日本と同じアメリカの同盟国なのに、韓国が中国には「いい顔」を見せる本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年8月13日 11時15分
■関係悪化の一途をたどる日韓問題
小渕恵三政権と金大中政権との間で合意された1998年の日韓パートナーシップ宣言で、日韓関係は歴史問題をめぐる対立に一区切りをつけて、新たな段階に進むと期待された。
しかし、その後の日韓関係は、
日本の森喜朗→小泉純一郎→安倍晋三→福田康夫→麻生太郎(以上、自民)→鳩山由紀夫→菅直人→野田佳彦(以上、民主)→安倍晋三→菅義偉(以上、自民)
と、それぞれ政権交代を経過したが、関係悪化の流れに歯止めがかからなかった。こうした関係悪化の原因となったのは、第一義的に、日韓の間に存在する、歴史問題や領土問題であった。
特に、慰安婦問題や徴用工問題など歴史問題に関して、1965年の日韓請求権協定や2015年末の慰安婦問題に関する日韓政府間合意などによって、日韓政府間で解決が合意されたにもかかわらず、韓国の司法が、加害者である日本の政府や企業に損害賠償を命じる判決を下したのである。
こうした判決は、政府間合意を受け入れ難いとする韓国の被害者および支援団体、そして、それを基本的には支持する韓国社会の世論に支えられたものだった。
2018年10月の韓国最高裁(大法廷)は、劣悪な条件での苛酷な労働という反人道的な人権侵害に対する慰謝料請求などを含む損害賠償請求は未解決であるとして、被告である日本企業に対する損害賠償を命じる判決を確定した。
この確定判決に基づき、日本企業の在韓資産に対する現金化措置の手続きが進まざるを得なくなったのである。
■協力的だった経済や安全保障まで対立が拡大
慰安婦問題に関しては、文在寅政権は、日韓政府間合意を破棄するとは言わないが、これでは問題解決にはならないとして、合意に基づいて創設された「和解癒やし財団」を解散した。
さらに、2021年1月、ソウル中央地裁は、「主権免除」の国際慣習法によって外国政府を被告とした裁判は成立し得ないという原則を適用せず、元慰安婦女性に対する日本政府の損害賠償を命じる判決を出し、従来から訴訟に参加しないという日本政府の原則に則って控訴もしなかったために、判決が確定した。
こうした一連の韓国の司法判断に対して、日本政府は「国際法違反」だとして、韓国政府に対して、その是正を求めたが、韓国政府は「三権分立」なので司法判断には介入できず、日本政府の要求全てに応えることはできないという立場であった。
そして、今度は、日本政府が、そうした韓国政府への実質的な対抗措置として、2019年7月、対韓輸出管理措置の見直しを行い、これに対して韓国では官民挙げての対抗措置が採られることになった。
さらに、そうした渦中、韓国海軍による自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題が起こり、これに関する日韓両政府間の見解が対立するなど相互不信が増幅した。このように、歴史問題をめぐる対立が、それまで日韓の協力分野であった経済や安全保障の領域にまで拡大する様相を示し始めたのである。
■非対称的な関係から、対称的な関係に変化した日韓関係
従来、日韓間に歴史問題や領土問題は厳然として存在した。にもかかわらず、関係が必然的に悪化したわけではなかった。それではなぜ、近年、日韓関係が急激に悪化することになってしまったのか。
7月に岩波書店から上梓した『日韓関係史』では、その原因として日韓関係が「非対称で相互補完的な関係」から「対称で相互競争的な関係」に変容したにもかかわらず、日韓双方の政府、さらに社会が、そうした構造変容に適切に対応できていないという点に注目している。
1980年代の冷戦期、下記の点において日韓は“非対称な関係”にあった。
②日本の市場民主主義と韓国の開発独裁という体制の違い
③政府・財界関係のみの関係
④関心・情報・価値の日本から韓国への一方的流通
こうした非対称な関係の下で、日韓の経済協力によって韓国の経済発展と政治的安定を達成し、それによって北朝鮮に対する韓国の体制優位を確保することで日本の安全保障を確実なものにするという相互補完的な関係が形成されていた。そして、その共通目標は見事に達成された。
しかし、1990年代以降、冷戦の終焉と韓国の先進国化・民主化によって、日韓の関係性は、
②市場民主主義という価値観の共有
③地方政府間関係、社会文化関係を含む多層で多様な関係
④関心・情報・価値の流通における日韓の双方向化
などによって対称的に変化した。
そして、それに伴って、日韓間には競争関係が強く刻印されることで、相互に自分のほうが進んで譲歩し難いという関係になってきたのである。
■互いに協力する目的を失ってしまった
このように、冷戦体制下において、日韓協力を通して韓国の経済発展と政治的安定を確保し、北朝鮮に対する韓国の体制優位を確実なものにすることで、日韓の安全保障に資するという共通目標自体が達成されてしまったが故に、一体何のために、どのように協力するのかが不透明になったのである。
![日本と韓国](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/670/img_6791574333a1c61cae2a03cb87ed5cad1135319.jpg)
さらに、不透明になるだけでなく、場合によっては、外交目標に関する日韓の乖離が目立つようになった。そのような状況のなかで、日韓の間に存在する歴史問題や領土問題に起因した対立関係がエスカレートしないように管理するという課題を、日韓双方とも共有しなくなった可能性が高い。
そうした対立争点を妥協に導くためには、日韓双方の相対的な強硬世論に対して、そうした対立争点があるにもかかわらず、より一層重要な分野、具体的には経済や安全保障に関して協力する必要があるので、そうしなければならないと説得する必要がある。
しかし、そうした協力の必要性が低下すると、強硬な国内世論を説得してまで、対立を妥協に導く必要がないということになってしまうからである。
しかも、日韓が対称で相互競争的な関係になることで、「相手には絶対負けられない、譲歩できない」と双方の国内世論、特に、従来はそれほどでもなかった日本の国内世論がより一層強硬になることで、政府としてはあえて強硬な国内世論の支持を相当程度失うかもしれないというリスクを負ってしまう。
そのようなリスクを取ってまで、相手国との妥協を試みるという選択をするだろうか。
■日韓対立の原因となっている「二つの乖離」
日韓対立の原因として、外交目標に関する二つの乖離があると考えられる。
第一に、対北朝鮮政策に関する乖離を指摘することができる。
日本では、韓国文在寅政権の対北朝鮮に関して、「南北関係の改善」を重視する余り、「北朝鮮の非核化」という目標が疎かになっているのではないかと不信感を募らせる。
それに対して、韓国では、韓国の対北朝鮮政策を実施するためには、米朝交渉に対する米国の前向きな対応が必要なのだが、それを日本が邪魔しているのではないかと不信感を募らせる。
従来であれば、北朝鮮に核ミサイル開発という軍事的脅威への対応が、冷戦の終焉以後の日韓協力を支える重要な契機になってきたたわけであるが、文在寅政権の登場以後、対北朝鮮政策をめぐる日韓の相互不信が顕著になったのである。
■米中対立の激化に巻き込まれた韓国
第二に、中国の大国化、さらに、それに起因する米中対立の激化への対応に関する日韓の乖離である。
![中国と日本](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/a/670/img_0ac92273c3b7b15ff9f461d12981cb7d1282919.jpg)
日本は、一方で中国の大国化への関心と対応を米国に共有してもらうために「インド太平洋」構想を「売り込み」、現状では一応それに成功しているように見える。
他方で、米中対立激化の中で日中関係までも悪化しないように管理しておきたいと中国が考えるであろうことを念頭に置き、米中対立激化の中で日本の選択の幅を何とか確保する外交を展開してきた。
但し、今後、米中対立がより一層激化することが予想される中で、こうした日本外交の選択の幅が持続的に確保されるという保証はない。そこに、日本外交の「悩み」がある。
そうした中で、領土問題や人権問題などに起因する対中世論の悪化なども背景にあり、日本は日米同盟を強化して中国に対抗するという選択しかないのではないかという、「諦め」にも似た世論が強まっているようにさえ思う。
それに対して、韓国外交は「安全保障は米国、経済は中国、北朝鮮問題は米中」に依存する状況である。
北朝鮮の軍事的脅威、対中関係、対日関係などを考慮すると、駐韓米軍の存在は必要不可欠であるという点で、韓国社会の合意は形成されてきた。韓国は朝鮮戦争で北朝鮮に侵略された経験もあり、北朝鮮の軍事的挑発に何度となく晒されてきた。
さらに、北朝鮮の核ミサイル開発が顕在化したことで、米国の拡大抑止に依存せざるを得ない状況が強まっている。ますます軍事大国化する中国に対応するためにも、米国の軍事的関与は必要である。日本による侵略、支配の歴史的経験があるだけに、日本に対する安全保障を確保するためにも米国の軍事的関与は重要だと考える。
このように、韓国の安全保障にとって米韓同盟は複合的な目的を持つものであり、放棄し難いものであるという意味で、「安全保障は米国」に依存せざるを得ないのである。
■経済的にも軍事的にも中国に依存せざるを得ない
次に、韓国にとって、2019年、韓国の対中(香港を含む)貿易額は約2771億ドルで、対日米貿易額の総額約2112億ドルをはるかに上回り、貿易額全体の26.5%を占めるまでになっている。
その意味で「経済は中国」に依存せざるを得ない。もちろん、韓国としても、米中対立の激化というリスクを見越して、貿易や投資における中国依存を減らそうという試みがないわけではないが、一朝一夕に成し遂げられるものではない。
しかも、韓国にとって中国の存在感は経済面だけに限定されない。北朝鮮の軍事的挑発を抑え、南北の平和共存へと向かうためにも、北朝鮮に最も大きな影響力を持つ中国との関係を良好なものに管理しておくことは何よりも重要である。
![アジア](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/e/670/img_7e98415457855c69c4e830305bc75a60525567.jpg)
特に、文在寅政権は、非核化をめぐる米朝交渉を仲介することで、北朝鮮の非核化と韓国主導の南北関係改善を進めようとしてきた。このように北朝鮮の行動を変えるためには米中両国の影響力行使が必要だというのが、文在寅政権の基本的な立場である。
さらに、その先にあるのは韓国主導の南北統一であるが、韓国主導の統一が中国の安全保障環境にとって決して不利にはならないと中国を説得するためにも、良好な中韓関係を管理することが必要である。
このように、北朝鮮の軍事的挑発を抑制し、韓国主導の統一を現実のものとするためには、韓国にとって、米中に可能であれば協力してもらうことが重要であった。
したがって、米中対立が激化して、韓国がどちらの側につくのか踏み絵を踏まされるような状況は何としても回避されなければならないと考える。これが「北朝鮮問題は米中」に依存せざるを得ない状況なのである。
■米中対立をめぐってすれ違う日韓の思惑
このように考えると、米中対立が適度に存在したほうが日米同盟における日本の比重が高まるので望ましいと考える日本と、米中対立の激化が韓国外交の前提条件の充足を困難にしてしまうと考える韓国、このように日韓の間には、どのような米中関係が望ましいのかに関する乖離が存在するのは間違いない。
日本から見ると、本来であれば、民主主義という価値観を共有し、米国との同盟も共有する韓国が、米中関係に曖昧な姿勢を示すことに苛立ち、さらに疑念を募らせる。韓国から見ると、韓国が回避したい米中対立の激化を日本は望ましいと考えているのではないかと疑念を募らせる。
このようにして、米中関係に関して異なる選好を持つ日韓は、外交的に協力する必要をそれほど感じないということになる。したがって、日韓間に存在する対立争点に関してあえてリスクをとってまで妥協するという選択をしようとはしないことになる。
■日韓における外交目標の乖離は決定的なのか
ただし、本当に外交目標に関する日韓の乖離が決定的なものであって、もはや日韓の間に存在する問題に起因する対立が激化するのに任せるしかないと「諦める」のか。
本書は、日韓の構造変容に適切に対応するということは、そうした現状に直面して「諦める」という選択をするのではなく、もう一度、相互の外交目標を接近させることを通して、日韓の間に存在する問題が対立にエスカレートしないように管理する必要があるということを主張するものである。
①対北朝鮮政策をめぐって
対北朝鮮政策をめぐる日韓の相互不信、乖離はそれほど決定的なものと考えるべきなのだろうか。日韓は、軍事的手段ではなく、あくまで「平和的な手段」によって北朝鮮の非核化を実現するという点で、米中など他の関係国と比較しても、最も利害を共有する。
ともすれば、軍事的手段の行使に傾斜しがちな米国、さらに北朝鮮の非核化よりも北朝鮮の安定や中朝関係の堅固化の方を重視する傾向にある中国などと比較しても、北朝鮮の核ミサイルによる軍事的脅威を最も敏感に感じ、しかも、それを平和的な手段によって達成しなければならないのが日韓である。
そして、北朝鮮の非核化のためには日韓がばらばらに米中に働きかけるよりも協力して働きかけたほうが影響力を行使することができる。また、北朝鮮の行動変容に関しても、日韓はそれぞれの経済協力という手段を組み合わせることで、北朝鮮の非核化に向けて影響力を行使することができる。
このように、一見、乖離が目立ってきた対北朝鮮政策をめぐって、いま一度、相互の乖離を点検し、相互の目的と手段を再確認することで、協力の可能性を探ることが、日韓の外交目標を実現するためには、最も合理的ではないのか。
■対立点ではなく共通利益を見出すべき
②米中対立への対応をめぐって
米中対立が激化して、日本が米国の側につくことを明確にして中国と敵対することが、日本の外交や安全保障にとって決して望ましいわけではない。日本にとって、米中の緊張関係がある程度の範囲内で持続することが望ましいということになるかもしれないが、問題は、それを日本がコントロールできないことである。
![木宮正史『日韓関係史』(岩波書店)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/f/200/img_afbe62593a127b0dac627b2fbddc2c70110387.jpg)
韓国にとっても、米中対立の激化に伴って米中のどちらにつくのかという踏み絵を踏まされることは望ましくないわけだが、だからと言って、そうした状況を作り出させないようにする力があるわけではない。
このように考えると、日韓があたかも反対方向を向いて外交政策を選択することが合理的であるのかどうか、相当に疑問である。
確かに、米中関係をめぐる日韓の指向の違いが存在することは否定しないが、それは譲れないものであり協力できないものだと考える必要はない。むしろ、米中関係が極度の対決に至らない範囲に収めることに、日韓は共通利益を持つと見るべきではないか。
しかも、そうした共通利益を実現するためには、日韓が協力して米中に働きかけることが重要である。米中対立が不可逆的に激化するリスクに対して、日韓は手をこまねいているだけでは、結局「二者択一」を迫られ自らの外交の選択の幅を狭めてしまうことになる。
こうした状況に陥らないように自らの外交の選択の幅を少しでも広げる可能性を切り開くこうとするべきではないか。そして、そのためには日韓の外交協力をさらに深化することが必要である。
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東京大学大学院 総合文化研究科 教授
1960年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。高麗大学大学院政治外交学科博士課程修了。専攻は国際政治学・朝鮮半島問題。著書に、『国際政治のなかの韓国現代史』(山川出版社)、『ナショナリズムから見た韓国・北朝鮮近現代史』(講談社)、『韓国――民主化と経済発展のダイナミズム』(ちくま新書)、『戦後日韓関係史』(共著、有斐閣)、『シリーズ日本の安全保障6 朝鮮半島と東アジア』『朝鮮半島危機から対話へ――変動する東アジアの地政図』(共編著、岩波書店)などがある。
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(東京大学大学院 総合文化研究科 教授 木宮 正史)
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