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漢字を覚える必要性がわからない…医療少年院で見た「どうしても頑張れない人たち」の実態

プレジデントオンライン / 2021年8月23日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Peerayot

仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは『どうしても頑張れない人たち』(新潮新書)――。

■『ケーキの切れない非行少年たち』の続編となる本書

私たちの社会では、とかく「頑張ること」が評価されるのではないか。「頑張れば報われる」と叱咤激励され、自分でもそう信じて仕事や勉学に励む人は少なくない。

しかし、「頑張ろうと思っても頑張れない」「頑張ろうと思えない」人たちも、一定数いる。彼らはどうすれば頑張れるようになるのだろうか。

大ベストセラー『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)の著者による、同書の続編でもある本書では、著者が支援に関わってきた非行少年をはじめとする「頑張ることができない人たち」がなぜ頑張れないのかを分析、彼らを正しく支援する心構えと方法を探る。

頑張れない原因としては、認知機能の弱さや、心理学者アブラハム・マズローが提唱した欲求の5段階説にある生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求/所属と愛の欲求、承認の欲求の4つのいずれか、あるいは複数が満たされていないことなどが考えられるという。

著者は立命館大学産業社会学部教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業し児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。医学博士、臨床心理士。

1.「頑張ったら支援する」の恐ろしさ
2.「頑張らなくていい」は本当か?
3.頑張ってもできない人たち
4.やる気を奪う言葉と間違った方法
5.それでも認められたい
6.支援者は何をどうすればいいのか
7.支援する人を支援せよ
8.“笑顔”と“ホスピタリティ”

■医療少年院で出会った「既にやる気を失っている」子たち

子どもの頃から「努力すれば報われる」「やればできるんだから頑張りなさい」とよく聞かされてきました。今、人の親の立場になってみて、この言葉は子どもにやる気を出させようとする大人の浅はかな魂胆のような気がしています。

もちろん実際にやればできる子はいますし、そう言われてやる気が出て報われる子もいます。「やっても無駄」とネガティブに考えるよりはマシかもしれません。しかし、ここで言いたいのは、そもそも“やれない子”“頑張れない子”がいるということなのです。

私が以前勤務していた医療少年院は、そういった少年たちだらけでした。彼らは“頑張ってもできない”が子どもの頃から染みついていました。何度も何度も挫折を味わい、既にやる気を失っていて、もう頑張れないのです。

では、概してどういった人たちが頑張れないのでしょうか。真っ先に挙げられるのは、認知機能の弱さをもった人たちです。見る、聞く、想像するといった力が弱いため、いくら頑張っても入ってくる情報に歪みが生じてしまい、結果が不適切な方向に向いてしまうのです。

■「いま漢字を覚える必要性」を理解できない

頑張るには、“こうなるためには、これをやったらこうなるから、だからそこまで頑張ってみよう”といった、見通しをもつことが大切です。この見通しの力は“探索の深さ”とも呼ばれ、何ステップ先まで考えられるかに関係してきます。しかし、認知機能が弱い人は、先のことを想像するのが苦手で、せいぜい“これをやったらこうなる”といった1~2ステップ先くらいしか見通せません。

鉛筆を持つ手
写真=iStock.com/DNY59
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DNY59

例えば、漢字を覚える宿題があるとします。見通しの力とは次のようなものです。

漢字を覚える→ほめられる(1ステップ)→やる気が出る(2ステップ)→テストでいい点が取れる(3ステップ)→いい学校に行ける(4ステップ)→いい仕事につける(5ステップ)

これだけの見通しがもてれば、いま漢字を覚える必要性が理解でき、漢字を覚えようと頑張る気持ちに繋がります。

しかし認知機能が弱いと1ステップ、この例ですと“ほめられる”までしか見通しがもてていないのです。となると、ほめられるために漢字を覚えるといった動機づけのために頑張ることになります。しかし逆に、ほめられないと動機づけが生まれず頑張れないのです。

■土台となる「欲求」が満たされていない

頑張れない理由としては他に、欲求段階の問題もあります。やってみたい、頑張りたい、という気持ちは自己実現の欲求でもあります。心理学者のアブラハム・マズローが提唱した欲求の5段階説によると、自己実現の欲求は最終段階であり、それは、“生理的欲求”“安全の欲求”“社会的欲求/所属と愛の欲求”“承認の欲求”の4つの欲求の土台の上にあるとされています。

“生理的欲求”は、人の最も基本的なものであり、食べ物、酸素、睡眠などへの欲求です。食べ物がなく生きるか死ぬかといった状態では、何かに頑張りたい気持ちは出てきません。

次の“安全の欲求”は、例えば小さな子どもが、母親が自分を見守ってくれていることを確かめながら見知らぬ周囲の世界を探索しはじめる様子を想像してください。もし、急に母親の姿が見えなくなると、不安になって周囲を探索しなくなってしまいます。つまり安全が保証されず、危険にさらされていて不安な状態(例えばいくら食べ物があっても住む家がなく野宿している状態など)だと、やはり頑張りたい気持ちも出てこないのです。

■虐待などを受けることで「頑張れない状態」になる

“社会的欲求/所属と愛の欲求”は、自分のいる集団の中で一つの位置を占めたいと感じ、その集団の中の人間関係において信頼で結ばれた愛情を欲することです。もしいくら食べ物があって住む家があっても、愛情もなくそこの住民の一員とみなされない状態では、やはり頑張りたい気持ちは出てこないのです。

磨りガラス越しに映る人影
写真=iStock.com/RinoCdZ
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RinoCdZ

最後に“承認の欲求”ですが、これは他者から尊敬されたい、認められたいといった欲求を指します。たとえある集団の一員として生活していても、いつまでたっても尊敬されない、認めてもらえなければ頑張ろうという気持ちもなかなか湧いてきません。

もし、ここである子どもが養育者から虐待など不適切な養育を受けていれば、“生理的欲求”“安全の欲求”“社会的欲求/所属と愛の欲求”“承認の欲求”の4つの欲求がどこかで、もしくは複数で満たされていない可能性があります。食事を与えられない、暴力を振るわれる、無視される、言葉の暴力を受ける、などがあれば、それは頑張ろうという以前の問題であり、やはり頑張れない状態になってしまうのです。

■支援者が提供できるのは「安心の土台」「伴走者」「チャレンジできる環境」

保護者や教員を含め頑張れない人と共にいる支援者は、それでも彼らに頑張ってほしい、という気持ちを強く持っていると思います。そこで支援者が提供できるのは大きく分けると次の3つです。「安心の土台」「伴走者」「チャレンジできる環境」

安心の土台とは、人が本当に困っているときに助けてくれる存在のことです。頑張れない人たちは常に自信がなく、不安定な状態です。そして、さまざまな危機や不安に出会うことが、通常の人たちより多いはずです。そのたびに、支援者から「大丈夫だよ」と言ってもらって安心感を得たい気持ちはかなり強いと言えるでしょう。

安心の土台には、ずっと支援し続けるといった姿勢も不可欠です。あるときは助けてくれて、あるときはまったく助けてくれないような場合、本当に頼っていいのか混乱してしまいます。支援者自身が安定していなかったりすると、相手はもっと不安定になっていくこともあるからです。

安心の土台を得てやっと動き出せた“頑張れない人”には、次に“伴走者”という存在が必要になります。単に相手を見ているだけではなく、その人が自分の力を発揮できるように、新しいことにチャレンジできるように様子を見守り、それに寄り添う人です。

■「大切な一人として尊重された」体験が人を変える

頑張れない人たちにとっては、最初に一人でチャレンジすることは、人一倍大きな困難を伴いますし、不安もそれ以上でしょう。ですので、“見守っていてほしい”という強い欲求があります。こんなときに伴走者ができるのは、励まして頑張らせるのではなく、相手が大丈夫なのかを見守ってあげることなのです。“いつも見ているよ!”“いつでも手伝うよ!”といった気持ちが相手に伝われば、頑張れない人たちのやる気もスイッチが入るのです。

安心の土台と伴走者の存在があって、初めて新しいことにチャレンジしたい、頑張ってみたい、といった気持ちが生じてきます。チャレンジする環境は、新しい居場所、新しい職場、新しい学校であったりします。おそらく頑張れない人たちが挫折するのは、安心の土台や伴走者がいないまま、いきなり新しい環境を提供され、不安な中に一人身を置くことになるからかもしれません。

宮口 幸治『どうしても頑張れない人たち』(新潮新書)
宮口 幸治『どうしても頑張れない人たち』(新潮新書)

ここで、ちょっとした配慮で相手のやる気を出させる工夫をご紹介します。あるNPOでは、自分の子どもを虐待してしまった親と子どもの支援をしているのですが、その親子が来たときに特に気を配っていることは、一緒に食べるオヤツだそうです。毎回という訳にはいかないものの大切な節目には親や子どもの好みを事前にリサーチしておいて、いつもより“ちょっといいお菓子”をその親子のために準備するそうです。

これまで責められることが多く、他人からそんなもてなしを受けたことのない人は、“こんな自分でも、好きなものを覚えてくれていた”と、後でそのお菓子のことを語ることもあるそうです。こうした“大切な一人として尊重された”体験を積み重ねることで、NPOスタッフに対して心を開くようになり、最後は“今度は自分が子どもを大切にしよう”という気持ちになるのです。

■コメントby SERENDIP

頑張れない人たちに対し、「それは甘えだ」と突き放すのも、「頑張らなくてもいい」と現状を許容するのも、どちらも生産的ではないだろう。「頑張れない」ことをそのまま放置するのは、本人から社会に参加する権利を奪うようなものであり、社会にとっても「頑張れない」人が一定数存在するのは損失だ。補助輪付きの自転車で練習をさせるように、少しずつでも頑張れるよう環境を整え、適切な声かけをしていくことが必要であり、それこそが教育や支援の本来あるべき姿だと思う。また直接教育や支援にあたらなくとも、「どうしても頑張れない」のは誰にでも起こりうることであると、当事者に共感する人が多くなれば、誰もが居心地のよい社会を構築できるのではないだろうか。

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