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20億円が8兆円に育つ…孫正義が出資を決めるときに"実績"より重視すること

プレジデントオンライン / 2021年8月11日 8時15分

決算発表後、オンライン記者会見に臨むソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2021年2月8日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」は孫正義氏が若手起業家を支援するために立ち上げた投資会社だ。投資先はいずれも成長途上の企業ばかり。孫会長は出資を決めるとき、相手のどこをチェックしているのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが書く――。

※本稿は、野地秩嘉『あなたの心に火をつける超一流たちの「決断の瞬間」ストーリー』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。

■「お金はただの道具にすぎない」

ソフトバンクグループの2021年3月期決算は純利益が約5兆円となり、国内企業としては過去最高の数字となった。5兆円という金額は自動車会社で言えばマツダ、スバルの年間売り上げよりも大きい。また、出版業の国内市場規模は約1.5兆円だ。報道しているマスコミが鉢巻き締めて頑張って雑誌や本を売りまくっても同グループの利益にぜんぜん届かない。あきれてしまう金額なのである。

しかし、会長兼社長の孫正義は決算会見で「どれだけ株を持っているとか、どれだけ利益を出したというのはただの一時的な現象」と話し、「まだまだ物語は続く」と述べた。

また、決定的にAI革命から遅れをとってしまっている日本の現状について、「デジタルトランスフォーメーション(DX)は当然、もはや世界の最先端はさらにその上のAI革命で競争している」と憂いた。

彼は大金持ちの子どもに生まれたわけではない。ゼロからスタートして過去最高額の利益を上げた男の決断の瞬間とは何だろうか。

■「革命的な若者たちを応援し、情報革命を追い求めています」

彼はこう言っている。

「(坂本龍馬は)大局を捉えて『事を成す』というところから逆算してものを考えている。龍馬さんは、まさしく大事業であった明治維新を成そうとする事業家だったわけです。(略)龍馬さんにとっての明治維新は我々の業界では情報革命に当たると思います。

情報革命は世界中の人々から少しでも悲しみを減らし、喜びや幸せを増やすことになるのではないか。そう考えて、僕は世界中の革命的な若者たちを応援し、情報革命を追い求めています」

彼はアリババ集団(グループ)のジャック・マーを始めとする革命的な事業をやっている若者を応援してきたし、今もしている。そのときにストーリーテラーの本領が発揮されている。また、自らは投資会社を経営する事業家としてグループ全体を指揮する。そのことを理解しておかないと、彼が情報革命にまい進している真の姿を捉えることはできない。

■「ウィンドウズ95」の15年前にソフトの卸売を始める

アメリカ留学から戻った孫正義は1981年、日本ソフトバンクを設立し、パソコン用パッケージソフトの卸売を始めた。マイクロソフトが、インターネット接続が容易になるOS「ウィンドウズ95」を出す15年も前の話である。

その頃、パソコンのことを「電子そろばん」と言っていた人は少なくなかった。コンピュータ、イコール、数字の計算をするためだけの機械というのが一般の認識だったのである。

なにしろ、パソコンの普及率は87年で11.7%にすぎなかった。孫がパソコンソフトを売り始めたのはそれよりも6年も前だ。なお、87年以前の日本ではパソコン普及率の調査自体がちゃんと行われていなかったのである。

さて、日本ソフトバンクはパソコンやインターネットの普及とともに成長していき、98年には東証一部に上場を果たす。

当時の主な業務はソフトの卸売、パソコン雑誌の出版事業に加え、96年に合弁会社として設立したヤフー日本法人がやっていた、インターネット関連のビジネスだった。

その後、2000年までの2年間、彼は衛星放送に出資したり、ナスダック・ジャパンを立ち上げたり、日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)の株式を取得したりしている。いずれも失敗ではない。しかし、投資会社としての看板になるようなビジネスではなかった。当時の孫正義は積極的に仕事を進めてはいたが、心のうちには焦燥感があっただろう。

■ジャック・マーの話を6分聞いただけで「20億円」

今でこそ、ソフトバンクといえば誰もが携帯電話会社であり投資会社であると思っている。しかし、06年にイギリスの携帯電話会社ボーダフォンの日本法人を買収するまではさまざまな事業を行っている会社というイメージだったのである。

1999年、孫正義は中国へ行き、将来性があると思われたIT企業の社長を20人招き、1人10分間ずつ面会した。そのなかにいたのがアリババ集団の創業者、ジャック・マーだった。

アリババ本社
写真=iStock.com/maybefalse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maybefalse

孫はプレゼンを6分、聞いただけでマーが望んでいた額よりも多い20億円の出資を決める。

以後、急成長を遂げたアリババ集団は2014年にニューヨーク証券取引所に上場する。時価総額は25兆円。筆頭株主だったソフトバンクグループが持つ含み益は約8兆円になった。

以後の彼は若いIT起業家を応援するために投資を続け、10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を創始するまでになった。アリババ集団に対する出資から時間を経て、18年以降ソフトバンクグループは投資会社としての色彩を強めていった。それを念頭に置くと、ジャック・マーと出会ったこと、マーへの投資が彼の第2の決断の瞬間だったことになる。

■「数字を見るよりも感じるということ」

彼には投資するときにチェックするポイントがある。

「事業の分野が非常に大きな市場規模の可能性を持っているというのが一つ。それから、それに対する取り組み方のモデル、ビジネスモデルが素晴らしいこと。そして、会社が実行する経営陣と強いリーダーシップを持っていて、これがいけそうだという予感がフツフツと湧いてくること」

成熟した企業に投資するには、その会社のキャッシュフローとか過去の業績というのが分析の中心になると思うんですが、われわれのように将来の技術、将来の伸びのところを見るときは、過去の数字は若干の参考にはなるけれども決定打にはならない。

数字を見るよりも感じるということ。『スター・ウォーズ』に出てきますね。“フォースを感じろ”と。そっちのほうが最後の決め手になると最近そんな気がしています。そういうことです。感じろ」

もっとも、私は孫が投資した先の会社が成功するのは、彼が成長ストーリーを世の中に対してアピールするからだと考えている。

そして、孫に投資を望む起業家たちもまた孫のストーリーテリング能力を頼みにしている。

世の中にはいくつもの投資ファンドがある。だが、孫にはファンドを成長させる物語を紡ぎ出す能力がある。

■“孫正義に見いだされた”という物語がうれしい

「ジャック・マーは野獣の目をしていた」

孫本人の言葉ではないとも言われているけれど、物語としてはこの言葉があればそれでいい。

ソフトバンクグループに投資を望む起業家にとっては他の投資ファンドの大金よりも、「孫正義が私の目のなかに何かがあると言ってくれた」という物語の方がありがたいのである。

孫正義は経営者としても投資家としてもストーリーテラーだから、事業を拡大させることができている。

本人は投資に対してこう語っている。

「一攫千金を狙うことが悪いことのように言われますが、それもいいと思っています。日本人にはそれが似合わないという人は歴史を振り返ってください。戦国時代には織田信長や斎藤道三、豊臣秀吉らが天下取りのために命を投げ出し、戦った。世界の国々でも一攫千金、天下取りを目指した戦いがあった。そうした野心あふれたリーダーがいて初めてその国の産業界に活力が生まれるのではないでしょうか」

さて、次は批判を浴びながらも続けている「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」について、である。

「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」は2017年に発足した10兆円規模の投資ファンドで、主な出資者は次のとおりだ。

PIF(サウジアラビア政府系ファンド)、ソフトバンクグループ、ムバダラ開発公社(アブダビ政府系ファンド)、アップル、クアルコム、鴻海(ホンハイ)精密工業……。

金融機関が並ぶ従来型の投資ファンドではなく、起業家たちが金を出し合うITベンチャーのファンドだ。

■「目利き力が陰った」と言われるが…

投資先にはウーバー、グラブ(ライドシェア)といったすでにベンチャーの域を超えた企業がある。加えて、フィンテックやDNA解析などの先進技術とAI技術を掛け合わせたユニコーンが並ぶ。いずれも成長途上の海のものとも山のものともわからない企業ばかりである。金融機関のファンドマネージャーだったら敬遠するような会社もある。

しかし、そうしたユニコーン企業を少しでも多く成長させることが「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の目的だ。AIを活用して、さまざまな業界を変革させていく企業をサポートすることで、AI革命を推進していくためのファンドだ。

ところが、マスコミはそうは書かない。「孫の目利(めき)き力が陰った」と書く。シェアオフィス運営のウィーワークへの投資がかさんだこと、前経営者が不祥事を起こしたことばかりを取り上げる。

2020年9月、リスボンの通りに駐車されたウーバーのバイク
写真=iStock.com/Neydtstock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Neydtstock

しかし、ウィーワークは、日本ではビジネスが堅調だ。そして、他の投資先のなかには上場した会社もあれば投資した金額をすでに回収した会社もある。従来型の金融機関主宰ファンドと比べても遜色のない成績を上げている。孫正義の目利きの力が鈍ったという表現には裏付けがないと思える。

そして、ファンドの力として忘れてはならないのは、孫が見いだした企業は他の投資家たちもまた注目するという事実だ。例えばインドのベンチャー企業に誰よりも早く注目して投資したのは彼だ。他の投資家は孫の後を追ったに過ぎない。

■「それはやっぱり…、狂ったほどの情熱ですよね」

私はインドのベンチャー起業家に会って、話をしたことがある。彼はこう言っていた。

「日本人に投資してもらいたい。そうすれば世界の投資家が付いてくる。そして、できればミスター・ソンに投資してもらいたい」

アメリカ人が主投資家だったら、イスラムや中国人が投資しないことがある。中国人が主投資家だったら、今度はアメリカ人がお金を出しにくい。その点、日本人が金を集めてくれれば、どこの国の人間も投資できる。そして、日本人投資家の筆頭はミスター・ソンだ……。

お金を出してもらう側もちゃんと合理的に考えている。どんなお金でもいいとは思っていない。

このように、日本人は投資家に向いているのだけれど、しかし、日本の銀行、金融機関、大企業が組成したファンドが大成功したとか、日本企業が買収した海外企業が成長した話はあまり聞いたことがない。

例外があるとしたら、EV(電気自動車)のテスラ草創期に投資したトヨタくらいのものだろうか。

そうして、何をしても、孫正義は叩かれるのだけれど、それでも彼は主張する。

「(事業の成功に)何が必要なのか。それはやっぱり……、狂ったほどの情熱ですよね」

■東日本大震災で100億円を寄付した思い

孫正義が決断した瞬間のなかで、他の経営者よりも突出しているのが寄付であり社会貢献だろう。

本来、経営者は仕事を通じて、企業を成長させ、人を雇い、税金を払って国家や地域に貢献すればいい。それだけで十分と言える。

それなのに、孫正義は大金を個人で寄付する。

東日本大震災の後、彼は100億円の義援金を拠出すると表明した。さらに、ソフトバンクグループから10億円、引退するまでの自らの報酬全額を寄付し、これに関しては震災遺児の支援に回すと決めた。

このとき、彼は「売名行為だ」「ほんとに払ったのか」といった非難を受けている。それでも寄付はやめない。

コロナ禍ではマスク、フェイスシールドなどをはじめとする防護具を、政府・自治体・民間企業・医療機関などに無利益で提供した。さらに、唾液PCR検査を提供するための100%子会社を設立し、1回2000円(税抜・配送料、梱包費などを除く)という破格の値段で検査を提供している。

■たとえ儲からなくてもやらずにはいられない

なぜ、彼は災害や感染症の蔓延で困った人たちを見ると寄付をするのだろうか。売名行為ではない。彼以上に有名な経営者はいない。売名する意味はない。目立ちたくて寄付をしているわけではない。

では、なぜなのか。

寄付をする人というのは、困っている人、苦労している人を見ると、考える前に体が動いてしまうのだ。

野地秩嘉『あなたの心に火をつける超一流たちの「決断の瞬間」ストーリー』(ワニブックス)
野地秩嘉『あなたの心に火をつける超一流たちの「決断の瞬間」ストーリー』(ワニブックスPLUS新書)

やらずにはいられないからやる。そのときは他人の目は気にしていないし、自分の懐もそれほど気にならない。孫正義もそういう「やらずにはいられない」人たちのなかのひとりなのだろう。

その証拠に、仕事の内容を見ていくと、「やらずにはいられないからやった」ことが出てくる。

2004年、彼は八丈島にADSLのブロードバンドサービスを提供した。離島にブロードバンドのサービスを開始したのはソフトバンクグループが初めてだった。孫は「八丈島にブロードバンドを推進する会」メンバーから直訴を受け、困っている人たちのために離島にブロードバンドの施設を建設した。儲かるとは思わなかったが、誰かがやらなくてはいけないと感じたのだ。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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