池上彰「コロナ禍をどう生きるべきかは、すべて歴史書を読めばわかる」
プレジデントオンライン / 2021年8月16日 9時15分
※本稿は、池上彰『知らないと恥をかく世界の大問題12』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■学生運動で授業が無くなったからこそ今の自分がある
新型コロナウイルス感染症の影響で、企業が新卒採用を手控えています。第2の就職氷河期到来かなどと報道され、不安になっている若者も多いでしょう。でも、いまできることをやるしかありません。
「学生のときにしておいたほうがいいことは何ですか?」とよく聞かれます。これに対し「たくさん本を読むことです」と答えます。
私も学生時代かなり本を読みましたが、いま考えるともっともっと読んでおけばよかったと後悔しています。
私が大学へ進学した1969年という年は学生運動が激しくなり、東京大学と東京教育大学(現在の筑波大学)の入試が中止になってしまう(東京教育大学は体育学部を除く)という、受験生にとっては大事件があった年です。学生たちの抵抗運動を抑えつけようとして、当時の政府は「大学管理法案」を通そうとしました。大学をもっと厳しく管理できるような法律です。それに対して多くの大学生たちが反発し、次々に全国の大学がストライキに入っていきました。
いろいろなことを学びたいと大学に入ったのに、ストライキが続いてキャンパスに入れず授業もない。自分で本を読んで勉強するしかありません。辛かったけれど、自分で課題を見つけて自分で学んでいくという力がついたと思います。その後もずっと勉強を続けていますが、あの頃の体験があるからこそ社会人になってからも独学でいろいろなことを学び、結果的にいまの自分があると思うのです。
■独りの時間を持つことで成長できる
1960年代、京都大学に奥田東という名物総長がいました。入学式の祝辞で新入生を前に「京都大は諸君に何も教えません」と挨拶したといいます。新入生たちは度胆を抜かれたでしょう。これはどういうことかというと、大学の役割というのは手取り足取り君たちに教える場ではない。大学生は学生であり、生徒ではない。受け身ではなく自ら学んでください。それを大学はお手伝いしますというわけです。
コロナ禍でステイホームを強いられ、物理的には人と人とが切り離されてしまいました。でも現代はSNSでつながっている。人類の長い歴史の中でこんなに多くの人が常に誰かとつながり続けているというのは実は極めて異常なことです。人間は社会的な存在です。人と人とのつながりによって生きがいを感じます。それは当たり前ですが、四六時中誰かとつながり続けているのはむしろ異常な状態だと思った方がいいと思います。
時に孤独な時間も必要です。独りになって思索を深める時間を持つ。少しは1人で沈思黙考する。それが人間的にも学問的にも成長させてくれるのではないでしょうか。次の飛躍のために“孤独を糧”にしてほしいと思うのです。
■SF小説の中に文化大革命を隠した中国人作家の『三体』
いまでも読書が大好きです。2020年に読んで印象に残っている本は、バラク・オバマ元大統領も絶賛したという、中国人作家の劉慈欣が書いた『三体』でした。文化大革命で父親を殺された女性の天文物理学者を軸に話が展開するSF小説です。小説の冒頭で、文化大革命で暴れまわった紅衛兵たちによる殺し合いのシーンが出て来ます。いわゆる内ゲバです。1970年代に日本でも過激な学生運動のセクトが内ゲバを始め、多数の死傷者が出たのですが、同じようことが中国でも起きていたのです。
私は大学の講義で中国現代史を教えるときには、「中国の文化大革命というのがどういうものだったかは『三体』の冒頭を読めばわかる、あの通りのことが起きたのだ」と話しています。
「いまの中国でこんな小説が出版できるのか」と驚きを持って読んだのですが、巻末の訳者あとがきを読んで納得しました。中国語版では文化大革命の話は中のほうにこっそり入っているそうです。さすがに冒頭で紅衛兵同士の殺し合いの話は無理だったのでしょう。それでも、中国の指導者たちがSFを読まないので、こういう小説が出版されているのですね。
■事実と取材を徹底した半藤一利の本はよくできた推理小説のようだ
歴史を学ぶというのは過去についてあったことを知るだけでなく、未来について考える力を身につけることです。
![辞書シリーズ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/e/670/img_9e94af84b2293431523a188c0c061a85677312.jpg)
作家の半藤一利さんが2021年1月、90歳で亡くなられました。もっともっと、たくさんのことを教えていただきたかったのにと思います。
半藤さんと初めてお会いしたのは、2008年8月15日にテレビ東京で放送された『何故あの戦争は始まったのか』の収録でした。
その後も、テレビ東京で戦争特番をつくるときに半藤さんに監修をしていただくこともありました。とくに印象に残っているのは、2018年8月放送の『「日本のいちばん長い日」が始まった』です。半藤さんが編集者時代の代表作『日本のいちばん長い日』がベースになっています。1945(昭和20)年8月15日、ポツダム宣言の受諾が国民に知らされた日。あの日のことを半藤さんは資料を読むだけではなく、政府や宮中などの、当事者80人に取材されたそうです。そうして軍のクーデター計画を中心に、緊迫の24時間を明らかにした作品です。
この作品からわかるように、半藤さんは昭和天皇を敬愛されていたのでしょう。また、青年将校たちが、どういう思いでクーデターをして終戦の決定をひっくり返そうとしたのかがよくわかります。
半藤さんはご自身のことを「歴史探偵」とおっしゃっていました。これはつまり、自分は歴史学者ではない、でも資料を読んでいると文献と文献の間には必ず齟齬がある。そこは実際に人に会って話を聞くなり一つひとつ徹底的に追求して、あとは推理を加える。自分は埋もれた真実を掘り起こす「歴史探偵」なのだということです。なるほど、半藤さんの本を読んでいると、よくできた推理小説のようなのです。
■歴史の中にこそ現代を生きるヒントがある
私は東京工業大学での講義とは別に在学生、卒業生たちと月に1度、読書会をしています。この中で半藤さんの『世界史のなかの昭和史』を取り上げたことがあります。なぜこの本を取り上げたのか。これまで高校では日本史と世界史は全く別々に教えてきました。これではいけないということになって、2022年度から世界史・日本史の枠にとらわれず近現代を学ぶ「歴史総合」という新科目が導入されます。そこで、世界史と日本史・昭和史をバラバラに学ぶのではなく、歴史を横断的に見てほしいと思ったからです。
このことを知った出版社の提案で、半藤さんを交えての読書会が実現しました。半藤さんがよくおっしゃっていたのは、「歴史は人間がやっていることなのだからまた同じことをやるに違いない。歴史を学ぶということは、人間がいざというときにどんな判断をするか、どういうところで誤るか。それを知ること」だというのです。
私たちはこれからどう生きていけばいいのか、どう行動すべきか問いかけられています。歴史の教訓を未来に生かさなければなりません。歴史の中にこそ、現代を生きるヒントがあるのです。
■「コロナ禍をきっかけにIT化」するためには何が必要か
東京工業大学では、「未来年表」を発表しています。「人々が望む未来社会とは何か?」
![池上彰『知らないと恥をかく世界の大問題12』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/a/200/img_2a7e3b9d027b61bc1ee7ada434fa55b8379496.jpg)
大岡山キャンパスの百年記念館1階に、自分たちが描いた「ありたい未来の社会像」が年代順に並んでいます。2040年のところに「ほとんどの仕事はオンライン化され、旅をしながら働くことができるようになる」「おうち完結生活」というシナリオが書かれています。2020年に、2040年の社会が一足先にやってきたのです。
「いずれリモート勤務が実現します」と言われてきましたが、多くの人が、それは5年、10年先かな、などと思っていたのではないでしょうか。ところが緊急事態宣言が出て、在宅勤務が強いられた結果、満員電車に揺られる必要もない、仕事が自宅でできるという近未来が出現したのです。
今回のコロナの感染拡大で社会のIT化が大きく進んでいくでしょう。それによって私たちはまた新たな文化を築いていくことができます。
いま求められているのは「感染症」と「分断」という2つの危機をどう乗り越えるのかということです。
さて、2050年の未来の教科書に、現在はどう書かれるのでしょうか。
「それまでデジタル化が遅れていた日本は、2020年のコロナ禍をきっかけに急激にデジタル化が進み、世界トップレベルのIT化社会が実現し、その後の日本経済の発展に大きく寄与した」
そう書かれるようになるためには何をすればいいのか。それを私たち自身が考えなければならないのだと思います。
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ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』など著書多数。
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(ジャーナリスト 池上 彰)
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