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「この夏の真の勝者は五輪の選手たち」感染拡大の苦しみを無視する産経社説の問題点

プレジデントオンライン / 2021年8月13日 9時15分

閉会式で表示された「ARIGATO」の文字=2021年8月8日、東京・国立競技場 - 写真=時事通信フォト

■新聞社説は「開催反対」と「賛成」で真っ二つに

1つのテーマを巡ってこれほど意見が分かれるのも珍しい。8月8日に閉幕した東京オリンピックについての新聞の社説である。

朝日新聞の社説(8月9日付)は「混迷の祭典」という言葉を見出しに取り、のっけから「新型コロナが世界で猛威をふるい、人々の生命が危機に瀕するなかで強行され、観客の声援も、選手・関係者と市民との交流も封じられるという、過去に例を見ない大会だった」と酷評していた。

これに対し、同日付の産経新聞の社説(主張)は「これほど心を動かされる夏を、誰が想像できただろう。日本勢の活躍が世の中に希望の火をともしていく光景を、どれだけの人が予見できただろう」と書き出し、「確かなことは、東京五輪を開催したからこそ、感動や興奮を分かち合えたという事実だ」と評価する。

沙鴎一歩は東京五輪の開催には反対だった。

7月14日付の「菅首相は『東京五輪の中断』という最悪の事態を想定できているのか」という記事では「緊急事態宣言が発令されている中でオリンピックを開催すること自体が、尋常ではない。菅首相は『開催の有無は私が判断することではない』と逃げるのではなく、一国の首相として『中止の政治決断』を下してほしい」などと訴えた。

■「人々の意識に与えた影響はあるんではないか」

感染症対策の専門家の1人で、新型コロナ対策に努めている政府分科会の尾身茂会長も、これまでの国会で「パンデミック下で五輪の開催は普通はない。そういう状況でやるなら、開催の規模をできるだけ小さくして、管理の体制をできるだけ強化するのは主催する人の義務だ」と警告し、さらには「オリンピックをやるということが人々の意識に与えた影響はあるんではないか、というのは我々専門家の考えだ」とも明言している。

沙鴎一歩は尾身氏の意見に賛成である。それゆえ東京五輪の開催に反対した。

8月6日、菅義偉首相は広島の原爆死没者慰霊式・平和祈念式に出席した後に記者会見し、「東京の繁華街の人流はオリンピック開幕前と比べて増えていない。オリンピックが感染拡大につながっているという考え方はしていない」と話していた。

本当だろうか。感染の急拡大の直接の要因は感染力の強いデルタ株への置き換わりだが、五輪開催が影響していないとは言い切れない。五輪ムードで人々の気分が高揚し、とくに五輪会場周辺では人の流れが増えていた。東京の繁華街でも夏休みとも重なり、若者中心にかなりの人出があった。

菅首相はどんなデータをもとに話したのか。尾身氏が指摘した「人々の意識に与えた影響」についてはどう考えているのだろうか。

■史上最多のメダルでも内閣支持率は下がるばかり

菅首相は広島の平和式典であいさつ文の1ページ分(「わが国は核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国」など)を読み飛ばした。記者会見で「この場をお借りしておわび申し上げる」と陳謝したが、読み飛ばしたのは最重要の箇所だった。思い起こすと、昨年10月の国会での所信表明や今年1月の施政方針演説でも言い間違いをしている。

菅首相は東京五輪を成功させ、それをバネに秋の自民党総裁選と衆院総選挙を乗り越え、再び首相の座に就くことを狙っている。つまり五輪を政治に利用したのだ。自分の欲望のためにオリンピックを利用したのである。そんな首相に日本の舵を取ることを任せるわけにはいかない

多くの国民は菅首相の思惑と打算に気付いている。それが証拠に、日本勢の史上最多のメダルラッシュにもかかわらず、菅内閣の支持率は下がるばかりだ。8月上旬のNHKの世論調査では、菅内閣を「支持する」と答えた人は7月より4ポイント下がった29%で、昨年9月の内閣発足以降最低を更新している。「支持しない」は6ポイント上昇した52%で、過去もっとも高い。

新型コロナの全国の新規感染者数は連日1万人を超え、感染拡大に歯止めが掛からず、医療の崩壊が懸念されている。与党議員からは「これでは衆院選は戦えない。菅首相では選挙の顔にならない」との声が強く出ている。

新型コロナ患者に挿管する医療従事者
写真=iStock.com/Tempura
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tempura

■「国民の健康を『賭け』の対象にすることは許されない」

前述した朝日社説は序盤で「朝日新聞の社説は5月、今夏の開催中止を菅首相に求めた」と書き、その理由をこう記す。

「努力してきた選手や関係者を思えば忍びない。万全の注意を払えば大会自体は大過なく運営できるかもしれない。だが国民の健康を『賭け』の対象にすることは許されない。コロナ禍は貧しい国により大きな打撃を与えた。スポーツの土台である公平公正が揺らいでおり、このまま開催することは理にかなわない。そう考えたからだ」

東京五輪開催の是非があるなかで、朝日社説は菅首相が国民の健康を賭けの対象にしてオリンピック開催を強行したと強調する。

続けて朝日社説は「五輪参加者から感染が広がったわけではないなどとして、首相や小池百合子都知事、そして国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長らは判断の誤りを認めない。しかし、市民に行動抑制や営業の自粛を求める一方で、世界から人を招いて巨大イベントを開くという矛盾した行いが、現下の危機と無縁であるはずがない」とも指摘する。

その通りだ。国民に自粛を強く求めながら、世界最大の祭典の開催を押し切る。どう考えても世界で感染が広まっているパンデミック下での開催は尋常ではない。

■東京五輪のスポンサーである点への自己批判はなし

朝日社説は五輪そのものに対する疑念も指摘している。

「延期に伴う支出増を抑えるため式典の見直しなどが模索されたが実を結ばず、酷暑の季節を避ける案も早々に退けられた。背景に、放映権料でIOCを支える米テレビ局やスポンサーである巨大資本の意向があることを、多くの国民は知った」
「財政負担をはじめとする様々なリスクを開催地に押しつけ、IOCは損失をかぶらない一方的な開催契約や、自分たちの営利や都合を全てに優先させる独善ぶりも、日本にとどまらず世界周知のものとなった」

「巨大資本」「IOCの傲慢さ」など問題点は多い。今回の東京五輪を契機に率先して日本は問題点の解決に努めなければならない。

なお朝日新聞は東京五輪のスポンサーである。その観点からの自己批判も社説に入れるべきだろう。その点は残念だった。

■逆境下で苦労するのはアスリートたち

産経社説も朝日社説と同じ大きな1本社説だった。

その産経社説は「日本勢の金メダルは世界3位の27個で、1964(昭和39)年東京五輪と2004年アテネ五輪の16個を超えた。銀14個、銅17個を合わせた計58個も史上最多だ」と書いたうえで、選手たちをこう讃える。

「開催の可否をめぐり世論が割れた中で、精神面でも不安定な立場に置かれたはずだ。それでも開催を信じ、鍛錬を続けた選手たちの道のりには、メダルの色や有無を超えた価値がある」

1年延期したうえに開催するかどうか意見が2つに割れる。そんな逆境下で苦労するのはアスリートたちである。選手の活躍があってこその五輪だからだ。

ただし、産経社説のように選手の立場から一方的に論じると、開催賛成しか見えてこなくなる。開催に懐疑的な社説は書けなくなる。朝日社説は開催に反対のスタンスであっても、「アスリートたちの健闘には、開催の是非を離れて心からの拍手を送りたい」とエールを送ることを忘れていなかった。

■産経社説はオリンピックを賛美するだけなのか

産経社説は「無観客が、日本にとって大きな損失となったことは間違いない。だが、選手たちは連日の熱戦で観客席の空白を埋めた。誠意に満ちた『おもてなし』で、海外選手団から好評を得たボランティアも後世に残る財産だ」とも書き、こう指摘する。

「開幕前は『観客のいない五輪に意味があるのか』との懸念もあった。それでも、大会を通して国内の歓喜は途切れず、世界からは賛辞が寄せられた」
「世界で何十億人もの人々が、テレビやインターネットで観戦したことも忘れてはならない」

オリンピックには特有の高揚感がある。それゆえ、多くの人々を感動させる。沙鴎一歩もテレビ観戦で熱戦を繰り広げた選手たちの試合を見たり、試練に耐えてきた裏話を知ったりして目頭が熱くなることが度々あった。しかし、新聞社説を書く以上、論説委員はそんな感動ばかりでは読者を説得できない。物事の本質を見抜く洞察力と冷静な分析力がなくてはならない。

■東京五輪の開催と感染急拡大の関係には一言も触れず

産経社説は最後にこう主張する。

「熱戦に心を動かされた経験を、余すことなく後世に語り継がなければならない。24日からはパラリンピックが始まる。五輪の熱気を冷ますことなく、選手たちの戦いを最後まで見守り、支え続けたい」

オリンピックは素晴らしいという賛美一辺倒の社説だった。「五輪の舞台に集った全ての選手たちが、この夏の真の勝者だろう」と美辞麗句も並べる。東京五輪の開催と感染急拡大の関係には一言も触れていない。今後、ますます医療体制は逼迫(ひっぱく)していく危険性がある。産経社説はどう受け止めているのか。読者はそれを知りたいはずだ。

ちなみに、毎日新聞(8月9日付)の1本社説は「古い体質を改める契機に」との見出しを立てながら「政権浮揚に五輪を利用しようとするかのような姿勢が国民の反発を招いた」と指摘し、開催したことに懐疑的である。また読売新聞(同日付)の1本社説は「輝き放った選手を称えたい」との見出しを付け、開催を支持していた。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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