「テレワーク→メンタル不調→退職」になる社員が最も恐れていること
プレジデントオンライン / 2021年8月18日 9時15分
■産業医のもとに届く「テレワークがつらい」の声
「テレワーク」、今ではすっかり耳なじみのある言葉となりました。その普及を一気に推し進めたのは言わずもがな、昨年以降の新型コロナウイルスの感染拡大による外出・移動自粛の影響によるものです。
東京都のテレワーク実施率で見てみますと、2020年の3月時点では24.0%であったのに対し、今年の5月では64.8%もの企業が実施したという報告が出ています(東京都産業労働局6月2日報道発表資料)。緊急事態宣言の合間であった3~4月でも56%以上が実施していますから、1年で倍以上の普及率ということになります。
そもそも、テレワークは労働者の「働きやすさ」のため、政府が以前から普及を促進してきたものです。総務省の定義するところでは、「ICT(情報通信技術)を利用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」であり、「人材の確保・離職防止」の効果をもたらし得るものとされています(総務省HP「テレワークの推進」)から、この普及率の増加は喜ばしいものだと言えるはずです。
しかし私自身、産業医の現場では「テレワークがつらい」「テレワークになってから調子が悪い」という相談を少なからず受けており、なかにはそれが原因での離職の事例もあります。
企業としてはテレワークで生まれた不満や不調の解消に努めることが大切になってきます。
今回は、テレワークがもたらす不調の原因とその対策についてお話しします。
■コミュニケーション不安を抱く人の転職意向は1.7~1.8倍
テレワーク普及の弊害として最も大きいものは「コミュニケーション」の問題だと私は考えています。
テレワーカーとその上司に対して行われたアンケート調査によると、「相手の気持ちを察しにくい」という不安を持っている人はテレワーカー中の39.5%、上司では44.9%にもなり、双方が非対面でのコミュニケーションに対する不安を抱えていることがわかります。また、「仕事をさぼっていると思われていないか」「公正に評価してもらえるのだろうか」と疑心暗鬼になっている人は、そうでない人の1.7~1.8倍の転職意向を持っていることも明らかになりました(パーソル総合研究所「テレワークにおける不安感・孤独感に関する定量調査」)。
冒頭で、テレワークは「人材の確保・離職防止の効果」をもたらし得るものだとお話ししたはずですが、実際にはこれだけの方がテレワークに不安を抱き、転職を意識しているというのです。
この問題はどうして生じているのか。それはコロナ禍による急ごしらえのテレワーク対応のため、リモート環境における人間関係の調整法が確立していないからだと考えられます。コロナ以前まで当たり前に行われていたコミュニケーションの機会が失われ、突然テレワークとなった結果、うまく意思疎通ができないことがストレスとなることは当然でしょう。
■1日の歩数が4000歩を下回るとメンタル不調のリスク
また、テレワークで通勤がなくなり、自宅で過ごす時間が増えたことによって活動性の低下・生活の乱れや就業環境の悪化などが起きやすくなっています。これらも実は心身の不調の原因となっており、離職にも見えないところで影響していると考えます。
例えば、昨年の緊急事態宣言中、1日の歩数が3000歩未満である人の数は、コロナ以前の約2倍であったという調査結果があります(リンクアンドコミュニケーションズ「『コロナ流行下における生活習慣の変化』最新調査結果を発表」)が、実は、1日あたりの歩数が4000歩を下回るとメンタル不調のリスクが高まることがわかっています。
外出を控えることに関する悪影響は他にもあります。それは「日光を浴びることができない」ということ。人間にとって外に出て日光を浴びることは、食事や睡眠と同じく生きる上でとても大事なことです。起床後、午前中に日光を浴びることによりセロトニンが分泌され、無意識のうちにメンタルバランスが整えられているのです。
「コロナを避けて外出をしていなかったらメンタル不調を起こしてしまった」と、実際に「コロナうつ」という言葉もよく聞かれるようになりました。
また就業環境ということでいえば、突然テレワークに切り替わり、自宅にちゃんとした環境が整っていない方も多いのではないでしょうか。床に座っての作業や、身体に合わない机や椅子での作業も肩こりや腰の不調を引き起こします。もちろん不調をそのままにしておけば心身への影響も大きくなってしまいます。
■テレワーク環境を整えれば離職率は下げられる
ここまでネガティブな影響について述べてきましたが、冒頭から述べている通り、正しく活用されればテレワークは多くのポジティブな影響をもたらすものだと考えられます。
最もテレワークが普及している国のひとつ、アメリカで行われた調査では、テレワークに対応している企業の離職率がそうでない企業と比べて25%も低いという報告がされています(OWL LABS「2017 State of Report Work Report (United States)」)し、国内の調査においても、転職先を検討する際の条件としてテレワークの実施や制度の充実が重要である、と回答した人が54.4%もいたという結果が出ています(doda「リモートワーク・テレワーク企業への転職に関する意識調査」)
つまり、テレワークの環境さえしっかりと整えれば、離職どころか、優秀な人材の確保や就業意欲、生産性の向上へとつながるということになるかもしれません。
以下、企業ができることを挙げていきます。
■企業がテレワークを味方につける3つの方法
(1)定期的なオンライン面談で、社員の様子を把握する
テレワーカー、またその管理をする上司双方が抱える「相手の気持ちが察しにくい」ことへの不安を解消するため、定期的に業務の進捗やスケジュールを共有できるツールの導入を検討しましょう。また、これまで以上に体調確認や細やかな声掛けを心がけてください。1対1でのミーティングの場を、定期的にスケジュールに組み込み実施するのも良いでしょう。
その中で「何かいつもと違う」様子がある場合には、企業の担当者や産業医につなぐことや、受診を促すことが必要となってきます。ストレス反応は初期に服装や髪型等の身だしなみに出やすいと言われていますので、オンラインミーティングの際などは注意をして見るようにしてください。厚生労働省の指針では、「管理監督者による部下への接し方」として、以下のチェック項目を挙げています。
○ 休みの連絡がない(無断欠勤がある)
○ 残業、休日出勤が不釣合いに増える
○ 仕事の能率が悪くなる。思考力・判断力が低下する
○ 業務の結果がなかなかでてこない
○ 報告や相談、職場での会話がなくなる(あるいはその逆)
○ 表情に活気がなく、動作にも元気がない(あるいはその逆)
○ 不自然な言動が目立つ
○ ミスや事故が目立つ
○ 服装が乱れたり、衣服が不潔であったりする
(厚生労働省「職場における心の健康づくり」)
(2)健康面での相談窓口を用意する
テレワークにおいては、心身共に不調を起こしやすいということはお話ししましたが、テレワーク中は実際に出勤している社員以上に企業側での健康管理が難しくなることが考えられます。社内に産業医や保健師が居る場合には、相談しやすい環境整備をしておくことが重要です。
また、産業医等の専門家がいないという企業においては、外部機関を有効利用していただきたいと思います。厚生労働省が運営する「こころの耳」や「新型コロナウイルス感染症関連 SNS心の相談」等をぜひご活用ください。
(3)作業環境の調整をする
コロナ禍によるテレワークは今後長期化することも考えられます。また、それを別としても、テレワークで不自由なく働ける環境をつくることが今後求められていくことは確かです。作業環境の調整は社員の責任とするのではなく、企業側から物的支援や費用負担を行うことも必要になってきます。
最終的に、テレワークでの不調とそこからつながる退職を防ぐためには、個人と企業の二方面からのアプローチが必要となります。テレワーク本来の恩恵を双方が得られるよう、まずはコミュニケーション、意思疎通を積極的に行うようにしていただきたいと思います。
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産業医
プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。
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(産業医 池井 佑丞)
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