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コロナ感染爆発でも飲み会を続ける「自粛しないサル」を一発で変える"ある方法"

プレジデントオンライン / 2021年8月7日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hirohito takada

新型コロナウイルスの新規感染者数が連日、過去最多となっている。霊長類学者の正高信男さんは「人々の行動を変えるためには、サルの研究で判明した『嫌悪学習』を応用するといい。たとえばコロナ感染で苦しむ人の姿をメディアで報じれば、自粛の効果が期待できるはずだ」という――。

※本稿は、正高信男『自粛するサル、しないサル』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■危険な体験はたった一度で長く記憶される

もう40年も前のことになりますが、長野県に生息する野生ニホンザルにアーモンドの実を与える実験を行った研究者がいました。山に暮らすサルで、アーモンドは日本列島には自生しないのですから、彼らがアーモンドの実にそれまで接したことがないのは明白。つまりナイーヴな状態であるといえます。

といってもクリやシイの木の実にはなじみがありますし、好物ですから、見てそれが食べられそうな代物であることぐらいは察しがつくというものです。試しに口に入れてみて、食べられることをすぐに理解したといいます。

サルに理解させたうえで、研究者はアーモンドの実に催吐剤をふりかけ、彼らに与えてみたのでした。催吐剤とは、摂取するとしばらくして嘔吐を引き起こす薬剤のことです。するとサルは口に入れてしばらくすると、やはり嘔吐したということです。もっともこれだけでは、ヒトに有効な催吐剤はサルにも効く、という話でおしまいです。問題は、そこからです。

追跡調査をしてみると、この嘔吐の経験以降、サルはアーモンドを与えても、もう一切口にしないことがわかったのです。ちなみに催吐剤を与えたのは、一度だけです。しかも、この経験から1年が経過しても、サルのアーモンド拒否の反応は、全然変わることはありませんでした。サル学者は、こういう風に自分の身体に有害なことを動物がすみやかに覚える現象を、「嫌悪学習」という特別な名称で呼ぶことにしています。

嫌悪学習が、それまで知られてきた通常の学習と異なる点は、まずたった一度の経験でその学習が成立するということにあります。ふつうは何回も経験して、ようやく学習するわけですが、一度きりでいいのです。

つぎに、一度きりの経験であるにもかかわらず、その効果が尋常でないほどに持続するという点です。長野のサルは一度アーモンドで嘔吐すると、それから1年たって再びアーモンドを見ても、食べようとしませんでした。その間、アーモンドを見る機会がなかったのにもかかわらずです。1年前の嫌悪体験を記憶していたとしか考えられません。サルは身に害のあることについては、ずっと覚えていることができるのです。というか、忘れようとしても忘れられないと書くほうが正確でしょう。

■仲間の様子からも危険を学ぶ

嫌悪学習は、サル以外の動物ではほとんど見られない特別な形式の学習です。高等な動物として自分の身の安全を守るため、高等な学習が進化したのだと考えられています。この習性はむろんヒトにも受け継がれています。しかし、ここでひとつ疑問が湧いてきます。

なるほどアーモンドのように、その効果が命を脅かすほどではない有害刺激であるならば、この学習で危険を回避することができます。けれども、致死的な刺激だったらどうでしょう。たとえば毒キノコだったら? 現にキノコはサルの大好物です。

それを口にしたら、致死量の毒を含むものだったとします。当然、一度きりの経験でサルは死んでしまいます。そうしたら、その経験をサルは嫌悪体験として、そののちの学習に活かせません。もう死んでしまうのですから。

実はこういうことのために、嫌悪学習には、通常の学習にはない第三の特徴が備わっていることが明らかにされてきました。仲間を観察するだけで学習できるという点が、それにほかなりません。この実験には、サルにとってのもうひとつの有害刺激が用いられました。ヘビです。

ヘビはサルにとって、最大の天敵といわれています。しかし、意外なことにヘビを今まで見たことのないナイーヴなサルに見せたところで、特段驚くことはありません。それどころか実験室で生まれた子ザルでは、好奇心をもって近づいていくことさえあるほどです。

むろん野生のオトナのサルにヘビを見せると怖がります。だから、どうにかしてそれが危険な存在であることを学習したと考えざるを得ない。そこでヘビを怖がるサルを実験室に連れて来て、怖がらない子ザルの面前で、ヘビを見せてやるということを、実験として行ってみることにしました。すると案の定、こののち子ザルもヘビを見て、怖がるようになることがわかったのです。やはり一回きりの実験で学習し、しかも効果が持続する点も先のアーモンド実験と変わりません。

ただ、今回のヘビの実験結果がアーモンドでのものと異なるのは、ヘビの実験での子ザルは自分自身で嫌悪的な体験をしたわけでは全然ないという点にあります。面識のない同種の仲間がヘビを見ているところに、遭遇しただけ。しかしたったそれだけで、ヘビを有害なものと認識してしまったのです。

こういう形式の学習は、「観察学習」という名称で知られていますが、ヒト以外の動物で観察学習が観察されるのはおおよそサルのみ、しかも天敵の認識のためにのみ、と考えられています。実際のところ、野生下ではこういう形式で、ヘビを天敵と認識することが群れのなかで伝搬していっていると考えられます。

■恐怖はテレビ映像でも学習される

アメリカで大学教授をしているスーザン・ミネカという研究者は、こうした知見をふまえ、もっと面白い実験をしました。ヘビを怖がることをまだ学習していない子ザルにテレビモニターでビデオを見せたのです。そのビデオに何が映っているかというと、面識のないオトナのサルがヘビを見せられるシーンが録画されています。むろん、このサルはヘビへの嫌悪学習が成立しています。

かわいい日本猿
写真=iStock.com/fontoknak
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fontoknak

先ほどの実験では、子ザルは目の前で仲間がヘビを天敵とみなすことを「実体験」したわけですが、今回はテレビモニターのなかの映像で、ヴァーチャルな体験をするわけです。ちなみにビデオ映像を見ることそのものが、このときが子ザルにとって初めての体験でした。すると初めての体験であるにもかかわらず、子ザルには実体験同様に嫌悪学習が成立したのです。

しかも映っている映像を見ると、そのなかのオトナのサルというのはヘビに対し、そんなに大仰に恐怖を示したりしているわけではないのです。顔を引きつらせる程度で、その顔がヘビに向けられている。それだけで子ザルは、「これは天敵だ」とヘビを認識してしまうのです。

むろん実体験よりは効力の持続性が短いことは、否定できない事実です。しかし3カ月やそこらは学習効果が有効であることがわかりました。嫌悪学習というのは、それでいいわけです。「毛ほどでも身に有害な可能性が残るなら遠ざける」というのが、生物生存の鉄則なのです。こうした習性は当然ながら、人にも受け継がれています。

■第一波での自粛は「志村けん効果」があった

極めてインパクトの強かった「事件」が、2020年3月末にザ・ドリフターズのメンバーでコメディアンの志村けん氏が、コロナで急死したという出来事であったと考えられます。周知の通り志村氏は、国民的人気のあるタレントでした。しかも死の直前まで元気で、活躍していました。

発症したのは、死のわずか2週間前だったといいます。その彼があっけなく亡くなったというニュースに、驚かなかった日本人はいなかったのではないでしょうか。氏の死去という報は、あらゆるメディアから流されました。その際の報じ手は、緊張感をにじませていました。それは、ミネカが実験で用いた、ビデオ映像のなかのヘビを怖がるサルと同じ役目を演じたものと推測されるのです。

死去を知らせる映像ばかりではありません。生前の元気なころに収録された番組が、亡くなったあとに放映されました。訃報を知らされたあとで見る志村氏の番組は、期せずして、コロナの怖さをヴァーチャルながら、喧伝する機能をはたしたと考えられます。

とりわけ、NHK制作の朝の連続テレビ小説は視聴率が高いことで有名ですが、そのなかで、4月から5月にかけて氏が登場したことの影響は大きかったと思われます。氏が、子どもに人気が高かったことは大変よく知られた事実です。そういう意味では、彼の死はコロナ自粛の教育的効果を発揮しました。あのタイミングでの死がなかったならば、あそこまで日本国内で自粛がすみやかに達成されることはなかったのではないでしょうか。

ひき続いて岡江久美子氏のコロナ感染による死が報道されたのが、だめ押しの役割を演じたのかもしれません。

■いまの報道はコロナ感染者の実像が見えない

そしていま、人々が2020年前半のようには自粛しなくなったのには、いわゆる志村けんイフェクトが効果を失ったことが深く関係していると思われます。氏が逝去してすでに半年以上が過ぎ、人々からもマスコミからも、彼はすでに過去の人物とされてしまっていました。

不謹慎と、そしりを受けることを覚悟であえて書きますと、あの第3波の時期に誰か、志村けん氏クラスのタレントがコロナで死亡していたら、状況はまったく違っていたことでしょう。

これは、さすがに暴論かもしれません。だが、私がいいたいのは、メディアが、コロナが命にかかわる危険な病原体であると真剣に考えるのならば、それをアピールする効果的な手法を工夫すべきだろうということです。

志村氏の場合は、たまたま逝去したら、コロナが死因だったというだけで、それが視聴者のコロナへの意識にどう影響するかなどと、考えて報道したわけではありません。そのあたり、もっと自覚をもった番組作りをすべきではないのでしょうか。

先日、NHKニュースを見ていると、コロナに感染し肺炎を発症、重症に陥った65歳以上の高齢者は、血栓症を併発しやすいことが判明した、といっていました。13.2%といいますから、確かに高確率です。以前からコロナ肺炎になると、高齢者は脳梗塞や脳出血を起こしやすいといわれていました。血管が血栓でつまれば、そうなるのは当然だとうなずける話です。

けれども、数字をあげてそんな事実を口にしたところで、受けとる側に恐怖を喚起する効果は見込めません。それを番組制作側は、肝に銘ずる必要があるでしょう。

ニュースを見ていて、コロナで実際に死んだ人、およびその遺族をめぐる映像での報道、ないし重症のコロナ感染者の実像の放送がまったくといっていいほど欠落しているのを、いぶかしく感ずるのは私だけでしょうか。

コロナウイルスcovid-19の新しいタイプで病気になった患者
写真=iStock.com/PatrikSlezak
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PatrikSlezak

■「あんなに苦しむんだ」という実態を報道するべき

コロナに感染して肺炎を起こすと、非常に激しい咳に悩まされると、巷間伝わっています。

正高信男『自粛するサル、しないサル』(幻冬舎新書)
正高信男『自粛するサル、しないサル』(幻冬舎新書)

だが、実際にどんなものなのか、見た人などごく限られるのではないでしょうか。少なくとも、私は見たことがありません。「あんなに苦しむんだ」という実態を、もっとメディアは報道すべきだと思いますが、いかがでしょうか。

日本では副反応が社会問題化したことから、子宮頸がんワクチンがまったく流布していません。思春期の女子をもつ保護者が、これだけワクチンに拒絶反応をするのは、ひとえにテレビのニュースで、ワクチンを接種したがために身体に激しいマヒが残ったとする女性のショッキングな映像が流されたからです。映像には、そういう百万遍の理屈をしのぐ効果があります。ところが、コロナ感染に関しては、その特性をまったく活用しようとしません。

患者やその家族が報道されることによって、まさにコロナハラスメントにあうことを危惧し、人権上の配慮を考えてのことかもしれません。だが、感染拡大を食い止めるために、あえて報道に応じるという人々を捜す努力、そして、患者や視聴者の過度な心理負担にならないように留意しつつも、あえて批判を覚悟のうえで放送するという勇気をもったテレビ関係者がいてほしいと思います。

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正高 信男(まさたか・のぶお)
霊長類学者
1954年、大阪府生まれ。霊長類学者(サル学者)・発達心理学者、評論家。大阪大学人間科学部行動学専攻卒、同大学大学院人間科学研究科博士課程修了。京都大学霊長類研究所教授を2020年に退職。『ケータイを持ったサル』(中公新書)、『天才脳は「発達障害」から生まれる』(PHP新書)、『いじめとひきこもりの人類史』(新潮新書)など著書多数。

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(霊長類学者 正高 信男)

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