包丁を手に暴れる酒乱父、借金取りに追われる母…"限界家族"を生きる息子がプロレス大仁田厚に憧れるワケ
プレジデントオンライン / 2021年8月14日 11時15分
■酒乱の父、パチンコ狂の母、やがて両親は離婚した
九州在住の和泉直也さん(30歳・独身)は、土木関係の仕事をする父親と看護師の母親の間に生まれた。2人はなかなか子どもに恵まれず、和泉さんが生まれたとき、すでに父親は40歳、母親は29歳。結婚して10年の月日が流れていた。
父親は待望の息子をとてもかわいがった。和泉さんが5歳くらいの頃には、父親は和泉さんを職場へ連れていき、ダンプカーやミキサー車に乗せたり、昔から続く地元の祇園祭に参加したりして、大きな山鉾を親子で動かす貴重な経験をさせてくれた。
しかし、父親は酒を飲むと暴れ出し、手がつけられない状態になることもしばしば。ちょっとしたことでキレて、母親に殴る蹴るの暴力を振るうのは日常茶飯事で、時には「生きていても楽しくない」と言って家に火をつけようとしたこともあった。
一方、母親はパチンコにのめり込み、看護師の夜勤明けにパチンコへ行き、なかなか家に帰ってこないことも。父親が携帯電話に連絡して、母親がすぐに出なかったり、着信があったのに連絡を返さなかったりすると、父親は母親の浮気を疑い、嫉妬心から包丁を手に母親を追いかけ回したこともあった。
それでも、父親は和泉さんには優しかった。小学3年の頃、プロレスに興味を持った和泉さんは、深夜のテレビ放送を見ようと頑張って起きていた。だが、幼い和泉さんは睡魔に勝てず、始まる前に眠ってしまう。翌朝、父親が録画しておいてくれた試合を見ると、大仁田厚の戦いぶりに和泉さんは熱狂。「将来は大仁田厚さんのようなプロレスラーになりたい!」と思った。
ところが、和泉さんが小学校4年生になる頃、50歳の父親と39歳の母親のケンカが一段とエスカレート。理由は母親の金銭管理のずさんさが発覚したことだった。公共料金の支払いが数カ月滞り、電気やガスが止められることが頻繁に。食事の支度や部屋の掃除をしなくなり、夕食はインスタントやレトルトばかりに。母親はパチンコに生活費をつぎ込んでしまっていたのだ。
やがて母親は、パチンコで遊ぶ金が足りなくなると、消費者金融から借り始めた。
「僕が小学校から帰ると、スーツを着た怖そうな男の人が何人か訪ねてきて、『今、お母さん家にいる?』と聞かれ、震えながら『お母さん、今、いません』と応対するようなことも何度かありました。たぶん借金取りだと思います。当時は家の固定電話にも、借金取りが恫喝するような内容の留守番電話が数十件入っていました」
借金取りは、留守中に来ると、必ず玄関ドアに名刺を挟んで帰る。和泉さんが帰宅してドアを開けると、パラパラと落ちるので必ず気付いた。1日に2枚挟まっていた日も珍しくなかった。
母親は借金返済とパチンコで遊ぶ金を稼ぐため、看護婦の仕事を辞め、居酒屋やスナックで働き始める。
いつからか、パチンコがきっかけで知り合った男性と付き合い始めた母親は、和泉さんが中学へ上がると同時に家を出ていき、両親は離婚。母親との仲は悪くなかったが、再婚相手と暮らしたいと思わなかった和泉さんは、父親との生活を選んだ。
■夜間高校1年時、突然、父親の呂律が回らなくなった
幼い頃から落ち着かない家庭環境で育った和泉さんは、小学校3年生の頃からだんだん学校へ行かなくなり、4年生になる頃には完全に不登校になっていた。
中学に上がると、同じような家庭環境で育ち、問題行動を起こしたり、不登校になったりした先輩や友だちとつるみ始める。先輩の家でタバコを覚え、酒を飲み、深夜まで町を徘徊して遊び歩くように。
中学2年生になると、学校の先生からの勧めで、学力不足やいじめ、人間関係の悩みなどの理由から不登校やひきこもりになった子どもが通うフリースクールに通い始めた。
父親は離婚後、夕飯の支度をはじめ、家事一切をしてくれていた。母親は同じ町内で、パチンコがきっかけで知り合った男性と暮らしていたが、離婚後も3日に1回は連絡をとっていた。しかし両親は、和泉さんが不登校になっても深夜まで遊び歩いても、何も言わなかった。
勉強が嫌いだった和泉さんは、当初は高校に進学するつもりはなかったが、仲の良かった先輩に誘われ、夜間高校に進んだ。
2007年2月。高校1年だった和泉さんは、珍しく夕飯時に家にいた。57歳の父親はいつものようにテレビを見ながら晩酌をし、時折、和泉さんに話しかけるが、呂律が回っておらず、何を言っているのか分からない。和泉さんは異変を感じつつも、「酒を飲みすぎて酔っ払ってるだけかな?」と思い、その日は就寝。
![酒、日本の酒](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/b/670/img_ab42e019993939205ef2442d91e0205d786833.jpg)
ところが翌朝、父親の表情がいつもと違って目に生気がなく、口を開くとまだ呂律が回っていないことに愕然とする。「もう酒も抜けてるはずなのに、これはおかしいぞ……」そう思った和泉さんは、母親に連絡をする。
同じ町内に住んでいた母親は、すぐに駆けつけてくれた。看護師だった母親は、父親の状態を確認すると、「あんた! 右手が動かんことないかい? 握ってみない!」と声をかけたが、父親の右手は動かない。母親は和泉さんと2人で父親を抱え、急いで自分の車に乗せると、脳外科を受診。
画像検査の結果、脳梗塞と診断された。
脳梗塞が起こったのはおそらく前日の夜。それからすでに12時間以上経っている。
父親は詰まった血管の部位には手を加えず、そこから先の血流が不足している領域の脳血管に、脳以外の血管を持ってきて血管同士を繋ぎ合わせることで不足した脳血流を補い脳梗塞の悪化を防ぐために行われる、バイパス手術を受けることになった。
その日の夜、無事手術は終わったが、父親は右半身にまひと、失語症が残った。
■父親のケアがあるので4泊5日の修学旅行には行けない
手術が終わったあと、医師や看護師、病院のソーシャルワーカーから病状や介護サービス、介護認定、障害年金などの説明があった。このとき母親は立ち会えず、代わりに、伯母(父親の姉)が一緒に聞いてくれた。伯母は数年前にアルツハイマー病で夫を亡くし、夫との間に子どもはなかったため、幼い頃から和泉さんをかわいがってくれていた。ひとり暮らしだった伯母は、和泉さんを時々食事に連れて行ってくれたり、欲しい物を買ってくれたりするなど、良き相談相手だった。
![医師のX線脳](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/670/img_a5d490a2001bf590b059b3b69dc6ce1c686399.jpg)
介護認定調査の結果、父親は要介護1と認定される。最初に入院した病院から、3カ月後にリハビリ病院に転院すると、父親は、手術のあとしばらくは車椅子だったが、約半年間のリハビリのかいあって、杖をつけば歩けるまでに回復した。
2007年11月、父親は退院。和泉さんと伯母とケアマネージャーとで話し合い、在宅介護をメインに、週2回のデイサービス利用で介護を進めていくことになった。
ところが父親は、デイサービスを拒否。朝、行ってくれたとしても、自分の携帯電話で和泉さんに、「迎えに来てくれ」と電話をかけてくるため、何度も迎えに行く羽目になった。
最も困ったのは、和泉さんが高校の修学旅行に行く前日だった。4泊5日で北海道に行くため、ケアマネージャーに相談して初めてショートステイを利用することになっていたが、父親は断固拒否。「一人で留守番くらいできる!」と言い張りテコでも動かない。
「父は、僕を修学旅行へ行かせたくないわけではなく、おそらく、脳梗塞による高次脳機能障害で、まともな判断力がなくなったせいでショートステイを拒んだのだと思います」
困った和泉さんは、母親に連絡。
「僕はもう、修学旅行に行くつもりはなくて、『まぁ、どうせ父ちゃん見てないといけんし、積立金が返ってくるけんラッキー!』くらいに考えていて、母にもそう言いました。だけど母から、『あんた小学校のも中学校のも修学旅行に行ってないけん、高校の修学旅行くらいは行ってみたら?』と言われて……」
母親はどうしても和泉さんに修学旅行に行ってほしかったようだ。母親は、和泉さんが4泊5日の旅行で不在の間の介護スケジュールを組んだため、無事和泉さんは修学旅行へ行くことができた。
しかし、高校生活が終わり、働き始めた和泉さんに待ち受けていた日常は、一般的な1年目の社会人では想像がつかないほど過酷なものだった。(以下、後編へ続く)
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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