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「逃げるは恥だが役に立つ」という言葉がハンガリーで生まれた理由を知って損はない

プレジデントオンライン / 2021年8月20日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MarinaLitvinova

「逃げるは恥だが役に立つ」は、もともとはハンガリーのことわざだ。なぜハンガリーでこの言葉が生まれたのか。放送ジャーナリストのDr.マンディープ・ライさんは「そこにはハンガリーの悲劇的な歴史が関係している」という――。

※本稿は、Dr.マンディープ・ライ『世界を知る101の言葉』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■地球上で最も競争の激しい地域の一つ

奇妙で面白いコンテストは世界中にありますが、ハンガリーの「墓穴掘り」の全国大会ほど変わったコンテストはないかもしれません。

墓の穴をどれだけ速く、どれだけ美しく掘れるかどうかで評価されるなんて、日常的にはありません(ちなみに優勝者は、30分を少し超えるタイムでした)。

このコンテストには、新たな人材の確保に苦労している業界を活気づけるという重大な目的がありますが、大きな意味では、ハンガリーの価値観の表れといえそうです。というのもハンガリーという国は、地球上で「最も競争の激しい地域」の一つだからです。

資金調達を競うデジタルスタートアップ(IT新興企業)から、伝統的な騎射(馬上から弓を射る競技)で競う騎手(世界選手権の開催地です)まで、ハンガリーは、「一番」を競う人や組織であふれています。この国の価値観をひと言で表すならば、間違いなく「競争力(Competitiveness)」になるでしょう。

■金メダル「獲得率」の高さは世界一

国民1人あたりのオリンピック金メダルの獲得数がこの国より多い国は世界でたった2カ国しかなく、夏季オリンピックの開催経験がない国としてはメダル数が最多の国だということが、その説明になるかもしれません。

特に、スポーツのなかでも「水球」は突出しています。オリンピックの金メダル獲得数(9個)、ならびにメダルの総獲得数(15個)ともに世界一です。また、競泳女子のホッスー・カティンカ選手は、2016年リオオリンピックにおいて3種目で金メダルを獲得し、世界中を驚かせました。

■世界中で歴史的な業績を残すハンガリー人たち

生来の競争力のゆえに、ハンガリー人は世界に飛び出して、スポーツにとどまらず科学や技術、医学の分野で成功しています。移民として様々な分野で偉業を成し遂げたハンガリー人には、名前だけで功績がわかる人もいます。

たとえば、ボールペンを発明し、その商標(biro)が一部の国でボールペン一般を指す名詞となっているビーロー・ラースロー。

ピューリッツァー賞を創設したジョーゼフ・ピューリッツァー。

ルービック・キューブを考案した建築学者のルビク・エルネー。

現代のコンピューター科学に貢献した人物としては、初期のコンピューター開発に寄与したジョン・フォン・ノイマンから、マイクロソフト社のWordとExcelのソフトの開発を率いたチャールズ・シモニーまで多数。

医療の分野では、ビタミンCを発見したセント=ジェルジ・アルベルトなど。

1930年代から40年代にかけて、あまりにも多くのハンガリー系の移民が科学者として名を上げたため、ひとまとめに「火星人」というニックネームを獲得しました。

名づけたのは、その一員で核物理学の先駆者であるレオ・シラードで、「地球外生命体」についての質問に、気の利いた答えを返しました。

「彼らは私たちの中にまぎれています。自分のことをハンガリー人と呼んでいますよ」

■“逃げ恥”のことわざが持つ本当の意味

じつは日本人にとって、もっとハンガリーを身近に感じられることがあります。

“逃げるは恥だが役に立つ”という言葉です。

もともとはハンガリーのことわざで、「勝負すべきところでないところを逃げたり、退いたりするのは恥のようだが長い目で見れば得策」ということを伝えています。日本の漫画のタイトルになり、星野源さん、新垣結衣さんのドラマが大ヒットしたことで有名になりました。

“逃げるは恥だが役に立つ”からもわかるように、勝負ごとに関するこだわりが非常に強い国民性であると言えます。そして、脈々と受け継がれてきた彼らの特徴を説明するのに欠かせないのが、現代のハンガリー社会の根底にある強力な「不公平感」を理解することです。

競う人たち
写真=iStock.com/kentoh
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kentoh

■国家を“解体”された嘆きは今も続いている

根底にあるのは、1920年のトリアノン条約です。

この条約は、1世紀を経てもなお最も影響を与え続けています。

第一次世界大戦を終結させる協定の一つであるトリアノン条約は、当時のハンガリー王国を事実上解体しました。国土の3分の2以上が6つの異なる国に割譲され、同時に人口の半分以上を失ったのです。

現在のハンガリーの人口は980万人、国土面積は日本の約4分の1です。けれど、かつてはもっと大きな国だったわけです。割譲された国には、現在のスロヴァキアやクロアチアが含まれています。

トリアノン条約の余波は、しばしば「トリアノン症候群」と呼ばれ、重くのしかかっています。極右のオルバーン政権が条約の調印日を国の記念日に変えたことも、大きな出来事でした。嘆きがちな傾向は、ハンガリーの文化と国民的アイデンティティに新しいものではありません。

マジャール人(ハンガリー人)の詩人ペテーフィ・シャーンドルはこう書いています。

「私たちは、地球上のすべての人々の中で最も見捨てられている」

■「競い合わせる教育」が高い労働スキルを育てる

Dr.マンディープ・ライ『世界を知る101の言葉』(飛鳥新社)
Dr.マンディープ・ライ『世界を知る101の言葉』(飛鳥新社)

13世紀のモンゴルの侵略者からソビエト連邦までの歴史を通じて、ハンガリーが周囲の大国に翻弄されてきたという感覚が、「競争の精神」を形作ってきたという見方もできます。

ハンガリーが国としてのまとまりに苦労するなか、国民は、自分の選んだ分野で卓越し、科学からスポーツまで、様々な分野で世界をリードする活躍を見せてきたのです。

この国の子育てでは、親は幼い頃から子どもを、ごく小さなことで競い合わせています。そして大人になると、ビジネスの世界でもそうです。頭脳流出と人材の不足を理由に、競争が生活の一部となります。ハンガリー企業の半数以上が「空きを埋めるのが難しい」と報告していますが、これはつまり、スキルの高い労働者の競争が激しいということです。

ハンガリーはヨーロッパのなかで、最も大きくも豊かでもなく、影響力の大きな国でもありませんが、歴史的に科学、技術、スポーツの大国であることを誇りに思っています。人口と資本の不足を、競争によって補っているのです。

私たちは、競争力が持つパワーを十分に理解するべきです。チャンスを得る人とそうでない人の違いを生むのは、結局のところ何でしょうか?

才能かもしれませんし、運かもしれません。

でも多くの場合は、持って生まれた競争力が、その人を勤勉な労働者へと育てあげ、チャンスを引き寄せてくれるのです。

欲しいもののために戦うことを学びましょう。人生で確実なのは、一番でゴールすれば勝てるということなのですから。

■スポーツ庁長官・室伏広治と因縁のアスリートも

現在、日本のスポーツ庁長官は、陸上競技ハンマー投げ選手だった室伏広治さんです。

彼が金メダルを獲得した2004年アテネオリンピックで、最後まで記録を競ったアドリアン・アヌシュ選手を覚えている日本人も多いでしょう。あのアヌシュ選手もハンガリー代表です。

ドーピング疑惑などもあり後味の悪さも残りましたが、それでもハンガリーの人々は「競争する」ことに関して地球上のどの国よりも必死なのです。

また、ハンガリーには日本と同じく温泉がたくさんあり、首都ブダペストは「温泉都市」ともいわれています。近現代のさまざまなシーンで、日本とクロスすることがあるこの国を、いつか訪れてみるのもよいのではないでしょうか。

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マンディープ・ライ(まんでぃーぶ・らい)
放送ジャーナリスト
哲学、政治、経済学(PPE)を学び、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで修士号を取得、ロンドンビジネススクールでMBAを取得、ハーバードビジネススクールとMITで1年間学ぶ。「世界の価値観」の研究で博士号を取得。150か国以上を旅し、BBCワールドサービスやロイターなどで放送ジャーナリストとしてレポーターを務める。JPモルガンでプライベートバンキングを担当した後、国連、欧州委員会、草の根NGOの仕事を経て、起業家と協力してUAE初のメディアベンチャーキャピタル・ファンドを設立。多くの企業、新興企業、社会的企業の取締役を務める。

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(放送ジャーナリスト マンディープ・ライ)

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