「なぜ東京五輪は最悪の結果に終わったのか」日本人を蝕む"3だけ症候群"という大問題
プレジデントオンライン / 2021年8月11日 17時15分
■感染爆発と巨額の開催費用負担が残った
問題ばかりの東京オリンピックが終わりました。
前回(「酒を出す店は潰す」次々とヤバイ方針を打ち出す政府に失望した人に伝えたい事)このコラムで書かせていただきましたが、私は今回のオリンピックに関しては、新橋でアイリッシュパブを営む大学同期の親友K氏が新型コロナで亡くなり、彼が「都はアスリートの流す汗は高貴で我々飲食業者の流す汗は不潔とでもいうのか」という遺言のようなメッセージを生前つぶやいていたことから、開会式だけはネタ探しのために観ましたが、あとの競技については基本生中継の観戦はせず、ニュース速報や新聞で接するといういわゆる「喪に服す」形で接していました。
基本的に落語家になるような人間ですから、「感動」しやすい体質で、前回までのオリンピックはかなり熱狂したものでした。またプライベートでも、アテネ五輪自転車競技銀メダリストの長塚智広さんや北京五輪男子4×100mリレー銀メダリストの塚原直貴さんらとも個人的にも仲良くさせていただいていますので、アスリートに対して心底リスペクトもしています。
だからこそ今回は、最初の誘致段階から首脳部の裏の部分が目立ち、参加した選手や陰で支えるボランティアスタッフらの志の高さと尊さに泥を塗った形に見えてしまいました。いや、というよりは、「主催者側のダメな部分を、選手とスタッフの高貴さでごまかそうとしているような感じ」にしか見受けられなかったのです。
K氏が生きていたらきっと嘆いていただろうなという印象しか持てない大会でした。
新型コロナは誰の責任でもない天災です。不可抗力です。
が、取り消しはしましたが「自粛要請を遵守しない飲食店には金融機関に働きかけをする」などの西村大臣の発言、「頼みの綱のはずなのに供給が遅れているワクチン整備体制」などその後の政治の迷走ぶりというか後手後手感は明らかに人災そのものです。
こう思っているのは私だけではないはずです。自国開催で、金メダルラッシュなのにまったくと言っていいほど支持率が上がっていないのが何よりの証拠でしょう。
オリンピック終了後には、現実問題として喫緊の感染爆発真っ最中の新型コロナ禍が待ち構えています。そして長期的には、当初は既存の施設を使っての「コンパクト五輪」とまでうたわれていたものの、その実経費がかさみ数千億から兆単位もの負担を背負わねばなりません。
どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?
■コロナより深刻な日本人に蔓延する感染症
ここで「実は日本人はコロナ以上に怖い感染症に罹患していたのでは?」と一つの仮説を述べてみたいと思います。
それはどんな感染症かと言うと、「いまだけ、カネだけ、自分だけ」という宿痾(しゅくあ)ではないか、と。
![敷き詰められ、積み上げられた一万円札](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/670/img_a5d8aec9ae98ad08b67e58b0766c9587421968.jpg)
これらが顕著になった結果が積み重なったのが、このコロナ禍に開催されたオリンピックで、つまり、オリンピックはそのいびつな積み重ねが露見したキッカケなのではと。
「今だけよければいい」という考え方は人々にとても短期的な行動を促します。「自分さえよければいい」という捉え方が「他人のことを想像する」感受性を奪います。「カネさえ儲ければいい」という価値観は、公害を招き環境を破壊します。
実際、温暖化のあおりを食らったのが今大会におけるマラソンでしょう。当初東京で開催を予定していた時なぞは「沿道の店舗の入り口を開けっぱなしにしてクーラーの冷気を当てる」などという奇天烈なアイデアまで散見しました。「もう夏季オリンピックでのマラソン開催は不可能だ」という主張にもうなずけます。競歩と共に札幌に試合会場を移したのに、何人もの選手がリタイアしたのがその証拠かもしれません。
いま問題になって浮かび上がっていることすべてに通底するのが「いまだけ、カネだけ、自分だけ」ではないでしょうか。
分断や不寛容、ネットでのいじめや一斉攻撃、そして30年以上も続く景気低迷などの諸悪の根源は「いまだけ、カネだけ、自分だけ」だったのです。
いや、むしろ、昭和の高度経済成長期には、「いまだけ、カネだけ、自分だけ」に基軸を置く生活様式は、欧米から輸入する形で定着した「個人主義」とも親和性があり、個々人の経済面での享楽という最大多数の最大幸福を可能にするいわば「優秀な装置」として機能していました。それぞれが自分のことだけきちんとやってさえいれば、自動的に安定的な収入を約束してくれたはずのこの「推奨された行動様式」が、いまや逆に人々を分断させ、過酷な環境に追いやってしまっているのではないでしょうか?
■情けが回りまわって日本を、世界を救う
では、このコロナ禍が続くオリンピック後の日本人は、このような「精神的感染症」に対して、一体どうすればいいのでしょうか?
「押してもダメなら引いてみよ」です。
「今だけ、カネだけ、自分だけ」の真逆をひとまずやってみましょう。つまり「長期的に、お金もうけのことはひとまず置いて、他人様とのつながりを重んじる」という生き方です。
ここで、「佃祭」という落語をご紹介します。
あらすじは――佃の祭りを見に来ていた次郎兵衛さんという小間物屋の旦那が最終便に乗ろうとしていたところを若いおかみさんに止められる。聞けば、そのおかみさんが5年前に吾妻橋から身を投げようとしていたところを、5両の金をめぐんで救ってくれたのが次郎兵衛さんだったのだという。当初すっかり忘れていた次郎兵衛さんだったが、だんだん思い出してくる。おかみさんは「亭主は船頭ですから向こう岸までお送りします」といい自宅へ次郎兵衛さんを案内する。そしてその後、亭主が帰宅したのだが、亭主の口から出たのが「先ほどの最終便は転覆してしまって、誰も助からなかった」という驚愕の事実だった――。
落語にしては珍しいサスペンスっぽい展開ですが、この後は「次郎兵衛さんが死んでしまった」と早とちりする長屋の連中が葬式の準備をしたり、悔やみの席に惚気たりするバカバカしい落語らしい展開へとなってゆきます。
つまり、この落語は「情けは人の為ならず 巡り巡りて己が身のため」という、「人に情けをかけることは結果自分の利益になるんだよ」という「迂回生産的なメリット」のことを笑いと共に描いているのであります。時節柄もピッタリのこの落語の世界観にぜひ触れてみてください。
■暑さも落語に学べば乗り切れる
最後に、厳しい暑さが続きますが、それを乗り越える知恵として、もうひとつ江戸の小噺を紹介したいと思います。
「おい、権助、呆れたよ。なんだいまのお前の挨拶は?」
「いや、隣の旦那様だ。おはようございますなんてえからな、ちっとも早くねえって言ったんだ」
「バカかお前は。まだ何か言っていたな」
「ああ、それから、お寒うございますなんてえからな、おらのせいじゃねえって言ったよ」
「なんてえ奴だ。おはようございますと言われたらおはようございます、と返すんだ。お寒うございますといわれたら『お寒うございますな、この分なら山は雪でございましょう』。言われた方は悪い気持ちはしない。『たまには遊びに来なさい』と言われてお茶の一杯、羊羹の一切れもごちそうになれるだろう」
「はあ、じゃあ何かね、おはようございます、山は雪だんべちゅうと羊羹が食えるかね」
「そういうわけじゃないが愛嬌がなくっちゃいけないよ」
小言を言われた翌日。
「権助さん、おはよう」
「ああ、おはようございます」
「お、返事するね、珍しいな。お寒うございますな」
「お寒うございますな。この分は山は雪だんべ」
「世辞がいいね。こっちでお茶でも飲むかい?」
評判がいいと当人も悪い気持ちはしないもんで、毎朝雪だんべ雪だんべやっていますが、そうそう寒い日ばかりは続かない。たまには暖かい日があるもんで。
「権助さん、おはよう。今日はなんだね、いつになくあったかいね」
「あったかいですな、この分じゃ山は火事だんべ」
![立川 談慶『花は咲けども 噺せども 神様がくれた高座』(PHP文芸文庫)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/3/200/img_8373116390730c8539dd307f29636e69351211.jpg)
ま、くだらない江戸小噺ですが、エアコンがない時代に、「暑いね」というと「暑いですね」と言いあって暑さを紛らわせたり、「寒いね」というと「寒いですね」と返すことで、心を温めたりしていたと想像します。つまり、コミュニケーションこそが、心のクーラーやヒーターだったのです。
当時の江戸っ子ったちは、いまの東京以上に密集していたはずの狭いエリアで、さらには身分制度もあり、いまの東京以上にストレスフルな日々を送っていたはずですが、苦労を分かちあったり、笑い話にかえることで、それを和らげていたのでしょう。日本人はこれから、オリンピックの後処理という難しい課題に取り組むことになりますが、それを乗り切りヒントもここらへんにありそうだなと思うわけです。
環境負荷の少ないこのエアコンを使って、「佃祭」でもYouTubeで聞きながら、暑くて厳しい夏を乗り切ろうじゃありませんか。
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立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)
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