「コロナ後1年以内に肉の味が落ちる」絶好調の焼肉店を待ち受ける3つのリスク
プレジデントオンライン / 2021年8月12日 11時15分
■アフターコロナでも「元の世界」には戻らない
つねに少しだけ未来を先取りするのが経営者の視点です。デルタ株の収束にはまだ時間がかかるとしても、その意味ではビジネス界はアフターコロナを考え始める段階に入ってきました。高齢者へのワクチン接種が一巡したことで日本でも実は死者数は激減しています。イギリス、アメリカでは市民は日常生活に戻り始めています。第5波が猛威を振るう日本も、近い将来その仲間入りをするはずです。しかしアフターコロナになってマスクを外して生活ができるようになったとしても、世の中は以前と同じ世界には戻りません。
アフターコロナの変化は外食産業にもやってきます。現在は焼肉業態が一人勝ちの様相です。昨年10月にはワタミが「和民」全店舗など居酒屋業態120店を「焼肉の和民」に業態転換すると発表しました。食べ放題で躍進する焼肉きんぐや、一人焼肉という新しいスタイルを提案する焼肉ライクなどの新規開店も目立ちます。
その一方で、コロナ禍で大きく変わったビジネスの前提は、アフターコロナではもう一度大きく変わります。そのときに焼肉業態にはどのような機会とリスクが待っているのでしょうか。今回の記事ではそのことを考えてみたいと思います。
■緊急事態宣言中でも「客数7割」をキープ
まず実際に、焼肉業態がどれくらい絶好調なのか、不振の居酒屋業界と比較してみましょう。図表1は主な飲食チェーンの既存店の客数の比較です。前年同月と比べてどれだけ増えたのか、または減ったのかがグラフからわかります。
![焼肉業態と居酒屋業態の客数比較](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/2/670/img_424ae1ab7e7581227281048192077b6e296064.jpg)
グラフの100のところが前の年と同じ来店客数だった月です。グラフの大半がそれよりも下にありますから、コロナ禍ではどの業態もそれなりに客数を減らしていることがわかります。
ところが、暖色系の色で描いた焼肉業態と、寒色系の色で描いた居酒屋業態では客の減るレベルが全然違います。全体的に見てコロナ以降、大幅に低迷する居酒屋に対して、焼肉業態では顧客の減り方がそれほどではないことがわかります。
鳥貴族、ワタミの居酒屋2社は、今年に入って2度目の緊急事態宣言が出るとがくんと顧客が減ってしまい、前年比で4割程度まで落ち込んでしまいます。しかし焼肉きんぐ、あみやき亭、安楽亭の焼肉業態3社は緊急事態宣言になっても7割前後の顧客をキープできています。
■焼肉人気は「換気の良さ」だけではない
なぜコロナ禍で焼肉業態が堅調なのでしょうか。
一番よく言われる理由が換気の良さです。最近の焼肉店では無煙ロースターを使うか、七輪の上に大きな換気扇を設置するのが主流です。そうするとだいたい3分で店内の空気が入れ替わります。換気のいい焼肉店がクラスターになりにくいことは広く知られているため、安心して出かけることができる。これが一番の理由です。
そのうえで二番目以下の理由が加わってきます。
二番目の理由として挙げられるのは、家庭で焼肉を楽しまない家が増えているという事情です。これは最近さんまを焼かない家庭が増えてきたのと同じで、リビングルームに油やにおいが染みつくのを避けるライフスタイルの家庭が増えているのです。
その反動で「外食に行くなら家で食べられない焼肉にしよう」という選択をする人が増えてきた。回転寿司と並んで焼肉は、休日の贅沢の2本柱になっているのです。
![回転寿司](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/1/670/img_b10cf256fd9753ad2bc95f1893379a1d963592.jpg)
三番目にコロナの影響でリモートワークが増えたという事情があります。自宅で仕事をして夜、家族で食事をする。共働きであれば自宅の近所で食事をしようという話になります。そうなるとオフィス街の居酒屋から、ロードサイドの焼肉店にアフターファイブの需要が移ります。
実際、コロナ禍で伸びている焼肉業態の多くがロードサイド店舗のチェーン店です。六本木や銀座にある接待需要の焼肉店と比べても、ロケーションとして住宅地に近いエリアの焼肉店が強い。人流のシフトが起きているのです。
■接待需要激減で、高級和牛の相場が下がっている
そして四番目の要素はこの三番目の要素と表裏となるのですが、高級和牛の相場が下がっているという事情があります。
コロナ以前は株高からの富裕層需要の増加で、高級和牛の生産量が徐々に増加していました。ところが2020年になってコロナのせいで接待需要が激減します。東京市場での最高ランクのA5の黒毛和牛の相場価格は対前年比で90%まで下がり、在庫は逆に増加します。
自民党が国民に和牛券を配ろうと言い出した背景が、この高級和牛余りの在庫状況でした。和牛券は実現しませんでしたが、結果としておいしい黒毛和牛が比較的大衆的な焼肉チェーンでも広く出回る状況になりました。
このようにしてコロナ禍で、家庭でふんぱつして焼肉を楽しむと、特別感だけでなく贅沢感も味わえる状況になった。コロナ禍では実は焼肉はコスパのよい選択肢になっていたのです。
■ロードサイド店の焼肉バブルが解消される
さて、そのようにして勝ち組になった焼肉業態ですが、冒頭申し上げたようなアフターコロナの時代になって、もう一度前提条件が変わると何が起きるのでしょうか。実は3つの大きなリスクが存在します。
第一に、アフターコロナで生活が元に戻り始めると居酒屋需要が回復します。居酒屋だけではなく、さまざまな飲食業態で需要の回復が起きます。以前と同じようにビールもお酒も飲めるようになりますし、終電間際まではしごをすることもできるようになるでしょう。
消費行動としては普通に元に戻ったということになるのですが、焼肉業態から見ればコロナ禍で他の業態から流れてきていた需要が、今度は他に流出してしまうように見えるでしょう。実際にそのような消費の逆流が起きるはずです。
ビジネスパーソンの中にはリモートワークを続ける人も残るとは思いますが、多くの社会人はまたオフィス街に戻ります。そうなることでロードサイド焼肉業態のコロナバブルは解消されることが最初に予想されます。
![新宿ビジネス街](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/3/670/img_4307958c7493e842a9515ea3566e72e21444578.jpg)
■普通の焼肉店で提供される「肉の質」が下がる
第二に、そのようにして世の中が回復することで富裕層需要や接待需要が元に戻ります。コロナ禍で人に会いたくて仕方がなかった金持ち層が、アフターコロナにはよろこんで会食の予定を入れ始めます。自民党のセンセイがたも、財界の首脳陣も、立場上これまで自粛を強いられてきた人たちはもう我慢する必要はないのです。
結果として高級和牛の相場は元に戻り、在庫余剰問題も解消されます。すると必ず起きる現象として、普通の焼肉店の牛肉の質が下がります。
これは過去何度も繰り返し起きてきた現象なのですが、焼肉やしゃぶしゃぶ食べ放題といった業態では、相場が下がる時期にはおいしい肉を安く提供することで人気を集める一方で、その後、相場が上がっても価格を上げることができません。
仕入れる肉の価格が上昇すれば、仕方なく、少しずつランクの低い肉を同じ価格で提供するようになる。そしてそのことに顧客は敏感に反応します。
「あのお店、前ほどはおいしくなくなったね」
というわけです。この現象はアフターコロナが始まって一年以内に起こるはずです。
■2022年頃までは焼肉店の新規オープンが続く
そして三番目、ここが一番の問題なのですが、そのような将来が予想されているにもかかわらず、2022年頃までは焼肉店の新規オープンが相次ぐことになります。
理由としては、まず足元で絶好調な数少ない外食業態だということで、苦戦する別業態からの業態転換による参入が相次ぐことです。実際に居酒屋の和民の全店舗業態転換は、低価格焼肉チェーン同士の戦いを激化させるでしょう。
同じく絶好調な回転ずし業態と違って、焼肉業態には参入障壁が低いという弱点があります。仕入れでは回転ずしに比べると他店との差がつかないうえに、焼肉店は顧客が自分で調理をするので厨房にも職人は必要ではありません。そのうえでお店全体もDX(デジタルトランスフォーメーション)化・省力化しやすい業態でもあります。
無煙ロースターを設置して、テーブルにQRコードを貼り付けて、スマホでオーダーさせてその注文を厨房と結べば、省力化店舗ができあがる。そして他業態から参入もしやすい。そのような業態なので、この先数年間の過当競争はまず避けることが難しいでしょう。
よくよく考えれば今の日本は少子高齢化なので、長期的には市場全体の胃袋は小さくなるわけです。つまりこの先に待っているのは焼肉店の供給過剰であり、そこからの生き残りがアフターコロナの課題になるでしょう。事情をすべて勘案すれば、コロナ禍で絶好調だった焼肉業態にとって、アフターコロナはあらたな試練の時になる可能性が高いと私は予測しています。
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経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)
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