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東京五輪の関係者が「殺人的暑さでもアスリートなら大丈夫」と考えてしまう根本原因

プレジデントオンライン / 2021年8月8日 10時15分

ラトビアのティナ・グラウディナは、東京2020オリンピックのビーチバレーボール女子準決勝、オーストラリア対ラトビア戦(東京・潮風公園)のタイムアウト中にベンチに座り、氷の入った袋でクールダウンしている=2021年8月5日 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

■「これはテニスではなく、暑さの我慢比べ大会だ」

連日のメダルラッシュで日本の快進撃が止まらない。海外のアスリートやメディアから「日本のおもてなし」への称賛も止まらない。しかし、その一方で、「殺人的な暑さ」へのクレームも止まらない。

まず、連日30度を超す猛暑の中で競技をさせられるアスリートたちから、「殺す気か?」「夕方や早朝にずらしてほしい」と大会運営に怒りや不満の声が上がっている。

「被害者」もでている。7月28日、テニス女子シングル準々決勝に勝ち進んでいたスペイン人のパウラ・バドサ選手が熱中症で途中棄権した。メダルのチャンスもあった代表選手がつぶされて母国メディアも怒りがおさまらない。スペイン紙「エル・ムンド」は他国の代表選手に以下のように、世界的に人気のゾンビTVドラマをネタにして痛烈な皮肉をさせている。

「僕たちはテニスをしているのではない。誰が最後まで倒れずに耐えられるか我慢比べをしている。まるで、『ウォーキング・デッド』のようだ」

■日本の夏がスポーツに不向きであることは自明だった

そんな「我慢比べ五輪」に対しては、「嘘つき」批判も寄せられ始めている。例えば、アメリカの「Yahoo! Sports」には、「日本のオリンピック組織は天候について嘘をついた。そして今アスリートが代償を払っている」というコラムが掲載されている。

2013年、日本の五輪招致委員会は立候補ファイルの中で、「この時期の天候は晴れる日が多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」と記しており、それが「虚偽申告」だというのだ。

当時の招致活動に関わった人たちや組織委員会には「他に開催都市として手を挙げていたマドリードやイスタンブールも気候的にそれほど変わらない」「過去の五輪と比較しても東京だけが暑いだけではない」と反論するが、「五輪欲しさ」に日本側が話を盛ったという事実を覆すことはできない。

1964年の東京五輪が、10月10日に開会式が行われ、小中学校の運動会が春や秋に開催されていることからもわかるように、日本でスポーツを行う理想的な環境が「夏ではない」ということは誰でも知っている。

■なぜ組織委は「殺人的暑さ」を放置してきたのか

実はそれは外国人の間でも有名だ。観光庁が2019年11月に公表した「訪日外国人旅行者の夏の暑さに関する意識調査」によれば、日本を訪れた外国人の89%が、東京の夏は蒸し暑いと回答し、その中の8割以上がこの暑さについて、「日本にやってくる前から知っていた」と答えている。

スクランブル交差点
写真=iStock.com/SeanPavonePhoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeanPavonePhoto

だから、招致を勝ち取った段階で国内外のスポーツメディアから、「東京五輪はアスリートにとって最も過酷に大会になる」という指摘が相次いでいたのだ。

では、なぜ7年以上前から大炎上することがわかりきっていた「殺人的暑さ」を、組織委員会は放置してきてしまったのか。多くのスポーツ関係者やメディアから危険性が指摘されていたにもかかわらず、効果的な対策を打ち出すことができなかったのか。

個人的には、組織委員会や日本のアマチュアスポーツ団体の感覚が、国際社会のそれと大きくズレてしまっている、という問題が大きいと思っている。

その感覚とは一言でいうと、「スポーツとは暑い最中にやる過酷なもので、アスリートは暑さに耐えて当然」という昭和のスポ根的精神論だ。

■日本のスポーツ関係者は“スポ根脳”に支配されている

建前としては「アスリートファースト」とか「いい環境でパフォーマンスをしてほしい」というようなことを言っているが、根っこに「スポ根」があるので、どうしても「暑さくらいで騒ぐなよ」という本音がある。だから、「暑さ対策」にそこまで力が入らない。それを象徴するのが、コート上が50度を超えるとかねてから言われていたテニスを真っ昼間に開催したことだ。本当にアスリートファーストならば、7年以上も時間があったのだから、IOCや有力スポンサーである米テレビ局と交渉して、せめて競技を涼しい時間に変更すべきだったのにそれをやっていない。

根本的なシステムを見直すという発想にならず、「水分をよくとる」など個人に負荷をかけていくことを暑さ対策の柱にしたり、「頭にかぶる傘」「うち水」というマンガみたいなアイデアが次々飛び出すのは、「個人の気合と根性」で問題を解決しようとする“スポ根脳”の典型的な発想だ。

「この状況下でアスリートのためにどうにか大会開催までこぎつけてくれた人々にワケのわからない因縁をつけるな」と不愉快になる方も多いだろうが、組織委員会のみならず、日本のスポーツ関係者が“スポ根脳”に支配されてしまっているというのは、五輪と入れ替わる形で開催される「国民的スポーツイベント」が雄弁に語っている。

そう、夏の甲子園だ。

■大人たちの事情で「甲子園の夏開催」が続いている

ご存じのように、炎天下の中で行われる夏の甲子園は予選から選手、観客が熱中症でバタバタ倒れている。この大会出場を目指した炎天下の練習では、時に死者まで出るような悲劇も起きている。そのため一部から「秋開催」や「ドーム開催」に変更すべきという意見が出ているのだ。また、1人のエースが連投しなくてはいけない過密スケジュールや、肩がぶっ壊れるまで投げ切るということが「高校球児らしい」という選手生命軽視カルチャーも問題になっている。

野球
写真=iStock.com/kontrymphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kontrymphoto

しかし、「甲子園の夏開催」をやめようという話にならない。

「秋にしたら子供たちの授業のスケジュールが」とか「夏の甲子園は球児の一生の思い出だ」とかいかにも「球児ファースト」っぽい理由が叫ばれるが、なんのことはない実は「甲子園ビジネス」をしている大人たちの事情が強い。

主催社の朝日新聞社、生中継するNHKをはじめ多くのメディアにとって「夏の甲子園」は「感動のドラマ」によって、チャリンチャリンとカネを生み出す一大スポーツコンテンツだ。ゆえに、その価値を下げるような開催時期や舞台設定の変更は断じて認められない。

■夏ではないと全国に知らしめる「宣伝効果」が半減

甲子園の「価値」を下げたくない大人は他にもいる。これまでのプロ野球のスターたちを見れば一目瞭然だが、甲子園は球界の「スター誕生」的な機能を長く担ってきた。この舞台で全国的な注目を浴びて、「伝説」をつくった少年は、ドラフトの目玉となり、入団したチームの入場客数やグッズ販売にも大きな影響を与えてきたのだ。

また、少子化に悩む高校にとっても「夏の甲子園」はなくてはならない。大阪桐蔭のように、全国からスポーツエリートを集める私立高校にとって、「甲子園出場」や「スター選手の母校」という実績が、入学希望者を増やすブランディングになることは言うまでもない。

「秋開催」では、受験生やその親へのPRのタイミングとしては遅すぎるし、何よりも子どもたちは学校に行っているので、試合をリアルタイムで観戦できない。高校名を全国に知らしめる「宣伝効果」が半減してしまうのだ。

つまり、「球児ファースト」と言いながらも、炎天下の最悪のコンディションで大会を開催するのは、実は「夏の甲子園」という舞台装置が動かす巨額マネーによるところが大きいのだ。

と聞くと、何か似ていると気づかないか。そう、五輪だ。

オリンピックが猛暑の時期にフィックスされているのは、大スポンサーである米テレビ局の都合が大きい。この時期、米国内のテレビはスポーツコンテンツが少ない。「閑散期」に五輪をハメ込むことで、スポーツ好きの視聴者をテレビにつなぎとめたいという皮算用がある。「秋の五輪」ではなく、「夏の五輪」ではないと儲からないのだ。

■「白いスパイク」と「頭にかぶる傘」の共通点

つまり、日本のマスコミは、IOCや組織委員会を「商業主義」「アスリートを食い物にしている」とボロカスに叩くが、なんのことはない実は「同じ穴のムジナ」なのだ。だから、実は「センス」がピッタリ合う。

熱中症の危険を呼びかけ、何かとつけて五輪の暑さ対策を批判する朝日新聞が主催する夏の甲子園では、今年から「白いスパイク」が認められた。黒いスパイクに比べると熱がこもらなくて涼しいという。競技のあり方を見直さず、「うち水」や「頭とかぶる傘」で乗り越えようとする組織委員会のセンスと丸かぶりだ。

それを考えると、7年以上前から国内外で「殺人的暑さ」「史上最も過酷な大会になる」と言われていたにもかかわらず、組織委員会がこの問題をスルーしてきたのも納得ではないか。

■日本が海外からの暑さ批判に対抗するためには

夏の甲子園も数十年前から「球児の健康を考えたら夏にこだわらなくても」などいろいろと批判をされてきたが、朝日新聞をはじめ高野連は聞く耳を持たず、戦前と変わらぬスタイルで運営されている。

つまり、われわれの頭には無意識に「スポーツとは暑さに耐えて戦うのが当然」という常識に刷り込まれているのだ。そこで提案だが、これから開催されるパラリンピック大会で、海外から「殺人的な暑さ」のクレームが出たら、「夏の甲子園」の映像を見せたらどうか。

「こんな暑さで肩が壊れるまで子供に投げさせるなんてさすがカミカゼとハラキリの国だ」
「丸刈りでキビキビ動く、まるで軍隊じゃないか! これが日本のスポーツか!」

あまりの衝撃映像の連続に言葉を失い、批判もピタッと止まるかもしれない。

え? 止まらないって? まあ、でも「こんな感覚の連中に何を言っても無駄だ」とあきらめてはもらえるのではないか。

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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。

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(ノンフィクションライター 窪田 順生)

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