名門開成が「キャリアウーマンの母と専業主夫の父」を入試問題に出した納得の理由
プレジデントオンライン / 2021年8月20日 10時15分
■「日本語だからなんとかなる」と手を抜きがちな国語
中学受験は、国語、算数、理科、社会の4教科の総合点で合否が決まる。算数は小学校で習う内容とは大きくかけ離れていて難しいし、理科・社会は覚えなければいけないことがたくさんある。一方で、「国語は日本語だからなんとなかなる」と思い、他の教科よりも手を抜いてしまいがちだ。しかし、なんとかなると思っていた国語の点が思うように伸びず、志望校に合格できなかったというケースは少なくない。
一般的に中学受験の国語入試は、「物語文」「説明文・論説文」「漢字・語句」の3つで構成されている。なかでも子供たちが苦手とするのが、物語文だ。小学校の教科書に出てくる物語文といえば、同じ年頃の子供を主人公にした物語が多い。そのため、友達にこう言われたから悲しくなったとか、もしお母さんと離ればなれに暮らすことになったら寂しいなとか、自分と重ねて考えたり、想像したりすることができ、主人公の気持ちやとった行動を理解したり、共感したりすることができる。
■2018年度の開成中学の問題が話題になった
ところが、中学受験の国語入試では、小学生の子供たちが知らない時代だったり、主人公が同じ年頃の子供ではなく大人だったりする物語が出ることがある。男子校の入試で同じ年頃の女の子の恋心を聞いてきたりもする。
近年、話題になったのが、2018年度の開成中学の国語入試だ。専業主夫の父とキャリアウーマンの母という家族構成の物語で、男子校の国語入試なのに、主人公はキャリアウーマンの母親。専業主夫の夫が自作の絵をインスタグラムに投稿していて、それがきっかけで個展を開くことになったけれど、夫が留守の間に作る子供のお弁当の卵焼きがうまく焼けずに心を乱す女性の心理が描かれている。
こうした物語を読むとき、「父親は会社員」「母親は専業主婦」という家庭で育った子供はイメージするのが難しいだろう。まして、キャリアウーマンの母親が子供の好物である卵焼きを作れなくて葛藤している姿など、幼い男子には「さっぱり想像できない」だろう。こうした大人の心の機微を聞いてくるのが、難関中学の国語入試なのだ。
■いろいろな立場の人への共感性を見ている
では、なぜこのような難しい問題を出すのだろうか?
開成中学の国語入試は、毎年変化に富んでいる。ある年はキャリアウーマンの母の心の葛藤といった他者理解を求めるものだったり、ある年はビジネスシーンのやりとりを通して、図やグラフを参考にしながら論理的に読み解くものであったりと、いろいろな形の問題を出す。複雑な家庭環境の話や、小学生の子供には経験したことがないビジネスのやりとりなど、さまざまな内容の問題を出すことで、いろいろな立場の人への共感性を見ているのだ。毎年、入試傾向が違うので、塾側は対策に苦労している。答えを導くためのテクニックが教えられないからだ。だが、それが学校側の狙いでもあるのだ。
開成中学は誰もが知る全国屈指の難関中学だ。首都圏の中学の最高峰であり、塾のトップクラスにいる優秀な子が目指す。小さい頃から算数教室やプログラミング教室などの学習系の習い事をし、低学年のときから塾に通っているケースが多い。大きな目標に向かって努力をするのは尊いことだが、なかには塾や親に言われるがまま勉強だけをしてきた子がいる。
■「勉強だけができる子」は求めていない
そういう子は幼いときから、親から「勉強さえしていればいい」と言われ、家のお手伝いをしてこなかったり、友達と十分に遊べずに過ごしていたりと、勉強以外の経験が極端に乏しい。そして受験で合格できても、中学に入ってから、自分で考えて行動することができなかったり、友達との関係をうまく築けなかったりと、つまずくことが多い。
そういう生徒をたくさん見てきた学校は、勉強ができるだけではなく、人として魅力のある子に来てほしいと切に願っている。それを見極めるために、国語の入試ではさまざまな立場の人の物語を読ませているのだ。戦争、貧困、差別、ジェンダーなど、世の中にはさまざまな問題がある。自分が経験していないこと、接点のない人のことなどをどれだけ理解し、想像力を働かせることができるか。つまり、世の中や社会にどれだけ関心を持っているかを見ているのだ。それはすなわち、「あなたの家庭では、日ごろから世の中について考えたり、話し合ったりしていますか?」と家庭力を問うているともいえるだろう。
■一緒にニュースを見るだけで教えられることがある
では、親にできることは何か?
「国語なんて教えられない」
「塾に通わせているのだから、塾が教えるべきだ」
と思うかもしれない。塾では物語文の読解の進め方は教えてくれる。国語という教科は、ある程度難しい素材文でも、設問に沿って論理的に読み進めていく技術を磨けば、多くは正解を導くことができる。けれど、そこには大前提がある。文章の内容やその背景を子供が理解できるかどうかだ。小学生の子供がまったく知らない時代の話であったり、政治的背景が違っていたりすると、そこでもうお手上げとなってしまう。塾ではカバーできないこの「社会について教えること」こそが、親の役割だ。
今、世の中では、戦争、テロ、いじめ、差別、貧困など、さまざまな暗いニュースが流れている。なかには子供には見せたくないものもあるだろう。また、オリンピックのニュースを見ていると、選手の功績だけでなく、外国人選手の亡命や、メッセージ性のあるポーズをしたことなど、スポーツとは別の一面を知ることができる。こうしたニュースをオリンピックと一つに片付けてしまうのではなく、「どうしてこの選手はこういう行動をとったのだと思う?」と子供に聞いてみるといいだろう。うまく答えられなかったら、親が教えてあげ、親もわからなかったら親子で一緒に考えてみる。
■子供を成長させるのは「家庭内の会話」
子供はテレビのニュースを見ていても、ただ見ているだけのことが多い。関心を持たせるのには、親の声かけが必要だ。「このことについてどう思う?」「これってどういうことなんだろうね?」「どうしてこうなったんだろう?」「どうしたらいいと思う?」「これからどうなると思う?」など、親はたくさんの問いを投げてほしい。そして、いっしょに考えてあげてほしい。そうやって、考えるきっかけを与えてあげるのだ。こうしたやりとりが子供の興味を広げ、世の中に関心を持つことへとつながる。
成長途中の段階にいる小学生が挑む中学受験は、成熟度が高い子ほど有利だと言われる。成熟度が高い子というのは、大人と会話ができる子だ。幼いときから、大人と会話をしてきた子は、大人の言葉を耳にすることで、新しい言葉や表現を覚えたり、大人の考えを知ったりすることができる。すると、自然と成熟度も上がってくる。
ところが今の子供たちは、幼いときから習い事を詰め込められ、中学受験の勉強が始まると、多くの時間を塾で過ごすことになる。すると、子供たちの中だけで会話が成立してしまい、語彙を増やすことができない。国語入試では語彙の豊富さも大きく影響する。たくさんの言葉や表現の仕方を知っていることは、大きなアドバンテージとなる。
わが子の国語力を伸ばしたければ、家庭内の会話を大切にすることだ。「まだ幼いから」と子供扱いせずに、大人と会話をするときと同じように話す。テレビでニュースなどを見ながら、世の中で起こっている良いことも悪いこともすべて含んだ「社会の現実」について教えたり、一緒に考えたりする。こうした家庭内の会話が子供を成長させるのだ。「国語を伸ばす秘訣は家庭内の会話」であることを、親は肝に銘じておこう。また、それは受験に有利になるだけでなく、豊かな人間性を育むことにつながる。
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プロ家庭教師集団「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員
日本初の「塾ソムリエ」として、活躍中。40年以上中学・高校受験指導一筋に行う。コーチングの手法を取り入れ、親を巻き込んで子供が心底やる気になる付加価値の高い指導に定評がある。
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(プロ家庭教師集団「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 西村 則康 構成=石渡真由美)
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