子さんには、悩みの相談相手として依存するX子を疑う発想自体がなく、いとも簡単にマインドコントロールされた。

皮肉にもこうしたA子さんの絶望的な状況を打破してくれたのが、13年11月の東京国税局課税第1部資料調査第1課の税務調査だった。

所得税の任意調査を担当する課税第1部料調第1課がX子とA子さんを調査した際、税務の知識が皆無のA子さんは、ファッションヘルス店のコンパニオン嬢という個人事業主でありながら、3年間で1億円超の事業収入について一度も確定申告していなかった。

それでは料調はなぜ、A子さんの無申告を把握して調査に踏み切ったのか。国税OB税理士が説明する。

「同じ個人事業主といってもファッションヘルス嬢やソープランド嬢の場合、ホステスとは異なり、店側の源泉徴収義務が明文化されていません。

店側が支払調書などを提出しなければ、税務署側がファッションヘルス嬢の収入を把握するのは困難。それに本局の料調がファッションヘルスを個別に調査するケースはあまり聞いたことがない。むしろA子さんから巻き上げたカネを自身の口座に入金したX子の預金残高が急増し、これを把握した料調がX子をターゲットに調査した結果、A子さんの無申告が判明したと考えた方が納得できます」

■国税局の調査がマインドコントロールから救い出した

料調の調査開始当初、X子は「国税局には『私が稼いだお金はすべて、X子さんに渡して預かってもらいました。稼いだお金で私が過食しないよう、X子さんは預かってくれていたんです』と話しなさい」などとA子さんに指示し、この趣旨に沿った内容の確認書まで書かせようとした。

田中周紀『実録 脱税の手口』(文春新書)
田中周紀『実録 脱税の手口』(文春新書)

だが13年12月初旬、調査を担当した料調の実査官から「これまでX子があなたに話してきた中身はすべてデタラメ。あなたはX子に強烈にマインドコントロールされている」と説得され、A子さんはようやくマインドコントロールを脱け出すことができた。

同年12月11日午前の売り上げを最後に、A子さんは店やオプションサービスで得た稼ぎをX子に差し出す行為を取り止め、彼女との関係を清算して埼玉県内の実家に帰った。料調はA子さんの3年分の事業所得を8586万5480万円と認定し、無申告加算税を含めて4100万円超を課税したもようだ。

A子さんは弁護士を通じて14年2月、渡したカネを返すようX子に請求した。しかしX子はこれに応じず、A子さんはX子を相手に、東京地裁に損害賠償請求訴訟を起こす。

そして17年1月18日、同地裁は「A子さんから受け取ったのは、家賃の未払い分や相談料としての100万円程度に過ぎず、1億円ものおカネは渡されていない」とするX子の主張を退け、X子に対し、A子さんに慰謝料と弁護士費用合わせて9824万4880円を支払うよう命じる判決を下した。

料調の調査という“外圧”が、結果としてA子さんをマインドコントロールから救い出したのだ。

幼い頃に自営業の実家が納税に四苦八苦したり、社会に出たあとに医療費や住宅ローンの控除、相続税の納税などに直面したりする機会でもない限り、日本国民が国税当局の存在を認識する機会はまずない。

そんな国税当局に徴税に関する絶大な権限を与えている以上、義務教育期の国民に納税についての最低限の知識を与えておくことは、政府に課せられた義務の一つではないのか。

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田中 周紀(たなか・ちかき)
フリージャーナリスト
1961年生まれ。島根県出身。上智大学文学部史学科卒。共同通信社、テレビ朝日で、金融証券部、経済部、社会部などで記者として活躍。特に国税当局、証券取引等監視委員会を合計6年間取材。著書に『巨悪を許すな! 国税記者の事件簿』(講談社+α文庫)などがある。

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(フリージャーナリスト 田中 周紀)

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