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「セクハラは突然やってくる」河村たかし市長の"金メダルかじり"のもつ本質的な問題点

プレジデントオンライン / 2021年8月7日 15時15分

名古屋市役所本庁舎。二層の屋根を配した塔の頂上には、しゃちを載せ、名古屋城との調和を図ったという。 - 写真=iStock.com/peeterv

■「せっかくだから、かけてちょうだい」

名古屋市の河村たかし市長が8月4日、表敬訪問に来たソフトボールの後藤希友(みう)選手の金メダルをかんだ。知った瞬間、気持ち悪さがこみあげてきた。コロナ禍だから、ではない。他人の、それもはっきり書いてしまうが、油ぎったおっさんが、自分のものをかむ。そう想像して、ゾワゾワしたのだ。

20歳だという後藤さんが気の毒でならなかった。そして、どうして後藤さんは市長に金メダルをかけたのだろうと思った。どの記事も、「後藤選手がかけたメダルを市長がかんだ」と報じていたからだ。自発的なはずがない。同席した市役所の職員が促したのではないかと疑った。その人も今頃、罪の意識に苛まれているのではないか。そこまで想像していた。

だが、違った。河村市長が、自分からかけさせたのだ。当日の映像をあれこれ検索し、見つけた東海テレビの映像でわかった。「せっかくだから、かけてちょうだい」と市長が後藤さんに言っていた。だから後藤選手はメダルをかけた。そして市長はかみ、そのまま返していた。唖然としつつ思ったのは、「セクハラは、突然やってくる」ということだった。

■最初のコメントは「愛情表現だった。金メダルは憧れだった」

たぶん河村市長は「よーし、これから、セクハラするぞー」と思っていたわけではないだろう。4日夜にコメントを発表したが、「最大の愛情表現だった。金メダルは憧れだった。迷惑をかけているのであれば、ごめんなさい」という内容だった。ちなみに、これが全文だ。

この能天気さがすごすぎて、そういう人が日本で3番目に人口の多い市のトップをしている事実にうちのめされる。これだから日本のジェンダーギャップ指数は120位だし、来年もせいぜい119位にしかならないだろうと悲しくなる。で、この認識は私だけのものではないから市役所には抗議が殺到、アスリートたちからも批判が起こった。

そのあたりは後述するので、東海テレビの映像に戻る。メダルをかじる前後に何が起きていたか、細かく描写していく。まずは、かむまで。

「せっかくだから、かけてちょうだい」と要求された後藤さんは、「あ、そうですね」と反応、市長に近づき、首にかけた。すると市長は、「あ、重てーにゃー、本当にこれ」とメダルを見ながら言い、取材陣の方を見て「重てゃーですよ」と言い、次に「なー」と言ってマスクを外し、「こうやって」とメダルを口に近づけ、そしてかんだ。報道陣に体を向けたままの、まさに一瞬の動作だった。

■「かまれるのが嫌だったら、首にかけなければいい」は無理

次が、かんでから。見ていた後藤さんは、「アハハ」と反応した。すると市長は後藤さんを見て、小声で「なあ」と言った。後藤さんは、「はい」と答えた。市長は「オッケー、オッケー」と短く反応した。これだけでは伝わらないかもしれないが、ここはすごく問題のパートだ。気持ち悪いパートと言ってもいい。

そのあと、市長は取材陣の方に向き直り、「あー、ほんとに重てゃーです」と言い、メダルを外し後藤さんに返した。マスクを外したまま、「おめでとうございます」と言い、後藤さんは「ありがとうございます」と返した。市長と報道陣にお辞儀を繰り返す後藤さんが映って、映像は終わる。

名古屋市の河村たかし市長
写真=時事通信フォト
ソフトボール女子五輪代表の後藤希友投手(右)の表敬訪問を受け、首に掛けてもらった金メダルにかみつく名古屋市の河村たかし市長=8月4日午前、同市役所 - 写真=時事通信フォト

セクハラ事件が明るみになると、「(被害女性は)拒絶しようと思えば、できたはずだ」という人が必ず出てくる。そういう人には、ぜひこの映像を見ていただきたい。今回なら「かまれるのが嫌だったら、首にかけなければいい」ということになるだろうが、それがいかに無理かがよくわかる。だって「表敬訪問」だし、メディアも並んでいる。「嫌です」と言うのはかなり難しい。

■かんだ直後に「なあ」と言って、同意を求めている

今回に限らない。要求されたことに一抹の不安というか違和感があったとしても、「一抹」の段階でノーと言いにくいのだ。予防的に声をあげるに越したことはないが、まさかと思う気持ちもある。今回なら、まさか市長が金メダルにかみ付くと誰が想像するだろう。

そして、先ほども書いたが、問題はかんだあとだ。後藤さんの「あはは」という反応が歓迎の笑い声でないことは、きっと河村市長も感じたのだろう。だから「なあ」と言ったのだと、映像から伝わってくる。書いていても不愉快になるが、「なあ」のあとに省略されている言葉は、「別にいいだろう」だと思う。百歩譲ってというか、気持ち悪い度を下げて解釈してあげるとしたら、「面白かったよね」になるかもしれない。

ちょっとおちゃらけただけ、冗談だよね、わかるよね、と同意を求めているのだ。その強引さに言われた方は、「はい」と言わざるを得なくなる。それを聞いて、市長は「オッケー、オッケー」と答えるのだ。はい、同意できたよね、お互いに問題ないことが確認できたよね、「オッケー、オッケー」。セクハラ後の処理として、セクハラした側がとる行動。それが映っていると思い、すごく気味が悪かった。

そんな生理的感覚から、ここまで「セクハラ」と書いてきたが、十分にパワハラでもある。自分を表敬してきた相手に、その人の所有物を貸せという。自分の方が立場が上で、断れない相手だと知っていて無理を言う。それだけでなく、借りた所有物に傷をつけるような行為に及ぶ。十分以上にパワハラだ。

■謝罪文の最初に出てくるのが「トヨタ自動車さま」

やはりというか、当然というか、とにかく河村市長は5日、謝罪文を読むに至った。「このたび、トヨタ自動車さまご所属の後藤希友選手はじめ関係者の皆さまが、東京2020オリンピック大会における優勝報告として小職をご訪問いただいた際、軽率にもご本人さまの長年の努力の結晶であります金メダルを汚す行為に及びました」。それが書き出し。以後は「立場をわきまえない極めて不適切な行為であったと猛省すべきと痛感しており、誠に申し訳なく心からおわびを申し上げます」。そういった内容だった。

最初に出てくるのが「トヨタ自動車さま」だ。市役所への抗議やアスリートからの反応もあったが、決定的だったのはトヨタ自動車が5日午前に出したコメントだったことがまるわかりだ。コメントの後半を引用する。「今回の不適切かつあるまじき行為は、アスリートへの敬意や賞賛、また感染予防への配慮が感じられず、大変残念に思います。河村市長には、責任あるリーダーとしての行動を切に願います」

写真=iStock.com/vapadiii
トヨタ自動車の本社ビル - 写真=iStock.com/vapadiii

リーダーとしての行動全般にまでダメ出しをされたのだから、市長は謝罪するしかないだろう。トヨタ自動車の社員が名古屋市にどれだけ住んでいるかは知らないが、いくら河村市長でも「迷惑をかけたのであれば、ごめんなさい」ではすまないと思い知らされたはずだ。

■市長に「問題ではなかったか」と聞いたのは、すべて女性記者

このことでわかったのは、セクハラ案件への有効な処方箋は「加害者よりえらい人、加害者の生殺与奪を握っている人が、毅然たる態度を取ること」だということだ。

正反対だったのが、財務省の事例。事務方トップのセクハラが告発された時、「セクハラ罪という罪はない」「(事務方トップの)人権はなしですか」とかばい続けた大臣が、今も大臣をしている。近年、霞ヶ関を目指す東大生が減っているとされているが、こういうことも影響していると思う。

もうひとつ、女性の目を増やすことの大切さもわかった。名古屋市役所で市長が謝罪文を読み上げている様子は、ユーチューブで見た。メーテレの「ノーカット」映像で、記者とのやりとりもすべてあった。

表敬訪問の際、市長は後藤選手に「でかいな、でかいな」と繰り返したり、「恋愛は禁止なのか」と聞いたりしたという。そのことを指摘し、「何を言っても許されるおごりとか緩みはなかったか」と聞いていたのは、女性の声だった。4日の夜のコメント「愛情表現のつもりだった」についての違和感を口にし、「傷に塩を塗られたと感じると思わなかったのか」と聞いていたのも、女性の声だった。

「あなたのしたことは、問題ではなかったか」と聞いているのが、すべて女性(同じ人かもしれない)だったのだ。

■どれだけ不快でも、金メダルを捨てることはできない

男性記者たちは、「どういうつもりだったか」ということを繰り返し聞いていた。意図を確認するのも大切だ。だが、取材相手から嫌われるリスクを冒してまで、相手の問題点を指摘するのが女性記者だったというのは象徴的だと思う。ジェンダーギャップ指数120位の国で、問題のありかに敏感なのはやはり女性だ。その目がないと、問題は温存されてしまう。

ちなみに市長の答えは、「リラックスさせるためで、そういう(セクハラ、パワハラ)方向の発言はしていないつもり」「非常にフレンドリーな状況で、(塩を塗られたと感じるような)状況は想像できなかった」というものだった。要はそういう人だ、ということははっきりしたわけだ。

そして最後に後藤選手、いや後藤さんのことを少しだけ。後藤さんはこれから、金メダルを見るたび今回のことを思い出してしまうだろう。セクハラ(またはパワハラ)された時に着ていたスーツなら、捨てればいい。だけど、金メダルを捨てることはできない。そのことが、本当に気の毒でならないし、市長のことは絶対に許してはいけないと思う。

だから、後藤さんに伝えたいことがある。一つは、トヨタ自動車がすぐに抗議のコメントを出したことの素晴らしさ。これほど早く、ビシッと抗議する会社に所属していること、誇りに思ってほしい。そして、私も含め、世の中の女性はみな怒っているということ。名古屋市役所では女性記者が市長に詰め寄り、私もささやかながらこの記事を書いた。

後藤さん、女性はみんな、あなたの味方です。もちろん、味方なのは、女性だけではないけれど、でもそのこと、時々思い出してください。どうぞ、よろしくお願いします。

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矢部 万紀子(やべ・まきこ)
コラムニスト
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。著書に『笑顔の雅子さま 生きづらさを超えて』『美智子さまという奇跡』『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』がある。

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(コラムニスト 矢部 万紀子)

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