「人口300万人の小国なのに」ジャマイカが陸上競技でダントツに強い意外な理由
プレジデントオンライン / 2021年8月17日 10時15分
※本稿は、Dr.マンディープ・ライ『世界を知る101の言葉』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■老女性に席を譲らなかった若者への容赦なさ
ジャマイカについて考えると、リラックスして、のんびりして、のんき、という言葉が浮かぶでしょうか。たとえば、オリンピックで大活躍したウサイン・ボルト選手は、それを強く印象づけました。でも、広く知られているこのイメージは、この島の本当の国民性とは相容れません。
じつはジャマイカでは、「規律正しさ」こそが一般的な価値観であり、ライスや豆や雨季と同様に、生活の一部なのです。
私が思い出すのは、首都キングストンでバスに乗っていたときのことです。
年配の女性がバスに乗ってきましたが、空席がなく、座ったままの若い男性のほうに視線が集まり始めました。最初は振り返ったり、眉を釣り上げたり、というジェスチャー。それで望みの効果が出なかったので、誰かが青年に声をかけました。
「ねえ、君は立つべきじゃないか?」
青年はようやく立ち上がりましたが、その際に「はいはい、わかりましたよ」とつぶやきました。普通なら、これで話は終わると思うでしょう。でも、バスの中は落ち着かず、ある女性がさらに深追いをしました。
■乗客が全員で青年を“しつけ”ていた
「ねえ、ご両親から礼儀正しく振る舞うことを教えてもらわなかったの?」
そう叱りつけた上で、致命的な打撃を与えました。
「自分のおばあちゃんを、公共のバスでどんなふうに扱ってもらいたいか、考えてみたらどう?」
この時点で、バスの中で注目していない人は一人もいませんでした。まるで、バス全体が青年の家族の一員になったかのよう――みんなが両親、祖父母、おば、おじがするように、青年をしつけていたのです。
青年の強がりはすぐに消え去り、顔が赤らみました。
私は口の中が乾き、青年のことが心配になりました。私でさえ鮮明に記憶しているくらいですから、この一件は彼にどれほど大きな影響を残したことでしょう。
少年の祖母についての質問が出たことは、とりわけ印象的でした。というのも、ジャマイカ人の生活は家庭が――とりわけ、規律を守る文化の形成において――中心的な役割を果たしているからです。
■若者たちの厳格な「モーニングルーティン」
この国の大学時代の友人の家を訪ねた私は、構造化された厳格なルーチンを家族全員が守っていることに、気づかずにはいられませんでした。
子どもたちは月曜日の朝早く起きて、学校に行く前に割り当てられたすべての雑用を済ませます。
ベッドを整えた後、一人はテーブルのセッティングをし、もう一人は朝食の準備を手伝い、三人目は洗いものを手伝います。
そして、清楚な姿で学校に向かって出発します――アイロン済の制服を着て、女の子は髪にリボンをつけ、定められた丈のスカートをはいて。
教育はジャマイカで非常に重んじられていますが、子どもたちには、家族の仕事を手伝うことも期待されています。
たとえば農家なら動物の世話、商人なら商品の販売というように。夏には、子どもたちは祖父母の家で時間を過ごして、大きな果樹園のリンゴの木を整え、近所の果樹園で同じことをして、お返しにリンゴをいくつかもらい、売ってお小遣いにすることもあります。
ジャマイカでは幼い頃から、自分の役割を十分に果たし、責任を引き受けることを教えられます。
このことについて、私が泊まった家のお母さんは、当たり前のようにこう表現してくれました。
「子どもたちはお手伝いや用事をしなきゃいけないし、やることが思いつかなければ、自分から探しに行かなきゃならないのよ」
このような教育的アプローチが、陸上競技などの若者の育成にも役立っているのは間違いないところです。でなければ、人口300万人たらずで、日本の本州の半分ほどの広さしかない島国が、各界でレジェンドを輩出し続ける理由が説明できません。
■ボブ・マーリーはなぜ生涯ドレッドヘアだったのか
規律は家庭内だけに存在するものではありません。
1930年代のジャマイカで始まった宗教的思想運動「ラスタファリ」と、そのコンセプトである「Livity」(内なるエネルギーと生命力を高めるための自然な生き方)にも欠かせない要素です。
これには、肉、アルコール、加工食品を使わず、場合によっては完全にビーガンの「アイタルフード」や、髪を自然に伸ばし、ピアスやタトゥーを避けて、体を自然な姿に保つことなどが含まれます。
繰り返しますが、「のんびりした、自由奔放なラスタマン」のイメージは、厳しい規律とルールがある実態とは食い違っています。
ボブ・マーリーのようなラスタファリアンや、世界中で有名なレゲエ音楽を生み出した自由な精神の創造性を支えるのは、この規律なのです。
ジャマイカの規律文化は非常に強力で、社会全体にわたって実行されています。ある人は、こんなことを話してくれました。
「私は、この島のすべての子どもを自分の子どものように見守ります。自分の子のように話しかけ、しつけることが多くなるけれど、それは、わが子にも他の人からこの恩恵を受けてほしいからです」
ジャマイカは、正しく実行される規律の重要性について――特に規律が行動を形作るという意味で――多くのことを教えてくれます。大したことのない場合は、ルールを無視したり曲げたりが、しやすくなるものです。
でも、周囲の人々が違反を容認しなければ、行動もすぐに変わります。自主的に規制を始め、行動の仕方や他人の目をより意識するようになります。
何よりも、あらゆる行動が、どんなときも、自分自身だけではなく、育ててくれた家族をも物語る、ということを忘れなくなるでしょう。
■「お気楽さ」とは真逆の精神性をもつ国民
オリンピックをきっかけに、ジャマイカという国を知る人は多いでしょう。または、高級コーヒー豆で有名な「ブルーマウンテン山脈」のある国、としてかもしれません。
いずれにしても、「レゲエ音楽が流れるカリブ海の島国」というだけで、自由気ままなお国柄を想像してしまいがちです。けれど、ここまで見てきたように、ジャマイカという国はそれとは真逆の「規律正しさ」によって成り立っています。
かのボブ・マーリーの歌には、それが顕著に表れています。たとえば『ザイオン・トレイン』には、このような一節があります。
「世界を手に入れて、魂を失うな。叡智は金銀より尊い」
ジャマイカの国民は、その精神性において、他国を圧倒するだけの厳格さをもっています。だからこそ、カリブ海の隣国も圧倒して、オリンピックのような大舞台で活躍し続けることができるのです。
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放送ジャーナリスト
哲学、政治、経済学(PPE)を学び、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで修士号を取得、ロンドンビジネススクールでMBAを取得、ハーバードビジネススクールとMITで1年間学ぶ。「世界の価値観」の研究で博士号を取得。150か国以上を旅し、BBCワールドサービスやロイターなどで放送ジャーナリストとしてレポーターを務める。JPモルガンでプライベートバンキングを担当した後、国連、欧州委員会、草の根NGOの仕事を経て、起業家と協力してUAE初のメディアベンチャーキャピタル・ファンドを設立。多くの企業、新興企業、社会的企業の取締役を務める。
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(放送ジャーナリスト マンディープ・ライ)
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