「身長153cmが170cm超の強豪を引っ張る」陸上1500m決勝に出る田中希実の"異常な成長曲線"
プレジデントオンライン / 2021年8月6日 17時15分
■東京五輪のワンダーガール「田中希実」が大舞台で日本新を連発の理由
大きな舞台になると萎縮して力を発揮できない選手がいる一方で、とんでもないパワーを自ら引き出す選手がいる。東京五輪の陸上競技では、女子1500m、5000mの田中希実の“大活躍”に目を奪われた方も多いだろう。
JOCの日本代表選手団名簿によると田中の身長は153cm、体重は41kg。日本人のなかでも小柄な部類に入る。そんな選手が170cm前後の長身が多い1500mで果敢に攻め込み、下記に記すように力強く予選、準決勝……とラウンドを勝ち上がっていく。
しかも今回、田中は卜部蘭とともに日本の五輪史上初めて女子1500mに出場した選手なのだ。オリンピックは日本で1番になっても出場できるわけではない。参加標準記録を突破するか、世界ランキングで上位につけるのが参加条件だ。これまで日本人が出場できなかったのはシンプルに言って世界とのレベル差があったからだ。
そんな状況で田中は東京五輪という大舞台で“非常識”なパフォーマンスを発揮している。
8月2日の女子1500m予選3組。自己ベストが15人中9番目の田中が先頭に立ち、前半を引っ張った。最後は4着でゴールに飛び込み、準決勝進出を決めた。今年7月に樹立した日本記録(4分04秒08)を1.75秒更新する4分02秒33の日本新記録も打ち立てた。
「日本記録を出せば準決勝に行けると思っていたので、自分の目標通りの結果になって良かったです。準決勝はどんな結果になってもいいので、とにかく今の自分の力を出し切って、もう一度自己ベストを出すくらいの勢いで走りたいです」
■予選と準決勝の2レースで自身の日本記録を約5秒も短縮
予選で快走した田中は8月4日の女子1500m準決勝(1組)でも“有言実行”の激走を見せる。自己ベストが13人中8番目の田中はスタートからインコースを突き、ホームストレートで2番手につける。400mを通過した後はトップを奪い、今度も自らレースを作った。
800m以降は首位から引きずり降ろされたが、3分59秒19の5着でフィニッシュ。決勝進出を決めただけでなく、予選でマークした日本記録を3.14秒も更新して(予選と準決勝の2レースで日本記録を約5秒短縮)、日本人初の3分台に突入した。
「4分を切らないと決勝進出は難しいと思っていましたが、4分を切れるかどうかは別として、今の全力をぶつけました。その結果、理想通りのタイムで決勝に進むことができてすごくうれしいです」
1周目は今まで体験したことがないペースだったというが、一切気持ちの面で引くことはなかった。田中はファイナルを見つめて、「着順(5着以内)での通過」を狙っていた。そして「決勝進出」と「3分台」という日本陸上界が予想していなかった2つの快挙を成し遂げた。
田中は7月30日の女子5000m予選(2組)にも出場している。0.38秒差で決勝進出を逃したが、自己ベストの14分59秒93(日本歴代4位)で走破。キャリア初の14分台をマークしている。
田中は2019年ドーハ世界選手権で初めてシニアの世界大会に参戦した。5000mの予選で15分04秒66の自己ベストをマークすると、同決勝では15分00秒01とさらにタイムを短縮している。
ドーハから数えると、世界大会では5つのレースに出場。そのすべてで自己ベストを塗り替えて、日本記録を2度も更新した。こんな選手はかつて見たことがない。現在21歳の田中は日本の“ワンダーガール”と言っていいだろう。
■異色のキャリアと類を見ない成長曲線
田中は日本の中長距離界ではユニークなキャリアを歩んでいる。中学時代は3年時の全中1500mで優勝。兵庫・西脇工高では3年時のインターハイで1500mと3000mで日本人トップ(ともに2位)を奪った。
高校卒業後は同志社大に入学。世界を目指すために大学の陸上部には所属せず、クラブチーム(ND28AC)で競技を続けた。高卒1年目の2018年はU20世界選手権の3000mで金メダルを獲得している。
2019年からは豊田自動織機TCに所属を変更。豊田自動織機には女子陸上部(昨年の全日本実業団女子駅伝で3位に入っている)があるが、田中は駅伝には参加していない。コーチングは実業団経験のある父・健智さん(母・千洋さんも北海道マラソンで2度優勝した実績を持つ)が行うようになり、さらに躍進した。
田中のように中学・高校で「エリート」と呼べるような選手は、高校卒業後に“失速”するパターンが少なくない。現役高校生を除く1500mの高校歴代記録10傑に入っている選手を見ても、10人中8人が高校時代のベスト記録を超えていないのだ。
一方、1500mで高校歴代2位(4分15秒43)のタイムを持つ田中の成長曲線は“異常”といえる。1年前の8月23日、国立競技場で開催されたレースで4分05秒27をマーク。日本記録(4分07秒86)を14年ぶりに塗り替えた。
1500mでは高校卒業後、2年半で自己ベストを10秒以上も短縮。さらに今季は東京五輪の準決勝までに3分59秒19までタイムを伸ばして、五輪期間中だけでトータル4.89秒も短縮している。社会人になっても、伸び盛りの中高生のようなタイム短縮率を誇っているのだ。
■高卒後に失速する女性選手が多い中、成長続ける背景に「父の存在」
なぜ田中は高校卒業後も順調に成長を重ねて、世界大会の舞台で自己ベストを連発できるのか。それはコーチである父・健智さんとのトレーニングにあるような気がしている。他の実業団選手なら嫌がるような強烈なメニューを、「絶対に強くなるんだ」という熱い気持ちで乗り越えようとしているからだ。
田中はポイント練習を単独で行うことが多く、国内の1500mレースでも自らレースを作って走ることが多い。1年前の日本記録(当時)である4分05秒27は終始自分で引っ張って出した記録だ。
中長距離種目は風の抵抗を受けるので先頭を走ると体力が削られていく。そのため、記録を狙うレースでは「ペースメーカー」が途中まで牽引することが多い。普段の練習でもチームメートがいれば、交代で引っ張ることが大半だ。なかには女子選手のペースメーカーを務めるために男性のランニングコーチを雇っているチームもある。
しかし、田中の場合はひとりで立ち向かってきた。だからこそ、自分よりも強い選手が集まる世界大会では、うまく引っ張られるかたちになれば、その分、体力を温存することができる。練習時や国内レースよりも数倍ラクに走ることができるのだ。
■「1年に1回はきつさを超える日がないとその1年間は成長できない」
今年6月の日本選手権では異例ともいえる3種目にチャレンジを見せている。大会2日目の女子1500mを4分08秒39で連覇を果たすと、大会3日目は女子800m予選2組を2分07秒23でトップ通過した。大会4日目はまず女子800m決勝に出場(2分04秒47の3位)。レースから約40分後には女子5000mにも挑戦して、15分18秒25の3位でフィニッシュしている。東京五輪の戦いを見据えて、あえて過密スケジュールのなかで連戦を経験したのだ。
「今季は自分を超えるような練習ができていなくて葛藤もあったんですけど、新しいことにやっと前向きに取り組むことができました。1年に1回はきつさを超える日がないと、その1年間は成長できない。今日はそんな日になったと思います。(この経験が)東京五輪の予選・決勝という戦いに生きてくるのかな」
田中の予感は的中することになる。東京五輪では前代未聞の快走を連発しているのだ。残るレースは今夜(8月6日の19時50分)の1500m決勝。21歳の田中が世界の怪物たちが本気になるレースでどんな走りを見せるのか。そして、今後どんな進化を遂げるのか。楽しみでたまらない。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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