「飲食業なのに1日8時間で週休2日」ぎょうざの満洲がホワイト勤務に変われたワケ
プレジデントオンライン / 2021年8月23日 10時15分
※本稿は、辰井裕紀『強くてうまい!ローカル飲食チェーン』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■埼玉の駅前にいる“守り神”
埼玉県民には守り神がいる。ロードサイドを守るのが「山田うどん」ならば、駅前の守護神が「ぎょうざの満洲」だ。
埼玉県内の駅近くなら、いたるところに存在する中華料理チェーン。最近では東京の西部にも進出している。
家賃の上限は1坪2万円。既存店の売上高が前年を下回ったら、翌年は出店を抑える。そんな堅実な経営をモットーとして、直営100店舗にまで勢力を伸ばしてきた。
東日本大震災後はリスク分散の観点から関西にも進出し始めているものの、いまだ埼玉を中心としたローカルチェーンの性格が強く、「3割うまい‼︎」などと、謎のキャッチフレーズをつぶやくポップなキャラクターが出迎えてくれる。
全面ガラス張りで飾り気がなく、誰を拒むこともない店構え。店内の雰囲気も、たとえジャージ姿でも浮かない包容力を醸し出す。オトコ臭さは薄く、女性ひとりでも気兼ねなく入れる。だから女性客をよく目にするし、男女の来店数が半々くらいの店舗もある。
うれしいのが、忙しそうな店員さんを呼ばずとも、全席タッチパネルで注文できる手軽さだ。全席に水のピッチャーも置いてあるので、「水ください〜!」と声を張らなくてもいい。
調理場は丸見えなので、店側はおのずとクリーンな状態をキープするし、接客係がどこにいてもお客さんが見えるように、店内の要所に鏡がある。
■餃子、チャーハン、ラーメンのビッグスリー
「ぎょうざの満洲」の屋号通り、看板メニューはなんといっても焼餃子(6個250円)だ。
まず箸で持ったときにズッシリ重量感がある。皮が厚めでピチピチ、なめらかな舌触り。噛むたびに気持ちいいし、中のうま味が染み出す。
あっさり、すんなり食べられるのが満洲ラーメン(470円)だ。サラッとした味付けながら風味あるスープで、加水率が約50%と高いつるつるの麺。たっぷりのメンマは味が濃く、アクセントとしていぶし銀の働き。川の流れのように食べやすい一杯だ。この満洲ラーメンと焼餃子6個のセットが「700円」と手ごろである。
チャーハンは、スープと漬物付きで500円。このチャーハン、じつは玄米と白米が5:5で入っている。
ぎょうざの満洲で扱う「金芽ロウカット玄米」は、表面の硬いロウ層を均等に取り除き、玄米の栄養分と、白米に近い食感を最大公約数的に両立する。
さらに、玄米の質感を活かせる「チャーハン」にすることで、白米と玄米のつなぎめがわからないほど一体に溶け込む。白米よりカロリーが30%抑えられ、社長いわく「白米より玄米は味が濃いので、塩分が抑えられる」という。
■ハーフサイズメニューは100円以下
このぎょうざの満洲、何かと大衆客をわかっているアイテムが多い。
たとえばメンマ・ザーサイ・キムチ・冷奴の4つをおつまみメニューとして160円で出しているが、さらにハーフサイズを90円で提供しており、「ちょっとつまみたいニーズ」をがっちりキャッチする。餃子の王将のジャストサイズメニューですら300円台が多いから、つまみを100円を切る価格で買えるのは大きい。
「冷奴にキムチをのせる」など、ハーフサイズメニューをアレンジして楽しむ客もおり、庶民のささやかな幸せを具現化する。
筆者は中華料理チェーンで「餃子+ごはん」を注文し、勝手激安セットとして食べることも多いのだが、ぎょうざの満洲では、公式にその組み合わせが存在して大っぴらに頼める。しかもスープとザーサイ付きで450円と、ささやかにおなかを満たせるのだ。
それらをのせたお皿たちには、「3割うまい‼」の謎のキャッチフレーズを発するマスコット、ランちゃんがいる。
この女の子のモデルこそ、ぎょうざの満洲の現社長・池野谷ひろみ氏だ。父譲りのシステム化推進で、満洲の業績をさらに浮揚させた立役者である。ランちゃんスマイルの池野谷社長にまず、人気メニューを聞こう。
「1番人気はダントツで焼餃子。2番人気がチャーハン。3番が満洲ラーメンですね」
■売り上げの3割が「餃子テイクアウト」
「うちは売り上げの3割が、生餃子のテイクアウトなんです」
そのテイクアウトでとくに売れるのが、業務用の「冷凍生ぎょうざ60個入」。もともとは出前を中心に営業していたが、創業者が「お店に来ていただける店づくりをしたい」と出前をやめて、じつに50年ほど前から生餃子のテイクアウトを始めた。
いまやテイクアウト全体で売り上げの4割を占める。店頭レジ横の冷蔵庫の面積は店内の数十分の一に過ぎないが、満洲の屋台骨なのだ。実際、店内には大袋に入った「業務用餃子」を買い求める人がよく訪れていた。
餃子の売れ行きに一役買うのが、テーブルのタッチパネルだ。
「餃子のおいしい調理法」が表示されるので、スマホのカメラで撮ればレシピになる。餃子の特売日情報も流れるから、帰るときには、ついおみやげの餃子を「買っていこうかな」となるわけだ。
待ち時間での購入も働きかけて、二重三重ものアピールで「餃子買っちゃうか」を引き出す。
■「餃子を包むのがヘタ」だから合理化できた
餃子は脂身を割減らして、その分赤身を3割増量した豚肉のひき肉を使い、「カロリーを減らしつつ飽きない味に仕上げた」と語る。
そしてこの餃子、機械では掟破りの「加水率約50%」をいち早く実現した。
加水率とは小麦粉を練るときの水の比率で、水分の多い皮はくっつきやすいため、機械では作りづらい。たとえば機械ではかつて43%が限界で、市販の皮はいまも多くが35%程度だ。
そこで小麦粉の練り方、ロールのかけ方、皮と皮がくっつかないようにする粉の散布の仕方など、メーカーに何十回も注文をつけながら膨大なテストと機械の改良を行なった。その結果、加水率約50%で「耳たぶくらいのやわらかさ」のもちもちな皮にできた。
この餃子は、ぎょうざの満洲にとって合理化の象徴でもある。
黎明期の1960年代、当時の社長であった金子梅吉会長の「餃子を包むのがヘタだった」というシンプルな理由から、まだ珍しい、自動で餃子が包める機械をいち早く導入した。ラクに手間なくたくさん早く餃子が作れて、かつほかよりずっと安かったことから、店は大繁盛したのだ。
■「全店長が難色」の玄米50%チャーハンがヒット
2番人気のチャーハン。耳を疑うのは、玄米を入れてからいっそう人気になった事実だ。
「私が推した玄米の導入は、100人近くいる店長たちのほぼ全員が難色を示しました。でも、テストで1軒に導入したところ好評。1年半ほどで全店が玄米を取り扱うようになったんです」
玄米が入ることで“パラパラ”にしやすく、玄米特有の香ばしさがチャーハンではプラスになった。
ちなみに定食などに付く茶碗入りのごはんは白米と玄米が選べ、およそ4割が玄米を選ぶ。ときに女性以上にカロリーを気にする、40代の男性にウケた。名物メニューの「ダブル餃子定食(650円)」を「玄米大盛り」で注文する人も多い。
■なぜ埼玉近辺に店舗があるのか
そして3番人気のラーメン。
そもそも、中華料理店はラーメンスープのために勤務時間が延びがちだ。
スープを作るには時間も必要だし、朝7時から仕込んでも、一番おいしく仕上がるのは15時ごろ。最もお客さんが来ない時間帯にスープが一番いい状態になる。しかもその日のスープは、その日に使い切らねばならない。
そんな矛盾を抱える作業にピリオドを打つべく、約30年前にスープ工場を作る。酸化せずに日持ちして、かんたんに沸かしたての味を楽しめるスープが完成した。一つの袋が2キロ(約5杯分)で廃棄ロスは少なく、「スープが切れたので閉店」もない。
スープを沸かすために、朝早くから来る必要もなくなった。開店時間が11時だから、社員は10時30分に来れば間に合う。閉店後は30分以内に帰るように決められているので、社員の拘束時間はおよそ10時半〜21時半におさまる。
ラーメン以外の料理のベースにもなるスープの製造改革が、社員の働き方改革にも寄与した。
工場の大釜で製造したスープは、素材の味をそのまま活かしやすいストレートの生スープ100%。袋詰めされ冷蔵状態で全店に配送される。
製品の鮮度を重視するため、関東の店舗は埼玉の工場から自社トラックで時間90分以内に配達できる場所にある。だから店舗は埼玉近辺になるのだ。
■社長が毎日ラーメンと餃子を試食する理由
2019年の川越本社工場完成時には、新たに圧力釜を採用。スープを加熱する時間が約3分の1に短縮され、スープに濃厚さが増したうえに2倍の量が取れて、コストを削減できた。味のブレも消えて、ラーメンの注文はさらに増えている。
ちなみにラーメンの生麺も、餃子と同様に手作りと同じ加水率約50%を実現し、加水率30〜43%の店が多い競合店に差をつけた。
それらは池野谷社長自身が最終チェックする。お店で提供するものと同じ餃子やラーメンのハーフサイズを毎日試食し、気になったところは即改善する。
たとえば季節ごとに野菜の水分量が変わるから、対応して調理しなければ水分や塩分の量がブレる。その兆しを自らキャッチし、現場に指示するのだ。
■「本社社員は約20人だけ」親子2代でシステム化
お店をバックアップする本社の社員は数年前まで13人しかおらず、いまでも川越本社の社員はわずか約20人。徹底した自動化で、管理部門・営業部門・品質管理部門を少人数で行なう。
従業員の出勤時にもタイムカードの代わりに静脈認証を導入し、紙の給与明細も廃止してスマホでチェックできる。
多店舗展開が成功した秘訣もシステム化だ。
店舗が8軒程度の規模のときに、POSレジをいち早く採り入れる。自動発注も1995年ごろから導入し、商品の廃棄ロス率を約8%から0.3%未満まで減らした。
このような徹底した効率化が、創業者の金子梅吉氏、娘の池野谷社長の親子2代にわたる経営において貫徹されてきた。
池野谷社長は1986年に入社し、食品商社勤務の経験を生かして、当時手書きだった帳簿作成をやめ、PCでの在庫管理・経営管理システムを構築する。さらにレシピの材料をグラム単位でマニュアル化し、経営のシステム化を推進。当時社長の父・金子氏にもPCスキルを伝授した。金子氏は、娘をこう評す。
「商売の細かいところにまできちんと目配りできるし、会社を引き継いで、私と同じ視点でやってくれるのはやっぱり娘だなって。仕事をするのに性別は関係ありません」
ぎょうざの満洲では多くの効率化により、飲食産業には珍しい社員の1日8時間勤務と、週休2日を実現した。従業員の健康な生活があってはじめて、いいサービスをお客さんに届けられるからだ。
■コロナ禍の営業時間短縮の影響は最小限
コロナ禍における緊急事態宣言により、午後8時までの営業時間短縮を余儀なくされたが、ぎょうざの満洲の影響は比較的小さい。もともと閉店時間が21時〜21時30分だったからだ。
アルコールを提供する店にしては早仕舞いだが、「飲み屋ではなく料理屋だから、健康的な時間帯に夕ごはんを食べ終わってほしい」との思いがある。
おまけに2017年からは毎週日曜を「プレミアムサンデー」とし、閉店時間を一律21時にした。だから深酒する人は目立たず、食事客が騒々しい雰囲気に悩まされるケースも少ない。
■余剰人員を活かしてテイクアウトを活性化
なおコロナ禍ではテイクアウトの餃子に人気が集中した。
とくに2020年4〜5月は、週に2回行なっていた特売日を毎日実施した効果もあり、製造数は対前年比140%と、過去最高を更新。
当時は小さい子どもを抱えるパート社員が休みを取り人手不足に陥ったが、コロナ禍で手の空いた部署の応援により、さらなる大量生産を実現した。おかげでコロナ禍は、ついにテイクアウトの売り上げが半分を超えた。
さらには、もともと川越的場店で予定していたモバイルオーダーでのテスト販売が、ちょうどコロナウイルス感染拡大と時期的に重なる。タッチパネルを触らなくても自分のスマホで注文できるとあり、利用率は約6割に達した。モバイルオーダーはほかの店舗にも広がり、長引くコロナ禍を戦う武器の一つになっている。
ちなみに川越的場店はよくテスト販売や試験的サービスを行なう店舗だ。足繁く通えば、未来のヒット商品や幻の店内サービスに出合えるかもしれない。
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ライター、番組リサーチャー
1981年、千葉県生まれ。元放送作家。過去に『秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系)のリサーチを7年務める。現在は『卓球ジャパン!』(BSテレ東)を担当。2016年からライター業を始め、「ジモコロ」「メシ通」「デイリーポータルZ」「ねとらぼ」「マイネ王」「みんなのごはん」「文春オンライン」「SPA!」「SUUMOジャーナル」など、主にネット媒体で執筆。外食やローカル、卓球、調べ物系のネタを中心に活動中。
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(ライター、番組リサーチャー 辰井 裕紀)
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